« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »

2019年12月

2019年12月31日 (火)

大晦日に寄す

0894

今年は仕事をやめた記念すべき年だけど、それもいよいよあと数時間ということになった。
ちょっと不思議な気がしないでもない。
わたしがいまのアパートに越してきてから20年あまりになるけど、もう半年もすればまわりの景色は一変しているだろう。
越してきたころはすぐとなりが、東京ではめずらしい専業農家で、アパートのまわりはまるで信州の片田舎のように自然に恵まれたところだった。
陽をさえぎるものといったら、庭にそびえる大きなケヤキの木だけ。
この木のこずえにはカラスが巣をつくり、春になると子育てをしているのが部屋から観察できた。
農家のおじさんがそれをイヤがり、木に登って巣を叩き落とすという、そんな民話みたいな光景も見られたくらいだ。

このアパートはわたしみたいな自称ナチュラリストにとって、まことに恵まれた住まいだったのである。
ところが2年半まえに農家のおじさんが亡くなって、家が(細かい事情は知らないけど)さっぱりと撤去され、今年いよいよ住宅建設が始まった。
すでに区画割は済んでいて、それによるとわたしの部屋のハナっ先3メートルのところまで、新しい住宅が迫りそうである。
迫るのが女子大の寮でもあれば文句はいわないが、これではおちおち昼寝もできない。
新しい家の住人だって、すぐ目のまえのベランダで、わたしみたいなおじさんがパンツを干していたら落ちつかないだろう。

つまりわたしの幸福な生活は終わりを告げたのだ。
たぶんわたしは来年のしかるべき時期に、新しい住まいに引っ越すことになるだろう。
ちょうど住宅建設が始まるこの年に、たまたま仕事をやめることになったのもなにかの縁かもしれない。
バラ色の未来が待っているような気はぜんぜんしないけど、わたしはこの部屋で見た四季おりおりの風物をけっして忘れない。

| | コメント (0)

2019年12月30日 (月)

今日の新聞

Gt

今日の新聞の1面トップは「カナリアの歌」という特集で、現在の地球温暖化に対するあれやこれや。
今年は幾つか新しい動きがあって、たとえば日本でも過去にないような強力台風がやってきたとか、スウェーデンの環境少女グレタちゃんの登場など。
世界中に彼女の動きに賛同する若者が増えている一方で、トランプさんみたいに全く理解を示さない大人もいる。
わたしはどっちかというとトランプさん世代だから、できることならこのまま社会が大きな変動に揉まれることなく、どうかわたしの生きているあいだくらい現状維持でいてほしいと考えてしまう。

しかしいま若者である世代、いま赤ん坊である世代、これから生まれてくる世代にとっては、これは切実な問題だ。
せめてと、わたしは提案する。
年寄りたちが変革を望まないのはかまわない。
しかし彼らを揶揄したり、妨害したりするのだけはやめて、彼らが温暖化についてより深くの知識を得ようとするのを妨げないようにしようじゃないか。
幸運に恵まれたすぎた時代を生きてきたわたしたちには、次世代にそのくらいのことをしてあげる義務があるはずだ。

ミス・グレタのこのブログ再登場。
彼女を支持するために、できるだけカワイく写っている写真を使うことにした。
こういうのは揶揄ではない。

| | コメント (0)

2019年12月29日 (日)

年賀状

0893

あ、どうしよう、どうしよう。
今年はまだ年賀状を買ってないよ。
仕事をリタイヤして最初の正月だから不義理をするか。
返事を出さなければ、みんな怒り狂って、来年からはもう年賀状を寄こさなくなるだろう。
うん、この手でいこう。
もしこのブログを読んでいる人で、今年も年賀状を出そうという人がいたら、返事はないですからといっておく。
メールアドレスがわかっていれば、メールの年賀状くらい書くかもね。

| | コメント (0)

2019年12月28日 (土)

寒い

0892b_20191228184601

いい天気だ。
というわけでまた散歩に出たけど、風がおそろしく冷たい。
どこかでブログの更新をするつもりなのに、これでは寒くてベンチに座ってもいられない。
そうそう、夏のあいだ何度か泳ぎに行った味の素スタジアムのとなりの新しいプール、あそこには受付の横にテーブルもあるし、なんならプールを見下ろす見物席もある。
ああいうところで水着の美女でも眺めながらブログの更新というのも乙なものではないか。
プールなら暖房だって効いているに違いないし。

そういうふざけた理由で行ってみたら、正月の4日まで休館日としますだって。
ふざけやがって、こっちも税金を払ってんだと、意味不明な八つ当たりをしたものの、仕方がないから、いま飛行場のわきのベンチで、冷たい風に吹かれながらこれを書いています。
年末とあって飛行場もピストン発着だ。
え、わたし?
今年も年末年始はひきこもり確実。
世間にはめずらしくない年寄りです。

添付した画像は、以前このブログで、神の祟りによって息子を奪われ、両腕を天にさしのべて悲しむギリシア神話の中の母親像にたとえたエノキの古木を、その時とは別方向から眺めたもの。

| | コメント (0)

2019年12月27日 (金)

本を借りる

ヒマつぶしに図書館に行く。
なにを借りようか。
最近の小説なんか読む気がしないから、むかし読んだ本でもういちど読みたくなる本がいい。
わたしは旅行好きで、ほかに歴史や博物学にも興味がある。
そういう人の場合、司馬遼太郎の「街道をゆく」や、ダーウィンの「ビーグル号航海記」は、何度読んでもおもしろい。

「ビーグル号航海記」のほうはとっくに手持ちの文庫本を整理してしまったから、それをもういちど読もうと考えた。
しかしダーウィンといえば「種の起源」という名著がある。
考えてみるとその理論については、さまざまな文献であるていどのことは知ってるくせに、現物はいちども読んだことがない。

