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2020年5月19日 (火)

飢餓海峡

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日本映画の傑作(とされる)「飢餓海峡」がまた放映されたので、また録画してまた観てみた。
傑作であると断言しないのは、わたしはこの映画を映画館で観たことがないし、テレビで放映されたものは何度も録画しているのに、最後までいちども観とおしたことがないからだ。
なにしろ3時間もある映画なので、家ではほかにも雑用があって、とても最後までテレビのまえに座っていられない。

でも傑作だといわれているから興味はある。
公開されたのが1965年だから、わたしがまだ紅顔の美少年だったころで、当時の社会や風俗をふりかえるにも具合がいい。
で、今回もブログの更新をしたり、メシの支度をしたりしながら、ちらりちらりと観た。

見終わるとどこか釈然としないものが残る。
これはミステリーだそうだけど、それならなおさらのこと、ストーリーに納得しにくい部分があると、それだけで傑作とはみなされなくなってしまうのだ。

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いちゃもんをつけるところは多いけど、ひとつ挙げておこう。
戦後の混乱期に、三国連太郎扮する強盗殺人犯が、青森で娼婦を買い、彼女にほだされて、盗んだ大金を彼女に分け与えて去る。
殺人犯はこのあとそしらぬ顔で市井にまぎれ込み、まっとうな社会人になって、とある地方の有名人になっている。
そこへ新聞記事で偶然に彼のことを知った娼婦が訪ねてくると、前科を暴露されることを恐れた殺人犯は、今度は彼女を殺してしまう。

さて、お立ち会い。
ひと晩だけの行きづりの客の顔を、
10年後まで娼婦が覚えているだろうか。
まして相手はジャン・ヴァルジャンみたいに、服装もものごしも一変しているのだ。
そりゃ人違いだね、他人の空似だよといわれれば、そこでふつうはおしまいだ。

これは脚本がわるい。
だからわたしだったらこうすると、あ、また余計なお節介だ。

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殺人犯たちが金を独り占めしようと殺し合ったとき、三国扮する殺人犯は抵抗されて手の甲に傷を負ってしまう。
そのあとたまたま知り合った娼婦が傷の手当てをしてくれて、これがそもそもの馴れ初めで、ふたりはひと晩の契りをむすぶことになる。
女はこの傷のことを覚えていて、
10年後に再会したとき、男がしらを切ると、ちょっと手の甲を見せてという。
そこに動かぬ証拠が残っており、やっぱりあなたは愛しい
○○ちゃんじゃないのと、女は男にしなだれかかる。
正体がバレたことを知った男は、やむを得ず女を殺す決意をする、なんて脚本はどうだ。
うん、やっぱりわたしって天才ね。

ミステリーで大事なのはつじつまが合っていることだ。
完璧なつじつま合わせで感心させられたマーチン・リット監督の「寒い国から帰ったスパイ」は、同じ年の映画である。
「飢餓海峡」は、当時の日本人の映画鑑賞レベルはこんなものだったと、そっちのほうで感心すべき映画じゃないか。

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どうもわたしのいちゃもん好きにも困ったもんだけど、余計なお節介はさておいて、ある場面でふと画面に目が止まった。
殺人犯が青森県の大湊でバスを降りる、なんてことのないシーンだけど、背景に特徴のある山が見える。
これって3年まえに大湊でわたしが見た釜臥山じゃないか。
有名な恐山はこの山のすぐうら側だ。

それだけじゃない。
若いころ海上自衛隊にいたわたしは、ひとつ間違えば大湊に赴任させられて、朝な夕なにこの山を見ていた可能性があるのだ。
この映画の公開時とわたしの自衛隊時代は、時期的にそれほど変わるわけではないから、わたしもこの映画と同じような風俗を目の当たりにしたかも。
ああ、思えば遠く来たもんだ・・・・

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