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2021年1月

2021年1月31日 (日)

待望のエリカ

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おっ、待望のエリカがもどってきたね。
というのは早計か。
わたしの好きな街角バンドのTUBA SKINNY、そのボーカルで、2019年の出演以降とんとすがたを見せなかったエリカという美貌の女の子、ようやくもどってきたのかと思ったら、そうじゃないようだ。
新しい映像では彼らはソロモン・グロノウスキーというピアニストと遠隔コラボをしていて、ゲストとしてエリカ・ルイスも共演している。
TUBA SKINNYはニューオリンズ、グロノウスキーさんはベルギー、エリカは、えーと、たぶん米国の自分の家だろうけど、それぞれがべつべつの場所にいて、それをひとつ画面で見せるということをしているのだ。

グロノウスキーさんはベルギー在住のナチスのホロコーストの生き残りらしく、どういういきさつからか、彼とTUBA SKINNYの共演という話が持ち上がり、ただ現在のコロナ禍でそれが実現しないでいたものを、何人かの技術者の協力でネット共演が実現したってことらしい。
演奏中の音は聞こえても、映像は小さなパソコン・モニターでしか見えないらしく、連中もやりにくそう。

おもしろい試みだけど、わたしゃエリカが本格的に復活してくれる日を待っている。
また太鼓にこしかけて、だらしなくそれをたたく場面を見たいわあ。

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2021年1月30日 (土)

ボルトン回顧録

「ボルトン回顧録」を読んでいるけど、おもしろい。
といったらキザといわれそう。
硬そうな本だ(ハードカバーだからもちろん硬い)。
これでもかというくらい文字を押し込んであって、一瞥しただけで読書ギライに敬遠されそうな本である。
内容は一期で終わったあのトランプさんの政治について、その政治に関わった官僚のひとりが、内部からその政治について暴露した本である。
むかしから暴露くらいおもしろいものはないというので、いまでも芸能人やスポーツ選手などの暴露ネタは、女性や無分別な輩にとっても人気があるものだ。

わたしはまず登場人物のデータベースを作ることから始めた。
ケリー、マティス、マクマスター、フリン、バノン、ポンペオ、クシュナー、セッションズ、ハガティ、マクナニー、まだまだいるけど、彼らはみんなつい先刻まで “そこにいた人たち” である。
しかしカタカナ名を聞いただけでは、どれが誰なのかすぐに判別しにくい。
ティラーソンがヘイリー向かって、黙ってろ、おまえはただのスケベ女だといったという文章を発見すると、ただのスケベ女ってのはどんな顔をしているのかと知りたくなる。
こういうときにDBが作ってあれば、ただのスケベ女の顔もすぐにわかるのである。
さいわいなことにネット上には、トランプさんの閣僚・重要ポストの経歴を記したサイトもあって、それはおおいに参考になるけれど、重要なのは、とくに気まぐれトランプさんの下では、だれがいつ辞めたか、クビになったかが、すぐわかるようにしておくことだ。
というわけでわたし専用のDBが必要なのである。

最初のうち、凍りついたシベリアの凍土のようにとっつきにくい本だったけど、いったんそれを突き崩してしまえば、俄然おもしろくなる。
いまイランとの核合意から米国が離脱するところや、北朝鮮との曲折のあったシンガポール会談のあたりまで読み進んだところだけど、このあたりはヘタなサスペンス小説顔負けのおもしろさ。
わたしはこれまでトランプさんのことを何度かブログに書いてきた。
たとえば17年8月2日の記事とか、18年5月28日の記事とかで、そのとき外側からながめた事件のてんまつを、今度は政権の内側からながめて、符丁の合い具合を確認しているところ。
目がはなせないね、ホント。

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2021年1月29日 (金)

本日

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今日はまた知り合いに拉致されて、ファミレスでメシを食ってきた。
いま帰宅したけど、もうなにもかもやる気がなくなって、ハイ、本日の更新はこれだけ。

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2021年1月28日 (木)

やらねばならぬこと

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今日は知り合いの家に行くつもりが、雨で出そびれた。
おまけに雪がちらついた。
なんの、ひきこもりでもやることはある。
ひょっとすると将来 YouTube に上げるかもしれないから、雪景色の映像を撮っておく。
こうやって映像ばかりたまって、けっきょく使わないまま(たぶん)あの世に行くことになるんだけど。
「ボルトン回顧録」も読んでますよ。
なにしろ 537ページもある本だ。
しかもこれでもかこれでもかというくらい活字を詰め込んだ本なのだ。
いまようやく 61ページまで読んだトコ。
プリンタを新しくしたもんで、ほかにもやることがいっぱいある。

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2021年1月27日 (水)

スパム

ただいまポール・セローの「大地中海旅行」の後編をせっせと手がけているところだけど、図書館から連絡があって、予約しておいた「ボルトン回顧録」って本が入荷しましただって。
予約がつまっているらしいから、貸し出しの延長はできない。
つまり2週間以内に読んでしまわなければいけないのだ。
うーんと考えたけど、地中海のほうは前編と後編のちょうど境にさしかかったところだから、ここはボルトンさんのほうを優先させよう。