で、書架のまえで「種の起源」を手に取ってみたんだけど、これはハードカバーでとっつきにくそうな本である。
うーんと考えたあげく、ダーウィンの理論も最近はだいぶほころびが目立ってきたようだから、それよりも新しい「ダーウィンの『種の起源』を読む」という本にした。
これは「種の」をわかりやすく解説した本らしいから、わたしにもとっつきやすいのではないか。

おもしろがったらブログ・ネタにするつもりだし、つまんなければ何も書かない。
今夜はこれから飯を食うので、読み始めるのは夜中だ。
あまり期待しないで待っとくれ。

そんな下らないことを書いてるあいだに、あ、もう今年もあとわずかだよ。
年をまたいで読むことになりそうだな。
それもまた楽し・・・・か。

| | コメント (0)

2019年12月26日 (木)

手抜き

寒いね。
今夜の寒さはハンパない。
灯油を仕入れに行かなくちゃ。
ひきこもりも楽じゃないワ。
これってブログの手抜きの言い訳に使えそう。

| | コメント (0)

2019年12月25日 (水)

満州の丘の上

Hm

先日、翻訳エンジンに触れたとき、顔見知りのロシア人がリンクを張った「満州の丘の上」というワルツについて書いた。
いい曲なのでわたしが独り占めするのはもったいない。
そこでこのブログでももういちどリンクを張っておくから、思う存分聴いてほしい(前回もリンクを張ったけど、今回はわたしの好きな別バージョン)。

これは日露戦争で死んだ兵士をうたった曲だというから、それを承知で聴けば感慨はまた特別だ。
この戦争では日本の兵隊もたくさんの屍を荒野にさらした。
歴史に詳しい人なら、満州の丘といえばまっ先に203高地の激戦を思い浮かべるだろう。
だからロシアを憎めといってるわけじゃない。
これが歴史というものだと、えりをただして聴いてほしいのだ。

| | コメント (0)

朝日(新聞)の落日

今日のウチの新聞にはたまげた。
いくら部数が減って読み手がいないからといっても、もうほとんどヤケッパチ。
1面、2面で今回の日韓会談に触れているけど、なんの進展もなかったものを進展ありとは書けない。
それで社説でまたごちゃごちゃいってるんだけど、
これまでのところ深刻なダメージが取り沙汰されるのは日本側だとか、さほど損害が伝えられない韓国側でもとか。

せめて双方に被害が出ているとは書けないものか。
韓国人観光客が激減しても、その他の国の観光客が増えて、全体としてはほとんど変わらないということは、まだ最近の朝日新聞がグラフを載せていたばかりなのに。

日本のビール会社やユニクロの損害が小さくないことは知ってます。
でもそのせいで日本の企業が、生産計画の見直しとか人員削減なんかで大騒ぎになってるような雰囲気じゃないし、あっちでは航空会社や自動車メーカーが、それこそ倒産の危機を迎えているというのに。
え、ビールと飛行機じゃ比較にならないでしょ。

日本と韓国のいいぶんは食い違っていたなんて他人事のように書いているけど、新聞社なら現地で取材してるんでしょ。
だれがどんなことをいったかそのまま書いてくれれば、食い違っていたかどうかはこちらで判断できることなのに。
なにさ、そんなに本当のことを書くのがイヤなのか。
ほかに書くことがないから、文サンの話の途中に日本側が記者を退席させたって。
もう冬になったというのに、まだ桜を見る会がどうのこうのって。
あああ、もう新聞社なんか止めちまえ。

ここまでわかりやすい偏見いっぱいの記事を書いてくれると、こちらも頭が混乱してしまいます。
ひょっとすると朝日新聞は韓国人を嬉しがらせて、ますますつけ上がらせて、文大統領サンをもっとがんじがらめにしようと、そういう日本政府の密命を受けて記事を書いているのではあるまいか。

| | コメント (0)

2019年12月24日 (火)

退屈しない

いつも散歩に行く飛行場のかどから眺めると、滑走路を挟んで、対角線の延長上に大きなビルが三つ並んでいるのが見える。
はてね、あんなところにあんな大きなビルがあったっけ。
それほど遠方とも思えないから、今日は散歩を兼ねてそのビルの所在地を確認してくることにした。

0891

方角的には府中の試験場のうらのほうという感じだから、てくてく歩いて、是政線のガードをくぐり、野川公園の西のとっつきまで行ってみた。
ここまで来ることはめったにないけど、このあたりは国分寺崖線がえんえんと連なり、武蔵野っぽい広葉樹の林がそこかしこに残っていて、なかなか風光明媚なところである。
崖線の斜面には大岡昇平の「武蔵野夫人」でも住まわっていそうな高級住宅がならぶ。

しかしよく見ると、つわものどもが夢の跡、空き家になっている住宅も目についた。
建物も環境も申し分ないのにもったいない話だけど、勝手な想像をしてみると、おそらく功なり名を遂げた老夫婦が住んでいたのだろうけど、二人とも死んだか、奥さんだけがあとに残されて、大きな家だけに固定資産税が払いきれず、おばあさんは息子の家に引き取られ、家だけがむなしく朽ちていく途中なのではないか。

まあ、人生なんて生きているうちが華なのだから、他人の運命の変転に興味をもっても仕方がない。
わたしがいいたいのは、こんなふうに勝手な想像をしていると、ホント退屈するヒマがないということ。

ところでとっつきまで行ってみたのに、三つのビルはまだその先だった。
これ以上行くと煩さな住宅街になってしまうので、そのあたりで引き返すことにした。
今日もジュージツした日だった。

| | コメント (0)

2019年12月23日 (月)

不景気?

