天国と地獄
録画してあったオッフェンバックのオペラ「天国と地獄」を “じっくり” 観た。
じっくりというのは、わたしの場合グーグルやウィキペディアと首っぴきでということである。
ドロ縄だけど、観るまえはこのオペラについてほとんど知識がなかったので、ストーリーや出演者について調べながら観ていると、長い夜もあっという間に更けて、年寄りのヒマつぶしにはもってこいなのだ。
今回録画したものははルクセンブルク音楽祭で上演されたオペラで、テレビ放映されたときにちらりと観たかぎりでは、毛むくじゃらの男と太った女優さんのセックスシーンや、女装の男性も混じったダンサーたちのカンカン踊りがあって、おえっと思ったのは事実。
しかしあらすじを調べると、神話のオルフェの物語を下地にしていながら、天上の神さまたちを徹底的にコケにしたオペラだというから、これはむしろ皮肉屋で、世間の常識をおちょくることに生きがいに感じるわたしにぴったりのオペラではないか。
神話のオルフェというのは、最愛の女房ウリディスを死神にとられたオルフェが、あの世まで女房を取りもどしに行く話で、わたしの部屋には同じ題材を使った「オルフェウスとエウリディーチェ」というもうひとつのオペラがある。
ただそっちはまじめ一方のオペラらしいから、どうせつまらないだろうと、まだじっくり観たことがない。
ルクセンブルク版の「天国と地獄」では、愛し合っているはずの夫婦が、奥さんは最初から芸術家の旦那とソリが合わず、夜這いにきた冥土の神さまと派手な浮気をしている。
女房が冥土へかけおちすると、旦那はこれでべつの女と再婚できると大喜びだ。
ところが人間のかたちをした世論の圧力に負けて、イヤイヤながら冥土に女房を取り返しに行くはめになる。
もうこのあたりからめちゃくちゃおもしろい。
かけおち女房ウリディスを演じているのは、キャスリーン・リーウェックさん。
お世辞にもスマートとはいえないけど、下着姿で大また開きで、露骨なセックスシーンはあるし、最後には股間に作りものの男根をぶら下げて、こんなお下劣なオペラ初めて観たといいたくなる熱演だ。
コケにされる神さまというのは、オリンポス山に巣食うギリシヤ神話の神々である。
ここでひとつ断っておくと、ギリシア神話の神さまというのは、文学や科学、精神医学の分野で、ヨーロッパでは共通認識になっているけど、ギリシア以外の国に行くと、同じ神さまの名前がべつの名前になるのがフツー。
たとえばいちばんえらい神さまはゼウスだけど、これは英語名でジュピターになり、このオペラではジュピテルというフランス名になっていた。
ジュピテルと恋のさやあてをするのは、プリュトンという冥土を担当する神さまで、ギリシア神話のハーデースである。
以前に観たバレエの「シルヴィア」には、風呂屋の三助みたいなエロスが現れたけど、こちらのそれは太った女性で、名前もキュピドン、若くてイケメンのはずのヘルメースはメルキュールで、執事のような小太りの中年男にされていた。
ジュピテルのやきもち焼き屋の奥さんはジュノン、愛と美の女神はヴェニュス、狩猟の女神ディアヌなど、名前は違えど、いずれもギリシア神話でおなじみの神さまたちだ。
一神教の神さまをヘタにからかうとあとがコワイけど、多神教の神さまはそんなことがないってんで、オッフェンバックもやりたい放題。
ジュピテルというのは好色な神さまで、牛に化けて、あら、かわいいベコちゃんと寄ってきた女の子を、背中に乗せたままさらっていったりする。
この舞台でも奥さんのジュノンに、あんたのそういう性格が許せないのよと文句をいわれたりしている。
ギリシア神話は戒律だの禁忌などとうるさいことをいわない、きわめて人間的な神話であるから、このオペラを観るさいは、こういうエピソードに通じていたほうがおもしろさが倍増する。
自分が目をつけたウリディスを、横から最高尊厳のジュピテルにさらわれたプリュトンは、腹いせに神さま全員をそそのかして天界の反乱をこころみる。
扇動されたジュノンやヴェニュスなどが、プラカードを持ち、「暴君を倒せ、武器を取れ」と、フランス革命のスローガンみたいな大合唱をしながら決起するところは、北朝鮮のおとなしい民衆に見せてあげたいくらい。
好色なジュピテルは、なんと蝿に化けてヒロインの部屋に忍び込む。
そんなエピソードあったかいと、たまたま手もとにあった呉茂一さんのギリシア神話を読み返してみた。
同性愛や近親相姦や、獣姦さえありのギリシア神話だけど、うちにあった文庫本にはこのエピソードはないようだ。
でもオペラの方では有名らしく、この部分は蝿の二重唱といって、「天国と地獄」の挿入歌としてよく知られているらしい。
ウリディスをくどこうと、蝿のジュピテルが目をぎらぎらさせて迫るところなんか、オペラ役者も大変だなあと思う。
大変といえばこの舞台には、バレエ顔まけの、大勢による一糸乱れぬ?ダンスシーンもあって、オペラ歌手ってのは歌だけ歌えればいいってもんじゃないことがわかる。
「本当の人生は地獄でなければわからない」
これは劇中に飛び出す警句。
「どこか隠れるところはないか、そうだ、オーケストラ・ボックスが、いや、そこはウィーン・フィルに占領されている」
これは楽屋落ちのセリフ。
こんな現代にも通用する喜劇を書いたオッフェンバックって、いつの時代の人なのよとググッてみたら、印象派の開祖であるマネと同時代の人だった。
今回の舞台は現代化された(ような)「天国と地獄」だけど、歌やストーリーは当時と変わってないらしいから、当時のパリは楽しいところだったようだ。
最後はオルフェをまじえて、冥土に押しかけた神さま全員がカオス状態になり、女装の男性が混じったたダンサーたちが、そろって足を上げるカンカン踊りになって、気色わるいというか、いくらわたしがオペラ初心者だとしてもグロすぎる。
しかも亭主が後ろを振り向いたおかげで、冥土からの脱出に失敗したウリデュスは、冥土に残るのもイヤ、あたしはバッカスの巫女になると言い出し、神話にそんな話はないといわれると、神話のほうを書き換えてしまえと自己チュウ的物言い。
これはいくらなんでも脚本家がハメをはずしすぎだろうと、念のため YouTube に上がっているほかの「天国と地獄」を見てみたら、ルクセンブルク版ほどひどくはないけど、やはり最後は乱痴気騒ぎになるのが定番のようだった。
なかには、オペラにしちゃスマートな美女たちが、スカートをたくし上げて踊り狂うお色気いっぱいのものもある。
オペラが苦手のはずのわたしも、いまそれにはまりかけているところ。
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