地中海/ジブラルタル
ポール・セローの「大地中海旅行」はジブラルタルからスタートする。
芭蕉に同行した曽良のように、わたしも彼にくっついて行こう。
ジブラルタルは小さい国だという。
小さいというのはどのくらい小さいのか。
文章でこう書かれても、たとえばポルトガルだって小さい国だし、香港やマルタ島も小さかったから、部外者には見当がつけにくい。
タブレットで調べてみた。
なんと6.8平方キロだそうだ。
わたしが住んでいる東久留米市だって12平方キロあるから、その半分だ。
地図を見てみよう。
縦にほそ長い国だけど、長いほうのはじからはじまでが5キロぐらいだ。
そしてまん中にどかんと岩山がそびえている。
海の上からながめるとこんな感じ。
写真をもっと見てみよう。
これがジブラルタルの全景であり、岩山のすぐ近くに飛行場の滑走路がある。
滑走路のてまえはもう、すぐにスペインとの国境だ。
空港は、セローが紀行記を書いた時点ではまだなかった。
扱った輸送量のグラフに2008年以前のものがないから、空港がオープンしたのはそのころらしい。
ちなみにこの空港はヨーロッパでいちばん危険な空港といわれているという。
英国の海外領土であるジブラルタルは、将来はスペインに返還されることになっているそうである。
こういう点では香港に似ているけど、ただし2020年現在まだ返還されたって話はないみたい。
スペインは独裁者のフランコに統治された期間が長かったから、セローにいわせると、ジブラルタルも香港も独裁国家の下にあったということになる。
そのためかどうか、香港人と同じように、ジブラルタル人は変な誇りのようなものを持っていて、スペインを馬鹿にし、できることならいつまでも英連邦のままであってほしいと望んでいるらしい。
かっての香港も、ちょっと離れたまわりの中国の町や村とは別世界だった。
ジブラルタルも、セローがこのあと訪ねるスペインやイタリアの寒村とはあきらかに違っているから、ちょいと出世すると他人と差をつけたがる人間の習性は変わってないようだ。
香港の場合は最初から返還期限が決まっていて、約束どおりに99年後に中国に返還された。
中国はじっと我慢して、正式の手続きのもとに返してもらったわけだけど、ジブラルタルの場合は、どうも返還期限が曖昧だったようで、いまでもスペインは返せ返せというのに、英国はまあまああでごまかしているらしい。
このへんの事情を知ろうと、セローはジブラルタルの前首席閣僚であるエライさんを呼び出す。
呼び出すというとイバっているように聞こえるけど、じっさいに世界的作家であるポール・セローのほうが、ジブラルタルごときの首席より偉そうである。
前首席閣僚との会話のなかに「ユトレヒト条約」という言葉が出てきた。
日本人のわたしは、とうぜん知らなかった。
なんだっけ? マーストリヒト条約ってのもあったけど。
またタブレットで調べてみた。
マーストリヒト条約のほうはいまのEUにつながるもので、発効したのが1993年というからまだ最近だけど、ユトレヒトのほうは300年もまえの条約で、スペインの奴隷売買に英国も加わらせろとかいうものらしい。
どうもろくなものではないようだけど、こんな古びた条約がいまでも存続していることにおどろく。
『そばに丘のある町ではたいていそうだが、ジブラルタルも上に行くほど家の造りが豪華になり、ケーブルカーでのぼっていくと、プールや温泉風呂、泡風呂をそなえた贅沢な家のそばを通りすぎた』
これはセローの本からの抜粋だけど、なんだか香港のビクトリア・パークに登っていくケーブルカーの描写みたいである。
具体的にジブラルタルの景色を見てみよう。
これはグーグルのストリートビューで見たジブラルタルだ。
町のまん中に、ヘラクレスの柱と称される岩山がそびえていて、これは威圧的に町のどこからでも見える。
左側の建物は空港の附属施設らしい。
つぎの写真はジブラルタルでいちばんひらけた場所あたりだけど、いちばんでこの程度というのがカナシイ。
これはジブラルタルのレンタカーで、半島の南端をまわりこんだあたりから見た岩山。
岩山の上まで道路が通じており、最初は登っていく途中の景色で、路傍にサルがいるのが見える。
つぎは山頂の展望台で、歩いていくとだいぶくたびれるけど、景色はこんな感じ。
ジブラルタルはヨーロッパからアフリカが見えるという地理上の特異点があるだけで、観光客にはつまらないところである。
産業のないところだからめぼしい土産ものもないし、夜遊びに行くような歓楽街もなく、英国の領地にあまんじているということは、おいしいレストランもないに決まっている。
セローの本には、これからジブラルタルで中国料理のレストランを開くというウォンさんが出てくるけど、この店がいまでもあったとしても、まわりに競合するようなレストランのないところでは、味はどんどん下落するものだ。
セローのあとにくっついていくわたしにも、カリマンタン(ボルネオ)のバンジェルマシンや、タイのチェンマイのほうがよっぽどマシなところである。
ジブラルタルの岩山にはニホンザルによく似たバーバリーマカクというサルがいる。
サルなんてみんな似てるだろうというのは認識不足で、ニホンザルに似たサルというのは世界的に見てもけっして多くない。
このサルについては、以前NHKの「ワイルドライフ」という番組で取り上げられていて、変わった習性をもつと解説があった。
なにが変わっているかというと、グループで生活する動物というのは、ふつういちばん強いオスがメスを独占することが多いのに、このサルは例外的に平和を維持する方法をこころえているのだそうだ。
その方法というのがフリーセックスで、メスはどんなオスでも受け入れる平等の精神をもっているという。
これはわたしのブログの格好のネタだというわけで、わたしは2017年の3月に、このサルについて書いたことがある。
セローはこのサルと人間を見比べて、サルのほうがマナーがいいなと、冒頭から人間たちに皮肉をちくりちくり。
彼のこういう性向は、世間の常識にいちゃもんばかりつけているわたしとよく似ているから、わたしがこの本をおもしろがるのも不思議じゃない。
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