昨日はひさしぶりに他人のおごりで、わたしとしては高級な店、年に1、2回という飲み屋に行ってきた。
酒のメニューを見て思ったのは、値上がりしたみたいだなってこと。
めったに行かないから、ほんとうに値上げしたのかどうかわからないけど、はっきりわかったのは、酒のカップを乗せる升がえらく貧弱になったこと。
この店では日本酒を注文すると、木の升の中にカップを入れ、上からどばどばとそそぐので、溢れた酒をすするのがタノシミという客もいるんだけど、その升がえらく平べったくなった、というのはこれはもう一目瞭然だ。

わたしたちは開店と同時に入ったんだけど、店に1時間ほどいて、ほかの客はとうとうひとりも来なかった。

うーむである。
ひきこもりだとわからないけど、世間はわたしの思っている以上に不景気なのかねえ。
韓国とケンカをするくらいなら勝てるかもしれないけど、日本はほんとうに落ち目なのかしら。
今日の新聞の1面トップが「養育費月1、2万円増」だって。
ウチの新聞は信用しないことにしてんだけど、たまには真実もあるんかねえ。

| | コメント (0)

2019年12月22日 (日)

翻訳エンジンの続き

英語にかぎらず、いまはパソコンで、フランス語、ロシア語、中国語、韓国語など、たいていの国の言語を翻訳できることがわかった。
だから日本語で書かれてないウィキペディアのページや、気になる外国の新聞記事などを見つけたとき、それを丸ごと翻訳するのはむずかしくない。
学生時代のように、英語辞書と首っ引きで翻訳してられるほどわたしはヒマじゃないので、ほんとうにいい時代になったと思う。

わたしがつぎに考えているのが、YouTube の翻訳ということだ。
ロシア人のアシヤやブリンチクみたいに日本語で話すユーチューバーもいないことはないけど、大部分のユーチューバーはそこまで親切じゃない。
たとえば
YouTube の優等生 Only ln Japan のジョン・ドーブ君も、話すのは英語オンリーだ。
そこに日本の刃物の街を訪ねたとか、盆栽についてなんて映像があると、日本人のわたしとしてはどんなことをいってるのか知りたい。
映像を観ているだけでおおよその察しはつくけど、わがままなわたしは一言一句まで知りたいのである。

最近では音声の翻訳エンジンもあるくらいだから、じっさいに YouTube にも、かなりいいかげんだけど、同時通訳で字幕が表示できるものもある。
Only in Japan
の映像は、もともと外国人に日本のことを紹介するのが目的だから、字幕といっても英語で、日本人が日本語で話す部分だけ英語に翻訳される。
この字幕は完璧だけど、編集の時点であとから挿入されるもので、同時通訳ではあるまい。

YouTube の大半を占めるのは、しろうとが撮った映像だから、あとからいちいち字幕を入れるようなことはしていられないはずだ。
ここはどうしても会話を同時通訳してくれる翻訳エンジンが欲しくなる。
残念なことに、英語でペラペラしゃべっていることを、その場で正確に英語に訳してくれる翻訳エンジンはまだないようだ。
ウィキペディアや外国の新聞サイトは、じっとしてるページを翻訳するだけだから楽だけど、流れる会話を追っかけて翻訳するのはまだむずかしいのだろう。

わたしは映像をいったんパソコンに取り込んでから、それを何度も繰り返して音声翻訳に聞かせるということをしたことがある。
しかしわたしみたいに興味の対象がつぎつぎにあらわれる人間には、まだるっこしくてとてもやっていられない。
早口でなまりのあるどんな国のセリフでも、発声と同時に日本語字幕をつけてくれる翻訳エンジンの登場が待たれるけど、早くしてくれないと、わたしはまたしても乗り遅れてしまうではないか。

| | コメント (0)

2019年12月21日 (土)

翻訳エンジン

00_edited1

仕事をリタイヤすると毎日が退屈じゃないかという人が多い。
わたしの場合は生まれついてのニートらしく、ネットに凝りまくっているので、そんなことはない。
たとえばグーグルやウィキペディアを利用して、なにかを調べることはよくある。
つい先日もわたしの顔なじみのロシア人が、自分のフェイスブックになんとかいうロシアの曲をリンクさせていた。
哀愁に満ちた感傷的な曲だったので曲名を知りたいと思ったけど、もちろんわたしにはロシア語はわからないのである。

こういう場合はどうすればいいだろう。
心配いらない。
現代は翻訳エンジンの時代だ。
ツーといえばカーと、コンピュータが瞬時に翻訳してくれる時代なのだ。

無料で使える翻訳エンジンはたくさんあるけど、とりあえずグーグルの翻訳を使ってみたら、それは「満州の丘の上」という曲であることがわかった。
曲名がわかればリレー検索で曲の背景もわかる。
これは日露戦争のときに死んだロシア兵をしのぶために作られた曲であることも。

こんなふうにあっちこっちに興味を持っているので退屈のしようがない。
最近知ったことなんだけど、外国語のウェブサイトも翻訳エンジンでかんたんに訳せてしまう。
わたしの好奇心に富んだ脳みそは、知識を求めて悶え苦しんでいるのに、英語を勉強するのは大キライと横着なやつでもあるので、これはとってもありがたい。

Mw01b Mw02b

日本に関係のあるものならともかく、そうでないものを調べるには英語のサイトしかない場合が多い。
たとえばわたしの好きなバレリーナ、ミシェル・ウィレムスというカワイ子ちゃんの経歴を調べようとすると、彼女は日本ではまだそれほどメジャーじゃないから、どうしてもあちらのサイトを参照することになる。
えいやっと翻訳エンジンのお出ましだ。
ウィレムスちゃんの所属するチューリッヒ・バレエ団のホームページからたどって、彼女がフランス人、ボリショイ・バレエ学院の出で、2016年にチューリッヒに加わったこと、2018年にチューリッヒ・バレエ団のダンス賞を受賞したことなどがわかった。

