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2020年1月 8日 (水)

抑圧の国

自分のブログの旅日記の項を読み返していたら、ロシアの女流詩人アンナ・アフマートワについて書いた部分に行き当たった。
書いたといっても、わたしがこの詩人に特別に詳しいわけじゃない。
ツァリツィノ宮殿というところで彼女らしき肖像画を発見して、帰国してからドロ縄で勉強したのである。
で、自分のブログから、ウィキペディアのアフマートワについて書かれたページにリンクを張っておいたものだから、今日も当然のごとくウィキペディアにまで飛んでしまった。

彼女はロシアでは有名な作家だけど、その人生がスターリンの抑圧の時代と重なったために辛酸をなめた。
政治的抑圧の下で生きたことのないわたしには、その時代は想像することしかできない。
彼女の詩についても、原語で読むことのできないわたしには、そのリズムや、うちに秘めた感情はとうてい理解できまいと、じっさいに読むことはしなかった。

ただ、ふと思ったのは、またまたで申し訳ないけど、おとなりの韓国のことだ。
政治的抑圧といえば、北朝鮮はいまなおスターリン的抑圧が現在進行形であるけれど、韓国だって負けてはいない。
というのは、あの国では小学校、中学校の時分から反日教育が、ほとんど義務化されていると知ったから。
日本から見ているからそう思うわけではなく、ネットを注意していると、写真や映像などでその具体的証拠によく出会うのである。
こちらは遠い過去の話ではなく、リアルタイムの現実なのだ。

子供たちに自由な発想を与えない国は、スターリン時代のロシアと変わらない。
いちばん感受性のつよい時期に、好きな本を読めないとしたら、こんなつらいことはないだろう。
わたしは生まれてこのかた、自分の発想を他人にとやかくいわれたことがない。
だからこんな偏屈に育ったのかといわれてしまいそうだけど、上からの教育ですべての人が幸せになれるわけではないのだから、たとえ現在の自分の人生がろくなものでなくても、わたしはやっぱり日本に生まれたことをアリガタイと思う。

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