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2020年7月26日 (日)

安楽死

日本でも嘱託殺人だそうだ。
この事件の判断はむずかしい。
詳しい事情がわからないからいちがいにいえないけど、ALS(筋萎縮症)の悲惨さについてははっきりいえるので。
ほかの事件ではいちいち大騒ぎする外野も、この事件について口をつぐむ人が多い。
長寿社会だなんだといわれながも、だからこそ、安楽死は避けて通れない問題になっているのだ。

この病気の末期患者で、生きていたいという人がどのくらいいるのだろう。
体の筋肉がマヒし、自力で呼吸さえ困難になって、それでも生きようという人がいるなら、その意志の強さを尊敬するけど、わたしならさっさと人生をリセットするほうを選ぶ。
そのときまわりに協力してくれる医師がいなかったらどうすればいいのか。
けっきょくSNSで見つけた医師に依頼することになるんじゃないか。

問題はこの先だ。
需要があれば供給もあるというわけで、中には商売で、もっとひどい場合には自分の変質的嗜好を満足させるために、これを請け負う医師があらわれないともかぎらない。
しかしヘタすれば(しなくても)お縄になることを、おおっぴらに宣伝するわけにはいかない。
そこで、いまやなんでもありのSNSを活用することになる。
今回のケースの場合、死にたいという患者の意思は固かったと思われるけど、そのあたりが微妙だ。
どうして主治医でもなく、患者によりそうこともなかった医師が、わざわざ出張をしてまで安楽死を提供できるのか。

そもそも日本の警察は、善意で安楽死を選択した医師を逮捕するようなことはめったにない。
過去に逮捕したことがあっても、たいていは不起訴処分か、裁判に持ち込んでも執行猶予で終わることが多かった。
今回もそのへんを充分に検討したうえで、これは見過ごすわけにはいかないという結論になったのだろう。
主治医でもない医師が、SNSを通じて安楽死を請け負う。
これは、たとえば老人ホームの年寄りを始末してあげたという自己チュウ的な殺人犯の言い分と変わらない。

こんな問題でぐずぐずいいたくない。
わたしはもう十分に生きたじいさんだから、専門の医師による安楽死を、合法的に選択できるようにするべきだというのは、無責任な意見かもしれない。
しかし、わたし自身も近いうちにかならず選択を迫られるときがくるのだ。
そのときSNSしか頼るところがないのでは悲しい。

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