こんなふうにいろんなことに興味を持ち、つぎからつぎへといろんなことを調べているから、ぜんぜん退屈しない。
興味の対象はたくさんあるのに、今回はなぜウィレムスちゃんのことを引き合いに出したかというと、明日の深夜に、また彼女の「くるみ割り人形」が放映されるからだ。
でもこれは前にも録画したからなあ。
調べているうち引っかかったんだけど、彼女は「ファウスト」という別の舞台にも出演しているらしいから、今度はそっち(下の写真)を放映してくれないかしら。

Mw03

その後さらに調べてみたら、この 「ファウスト」 は予告編だけが、YouTube で見られるようである。

| | コメント (0)

2019年12月20日 (金)

見舞い

天気のいい日はなにをするか。
わたしの場合、また散歩でしょという人がいるかもしれない。
今日はめずらしく他人の病気見舞いだ。
知り合いが脳梗塞で倒れたというので、見舞いに行くことにしたのだ。

バスと列車を乗り継ぎ、もよりの駅から20分ほど歩いて病院へ。
わたしはまだまだ歩くのが好きである。
まして外は好天で、
12月とは思えないほど暖かい日だった。

患者についてあまり詳しいことは書かないけど、栄枯盛衰は世の習い、彼はかっては体育会の猛者として、地まわりのヤクザをもビビらせた頑健コワモテの、このブログにも何度か登場した大先輩である。
そういう人がベッドに横たわり、カゴに入れられたシャモのように、病室の窓から外を眺めている姿には同情を禁じ得ない。

仰向けのまま、オレやせたかと訊くから、そうでもありませんね。ただ、いくらかトシをとったみたいだけどと答える。
病室はエアコンの調整を間違えているんじゃないかと思えるほど暑い。

知り合いといっても、普段から親分子分みたいに気さくに話し合っている相手ではないから、そのうち口べたなわたしは話すことがなくなってしまった。
頑張ってリハビリをして、また旅行に行きましょうと言いおいて、帰ることにした。

日ごろヒトのわるいことばかりいってるから、からかいに来たんだろうと思われかねないけど、わたしが殊勝な態度で見舞いに行くのは、自分の運命と向かい合うためなのだ。
大先輩の場合は一軒家に息子夫婦と同居だから、ほんとうに案じるべきはわたしのほうなのである。
いったい自分はいつまで生きればいいのかって。

| | コメント (0)

2019年12月19日 (木)

日本の底力

トランプさんの弾劾が決まったそうだ。
決まったといってもすぐに大統領職を追われるわけではない。
大統領の権限はそのくらい大きいのだ。
といってもわたしはアメリカの法律に詳しくないから、これから先のことはわからない。
わかるのは、だれが大統領になろうと、日本政府はうまくやるだろうということ。
なにしろ共和党のブッシュとも、民主党のオバマとも、そして八方破れのビジネスマン大統領ともうまくやってきたのだ。
見よ、これが日本の底力だ・・・・と自慢してもいいかしら。

| | コメント (0)

2019年12月18日 (水)

ウインドブレーカー

0890

また散歩に来ている。
今日はいくらか風があるけど、ベンチに座っていても我慢できるレベル。
わたしが着ているのはL..BEANのウインドブレーカーで、これはゴアテックス1枚でできたぺなぺなの製品だけど、風を防ぐにはすこぶる強力。
こういうものはやっぱり若いうちに買っておいたほうがいい。
わたしみたいにリタイヤしたあとではちょいと手を出しにくいものだ。

もっと寒くなったらどうするか。
わたしには冬のロシアを制したダウンの防寒コートもある。
こんなものを使わずに春になってくれれば、そのほうがいいんだけどね。
地球温暖化も気になるけど、とりあえず今年の暖房費のほうが心配なので。

| | コメント (0)

2019年12月17日 (火)

冬の夜

わたしが仕事をリタイヤしたことについては、いつも喜んでばかりいるわけじゃない。
まだまだ健康で働けるのに仕事をしないなんてと、わたしに女房がいれば確実に糾弾される。
世間に対して顔向けできないという気分は、わたし自身にもないわけじゃない。
しかしそういうとき、わたしはまた自己弁護のための屁理屈を持ち出すのだ。

仕事をリタイヤすることになったあとで、3人ばかり現役の人と話をしたけど、彼らは、現役であるくらいだから、まだまだずっと働くという。
わたしより年上の人もいるのに、彼らは死ぬまで現役だそうだ。
そりゃ見上げたこころざしだけど、寝たきりになってまでは働けないだろう。
仕事中にポックリいければ幸せだけど、そんな幸運が誰にも訪れるわけじゃない。

けっきょくだれだって遅いか早いかの違いだけで、いつかは仕事をリタイヤしなければならない日が来る。
運のいい人ならリタイヤしてすぐに死ぬかもしれないし、運のわるい人ならまだ20年も生きるかもしれない。
わたしは逆説的な言い方をしてるんだけど、ギリギリまで仕事をしていた人に、リタイヤ後まで元気で趣味にひたる時間が残っているだろうか。
わたしが見たところ、死ぬまで現役という人の中には、晴耕雨読の心境にはほど遠く、リタイヤしたらやることがなくて不安だという人が多いような気がする。

ここから先はわたしの個人的なことになる。
わたしは人生に逆らわないでいきてきた。
えらくなろうと努力もしてないし、なにがなんでも家庭を持とうと考えたこともなく、結婚相手がいなければそのまま独身でいいさと。
つまりやりたいとおり、自然のままに生きてきたわけで、こんな無責任な人間もいないのではないか。

それなのにゴール間近になったら、わたしみたいに幸運な人間はいないと思う。
もともと貧乏性で、派手な趣味には関心がないくせに、カメラやビデオや、パソコン、ダイビングなど、やりたいことはほとんどやった。
自分の目で外国、とくに中国やロシアという国を見たかったけど、それも叶えた。
みんな日本という豊かで平和な国に生まれたせいだ。
それではどうしてわたしみたいな人間が日本に生まれたのか。

