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2020年3月 5日 (木)

思えば遠く

今朝のウチの新聞に、「あのころの東京」という企画記事があって、1947年の新宿の写真が載っている。
まだ戦後まもないころで、焼け跡で野菜の自家栽培をするモンペ姿のお母さんの向こうに、伊勢丹ビルが見えるという写真だ。
この年はわたしにとって思い入れの多い年なので、ついなつかしい気分で見た。
といっても、わたしは東京生まれじゃないから、写真と同じ時期の新宿の景色を知っているはずがない。

わたしが知っているいちばん古い新宿というと、若松町にあった税務大学まで、進学した友人を訪ねて行ったときのことになるか。
歌舞伎町から路面電車に乗って行ったことをおぼえているから、まだそれが廃止されていなかったころだ。

その後、わたし自身も東京に出て生活を始めることになり、それからはやたらに新宿、代々木あたりを徘徊することとなった。
新宿駅の西口には浄水場の跡が残っていて、だだっ広い空き地になっており、その中にしばらくは京王プラザホテルがぽつんと建っていた。
わたしの青春の舞台はほとんどが新宿がらみで、映画「初恋地獄篇」や、マンガ「赤色エレジー」みたいな貧しい恋を経験したのもそのあたりだったのだ。

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これは当時付き合っていた彼女の写真だけど、いったいどんなおばあさんになっているやら。

わたしが東京で最初に住んだのは高円寺で、つぎに東中野、そのつぎが調布、さらに府中、三鷹と転居を繰り返した。
独身で家を持たない決意だから気楽なものだったけど、そんなわたしもいま最後(になるかもしれない)の引越しを目前にしている。
思えば遠く来たもんだという詩人のこころ持ちは、いまのわたしにはじつに切実に感じられる。

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