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2019年12月17日 (火)

冬の夜

わたしが仕事をリタイヤしたことについては、いつも喜んでばかりいるわけじゃない。
まだまだ健康で働けるのに仕事をしないなんてと、わたしに女房がいれば確実に糾弾される。
世間に対して顔向けできないという気分は、わたし自身にもないわけじゃない。
しかしそういうとき、わたしはまた自己弁護のための屁理屈を持ち出すのだ。

仕事をリタイヤすることになったあとで、3人ばかり現役の人と話をしたけど、彼らは、現役であるくらいだから、まだまだずっと働くという。
わたしより年上の人もいるのに、彼らは死ぬまで現役だそうだ。
そりゃ見上げたこころざしだけど、寝たきりになってまでは働けないだろう。
仕事中にポックリいければ幸せだけど、そんな幸運が誰にも訪れるわけじゃない。

けっきょくだれだって遅いか早いかの違いだけで、いつかは仕事をリタイヤしなければならない日が来る。
運のいい人ならリタイヤしてすぐに死ぬかもしれないし、運のわるい人ならまだ20年も生きるかもしれない。
わたしは逆説的な言い方をしてるんだけど、ギリギリまで仕事をしていた人に、リタイヤ後まで元気で趣味にひたる時間が残っているだろうか。
わたしが見たところ、死ぬまで現役という人の中には、晴耕雨読の心境にはほど遠く、リタイヤしたらやることがなくて不安だという人が多いような気がする。

ここから先はわたしの個人的なことになる。
わたしは人生に逆らわないでいきてきた。
えらくなろうと努力もしてないし、なにがなんでも家庭を持とうと考えたこともなく、結婚相手がいなければそのまま独身でいいさと。
つまりやりたいとおり、自然のままに生きてきたわけで、こんな無責任な人間もいないのではないか。

それなのにゴール間近になったら、わたしみたいに幸運な人間はいないと思う。
もともと貧乏性で、派手な趣味には関心がないくせに、カメラやビデオや、パソコン、ダイビングなど、やりたいことはほとんどやった。
自分の目で外国、とくに中国やロシアという国を見たかったけど、それも叶えた。
みんな日本という豊かで平和な国に生まれたせいだ。
それではどうしてわたしみたいな人間が日本に生まれたのか。

わたしは耳が難聴で、これ以上仕事は無理だと思ったからリタイヤしたんだけど、いま難聴が悪化したというのも、ひょっとすると幸運のひとつだったかもしれない。
現在のわたしは生に未練はなく、部屋でやりたいことはたくさんある。
これってひょっとすると、最後に天から与えられた長い休暇かもしれない。
この先は自死くらいしかアテはなくても、最後にそんな優雅な休暇をもらえる人が、世間にいったいどれだけいるだろう。

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