わたしは耳が難聴で、これ以上仕事は無理だと思ったからリタイヤしたんだけど、いま難聴が悪化したというのも、ひょっとすると幸運のひとつだったかもしれない。
現在のわたしは生に未練はなく、部屋でやりたいことはたくさんある。
これってひょっとすると、最後に天から与えられた長い休暇かもしれない。
この先は自死くらいしかアテはなくても、最後にそんな優雅な休暇をもらえる人が、世間にいったいどれだけいるだろう。

| | コメント (0)

2019年12月16日 (月)

ダメです

強盗に殴り殺された人のニュースがあったけど、なんでも日ごろから大金を持っていると自慢していた人だそうだ。
バカだねえ。
世の中には金に困ってる人がゴマンといるんだから、そんな自慢をすれば狙われるに決まっているのに。

わたしも親の遺産を隠し持っているらしい人を知っているけど、その人は古い借家で質素に暮らし、こちらから尋ねても、お金なんかないよといいはっている。
まごまごしていると財産を残したまま死んでしまいますよ、いっしょに(あなた持ちで)豪華クルーズの旅行に行きませんかと誘ってるんだけど、アタマがいいのか、本当にないのか、あいかわらず不自由な生活をしたままだ。
強盗に襲われちゃ気のドクだから、とくに彼の名は秘す。
確信があるわけではないので、わたしのところへ聞きにきてもダメです。

| | コメント (0)

2019年12月15日 (日)

訃報

Ak01

いま飲み会の帰り。
「気狂いピエロ」のアンナ・カリーナが亡くなったそうだ。
惜しいと思わない。
わたしもすぐに行く。

| | コメント (0)

2019年12月14日 (土)

かいぼり

0889a

いつも散歩する飛行場のわきに修景池という小さな池がある。
そこで今日はかいぼりをするという。
自称ナチュラリストのわたしとしては、いてもたってもいられずに出かけてみた。
お、やってるやってるってとこだけど、今日はいい天気だし、時間を追って実況中継をするつもり。
なんでもこの近くではカミツキガメも見つかったことがあるらしいけど、朝の10時半の時点ではそんな危険なものは見つかってないもよう。

Pc140040

11時ごろ、いったん戦利品の中間集計があった。
この時点で、コイ、ウシガエル、フナ、外来種のアカミミガメ、クサガメなどと、ほかにメダカ・サイズの魚など。

0889d 0889c

収穫物を確認したかったけど、べつにテントをはった展示場がこしらえてあって、集計現場をちょくせつのぞけないのがもどかしい。
これはトンボの幼虫。

0889e 0889f

収穫物はこのテント内に展示される。
いろいろ説明してもらったものの、12時になってもまだカミツキガメやピラニアは上がりません。

0889g0889h0889i0889k

それにしても暖かくていい天気。
テレビ局も取材に来るし、こんな日にじゃぶじゃぶと池に入って魚を捕るなんて、子供ごころ満喫で、わたしもやってみたかったわー。

0889l 0889m

時おり頭上を飛行機が行き交って、最後はみんなで、ハイ、チーズ。
ほとんどレクリェーションののり。
ボランティアのみなさん、ごくろうさん(と、わたしがお礼をいう必要はないんだけど)。

0889o 0889n

最後に獲物の写真をまとめて。
岸辺にアシが茂っているから、そのあたりになんか大物がいるかと思ったけど、けっきょく大騒ぎするほどめずらしい動物はいなかった。
カメは外来種のアカミミガメ、クサガメ、ニオイガメの3種類がいたという。
クサガメというのはgrassかと思ったら、くさいからつけられた名前だそうで、ニオイガメのほうは、ずばり臭うらしい。
ニオイのほうはめずらしい貴重なカメで、だれか飼っていた人が捨てたんだろうとのこと。

| | コメント (0)

2019年12月13日 (金)

むずかしい日本語

「海外の万国反応記」というサイトに、日本語、中国語、韓国のハングルのうち、どれがいちばん習得するのにむずかしいかという話題が立っていた。
ハングルについてぜんぜん知らないからどうでもいいけど、中国語はやさしいと思う。
中国語には四声といって、微妙な発音の高低があるんだけど、音痴で音感のよくないわたしは、ハナっからそんなものを無視して大陸のあちこちをうろついたのに、あまり困った記憶がない。

とりあえず四声は無視して、言葉のむずかしさを考えると、そもそも漢字というのは、多種多様な民族でも、見ればわかるようにと考案された表意文字である。
木というのは文字通り木のかたちをしており、これが二つなら林、三つなら森である。
火という文字、川という字、田んぼの田、門、馬、鳥、魚、亀、みんな文字のかたちが意味を表しているので、どんな国のどんな国民が、どんな読み方をしようと意味はわかる。
こんなわかりやすい言語はないんじゃないか。

文章の組み立て方にしても、疑問文の場合は文章の最後にマをつける、完了形の場合を動詞のうしろに了をつけるだけ。
わからなくなったら、それらしい単語を適当に並べるだけで、なんとか意味が通じてしまうのだ。
いま中国の知り合いとメールのやりとりをしているわたしがいうのだから間違いがない。

最近では簡体字なんてものが登場してるけど、これだってもとは漢字が難しすぎるから、アタマのよくない人にもわかるようにと画数を減らした文字だ。
そんな事情からしても、中国語がむずかしいなんてことはあり得ないと思う。
ハングルの場合は世宗大王という人が考案したそうだけど、わざわざむずかしい言語を新しく考案する者はいないだろうから、そんなことを考慮すると、これもあまりむずかしくないんじゃないか。

