« アルツハイマー | トップページ | 山椒大夫の2 »

2019年9月24日 (火)

山椒大夫

0876

昨日は知り合いと待ち合わせて、吉祥寺でステーキを食ってきた。
待ち合わせに使ったのが駅前にある武蔵野市の図書館。
わたしが先に着いて、約束の時間までまだ30分あったから、そのあいだ何か読んでいようと考えた。
30分ではミステリーや長編小説を読むわけにはいかない。
けっきょくむかし読んだ本の中の、印象に残った部分をひろい読みすることにした。

取り上げたのが森鴎外の「山椒大夫」。
いわずとしれた安寿と厨子王丸の物語である。
知らない人はいないと思うけど、これは平安時代、九州へ流された父親に会うために、東北からからはるばる旅をした母親と子供たちが、途中で人買いに誘拐され、奴隷として山椒大夫という資産家に売られて苦労する物語である。
明治時代に、一流の文学者によって書かれた、子供向けの童話が必要だという鈴木三重吉あたりの提案に応じて、鴎外が古い伝承を脚色した作品だったはず。

原文どうりでは昭和の子供たちにむずかしいところがあるので、もっとわかりやすくした改正版や、マンガ、絵物語にもなっていて、わたしは最初そういうもので読んだ。
おとなになってから原文を読んで、感心した、というより涙を流した。
子供たちの悲しい運命に涙したわけではなく、文章の素晴らしさに感動したのである。

厨子王や、よくお聞き。
あの中山を越えていけば都はもう近いのだよ。
筑紫へ往くのはむずかしいし、引き返して佐渡へ渡るのも、たやすいことではないけれど、都へはきっと往かれます。
お前はこれから思いきって、この土地を逃げ延びて、どうぞ都へ登っておくれ。

これは奴隷となっていた姉弟の、弟を逃すために、山上で安寿が厨子王丸にいってきかせる場面。
劇的で、非常に感動的な別れの場面である。
弟を逃したあと姉は入水自殺をすることになるんだけど、それを具体的に描かず、この章は簡潔なつぎの文章で終わっている。

その日の夕刻、幼いはらからを捜しに出た山椒大夫の討手が、この坂の下の沼のほとりで、小さなわらぐつを一足ひろった。
それは安寿の履であった。

読みやすくするために多少手を加えてあるけど、読み手に情景を想像する能力さえあれば、「山椒大夫」はとにかくすばらしい名文である。
この部分を読むたびに、いまでもわたしは鼻の奥がツーンとする。
この小説にはほかにも書きたいことが山ほどあるんだけど、残念ながら時間がないので、そのすべてを列挙しているわけにはいかない。

30分で感動を味わって、わたしは涙ながらに知り合いと落ち合った。
写真はひさしぶりに食べたヒレ肉のステーキ。

|

« アルツハイマー | トップページ | 山椒大夫の2 »

深読みの読書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« アルツハイマー | トップページ | 山椒大夫の2 »