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2020年2月12日 (水)

田舎の京劇

コロナのおかげで自室に幽囚状態の、中国人の知り合いが不憫である。
そこでヒマつぶしに観たらどうだと、わたしの知っている中国映画を何本か紹介してやった。
中国ではわりあい気前よくネットで映画が観られ、紹介した映画もほとんどネットで公開されているのである。
日本からでも観られるけど、日本語の字幕はついてないから、それなりの覚悟は必要だ。

中国人に中国の映画を紹介するってのもいい根性である。
じつはわたしがいかに中国映画にも造詣が深いかという、わたしの知識をひけらかす意味もあったというのが本音。

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そんな一本に、陳凱歌監督の「覇王別姫(ハオウベッキ)」があった。
ついでというかなんというか、わたしの中国旅行をつづったヤフー・ブログが、孫正義サンの都合で勝手に終了して見られなくなってしまったので、公開できずにいたちょっと変わった写真も紹介してしまおうと思う。

「覇王別姫」が製作されたのは1993年で、これは改革開放政策が軌道に乗ったころだ。
ということは、わたしが中国へ通い始めたばかりのころである。
映画は3時間ちかい大作で、傑作といっていいものだけど、内容は男同士の愛情(友情ではない)を描いたものなので、そういう世界に興味のないわたしにはなんとも批評しにくい映画だ。
最近、世間ではこういうのもブームらしくって、いつだったか、夜中にテレビを点けたら、NHKでも男同士が濃厚なキッスシーンを繰り広げていた。
え、おい、天下の公器が。

映画のはじめのほうに指が6本ある男の子が出てくる。
めずらしくない。
むかし、わたしが乗った香港のタクシー運転手にもそういう人がいた。
公害や枯葉剤の影響かもしれないけど、戦乱や内乱に明け暮れた中国では、彼もまたあたふたと大陸を脱出するのに忙しく、手術する機会もないまま大人になってしまったのだろう。

じつは日本でも病院で出産があると、医師はまず新生児の指の数をかぞえるそうである。
余計な指や、お尻に尻尾がはえていた場合、生まれてすぐに切断してしまうから公けにならないだけで、そういう子供は一定数いるらしい。

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映画の話にもどるけど、この男の子は母親によぶんな指を切断されたあと、京劇の劇団に役者のたまごとして売られてしまう。
いまでこそ役者といえば花形だけど、当時の中国では食い扶持を減らすための方便にしかすぎず、同じような悲惨な境遇の子供を描いた映画では、「變臉 この櫂に手をそえて」という秀作があった。
今はそんなことはないと思うけど、こういう映画で過去にさかのぼってみるかぎり、芸をしこまれる子供の境遇は、サルやイヌとたいして変わらなかったようだ。

わたしは上海で雑技団のサーカスを見たことがある。
小さな子供が椅子を
7つも8つも重ねたうえで逆立ちするのに度肝を抜かれたけど、あれも、できなきゃ晩メシは食わせないという、非人間的な訓練のたまものだったかもしれない。
そういう子供が日本の、ピアノやバレエを習わせられるような、幸せな家庭の子供だったとは思えないのである。

1999年にわたしが鄭州という街に行ったとき、郊外で野原に天幕をはったお粗末な京劇の舞台を見た。
めずらしい写真というのはこれで、日本の田舎芝居みたいにおおらかで、けっこう人気のあるもののようだった。
急速に発展する中国では、田舎芝居も廃れゆく運命だろうけど、それでもこっちからは上記のような悲劇性を感じないのはよかった。

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