中国語、ハングルに比べて日本語のむずかしさはどうだ。
漢字、ひらがな、カタカナに加え、英語や漢数字、アラビア数字、絵文字なんてものが入り乱れ、同じ漢字でも二つも三つも読み方がある。
これで発狂しないのだから、日本人がアタマがいいのは当然だ。
わたしはやっぱり日本語がいちばんむずかしいと思う。

| | コメント (0)

2019年12月12日 (木)

墨東綺譚

この8月に図書館から永井荷風の「墨東綺譚」を借りてきたことは、このブログに書いたことがある。
ブログのネタにするつもりで、いちおう批評みたいなものをまとめたんだけど、完成直前でメンドくさくなって、そのまま書斎のかたすみ、つまりタブレットの中に埋もれさせてしまった。
それがひょんなことから出てきたから、ホコリを払ってブログに載せることにする。
じっさいに書いたのは3カ月もまえだから、ちょっとピントのずれたところがあるけど、もともと流行に関係ない古い小説だからかまわない。

Nk01

じつはわたしは、この本をずうっとむかしに読んだことがある。
ただ右から左に抜けたみたいで、あまり内容をおぼえていない。
おもしろければおぼえているはずだから、たぶんおもしろくなかったのだろう。
ただし前回読んだのはまだ青春時代だったから、ここに描かれたおとなの男女の情愛というものが理解できなかったのかもしれない。
そういうわけで今回はじっくり腰をすえて読んでみた。

この小説は小説家らしい主人公が、創作中の小説のストーリーをああ展開しようか、こう発展させようかと悩みつつ、墨東の青線地帯を徘徊するという内容で、最初のほうでは、現実の話と創作中の話が並行して描かれる。
だからそういう物語なのかなと思ったら、後半になると、創作中の話のほうはいつのまにか雲散霧消してしまった。
創作中の話というのは、現実の自分の体験をもとにしているので、つまり同じような話が並行して描かれるわけだから、よけいつまらない。

ほかにも墨東綺譚は、作者の小説を書こうという意識が強すぎるような気がする。
やたらに地名の固有名詞が多く、これは物語の背景を詳細に語ろうというつもりかも知れないけど、いささかわずらわしい。
森鴎外の歴史小説にも、冒頭に丹念すぎる背景描写があるけど、それとは効果がだいぶ異なるのである。

ヒロインについても、娼婦に身を落としながら、まだ汚れていないけなげな娘というつもりのようだけど、言葉づかいなんかみると、もうそうとうにベテランみたいに思えてしまう。
読み終えたあとで、ええとこの女性はけっきょくどうなったのかと考えてしまった。
結末がなにがなんだかわからない、川端康成の「雪国」のお駒さんと比べても、とくべつに印象の残る女性ではないのである。
「墨東綺譚」というと名作のほまれが高いけど、そういうわけでわたしはあまり感心しない。

Ty01

ただ戦前の墨東、つまり向島、玉ノ井あたりにあった赤線・青線のようすを知りたい人には、なかなか参考になる本だ(もっと直感的に知りたい人は滝田ゆうというマンガ家の作品のほうがいい)。

この本には作後ぜい言というあとがきみたいな文章があって、むしろ本文よりこっちのほうがおもしろかった。
この部分は墨東綺譚を書くに至った動機や、街で見かけた当時の風俗や、三面記事にふさわしい些細な事件、花電車、東京音頭、銀座の服部時計店、円タクのことなどが、見たとおりに語られているので、往年の東京を知る資料としても価値がありそう。
文中に知識人のおじいさんが、森鴎外の小説の末節を引用するところがあり、その部分がいつまでも印象に残っている。

| | コメント (0)

2019年12月11日 (水)

ムシのいい記事

今日のウチの新聞に、めずらしく気持ちイイ記事が。
オピニオン面の「多事奏論」というコラムだけど、日本では老後の不安から、いちばん財産を持っているのが年寄りなんだそうだ。
それが最近話題になった老後に必要な2千万円かどうかは知らないけど、とにかく日本の老人は金持ちだそうで、それを使わないまま死んでしまう人が多いという。
そんな死蔵されている財産を吐き出させ、経済活性化のために利用したほうがいいではないか。
ホントかウソか、イタリアやスウェーデンでは、財産をすっぱりと使い果たして死ぬ人が多いそうで、日本も見習ったらどうだというムチャな言い分が、今日の記事の主旨。

将来に不安を感じている日本人が、そうかんたんに財産を使ってしまおうと考えるかどうか疑問だけど、新聞では不安を払拭するために、75〜80歳を超えた老人には、それだけで暮らせるような充実した年金を払えばいいという。
双手を上げて賛成である。
わたしも仕事はリタイヤしたし、たいしてあるわけじゃないけど、あとはひたすら財産を使い切るだけ。
わたしが生きているあいだに、これを法制化してくれればいうことなしだ。
こういうムシのいい記事ばかり書いてくれると、ウチの新聞のファンはもっと増えるだろうに。

| | コメント (0)

2019年12月10日 (火)

政治家の功績

今朝の新聞の投書欄。
先日亡くなった中曽根康弘さんをたたえる投書が載っていた。
ウチの新聞が自民党の政治家をほめるのは(それが投書であっても)めずらしいけど、死んだ人間はけなさないという日本人の、これは美徳といっていいだろう。
中国や韓国なら現政権に敵対した政治家なんて、民族が絶滅でもしないかぎりいつまでもけちょんけちょんだ。
と書こうとしたけど、中国では蒋介石も見直しの動きがあるみたいだから、とりあえず韓国ならと訂正しておこう。

