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2019年9月11日 (水)

映画「東京裁判」の1

今年の終戦の日あたりに「東京裁判」という古い映画を観て、そのとき感想文を書こうとしたものの、なにしろ4時間半もある映画だし、うかつなことを書いて右翼や左翼から攻撃されてもつまらない。
それでそのままほっぽらかしにしてあったんだけど、その後、ときどき思い出したように書きつづっていた駄文が、ようやくまとまったので公開する。
あいかわらずヒマね、わたしって。

Ts01

「東京裁判」を観るまえに心配だったのは、監督の小林正樹という人が、ちょっと左翼がかった人だと思い込んでいたので、映画も朝日新聞あたりが喜びそうなものになっているのではないかということ。
しかし結論を先にいうと、偏向を問題にするような映画ではなかった。
このていどなら、いまでもNHKがよくやっている、戦争ドキュメンタリーとたいして変わらない。
ただ、戦争の記録映像はテレビなどでよく見かけるけど、ほとんどがあちらこちらの戦場から集めた断片的なもので、この映画のように一貫した主題にそって並べたものを見られるのは貴重だった。

Ts02

わたしは戦後生まれで、戦争とはまったく関係なく生きてきた人間だから、70年もまえの裁判の結果に文句をいったり、是非を論じる資格がない。
この映画にはたくさんの証人が登場するけど、たとえばかって満州帝国の皇帝だった溥儀、彼が何か証言しても、すでに戦争は決着して戦勝国による裁判が始まっているのだ。
彼が正直に事実を述べたという確証はない。
バターン半島で虐待を受けたという米兵の証言は、それを実際以上に誇張していたと考えてもおかしくない。
証拠も証人も疑えばキリがないし、とにかくいまとなっては何もわからないのだ。
だからここでは裁判の結果や、個々の被告の罪についてはいわないことにして、東京裁判をもうすこしべつの視点からながめてみよう。

Ts03

東京裁判については、いまだに勝者が敗者を裁く不公平なものだったという人がいる。
しかしこの裁判にかぎれば、起訴された者が21人。
そのうち死刑の判決を受けた者が7人。
だれかが責任を取らなければいけないとしたら、この数は多いか少ないか。
かりに東京裁判がソ連の主導で行われていたら、死刑はもっと増えていたかもしれない。

Ts04

裁判全体をながめると、最初の陳述、まず裁判の正当性を問う日本側の質問は、ハナっから無視しようという意図があったようである。
裁判長はウェッブというオーストラリア人だけど、あとで述べるように、最終的に東京裁判から逃げおおせた被告も何人かいた。
それがけっきょくうやむやになったのだから、多少の不備や不満は無視して、さっさと仕事を片付けようという裁判だったように感じてしまう。
しかしそんな裁判長を罵倒して退席をくらうアメリカ人弁護士もいたくらいだから、弁護団は被告たちの弁護に全力を尽くしたといっていい。

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