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2019年5月

2019年5月31日 (金)

あの人の消息

にわかに信じられないけど、気になっていたあの人の消息が入ってきた。
ついこのあいだまで飛ぶ鳥落とす勢いだった北朝鮮の金英哲さん、ハノイ会談のあと姿を消したから、南侵のためのトンネルでも掘っているのかと思ったら、やっぱり粛清されてどっかの収容所で再教育だって。
ホントかウソか、わたしには確認のしようがないけど、北ではおもて舞台に出てこなくなったというだけで、本人の運命を推察できることが多い。

それでもまだ殺されなかっただけマシか。
あの国では親分に恥をかかせたというだけで死刑に値するらしく、今回の消息によると、じっさいに処刑された幹部もいたらしい。
そうやってかたっぱしから処刑していたら、ふつうならあとを引き継ぐ人間がいなくなってしまうはずだけど、どうやらあの国には有能な人材がひしめいているようだ。
どうしてそういう人間が、あぶなっかしい地位に安住するよりも、親分に反旗をひるがえさないのか不思議だ。

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2019年5月30日 (木)

続報

川崎の殺傷事件の続報に、加害者はパソコンを持ってなかったということがある。
ほかのことではわたしによく似たひきこもり男だけど、その点だけはわたしと違うね。

パソコンがなかったとしたら、どうやってヒマつぶしをしていたんだろう。
テレビがパソコンの代わりになるとも思えないし、そういう状態で世間から隔絶したまま、何年も部屋にとじこもっていたら、それこそノイローゼになるよ。
ひきこもりのみんながみんな刃傷沙汰を起こすわけでもないのは、そういう人間の多くが、パソコンで外の世界とつながっているからだ。

逆説的に聞こえるかもしれないけど、もしもこの世界にパソコンというものがなかったら、刃物を持った狂人がさらに増えて、日本も銃社会のアメリカ並みに危険な国になるワ。
パソコンやゲーム機の危険性をいう人もいるけど、そういうものがあるからこそ、おかしな人の割合が、いま程度に抑えられているという説も成り立つ(かもしれない)。

わたしの精神的宇宙はたいていの人より大きいけど、それもパソコンがあるからだ。
また今夜も、カワイ子ちゃんが飛んだり跳ねたりするバレエの研究にどっぷりつかるのだ。
こうやって毎日ひきこもりに熱中しているんだから、わたしにかぎってはけっして危険人物になりようがない。

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2019年5月29日 (水)

付和雷同の時代

川崎での19人殺傷事件。
犯人は白髪でうつむきかげんでクライ感じ。
長時間ひきこもり傾向ありだって。
これじゃまるでわたしのこといわれてるみたいじゃないか。
ホント、ひきこもりはますます肩身がせまくなるな。
わたしにかぎってそういうことは絶対にありません、と弁解しておいてもダメだろうなあ。
なんせ現代は付和雷同の時代だから。

でもわたしにかぎらないぞ。
わたしくらいの歳になると、知り合いもみんなひきこもりだ。
ざっとまわりをながめても、みんな年金暮らしや定年ま近で、家族には冷たくされるし、遊びまわる金もないし、ひきこもってない人間を探すほうがむずかしいや。
例外もないわけじゃない。
知り合いのネコ大好きおばさんは、信州のほうに持っていた田んぼを売っ払ったらしい。
その金で近いうちスイスに行くらしいけど、こんなのはあくまで例外だ。

ま、交通事故といっしょで、今回、川崎で災難に遭った人たちは、たまたま不運だったとしかいいようがない。
世間の大半のひきこもりは、地味におとなしく、世間を騒がせずに生きておりますんですよ。

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2019年5月28日 (火)

本領発揮

トランプさんはもう帰ったのかな。
あまり話題になってないけど、今回のトランプ騒動をふりかえって、わたし個人的に感心したことをひとつ。

新しい皇后の雅子さま、考えてみるとトランプさんやメラニアさんより優秀な人なんだよね。
なにしろハーバード大の才媛で、外交官を目指していて、もちろん英語もペラペラ。
欧州の王室なら話もわかるけど、それ以外の非英語圏の王室で、こんなに英語を自由に駆使できる王族っているかしら。
おなじ才媛でも、議員の山尾志桜里サンや東京新聞のモチヅキイソコさんとは違うねえ。

でもわたしが感心したのはそのことじゃない。
なんでもこの飛びすぎた女性、皇室に入って、あまり頭を抑えられたものだから、いちじノイローゼになっていたという噂もある。
それがホントかどうか知らないけど、いまどきのやる気まんまんの娘を、厳格なわくにはめようとすれば結果はおのずからあきらかだ。
それが正式に皇后として外国の賓客を迎える立場になったら、水を得た魚、とまではいわないけど、これまでのどこかぎこちない微笑みではなく、じつにゆとりある笑みをうかべて、あ、やっぱりこの人は天性の外交官だなと思わせる。

安心した。
これからもどしどしおもてに出て、皇后以外の顔で、日本の皇室が別格であることを世界に証明してほしい。

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2019年5月27日 (月)

トランプさん

トランプさんの大相撲観戦。
ウチの新聞あたりはいちゃもんをつけたいところだろうけど、なにしろ彼が入場すると観衆が総立ちで迎え、和服のきれいどころまでスマホで写真を撮るのに必死だってんだから、これじゃヘタにけなすわけにもいかない。
朝日新聞もなんとなくいきおいがないし、相撲協会にしたって、白鵬が休場で、平幕力士の優勝というしまらない場所を、最後に盛り上げてくれた功労者だ。
できればこれからもときどき観戦に来てくれないかしらと思っているかも。

昨日は深大寺へバラを見に行ってしまって、わたしはトランプさんの観戦をニュースで見ただけだった。
それによると、ぶっきらぼうで、あまりおもしろそうな顔でもなかったね。
おおかたの西洋人からすれば、健康にわるそうな肥満児同士のグロ・ショーとしか思えまい。