しかし投書に書いてあった文を読んで考えた。
このほめ言葉って、未来の安倍首相にもあてはまるんじゃないか。
けなす人はけなすけど、20年も経ってみれば、安倍首相の政治もじゅうぶんに賛辞に値すると思えるんだけどね。
その任期中、ウチの新聞などに執拗に攻撃されながら、とくに経済を破綻させたわけでもなく、オバマ、トランプ二代のアメリカ大統領とよい関係を保ち、国際的にもうまく立ちまわり、過ちがあればすぐに謝っちゃって、マスコミにも尻尾をつかませず、最長の政権を維持した。

おそらく安倍首相の功績は、彼が亡くなったあとに認められ、それにはさすがのウチの新聞も文句をいえないだろう。
そのときにはわたしもウチの新聞もこの世にはないかもしれないけど。

| | コメント (0)

2019年12月 9日 (月)

なにコレ

Tg

昨夜BSのプレミアム・シアターで放映されたのはオッフェンバッハの「天国と地獄」。
タイトルと、小学校の運動会でよく聴いた派手なテーマしか知らないけど、喜歌劇とあるから、「アルジェのイタリア女」や、ちょいとまえに放映されたグラインドボーン音楽祭の「魔笛」みたいに、楽しいオペラじゃないかと期待して録画した。

なにコレ・・・・・

あぶなくおばさんのパンツを踏んづけてしまうところだった、という危機感を抱かせるような、おぞましいオペラだった。
なんでこんなものを録画しなくちゃならんのと涙が出たけど、そのものすごさが傑作みたいな気もするので、これからブルーレイに焼くところ。
そのうちヒマが出来たらじっくり観るつもり。
わたしもほんとモノ好き。

| | コメント (0)

2019年12月 8日 (日)

保存する

Sm01

先日BSで放映された「アパートの鍵貸します」という映画。
最後に真実を悟ったヒロイン、いちばん可愛かったころのシャーリー・マクレーンが、夜の街のなかを恋人のもとに走るシーンは、何度観ても泣ける。
有名な映画なのでもういちいち内容に触れないけど、こういう映画がわたしの生きている間に、この地球上に存在したというのは奇跡といっていい。
このころのアカデミー賞はほんとうに価値のある賞だった。

わたしはいい映画はテレビで観るだけじゃ飽きたらず、録画して保存して、好きなときに観られるようにしているんだけど、この映画については過去に放映されたものをDVDに焼き、さらに正規の市販版DVDまで持っている。
ところがそれがブルーレイ時代になって、さらにきれいな画質で保存しておけるということになると、ほうってはおけない。
わたしが生涯最高の映画と信ずる「
2001年宇宙の旅」なんか、市販版DVD、録画して自分でDVDに焼いたもの、ブルーレイに焼いたもの、さらにその予備と、都合4枚も保存してある。
これだけあれば心配ないと、思い切り生命保険に入っている、先のみじかいじいさんみたいだ。

| | コメント (0)

2019年12月 7日 (土)

帰ってきたモンちゃん

Mon01

今日は寒いから家にひきこもってパソコンをしている。

このブログでも取り上げたことがあるけど、ずうっとむかし、日本から中国に向けて、YouTube で日本のよさを発信していたモンちゃんという女の子がいた。
彼女が活躍していたのは
2011年から2017年ごろで、みけんににシワをよせ、でっかい口をあけて、日本各地の名産品をほうばっていた姿が忘れられない。
その後彼女は
YouTube を卒業し、中国に帰国して「もっとも影響のある旅行家賞」なんてものをもらったから、それなりの有名人になって、(たぶん)あちらで幸せになっているものと思っていた。

ところが最近になってまた日本に帰ってきたようだ。
じつはわたしは彼女の活躍の全容を知ろうと、モンちゃん主演の
YouTube 映像をコレクションしてるんだけど、最新版で「帰ってきたモンちゃん」という映像がアップされているのに気がついた。
むかしに比べるとだいぶスマートになったけど、あいかわらず陽気なノリで、今回はホタテのっけ丼に挑戦だ。

まだ一話分しかないし、彼女が帰国したあとべつの女の子があとを引き継いだから、これからのことはわからないけど、恥も外聞もものかわ、女性らしからぬ豪快な食べっぷりは、やっぱり彼女でなけりゃと思わせる。
うん、わたしもホタテの刺身に目がないほうだし、彼女が復帰してくれると嬉しいけれど。
はじめての女は忘れられないっていうでしょ(いわないか)。

| | コメント (0)

2019年12月 6日 (金)

野川公園の秋

0888a0888b

また散歩に来ている。
今日は昨日おとといに比べると風が冷たいけど、そのかわり土日ならあふれているはずの、家族連れや子供の声がぜんぜん聞こえないのはいい。
野川公園のなかをのんびり歩きながら、しみじみとこの国に生まれた幸運をかみしめる。
この公園の秋景色は、おそらくフランスにもこんな美しい秋景色はざらにないと思う。

いま自然観察園のビジターセンターで、ブログの更新をしようって算段。
わたしひとりで景色を独占しておくのはモッタイナイ。

0888c0888d

| | コメント (0)

データ流出

神奈川県の行政文書が流出だそうだ。
いまはこういうものも高値で売れる時代だから、文書の入ったHDの廃棄を業者に丸投げというのはまずかった。
でもまあ、今回の騒ぎがちっとはクスリになって、行政もこれからは気をつけるのではないか。

わたしも過去にパソコンをたくさん廃棄しているけど、とにかくHDというやつは頑丈にできていて、処分するのに苦労した。
穴を開ければいいというけど、そんなにかんたんに穴が開くものでもないし、ハンマーで衝撃を与えろとか、塩水につけろ、車で踏みつぶせ、フライパンで揚げてしまえという人もいた。
しかしどの方法でも、ほんとうに中身が消えたかどうかわからないのが難点だ。

