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2020年7月22日 (水)

チェリスト

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英国ロイヤル・バレエの「ザ・チェリスト」を観た。
で、なにか文章を書こうとしたけど、なかなかうまくまとめられないと書いたばかりだ。
しかしそれを口実にして、ブログの更新をサボってばかりというのもマズイ。
今月は16日、17日、18日の三日間だけでアクセスが1000を突破したのに、これじゃまたもとの木阿弥ではないか。
中途半端でも、やっつけ仕事で更新してしまうことにする。

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「ザ・チェリスト」は夭折した天才チェロ奏者ジャクリーヌ・デュ・プレの生涯をバレエ化したものである。
デュ・プレというと、わたしは映画「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」を思い出す。
なかなかいい映画だったけど、どっちかというと、ジャクリーヌよりも姉のヒラリーに焦点が当てられ、天才の妹をもった凡才の姉のこころの葛藤が描かれていたように思う。
映画のなかでジャクリーヌがかなりぶっ飛んだ女性として描かれていて、いいのかい、これじゃ(まだ生きている)旦那のバレンボイムから訴えられないかと心配になったものだ。

じつはわたしはデュ・プレのことを、音楽を通して知っていただけで、その私生活については、有名な指揮者のバレンボイムと結婚したこと、そして多発性硬化症という難病に冒され、42歳という若さで亡くなったことぐらいしか知らない。
ほんとうにそんなぶっ飛んだ女性だったのか、はたしてバレエではどう描かれているだろう。

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バレエと同時に彼女のドキュメンタリー映像が放映された。
バレエのほうは観念的なところがあって、予備知識がなかったら彼女の生涯がどんなものだったのかわかりにくい。
両方を並行して観れば、彼女の実像がわかるんじゃないかと期待したけど、ドキュメンタリーのほうは彼女の演奏が観られる(聴ける)だけだった。
ここでジャクリーヌはエルガーのチェロ協奏曲を弾いている。

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映画でもバレエでも、この曲が使われていた。
恥ずかしながら、わたしがはじめてエルガーを聴いたのは、デュ・プレの悲劇に誘発されてのことだった。
全編を通して聴きたくなるような曲じゃなかったけど、1カ所、ガーンと盛り上がるところがあって、そこだけはよく覚えている。
映画ではこの部分が、幼いころに海岸で、姉といっしょに遊んだという回想シーンに使われて、効果的だった。
しかしバレエでは海岸を持ち出すわけにはいかず、どうしても舞台の上の踊りだけで情況を説明することになる。
だからむずかしいのか、わたしの感受性がにぶいのか。

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ストーリーもまともすぎて、前半はチェリストとして有名になる彼女、後半で病に苦しむ彼女が描かれる。
チェロという楽器が擬人化されて出てくるのはいいアイディアかもしれない・・・・と書いたところで、なんでいいアイディアなのかと屁理屈をこねているうち、このあとがうまくまとめられなくなってしまった。
わたしにはほかにもやることがあるのだ。
ヤケになって、擬人化したからなんだってのさと、強引にオチをつけてしまう。

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わたしがバレエに期待するのは女性の美なのであって、男がチェロを演じてもおもしろいと思わない。
最後は回想シーンになって、少女時代のジャクリーヌや両親、姉などが出てきて、聴衆が感涙にむせぶ、というのも月並み。
でもヒロインを演じたダンサーはローレン・カスバートソンといって、ロイヤル・バレエらしからぬ美人だったから、彼女の踊りを観ているだけで最後まで退屈しなかった。
どうじゃ。

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