わたしが子供のころ、初めて相撲中継を見たとき、力士が土俵上で仕切ってにらみ合ったから、いよいよ始まるかと思ったら、また立ち上がってまた塩まきだ。
そんなことを何度も繰り返したあげく、軍配が返ると、勝負は2、3秒ということもある。
なんだかおそろしく退屈なスポーツだなと思った記憶があるけど、トランプさんも同じ思いだったのだろう。
そのくせトランプさん、トロフィーを渡す場面では、オレが主役だって嬉しそう。
あいかわらず憎めない駄々っ子ぶりだ。

どうせ2、3日後の新聞の投書欄に、神聖な土俵をなんと心得るのかと苦情の意見が載るだろうけど、どうでもいいじゃないの。
観衆も大喜びだったみたいだし、つまらないと思ったのなら二度と来ることもないだろうし、もしまた見たいといったら、今度は特別席はありませんよと宣告すればいい。

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2019年5月26日 (日)

バラと盆栽

ひと眠りして起きたら、あ、まだ今日が終わってない。
あわててブログの更新をする。

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今日は暑さのなか、サディスティックな想いをこめて、深大寺までバラの見物に行ってきた。
あわせて盆栽のさつき展もやっていた。
小さな盆栽に満開に花を咲かせた手腕に瞠目。

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2019年5月25日 (土)

官能の女王

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録画した「ライモンダ」というバレエ、まだ全篇を通して観たわけじゃないけど、主役のヴィクトリア・テリショーキナというバレリーナさん、これミスキャストだよなあ。
彼女は「石の花」の銅山の女王役は素晴らしかったのに、この舞台ではどうもイマイチ。
わたしの独断と偏見でいわせてもらえば、チュチュ(白鳥の湖で知られるミニスカートの典型的なバレエ衣装)を着た、お姫さまのような役は彼女には不向きだ。
プリンシパルに任ぜられるようなバレリーナであれば、どんな役でもこなせなければいけないというのはわかるけど、究極の美を追求するわたしは、ほんのわずかの欠点にもうるさいのだ。

彼女はワガノワ・バレエ・アカデミーの出身で、この役を演じるまえに、そこの先生から、あなたは「石の花」の銅山の女王にふさわしいのに、なぜレパートリーにないのと訊かれたそうである。
この先生もよくわかっている。
「石の花」で彼女が演じたのは、人間に恋をする魔女のような存在で、体にぴったりフィットした全身タイツを着て、ちょうど平昌オリンピックのときのアリーナ・ザギトワのように、発散する異様なフェロモンで観ている男たちを悩殺せしめた。

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つまりテリショーキナさんはその容姿から、男たちの上に君臨する強い女子というのが適役なのだ。
黒皮のボディスーツにムチを持って、男をいたぶるSMクラブの女王なんてのはどうだろう。
このバレエと抱き合わせで放映された「マタハリ」というバレエを観れば、およそどんなドラマでもバレエにならないものはなさそうだから、あとはいい原作さえあればと思う。

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2019年5月24日 (金)

また今朝の新聞

またうんざりする韓国ネタ。
ネットニュースに、韓国が元徴用工救済へ新財団、膠着状態の打開狙いだって。
ソースは(やっぱり)朝日新聞になってるから、なにをかいわんや。

べつに昨日の今日のという新しい提案じゃないでしょ。
この問題が浮上して、日本政府が拒絶した時から、韓国は同じことをいってきた。
ようするに新財団を作って、日韓で共同して被害者救済にあたりましょうということで、ちょっと聞くと、日本だけに補償しろといってるわけじゃないんですよと、親切でいってるように聞こえる。
バカいってんじゃない。
最初から払う必要のないレシートを勝手に持ち出して、ワリカンにしましょうといってるようなものだ。
一度でもこれに応じれば、あとからあとからべつのレシートを持ち出してくるに決まっている。

それこそが韓国のねらいなのだ。
なにがなんでもこの先、永久に、金をむしり取る手段を確保しておこうというのだろう。
こんな無茶な言い分を、いかにも公平な新提案のように書くって、ウチの新聞はいったいなんのつもりなのか。
日本の新聞なら、ここは断固として、一銭も払うべきじゃないと書かなくちゃいけない。
韓国の肩をもつ新聞がひとつぐらいあるのはかまわないけど、日本人をだますつもりの謀略にまで加担すべきじゃない。
こんなアホにでもわかることを、平然と書く朝日新聞には、ホント、いらいらがつのる。

そんなにつのるなら、さっさと購読をやめればいいものを、いちゃもんは年寄りのヒマつぶしに好適だってことで、なかなかやめられないわたし。
ああ、認知症になるヒマもないや。

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2019年5月23日 (木)

今朝の新聞

なんかいちゃもんのタネはないかと新聞を見る。
今朝の新聞のオピニオン面に「令和フィーバーなぜ」という識者の意見が載っている。
識者といっても、近現代史研究家、メディア論学者、社会学者などで、こういう肩書きってなにか資格、たとえば国家試験のようなものが必要なのかしらと考えてしまう。
売れようが売れまいがどうでもいい本を出して、ちょっと口が達者なら、だれでも自称していい肩書きのようにも思えるし、そんならわたしも◯◯研究家を名乗ってもいいかもしれない。

問題はこういう人の意見が客観的ではなかったり、説得力に欠けるってことだ。
近現代史さんなんか、まったく本人の勝手な思い込みばかりではないか。
そもそも令和フィーバーって、いつのことなのさ。
わたしの周辺ではそんなもの、とっくに収束して、ありがたがっている人などひとりもいないや。

さらによく見ると、この記事にはすべて、聞き手はなにがしという署名がついていた。
つまり本人がきちんと文章で寄稿したものではなく、インタビューをした記者があとでまとめたものだった。
どうりで朝日新聞の意向にそむかない内容になっていた。
これでは上記の3人を責めるのは酷で、内容が偏向していると文句をいうわたしのほうが間違っているのかもしれない。

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2019年5月22日 (水)

今朝の新聞

大勢いれば中にはおかしいのもいるだろうと、おおらかなロシアのほうではとっくに忘れているのに、日本のほうじゃ丸山議員に辞職勧告するか、けん責がいいかと大揉めだ。
本人は自分がぜったいに正しいという確信犯らしいけど、発言そのものより、こんなことで大騒ぎしている日本てどっかおかしいんじゃないのと、国際的な評価が韓国と同列に下落しないかと心配だ。

確信犯といえば、分類上はあのモチヅキイソコさんと同じ生きものの範疇に入る、ウチの新聞の高橋純子サンが、今朝の新聞の多事奉論というコラムに文章を書いている。
いろいろゴタクを並べたなかに、「私は別に天皇を信奉する者ではないが」という文章がある。
文脈からすると普通は「天皇を嫌うつもりはないが」になりそうなので意表をつかれた。

文章の最後がふるっている。
「今から30分間オペレーターを増員して(反論の)お電話をお待ちしてます」だって。
あわてて時計をみたら、朝刊が配達されてからもう4、5時間はすぎていた。
うーん、スマートにケチをつけたつもりなら、まだまだ修行が足りないというしかない。

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2019年5月21日 (火)

冷蔵庫

冷蔵庫を買った。
というより買わされた。
前のやつが壊れてしまったので。
やれやれ。
なかなか年金暮らしのスタンスを守るのはむずかしい。

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2019年5月20日 (月)

中国の話題ふたつ

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ここ3、4日、また頭に血がのぼりそうなウチの新聞だけど、いちいちそんなことを詳しく書いてるほどヒマじゃない。
今日は夕刊に載っていた中国関連の、あまり手間のかからない話題をふたつばかり。

ひとつは中国の漫才師が、国家をバカにしているというので炎上しているというニュース。
最近の日本もそうだけど、冗談の通じない人がますます増えているようで困るよな。
毒舌というのは本来、権力に対して行使するもので、漫才や時事漫談にしても、これのない社会批評というものはあり得ない。
中にはウチの新聞みたいに低俗な、偏執狂的意図から出たものもあるけど、スマートに相手を皮肉るなら、それはおおいにやるべきなのである。
皮肉や諧謔を禁止されたら、わたしのブログなんぞは行き場所がない。

自画自賛したところで、もうひとつの中国ネタ。

満鉄のアジア号が復元され、満州(中国の東北地方)の博物館で展示されるようになったそうだ。
わたしはそんなものにノスタルジーを感じるほど年寄りじゃないけど、かって中国に関心をもって、いろいろ勉強をしていたころ、当然ながらこの列車のことも知ることになった。
だからべつの意味で郷愁を感じることはある。
金になることなら見境のない中国人が、観光資源として活用しようとしているだけさという人もいるかもしれない。
しかし、すくなくとも彼らには、韓国人ほど日本に対して偏見はない。
わたしは最近になって「支那事変・戦跡の栞」という古い本を読んだけど、日中戦争のころでさえ、聡明な軍人ほどお互いを理解していたと思う。

添付した画像は、アジア号を知らないいまどきの若い人たちへ。

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2019年5月19日 (日)

バレエ雑談

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今夜は「ライモンダ」だそうだ。
あ、BSで放映予定のバレエのはなし。
またマリインスキーだそうだから、古典スタイルに決まっている。
ヒロインを演じるのはヴィクトリア・テリショーキナってバレリーナだけど、この子はまえに「石の花」という作品について触れたとき、ちょっときつめの美人と書いた子じゃないか。
その作品の彼女の演技が記憶に焼きついて、もういちど観たいと熱望していた子でもある。
すでに録画予約ずみ。

ところでこのテリショーキナさん、ほかの映像で見ると、霊長類最強女子といわれた吉田沙保里選手に似ているところもある。
バレエがどうしてオリンピックの種目に加えられないのかと、いつも疑問に思ってんだけど、その理由は彼女の存在かもしれない。

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話が変わって、五輪の体操選手に村上茉愛という女の子がいる。
体操選手としてはふっくらした体型に加えて、愛くるしい顔立ちからわたしもファンのひとりなんだけど、今朝の新聞を見たら、ふっくらがいささか度を越して、お相撲さんみたいな体型になっていた。
そのせいかどうか、腰に負担がかかりすぎて、試合に欠場だそうだ。

という記事をブログに載せようと思ったら、ただいま大変混雑しておりますという表示が出た。
なんかあったのか。
混雑するくらいなら、わたしのブログのアクセスも急上昇しそうなものなのに。

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2019年5月17日 (金)

またしても朝日

やれやれ、またウチの新聞に低次元の揶揄。
あいかわらず元気なトランプさんの、日本車輸入制限の報道に対して、こんな抱きつき外交で大丈夫か、だって。
「抱きつき外交」ってのはあんまり聞こえがよくないよな。
それじゃあ韓国の大統領みたいに、「2分間外交」のほうがいいのかしら。

ずっと以前にプーチンとの会談に遅刻しそうになった安倍クンが、会談場所に走ってきたということがあったけど、メンツを重んじる中国や韓国の指導者にはゼッタイできないことだった。
日本の国益のためなら格好のわるさなんか気にしない、そういう宰相をもって日本は幸せだとわたしは思っているし、この件を気にした日本人もいなかったようだ。

日本はイランの外相を迎えたばかりだ。
米国よりもEUの考えに近いこともたくさんある。
かならずしもアメリカの顔色をうかがっているばかりじゃない。
揶揄するならインテリのかげ口みたいな、陰険な言葉を弄するんじゃなく、もっとスマートにと朝日新聞にはお願いしたいやね。
ブログのネタがないときの救世主であることには感謝するけど。

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2019年5月16日 (木)

バレエを蒐集する

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バレエの勉強をしていると、わたし以外にも予想以上にバレエ・ファンが多いことに気がつく。
それでもまだまだローカルな人気で、圧倒的というほどではない。
そのひとつの証拠が YouTube で、映画については最近有料のものが多いのに対し、バレエの映像はほとんどがタダで観られること。
これはまだまだ、映像で金を取れるほどファンが多くないことの証明じゃないか。

日本語だけではなく、英語、ロシア語で検索すれば、たいていのバレエ、バレリーナの映像が見つかる。
ロシア語なんてオレにはわからない?
ネットを駆使する人なら、タイトルでも人名でもロシア語を調べるのはむずかしくないはず。
見つけた映像には字幕がついてないけど、バレエというのはそもそもセリフのない踊りだし、あらすじもほとんど定型だから、なくても意味がわかることが多いのだ。

というわけで、最近はせっせとバレエの蒐集にはまってます。
お金のかからない年寄りのいい趣味だけど、パソコンのまえに座り込んでメシが手抜きになるので、たまにはまたステーキを食いに行かないと。

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添付した画像はボリショイ・バレエの「スパルタクス」より。
こんな大作が精緻な画質で、まるごと観られてしまうのだ。
出演女優の魅力は、カーク・ダグラスの映画よりこっちのほうがグー!

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2019年5月15日 (水)

これも朝日

ネット・ニュース(これもソースが朝日だったけど)に、「不明ゆうパック運転手を逮捕」というものがあった。
なんでも発見されたとき、車の中で昼寝をしていたそうだ。
ケシカランというより微笑ましさを感じてしまうけど、それってわたしがおかしいのか。
とかく人手不足だといろんな運転手があらわれるもんだ。
むかし見た映画では、仕事のストレスから、ある日とつぜん渋滞の中に車を放り出して、職場放棄をするサラリーマンが出てきた。

まあ、人間がたくさんいれば、中にはおかしいのもいるだろうと、これは北方四島で失言した議員に対するロシア側の見立て。
うん、このおおらかさは見習うべきだよな。

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また朝日(AERA)

また朝日新聞(AERA)がアホをいっていた。
天皇の譲位にともなう儀式で、安倍クンが“已む”という語を読めなかったといって揶揄している。
イム、ウム、ヤム? 自慢じゃないけど、こんな文字、わたしも読めなかった。
だから弁護するわけじゃないけど、大臣てのは国文学者や新聞の校正係じゃない。
おそらく朝日新聞の若手記者にも読めない者がたくさんいるにちがいない。

だいたい日頃は天皇制に懐疑的な朝日が、こういうときはうれしがって「退位礼正殿の儀」を歴史的な儀式だって。
あいかわらずスタンスがわかりにくいところだ。

そんなことよりも、いちいちこんなことに目を光らせている朝日のファッショ的姿勢がキライ。
こういうときは揶揄するんじゃなく、いっしゅんの機転でべつの言葉に置き換えた、さすがはわれらが首相と、ほめなければいけない。
同じ揶揄するならこっちのほうがスマートだと思う。

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夕刊の記事

今日の夕刊に“おたあジュリア”なる人の記事。
朝鮮出身なんてわざわざ見出しにうたってあるのは、この時節がら、日韓のこじれた問題の融和になればというつもりかもしれない。
でもこのジュリアさん、秀吉の朝鮮出兵のさいに、3歳で日本に連れてこられたというから、もはや朝鮮人かどうかは関係がないだろう。
その後の彼女はキリシタンということで、波乱の人生を送ったようだけど、経歴をながめても、自分が朝鮮人であることを意識していたとは思えない。

わたしもはじめて聞く名前だから、歴史に埋もれた人物を発掘するというなら、まあ、わるい話ではない。
朝日新聞には最近こういう話題が多いけど、しかし日韓の融和に役立てるつもりなら、ほかにもそのために尽くした韓国人、日本人はたくさんいるだろう。
問題の根本はつねに韓国にあるのだから、そういう人を歴史の中から掘り出して、韓国人に紹介するほうがよっぽど意味がある。
さいわい朝日新聞のいうことなら、まだすこしは聞く耳を持っているようだから、あちらの人たちは。

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2019年5月14日 (火)

今朝の記事

今日の朝刊に日本維新の会の議員が、北方四島でビザなし交流団の団長に、戦争をして取りもどせばいいですかと発言したそうだ。
彼はわたしのブログを読んだのか、それとも戦争うんぬんがロシア人の共通認識になっているのだろうか。

以前、わたしが階下に住むロシア人と話をしたとき、北方四島の話になった。
四島を返還してもらうにはどうすればいいですかと尋ねると、戦争をすればいいと彼はいう。
日本が北方四島へ宣戦布告をすれば、四島のロシア人はすぐ降伏する。
なにしろ彼ら島民は、本国よりずっと近くて、民主主義的先進国で、食べ物の美味しい日本にかぎりないあこがれを持っている(のだそうだ)。
こうやって腕っぷしにモノをいわせて奪還したものなら、もうだれも文句をいわない。
いかにもロシア人らしい単純明快な方法だけど、人間がおおらかな彼らのことだから、あまり信用するのもキケンかも。

この維新の議員さんも、ひょっとするとわたしのブログ読んでその気になったのかもしれない。
でもねえ。
こういうことは同じアパートのロシア人とわたしが酒を飲んで話をしたものは◯、国会議員が交流先で酒を飲んで話したもの✖️に決まっているでしょ。

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2019年5月13日 (月)

ステーキ

昨日はひさしぶりにステーキを食ってきた。
ここんところ食事が細くて、かんたんなおつまみでイッパイやると、それだけで満腹してしまうので、このままじゃ栄養失調で死んでしまうと焦りもあって。
街でたまたま発見したステーキ店だったけど、ファミレスみたいにサラリーマン調理師が見えない厨房で焼いてくる店ではなく、これぞプロといった調理師が目のまえで焼いてくれる店。
肉がやわらかくてとても美味しかった。
それはいいんだけど、わたしのほうが本来肉の苦手な男だから、すこし食っただけで、これまたすぐに腹いっぱいになってしまった。

一夜明けると、うーん、頭がぼんやり。
肉の効果はあまりなかったようで、どうにも覇気がわかないね。
世間をながめても景気のいい話は聞こえてこない。
関心のあるニュースも一服ぎみで、是が非でもブログに書きたい事件もない。
そんな中、知り合いのネコ大好きおばさんから、今度スイスに観光に行きますと連絡あり。
ああいうノーテンキな性格がうらやましいや。
わたしのほうは年金生活ですと返事するしかなかった。

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2019年5月11日 (土)

CLOSED

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「CLOSED」というバレエを観た(もちろん録画で)。
BSで過去にも放映されているから、通のあいだではわりあい有名なバレエだと思うけど、こういうものもバレエと呼んでいいのかどうか悩む、いわゆるコンテンポラリー・ダンスの部類。
男3人と女ひとりがチェロの演奏に合わせて踊るだけという、いたってシンプルな作品である。
どことなく卑猥な雰囲気がいっぱいなのがウレシイ。

ストーリーは・・・・ そんなものはないんだけど、あらすじらしきものを説明すると、あるバーにひとりの女がやってくる。
店内にいたのはバーテンとふたりの男性客、ほかにBGM係のようなチェロを弾く男がひとりだけ。
コダーイのチェロ・ソナタがたんたんと流れるなか、女とバーテンを交えた3人の男が、床にころがったり、カウンターに横たわったり、店内の物入れに頭を突っ込んで逆立ちをしたりと、意味不明な行動にはしる。
冒頭のほうでダンサー全員に錠剤が配られるから、これはドラッグ中毒者の幻想なのかと考えてもいいけど、薬物禁止協会の啓蒙ビデオにしちゃヒワイ部分が多すぎるような気もする。

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女を演じているのはナターシャ・ノボトナさんといって、このバレエで観るかぎり、恥じらいというものをどこかに忘れてきたみたいで、なかなかイロっぽい。
とはいえ、男同士のからみはわりあい淡白で、女をめぐる四角関係の愛憎劇とも思いにくい。
どんな意味があるか、詮索するだけムダで、現代バレエってのはそういうもんだと思っておくしかない。

そしてこれは最初から映画用に作られたバレエだった。
どう見ても舞台をワンテイクで撮ったものではなく、同じ場面を何回かに分けて撮影して、あとで1本に編集したものだから。
いちどっきりの踊りを複数のカメラで撮影して、1本にまとめる手もあるけど、カメラのアングルが、顔のアップ、店内の様子、右から左からと目まぐるしく変わるから、複数のカメラを使えば、どこかのカットにカメラが写り込んでしまうはず。
それがないということは、これは綿密な計算のもとに、ダンサーたちが同じシーンを何度も演じ、それを撮影したものだろう。

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あとでクレジットをながめたら、特定の振付師がいるわけではなく、出演の4人の名前がそのまま振付師にもなっていた。
ということは、出演しているダンサーたちが、アイディアを持ち寄って共同制作した、ジャズのような即興バレエのつもりだったかもしれない。
毎回踊りが変わるというバレエ、ぶっつけ本番ではちょっと危険だけど、舞台でやるとどうなるのか観てみたい。

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2019年5月10日 (金)

今日の夕刊

トランプさんの暴力が止まらんねえ。
夕刊のトップに、応酬、米国と中国というでっかい見出し。
これ以上なにをどうしろというのか、中国だって精一杯の妥協はしてきたものを、これじゃ腕っぷしにモノをいわせた暴力団といっしょ。
中国だけじゃない。
イランに対しても因縁をつけている最中だけど、せっかく核合意で歩み寄った欧州との事情でさえ、自分たちだけの都合でひっくり返す。
イランがどうすればトランプさんが満足するのか、そのへんをご存知の方がいたら教えてほしいや。

おかげで日本を味方に引き込みたい中国からも秋波を送られて、日本の存在感はいやがうえにも増して、安倍クンもご安泰ってところだけど、しかし現在の立場は永久不変のものじゃない。
アメリカがこければ、たちまち中国と日本の関係も元の木阿弥だ。
そもそも現在の状況が異常なのだ。
あまり図に乗らずに、来るべきときに備えておくにしかず。

じいさんがぼやいてもどうにもならんことはわかっているけど、今日の夕刊をみて感じるところアリ。
朝日新聞の夕刊て、最近ずいぶん安っぽくなったよ。
わたしが知りたいのは芸能界じゃなく、国際情勢なんだけど。

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2019年5月 9日 (木)

虫歯予防

昨日の夜、何気なしにテレビを観ていたら、「ためしてガッテン」をやっていた。
この番組は日常のありふれた不思議や疑問について、いろいろ新しい発見をもたらしてくれるので、わたしの知り合いのオンナの人もおおいに参考にしているという番組である。

昨日のそれは虫歯にならない歯みがきの仕方ということで、ひじょうに役に立つものだった。
日本人は虫歯のある人がほとんど100パーセントであるのに対して、スウェーデンではそういう人はほとんどいないという。
じっさいに(この番組に出てきた)スウェーデン人はみんな健康そのものの歯をしていた。
ちょっと日本人のわたしには信じられないことなので、おどろいて番組をじっくり観てみた。

ガッテンにいわせると、その秘密がわかったけど、日本人には真似できないだろうという。
どういうことかと思ったら、スウェーデン人は歯をみがいたあと、口の中をすすがない。
歯みがきの中にはフッ素が含まれているので、すすがなければこれが歯の表面に残ってコーティングになるからというんだけど、でも歯をみがいたあとすすがないなんて日本人には考えられない。
でも、そんなかんたんなことで虫歯が防げるならということで、わたしも考えた。

2度みがきをすればいいじゃないか。
最初の1回は日本式にみがいて、ガラガラペッと吐き出す。
つぎに、みがくというより歯磨きを歯の表面に塗りたくる感じでもういちど歯をみがく。
それをそのまま放置する (歯磨きメーカーは塗りたくり専用のコーティング用歯磨きというものを売り出すといい)。

こんなかんたんなことであなたも虫歯のない人生を送れるわけだ。
知り合いのオンナの人は美しい歯を保つことに命を賭けている人だから、さっそく教えてやろう。
でも彼女はケチでも有名だから、2度みがきでは歯磨きの消耗が激しいといって悩みそう。

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2019年5月 8日 (水)

ジレンマ

今日は所属団体の総会で街まで出かけてきたので、なんとなくかったるい。
かったるいからブログの更新も休んでしまおうかと考えたけど、休んでしまおうかと書くだけでも、更新になってしまう。
ほんとうに休むつもりならなにも書かなければいいものを、なにも書かないと今度は、世をはかなんで死んだのかもしれないと思われそうだ。
ジレンマ。

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2019年5月 7日 (火)

待合室

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病院の待合室で待機中。
ぜんぜんそんな気のしない高血圧だけど、本人が気がつかないのがこの病気だそうだ。
で、所属する団体が病院へ行け、病院へ行けとうるさい。
やむを得ず、月にいちどは薬をもらうために、そのためだけに病院通いだ。

名前を呼ばれるまでヒマでしようがないから、そのあいだにブログをでっち上げろと、待合室でタブレットを使い、この写真もタブレットで撮ったものだけど、待合室にいるあいだに更新しようとしたら、サイズがでっかすぎて貼れなかった。
やむを得ず、いったん帰宅して、加工ソフトで縮小してから貼りつけた。

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2019年5月 6日 (月)

いま鑑賞中

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いま「風と共に去りぬ」を観てるんだけど、これも古きよき時代の映画だよなあ。
といっても褒めているわけじゃない。
むかしはこのていどの映画でも大騒ぎしたのかって、へんな意味で感心しているだけ。
監督のヴィクター・フレミングもそれほど大監督ってわけじゃないし、ヒロインのヴィヴィアン・リーの演技もやたらにオーバー。

でもこの映画に古くささしか感じないからといって、最近のアホらしいハリウッド映画に感心しているわけでもアリマセン。
やっぱり青春時代にキューブリックやジョン・ヒューストン、ハワード・ホークス、デヴィッド・リーン、エリア・カザン、ビリー・ワイルダーなどの傑作を観られたわたしが幸運なのかってトコ。

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2019年5月 5日 (日)

現代版「ジゼル」

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アクラム・カーンの現代版「ジゼル」では、登場人物が移民の工場労働者たちに置き換えられていた。
移民が出てくるから現代的なのかどうか知らないけど、オープニングはコンクリートの壁のまえで、大勢の男女が踊っているというもので、古典のほうにあった明るく楽しい雰囲気よりも、山谷か釜ヶ崎みたいなすさんだものを感じてしまう。
どこかの工場のストライキを扱ったバレエなのかと思ってしまったくらい。

幕あきからこんな調子では、この場面は古典ジゼルのどこに相当するのか、この人物はどの人物に該当するのかと、最初に理解をしておかないと、なにがなんだかわからない。

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ヒロインを演じるのは1974年生まれのタマラ・ロホというダンサーで、ロイヤル・バレエのベテランらしいけど、結婚まえの乙女を演じるのはちと苦しいかもしれない。
しかし若くしてベテランになれるダンサーは少ないから、無理を承知で観なければいけないのがバレエなのだ。

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女のほうはなんともいえないが、男のほうは上着とネクタイを放り出した丸の内のサラリーマンみたいである。
無理に好意的に解釈すると、ジゼルは美人の移民娘で、アルブレヒトは彼女に好意をよせる会社の若社長だ。
これなら古典との齟齬もなくなる。

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よくわからないのは、このあとに古風なファッションの、トランプの王様と女王様みたいなのが出てくること。
オリジナルのすじがきどうりなら、彼らはアルブレヒトの婚約者の両親ということになる。
もちろん彼らは、自分の娘の婚約相手が、移民の娘と付き合うのをこころよく思うはずがない。
それはともかくとして、現代版ではアルブレヒトのことを、若社長という好意的な解釈をしたのだから、ここは移民の娘なんてとんでもないという、頑固親父の会長が出てこなければいけないのではないか。
なんでここだけ古典に先祖返りをしてしまうのか、どうもアクラム・カーンの思考回路がわかりにくい。
こまかい理屈に拘泥しないのが、現代バレエを観るひけつといわれればそうかもしれないけど。

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なんだかよくわからないまま、ジゼルはめでたく憤死してウィリの世界に迎えられる。
ここから先は死後の世界になるけど、ウィリの世界にも入会式があるようで、新参者は先輩たちやウィリの女王にいじくりまわされるのだ。
いいなあと思ったのはウィリの女王を演じるロングヘアの美人で、むっつり不機嫌だけど、わたしの好み。
つい安心して見とれてしまう。
 

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安心して見とれていられないのはジゼルに告げ口をして、結果的に彼女を死においやるヒラリオンという役柄。
カーン版でこれを演じるのは極東アジア系と思われるダンサーだけど、この舞台の彼は性格のわるい街のチンピラみたいで、精神的深みがぜんぜん感じられない。
どうもアジア人というのは複雑な役柄は不向きなようだ。 

ここで「ジゼル」におけるヒラリオンの演じ方を考察してみよう。
いろいろな解釈があるそうで、たとえば初めから終いまで、少女マンガに出てくるようなイジワル役というもの。
これとはべつに、好きな女性に相手にされず、つい嫉妬心から彼女にいらんことを告げ口して、後悔の念にさいなまされる男という解釈もあるらしい。
古典そのもののマリインスキー版がそのとおりで、ヒラリオンは気の弱そうな若者で、夜中にこっそり、自分が死なせたジゼルの墓に花を持ってお参りにくるのだ。
もちろん飛んで火に入る夏の虫、ウィリたちにさんざん踊らされたあげく死ぬ運命だけど、どこか身につまされてしまうのだよね。
その点、カーン版のほうはチンピラだから、ぜんぜん同情しなくていい。

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現代バレエが苦手のはずのわたしだけど、ウィリの女王以外にいいなあと思った部分もある。
こちらの舞台には、森の中や墓のセットはぜんぜんなく、夜の場面もコンクリートの壁の前で繰り広げられ、その壁すら最後には闇の中に埋没してしまう。
つまり舞台にあるのは人間の肉体だけというわけだ。
現代バレエというのは、ストーリーよりダンサーたちの動きを重点的に見せるもの、といわれればそうかもしれない。