でもそのうち割り切った。
わたしのパソコンに他人に知られて困るデータってあるだろうか。
何年もかけて集めたエロ写真や動画もあるけど、それはネットに流布しているものであり、いまどきそういうもののひとつも入ってないパソコンのほうが珍しいだろう。
日記もつけているけど、もう20年以上の文量になるし、政治家や芸能人でもない個人のそんなものを、読みたがる人がいるとも思えない。
なにより1日に廃棄されるパソコンは膨大な数なので、個人のHDをいちいち読み返したって、得るものより失う時間のほうが多いに決まっている。

ただ廃棄したHDを、業者はデータ消去して中古品としてまた売るらしい。
これはちと心配だわサ。
バルク部品でパソコンを組み立てたら、どこかで見たようなデータが残ってたなんてことないのかしら。

心配だけど、もう先が短いんだから、読みたけりゃ勝手にドーゾと恥はかきすてのスタンス。
日記がわりにつけているこのブログだって、最近はふた桁しか読み手がいないのだ。
なんかアクセス上げる方法ないかねえ。

| | コメント (0)

2019年12月 5日 (木)

紅葉のグラデーション

今日も暖かな日だった。
地球温暖化の影響なら、いっそのこと、この調子で暖かいまま春になってくれればいいのに。
リタイヤして収入激減のわたしは、暖房費の節約に頭をいためているのだ。

0887

どうもケチな話題ばかりだな。
海外旅行にでも行くか。
添付画像は、紅くなりかけて、まだなっていない紅葉のグラデーション。

| | コメント (0)

2019年12月 4日 (水)

のんびり

0886

いい天気なので散歩に出た。
今日は風もほとんどないので、ベンチに座っていてもあまり苦にならない。
孤独というのはとてもステキなことだなと思うのはこういうときだ。

目下のわたしは人生のさまざまな重荷から解放されて、毎日をひたすらのんびり生きるだけの生活だ。
ときどきこんな生活をしていていいのかと自問してみるけど、仕方がない。
わたしは人生というものに抵抗せず、自然のままに生きてきたら、いつのまにかいまのポジションに落ちついたのだ。
文句をいうならほかに言っとくれ。

いま座っているベンチからでさえ、散歩している老アベック、イヌを連れた女の人、写真を撮るおじさん、足もとをうろちょろするドバト数羽、さらに陽だまりで野良猫を相手に横になったおばさんなどが見える。
2019年のおだやかな師走のある日だ。

| | コメント (0)

2019年12月 3日 (火)

ネコの手も

夜になると元気づいちゃうわたし。
そのぶん昼間はぼうーっとしてるから、帳尻は合っているのだ。
夜中に起きてなにをしてるかというと、もうネコの手も借りたいくらいやることがある。

日曜日のウチの新聞についてきたGLOBE誌面に、「動画ウォーズ」という興味深い記事が載っていた。
GLOBEは月にいちどの朝日新聞のおまけみたいなものだけど、内容はきわめてハードで、こういう記事にあまり軽々しいいちゃもんをつけるわけにはいかない。
相手がハードならこちらもハードで行こうと、このネタで記事をまとめてんだけど、いやホント、まじめな文章だと手こずって。

認知症ぎみのアタマをひねくりまわしているうち、わたしの日記のデータベースがしばらくほっぽらかしにしてあるのに気がついた。
わたしはわりあいマメに日記をつけてるんだけど、たとえば現在のパソコンを買ったのはいつだっけなんてことを、即座に調べられないと不便だということが往々にしてある。
それでデータベースを作って、いつでも過去の記事を検索できるようにしてあるんだけど、ご存知のようにデータベースというものは、データを入力しなければ役に立たない。
そしてわたしの場合、データ入力は手作業だ。

気分転換にGLOBEネタを中断して、半年分のデータを入力するのに2時間ほどかかった。
そのうち録画したテレビを観なければいけないことに気がついた。
昨日録画したのはBSのワイルドライフと、「ソーシャルメディアの掃除屋たち」というドキュメンタリー。
前者は西表島のシロアリの生態を取り上げたもので、後者は違法・無法が氾濫するSNSのイタチごっこについて。
どちらも興味があるんだけど、データベースの入力をしながら、聖徳太子みたいにどちらも理解するほど、わたしは優秀なアタマを持ってない。

じたばたしているうち、あ、もう空が白白と。
夜のあいだに赤魚の粕漬けを焼いて、夜中の食事もすませたから、阿修羅のごとき七面六臂の活躍だ(間違えないようにいちおうググッてみたら、八面六臂というのが正解だそうだ)。
そんな些細なことより、こういう人生を続けていれば、アルツハイマーはまだとうぶん先だなと思う。

| | コメント (0)

2019年12月 2日 (月)

目視確認

今日はいささか尾籠な話。
ご飯をこれから食べようという人は遠慮したほうがエエ。

今朝、トイレに行ったんだけど、ちょっと出がわるかった。
うーんと気張ったら、ようやくほんの少しだけ出たような感触。
なんか釈然としないまま、立ち上がって自分の出したものを確認してみた。
たまげた。
にょろにょろと、自分が思ったよりはるかに大量のウンコだ。

思い出した。
「街道をゆく」という司馬遼太郎の紀行記のなかに、挿絵担当の須田剋太画伯が畑のなかで野グソを垂れる場面があって、この人もいい年寄りになるまで、自分の糞便の量は少ないと信じていたのだそうだ。
それが野グソをして、つい自分の出したものをながめて、これまでの自分の感覚がまったく違っていたことに気がついたという。

どうも人間の感覚とじっさいの排泄量では異なる場合があるようだ。
そんなことはたまたまの従属的要素かもしれないけど、たまに自分のウンコを確認したほうがいい。
わたしの知り合いに、ある日、自分のウンコがまっ白であることに気がついて、あわてて病院に行ったら、医師からこりゃ大変だよといわれ、それから亡くなるまでにものの半年だった男がいる。
1日1回(ウンコの)目視確認は大切なことなのだ。

| | コメント (0)

« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »