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2020年1月21日 (火)

知り合いのメール

中国の知り合いから来たメールに、200975日のウイグル族による新疆の暴動に触れた箇所があった。

当然我是知道新疆暴乱的真实情况,新闻上说的不是很具体,0975日暴乱很残忍,维族人包括维族老太太杀了太多的汉族人场景相当残忍,那天二道桥发生暴乱,我姐姐还在北京路上逛大街,二道桥距离北京路很近,顿时一切信息都断了,没法联系了。
この知り合いはむかし新疆にいたことがあり、その姉も事件があったころウルムチ市にいて、一時連絡がとれなくなって心配したそうだ。

知り合いは漢族の中国人だから、当然のようにこの事件を漢族の側から見ている。
ウイグル族は残忍だというんだけど、わたしは冷静な第三者だから、かならずしもそうは思わない。
そもそも漢族がなぜウイグル人の都市にいたのかという疑問がある。
中国はひとつの国であり、国内のどこに漢族がいても不思議じゃないといわれれば、それはそうだけど、もともと異質なイスラムの土地に大勢の中国人が入り込めば、当然軋轢が生じる。
中には一攫千金を求めて入り込んだ山師のような人物もいただろうし、グローバル化に乗り遅れたウイグル人を馬鹿にする者もいただろう。
大多数の人々はそうじゃないとしても、普遍的な法則を適用してみれば、自分たちより遅れているというだけで、相手をさげすむ人間はどこにでもいるものだ。

わたしは中国を旅しているとき、じっさいに山師のような中国人と列車に乗り合わせたことがある。
彼は小さな箱に毛のないしわしわのイヌを入れて、これをこれから新疆で売るのだといっていた。
なんという種類のイヌなのかいまだに知らないけど、相手のイヌに対する愛情の欠如と、テキ屋のようなその風体が気になった。

そういう気になる少数の人間をのぞけば、あの広大な国で出会った人々はみんな温かな人ばかりだった。
黒竜江省から新疆に出稼ぎに来ていた漢族の娘もいれば、逆に北京から新疆に帰省するというウイグルの踊り子もいた。
だからどうした、こうするべきだとエラそうなことはいわない。
日本人にも普遍的な法則の当てはまる人間はいくらでもいるとだけいっておこう。

わたしはこれから中国人の知り合いに返事を書かなければいけないのだけど、動乱については触れず、この文章の最後の部分だけを書くつもりだ。

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