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2019年9月17日 (火)

詩に焦がれる

トシとったせいか、むかし読んだ詩が恋しい。
こういうことを書くと、若い娘を見て目をギラギラさせるおまえがか?  精神分裂症じゃないのかっていわれそう。

そうかもしれない。
わたしは若いころからいろんなものに興味を持ってきた。
というと聞こえがいいけど、そのじつ、ひとつのことに集中できないタチだ。
教室で授業を受けていても、こころはつねに山のあなた。
これじゃたしかに分裂症かもしれない。
でもまあ、そんな自己嫌悪にさいなまされる人生だからこそ、同じような経験をもつ詩人の作品に焦がれるのかもしれない。

ここに載せるのは中原中也の「夜更け」という詩。

 夜が更けて帰ってくると
 丘の方でチャルメラの音が・・・・ 

   夜が更けて帰って来ても
   電車はまだある ・・・・

 かくて私はこの冬も
 夜毎を飲んで更かすならいか・・・・ 

   こうした性を悲しむだ
   父こそいまは世になくて

 夜が更けて帰って来ると
 丘のほうでチャルメラの音が・・・・

   電車はまだある
   夜は更ける・・・

この詩については以前このブログで触れたことがある。
中原中也の未発表の詩が発見されたというもので、そのときはまだ中原の詩かどうか断定されていなかった。
でもわたしはアル中が朝になって悔悟しているような、中原に通じるあきらかな個性があると思った。
いまこの詩が彼の詩集に収められているところをみると、わたしの見立てはまちがってなかったようである。

中原中也の人生も悔いと弁解の日々だった。
彼の時代にパソコンやインターネットがあれば、彼も飲むこと以外の趣味を見出したかもしれない。
逆にわたしが彼の時代に生まれていれば、夜毎を飲んで更かす以外になにもできなかったかもしれない。
だからわたしは(たぶん)幸せなほうなのだろう。

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