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2019年10月 8日 (火)

トリエンナーレのその後

「あいちトリエンナーレ」が再開だそうだけど、なんかよくわからんねえ。
慰安婦像もそのままなのか、天皇の写真を焼くっていうパフォーマンスもそのままなのか。
国からの支援があるのかないのか。

全作家が復帰するって書いてあるから、おそらく展示物もそのままなんだろう。
文化庁が補助金の支出をやめたってことは、県がそれを立て替えようというのかしら。
どうも県知事さんと市長さんの意地の張り合いって感じがしないでもないけどな。

再開では、なんでも1日2回の公開で、入場者は1回につき、抽選でえらばれた30人だけだって。
それを1週間ということは全部で420人しか観られないってことになる。
そんな芸術祭があってたまるか。
意見の分かれる展示物を撤去して、正々堂々と公開するほうがよっぽど社会のためになる。
もう国勢を分断しても意地を張り通そうという政治家のパフォーマンスにしか見えんワ。

Yt

この件についてもう少し調べていたら、横尾忠則さんの絵がやり玉に上がっているネット記事を見つけた。
彼の絵には旭日旗をモチーフにしたものが多く、軍国主義調だと抗議されたことがあるそうだ。
ソースは毎日新聞だから、つまり慰安婦像に抗議するなら、横尾さんの絵にも抗議すべきだというつもりかもしれない。
またつまらない屁理屈を持ち出したな。

わたしが初めて横尾忠則さんの絵を知ったのは、まだ平凡パンチが隆盛のころで、わたしもまだまだナィーブな青年のころだった。
当時、芸術に関心のあった若者で、彼の絵に刺激を受けなかった者はいない。
しかし、ことわっておくけど、彼が図柄に旭日旗を使ったころ、それが軍国主義の象徴だなんて問題にされたことは、ただの一度もなかった。
旭日旗が反日プロパガンダとして利用されるようになったのは、2011年ごろからだ。
いまの韓国を見ればわかるけど、世界中からほんのわずかでも旭日旗模様を見つけるのに半狂乱になっている状態だから、それについて抗議した御仁も、ずうっとあとになってから言い出したにちがいない。

いっておくけど、芸術家がどんなものをモチーフにしようが、他人がゴタゴタいうことじゃない。
芸術に障害があってはならないとわたしは信じるけど、横尾さんの絵が「あいちトリエンナーレ」の話題に関連があるとは思わない。
およそ方向性のちがうものまで引っ張り出して、自説のために使うのはやめてくんないか。
わたしたちはいつまで隣国の病的な精神に付き合わなければいけないのか。

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