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これだけなら、わたしのキライな現代バレエとあまり変わらないけど、カーン版では光と影がじつに効果的に使われていて、その幽玄的ともいえる美しさに感心した。
棒を一本はさんで、女ふたりのタイマン勝負、その静けさは日本のわびさびの精神にも通じるなんて、ま、余計なことはいわない。

むずかしい理屈は専門家におまかせして、ここはわかりやすくて感心した部分を挙げてみよう。
複数の人物がたてに重なって、最初はいちばん前のひとりしか見えないんだけど、見えない位置のウィリたちがさっと横に展開するシーン、暗闇の中と明るい場所とを、ウィリたちが変幻自在に出入りするところなど、まるでCGによる特殊効果を観ているよう。
古典とはまったく異なる、新しいコール・ド・バレエ(その他大勢組)の可能性を感じてしまう。  

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ということで、現代バレエにも見どころはあると、信条の大転換を計ったわたしだけど、ウィリの女王がキツネのついたおばさんみたいだったら、この感動の何割かは削減されていただろう。
やっぱりわたしはどこまで行ってもフェミニストだ。

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2019年5月 4日 (土)

ジゼル

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バレエに詳しい人から笑われてしまいそうだけど、「ジゼル」というバレエがある。
「白鳥の湖」を別格とすれば、これは「くるみ割り人形」や「眠れる森の美女」に匹敵するほど有名な古典バレエだそうだ。
わたしがそんなことを知らなかったのはやむを得ない。
なんといったって、わたしはまだバレエの勉強を始めたばかりなのだから。  

すこしまえにBSプレミアム・シアターで放映されたのは、マリインスキー・バレエによるこの舞台。
マリインスキーというと、世界一といわれるロシア・バレエの中でも、もっとも伝統的で由緒正しいとされるバレエ・カンパニーだ。
放映された舞台も、ロマンチックバレエの様式どおり、すねまでのチュチュを着た、いかにも古典らしいオーソドックスなスタイルだった。

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このバレエのあらすじを説明すると、中世ヨーロッパのある村に、ジゼルという踊りの好きな娘がいた。
彼女はアルブレヒトという若者と恋人同士だったけど、彼はじつは貴族の息子のかりの姿。
そうとは知らないジゼルが彼と楽しく過ごしていると、彼女に横恋慕する男がいて、アルブレヒトの秘密、彼にはべつの婚約者がいることまでみんなバラしてしまう。
ショックを受けたジゼルは憤死して、ウィリの仲間入りをすることになってしまった。
ウィリというのは結婚するまえに亡くなった乙女の亡霊で、恨みつらみを抱いたまま森の中をさまよっているのだそうだ。

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ジゼルのことを忘れられないアルブレヒトは、恋人のおもかげを求めて、彼女の墓のある夜の森へさまよい込んでくる。
そういう男は飛んで火に入る夏の虫、ウィリたちにオモチャにされて、死ぬまで踊らされることになっていた。
かっての恋人が踊らされて、疲れ果てて、あわやという場面に、ジゼルはウィリの女王のまえで、果敢にも彼の弁護を買って出る。
彼女の口ききのおかげでアルブレヒトは救われたものの、夜明けとともに彼と彼女は永遠の別れ・・・・
古典にふさわしいロマンチックな物語だけど、恐怖のホラー・バレエともいえる。

じつはわたしの録画コレクションの中には、アクラム・カーン振り付けの、このバレエがすでにあった。
ただ、この振付師の名前を聞いて、最初はいやな気がした。
この人はたしか現代バレエをもっぱらとする振付師で、わたしはどっちかというと、そういうとんがったバレエがきらいなのである。
でもひょっとすると、思わずナマつばを飲み込むくらい官能的という場合もあるかもしれないから、いちおう録画しておいたのだ。

そういうことで、新旧ふたつの「ジゼル」がそろったわけだから、この機会に有名な古典と、その現代版を比較してみようと思う。
まずはマリインスキーの古典ジゼルから(ここに載せた写真はかならずしもこの舞台のものではアリマセン)。

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マリインスキー版でジゼルを演じるのは、ディアナ・ヴィシニョーワ。
マリインスキーのプリンシパルで、踊りは保証書つきだけど、残念ながら顔がロボットみたいで、わたしの好みじゃないね。
おまえの好みなんか聞いてない?
これはわたしの個人的偏見に満ちたブログなんだけど。
アルブレヒト役は世界的に有名なダンサー、マチュー・ガニオで、彼はパリ・オペラ座のエトワールだから、この舞台では客演ということになり、こちらは文句なしのイケメン。

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このバレエはダンサーたちが死に装束で踊るゆいいつのバレエなんていわれているそうだけど、どんなものが死に装束なのか、バレエ初心者のわたしにはわからない。
それよりも花嫁衣装といったほうがわかりやすい。
マリインスキー版でも、ウィリたちは長めの白い衣装で、最初は顔に透明なベールをかけているから、これはもろウェディングドレスといっていい。
結婚できずに死んだ乙女たちの亡霊は、着たくて着られなかった花嫁衣装に未練をもって、その衣装のまま、いつまでも森のなかをさまよっているのである。

みんな同じ衣装だからまちがえることもある。
ウィリが暗躍する夜の場面になって、舞台のまん中にキツネのついたおばさんみたいなのが登場した。
てっきりこれが死んだジゼルかと思い、お化粧ひとつで女性はずいぶん変わるものだなあとあっけにとられていたら、じつはこれはウィリの女王を演じるべつのダンサーだった。

ここでひとつことわっておくけど、バレリーナというのは、女性として完璧なプロポーション、これは正しい。
しかし容貌は、厚いメーキャップでおおわれているから誤解しやすいだけで、美人の割合はそのへんのふつうの娘たちとそれほど変わらないものである。

