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2020年7月31日 (金)

影武者と黒澤明

Kuro01

BSのアナザーストーリーで、「天才の衝突・黒澤明VS勝新太郎」という番組をやるというので、録画しておいた。
これは「影武者」という映画で、主役に決まっていた勝新太郎がとつぜん降格させられた事件があり、そのことについて関係者があれこれ話す番組だった。

映画は武田信玄とその影武者を描いたもので、丸顔で太った信玄の肖像画からすれば、勝新太郎はぴったりだから、さすがは世界のクロサワと、この取り合わせにわたしも喝采したものである。
それがいきなり細おもての仲代達也に交代させられてしまい、芸術家ってのはピリピリしていることが多いからなあ、クロサワもそのクチかあと失望した記憶がある。

この番組ではそんなクロサワに批判的な意見もちらほらしていたけど、批判というのは本人が生きているときにしなけりゃ意味がない。
生前の黒澤明に面と向かって、「影武者」は失敗作だねといったのは、わたしの知っているかぎり、サヨナラサヨナラの淀川長治さんただひとり。
彼の場合はふだんからクロサワと親交が厚く、忌憚のない会話のできる人だったからいえたもので、天皇といわれた黒澤明に、当時の映画関係者でそんなことをいえる人間はひとりもいなかった。

なんで天皇といわれたのか。
たしかに初期の作品「羅生門」や「七人の侍」は素晴らしかった。
まだ大戦の傷も癒えないころで、日本の映画文化がほとんど知られていなかったころに、とつぜん欧米人を瞠目させる映画があらわれたのだ。
という点を考慮しなければならない。
と、へそまがりのわたしは考えてしまう。
そういう栄光がいつまでも彼を大御所にしておく。
相撲の横綱のように、いったん地位を確立したら、いつまでもその地位に安住できるという、日本のウツクシイ伝統のひとつだ。

「用心棒」にも感心した。
そのころのわたしは歌舞伎役者がそのまま出てきたようなキンキラキンの時代劇しか知らなかったから、薄汚い着物で、むさ苦しい主人公というだけで感心したものだ。
しかし冷静に考えれば、この映画もただの荒唐無稽なアクション映画にすぎない。
そう考えればなかなかよくできた映画で、むかしの日本の武家社会をぜんぜん知らない欧米人に受けたのも当然だ。

「影武者」はコッポラやルーカス、スピルバーグら、世界の有名監督の後押しで製作できたというけど、この3人を並べただけで、ロクなもんではないというのがわたしの意見。
ロクなもんではない人間が後押ししたら、できた映画はロクなもんではないのが相場。
映画の試写会のとき、来日したあちらの映画関係者が作品の出来栄えを問われて、ううんと口ごもっていたのが印象的だった。

だいたい黒澤明の作品は、カラーになってからひとつも傑作と呼べるものがない。
わたしは「どですかでん」あたりで、そのヒューマニズムがおそろしく旧態依然としたものであることに愕然とした。
クロサワの思考はモノクロ時代でストップしていたのだ。
理由は、やはり面と向かって批判するものがいなかったせいだろう。
本人がイヤがるようなきびしい評価なしでは、
進歩もないのである。

話がもどるけど、この番組では降格された勝新太郎に同情していたものの、けっきょく最後は「影武者」は傑作でしたみたいな言葉で終わっていた。
とんでもない。これは駄作である。
黒澤明を評価するときは、世間のそれから3割くらいは減点することにしているのだ、わたしって。
あ、またいつものいちゃもんになってしまった。

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