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どうも容姿にばかり目が行くのがわたしの欠点だ。
しかしプリンシパルやエトワールに任ぜられるほどのバレリーナなら、その技量の上手い下手がわたしにわかるわけがないし、いちばんよくわかるのはわたし好みの顔かどうかということだ。
こういう点では今回の主役のディアナさんはちと減点。

彼女以外のダンサーに目をやると、たとえば昼間の場面で、物語にはとくに関係のない男女ペアのダンサーが踊るけど、このときのバレリーナははつらつとしていてわたしの好み。
夜の場面では、ジゼルの墓のまえで踊るウィリたちの中に、わたし好みの美人が何人かいた。
さすがはロシアのバレエ、人材が豊富で、彼女たちがおもて看板になる日を待とうという気になる。

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先にホラー・バレエと書いたけど、お墓のまえで大勢の幽霊が踊るバレエだからそう書いただけで、じっさいにはそんなにコワイ場面があるわけじゃない。
ウィリはみんなプロポーション抜群の美女ばかりだから、男のわたしはうっとりと見とれるばかりである。
いっそのこと、マイケル・ジャクソンの「スリラー」みたいに、墓の中からゾンビの集団みたいなのが出てくると本物のホラーになるのだが。

そういう刺激的な映画にマヒしているわたしとしては、「白鳥の湖」を観たあとでこれを観ると、たぶん物足りなさを感じると思う。
「ジゼル」の夜の場面は、(専門用語を使うのは気がひけるけど)ダンサーひとりのヴァリアシオンから、ペアで踊るパ・ド・ドゥに、その他大勢(コール・ド・バレエ)の群舞など、「白鳥」で王子さまとオデットが出会う湖の場面に、雰囲気がよく似ているのだ。
二番煎じとはいわないけど、ゆったりした古典バレエばかり観ていると、いつかもの足りなくなって、けっきょくとんがった現代バレエに行き着くのかもしれない。
ということで次項ではアクラム・カーンの「ジゼル」を観てみよう。

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2019年5月 3日 (金)

まだ連休中

まだ連休が続いているよ。
考えてみればわたしは万年連休みたいなもんだけど、むかしからフリーターみたいな仕事ばかりやってきたもんだから、どうしてもふつうのサラリーマンとは、この時期の過ごし方が違うね。
わざわざ混雑している場所へ、高い金を払って行く必要はないってんで、正月もゴーデンウィークもたいていは家でひきこもりだ。

家族持ちではこうはいかない。
本人は出かけたくなくても、小学生、中学生の子供がいると勘弁してくれない。
父ちゃん、どこか連れてってと迫られる。
そういう気のドクな亭主を尻目にしてきたわたしは幸せだったのか。

そんなことはどうでもいいや。
わたしのトシになると、まわりはもう家族孝行から解放され、もうろくして部屋にくすぶっている仁ばかりだから、みんなひきこもりに右へならえ!
ナニやってんだろうねえ。
わたしみたいに趣味の多い人間ばかりじゃないから心配だ。

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2019年5月 2日 (木)

連休中はなにを?

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連休中はなにをするか。
いま世間の話題になっていることは、わたしにはあまり興味がないので、わざわざ皇居まで出かけようとか、テレビの報道を観ようって気にはならない。
ホント、退屈。

窓ぎわで先日買ってきたアジサイが、うらみがましくじっとわたしを見ている。
ずぼらなわたしに買われたのが不運なのか、貪欲な自分がイケナイのか、とにかく1日でも水をやらないとげんなり。
あわてて水をやるとしゃっきりという状態で、これでは泊りがけで旅行に行くこともできない(画像はただいまシダレザクラ状態の彼女)。

メンドくさいから最近は水生植物かと思うくらい、どばどばと水をやる。
そして安心して、いろいろと勉学に励んだりする。
勉学?
そ、ベンガク。

いま YouTube でバレエの映像を収集し、データベースを作っているところ。
これが金銭的余裕をもたらしてくれるかどうかは疑問だけど、すくなくとも部屋でぼんやりしている独居老人の、いいヒマつぶしにはなっている。

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2019年5月 1日 (水)

孀婦岩

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太平洋のまん中に孀婦岩という島(岩)が屹立している。
孀婦(未亡人)という名前は、聖書に描かれたソドムとゴモラの崩壊のとき、うしろをふりかえって石になったロトの妻がモデルだそうだけど、遠方から見ると、僧衣をまとったお坊さんがたったひとりで佇んでいるような異様な姿である。
場所は伊豆七島の八丈島と小笠原の中間あたりで、ただこの航路からいくらかはずれているために、むかし小笠原へ行くために連絡船に乗っていたわたしが、いくら目をこらしても見えなかった。

わたしがはじめてこの島のことを知ったのは、生前の団伊玖磨さんが八丈島に仕事部屋を持っていたころのことである。
そのころ、この人の「八丈多与里」という随筆がラジオ放送されていて、わたしも仕事のあい間によく聴いたものだった。
パッションフルーツという果物の名前をはじめて聞いたのもこの放送からである。

この随筆は本にもなっていて、それにたしかこの島の探訪記も出ていたと思う。
知り合いの釣り師や潜水士を伴った、一種の博物記のような本だから、そっち方面に興味のあるわたしは熱心に読んだ。
島のまわりの海はマグロやカツオのような大型回遊魚の宝庫で、取材チームのひとりが海に飛び込んで、海流の速さに溺れかかったなんてエピソードが興味深かった。

ただ、もちろんわたしのような無名人が、この島をじっさいに見に行けるわけもない。
いいかげん忘れかかっていたころ、最近NHKの番組でこの島の実態がくわしく報告された。
太平洋上に孤立した島だから、固有の進化した昆虫などがいて、研究するにはおもしろそうだけど、平地やビーチのまったくない島だから、水着のお姉さんが訪れることは、将来にわたってあり得ないと思われる。
不思議なかたちの島は、何千年、何万年かあとには、また砂漠の遺跡のように地上からすがたを消すのだろう。
むなしく天をさすこの島を見ていると、ほんのわずかな時間しか生存しない人間と、悠久の歴史をもつ大自然をつい比較してしまう。

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