というわけで、しばらくわたしの「地中海」はお休みです。
文句のある人はコメントで・・・・と書こうとしたけど、最近ぜんぜんこれが来ないからおかしいと思っていたら、どうもスパム(迷惑コメント)に埋もれていたらしい。
スパムは遮断する設定にしてあったけど、相手はコンピューターで機械的に送信してくるので、遮断なんかクソくらえ、ゴミも積もれば山となるで、たまにスパムでないものが混じっていても気がつかなかったと、このへんのしくみがよくワカランのだけどね。
これからはコメントにも注意しますんで、文句でもいちゃもんでも、せっせと書き込んで。

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2021年1月26日 (火)

韓国とイラン

ネットニュースに、サムスンの副会長が有罪確定という記事が出ていたけど、あの人なにをしたんだっけ?
まえの政権に賄賂を送ったらしいけど、そんなことで罪を問われていたら、あの国では商売なんかできないでしょ。
いまの政権も含めて、権力者、でなければそのとりまきに、盛大にばらまかなかったら、いやがらせはされる、仕事の妨害はされる。
もともとたかるのが政治家の商売だと考えているお国柄だ。
そんなことはないって?
それじゃなんで辞めた大統領がことごとく晩節を汚すのさ。
これまでひとりでも、清く正しい大統領がいたことある?
わたしが聞いた範囲では、前大統領の父親の朴正煕さんだけが清廉潔癖で、彼は日本軍のよい影響を受けた人物だったから、そういうことがあっても不思議じゃないけど、そういう彼でさえ自分のとりまきが利権を漁るのを止めることはできなかったという。
おそらくあの国で政治家になろうという人間は、みんな他人のメシを食うことしか考えてなかった両班の末裔なんだろう。

そんなことを思いながら、ふとテレビを点けたら、「鶴田真由のイランふしぎ体感紀行」という番組をやっていた。
残念ながら録画しそこなった。
わたしはイランのファンだからね。
イラン女性の美しさは、アメリカなんか目じゃないし、力で屈服させようというアメリカの姿勢もキライ。
この番組は、ずっと以前に放映したものの再放送だけど、イランはどっちかといえば日本に好意的な国だった。
逆にいえば、日本に好意的でない国のほうがめずらしいということだけど、安倍クンのように絶妙の間合いでもって、アメリカと、アメリカが目の敵にする国とのバランスを保ってほしい。

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最近の傾向

あああ、ネタがねえなあなんてもがき苦しんでいるうち眠くなって、はっと気がついたらもう日にちが改まっていたよ。
なんでネタがないのか。
つらつら考えてみたら、韓国がおとなしくなっちゃったのが大きいようだ。
最近の韓国は、日本がなにかしたわけでもないのに、問題を目いっぱいかかえて四苦八苦。
こういうときになにか書くと、相手がいやがらせと受け取るんじゃないかと、もう気のドクで、気のドクで。

世間じゃコロナ一色だけど、家にひきこもっているわたしゃ、他人にうつすとかうつされるとかいう可能性も少ないし、もしもかかったらこれも天命とあきらめて・・・・・
オリンピックもわたしには利害関係のない催しだし、株取引もやってないし。
カリントウをぽりぽり食べて糖分をおぎなっているし、虫歯は3本目を治療中だし。

ということで、目下のわたしは先の見えた人生に、不平も不満もない幸せな境遇。
生活がきわめて単純なものになっちゃって、懸案事項があるとしたら、ん、認知症ぐらいかな。
なんか最近こういうネタが多いみたいだ。

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2021年1月24日 (日)

ぼやき

今夜は冷えるね。
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畳用のエアコン、フル稼働ってところだな。
いまおもてをのぞいてみたけど、冷たい雨が降ってるようだけど、雪にならないのが不思議なくらい。
ブログの更新をしなくちゃいけないのにどうもやる気が起きない。
というぼやきが最近多いような・・・・

原因は不定期に、ポール・セローの「大地中海旅行」を、ストリートビューで追っかけるという連載をしているせいだ。
この作業って、文章を書くことから写真を集めることまで、全部自分ひとりでやっているもんだから、けっこう手間のかかる仕事で、好きでなけりゃとてもやっていられない。
熱中するとそればっかりで、ほかの記事をでっち上げるヒマがない。
それでもブログの人気が出ればいいけど、あいかわらず世間の人というのは文章を読むのがキライみたいだ。
コロナで出歩くわけにいかないとき、こんないいヒマつぶしはないと思うんだけどねえ。
てな具合に、自分の文章のつたなさを世間におっかぶせて、今夜の更新はこれっきり。

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地中海/アルバニアB

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すごいところだなと感動しながら、それでもセローは首都のティラナに着いた。
アルバニアで北朝鮮の正恩クンの役割を果たしていた独裁者エンヴェル・ホッジャが死んだのが、セローがこの国を訪ねたより10年ほどまえのことだった。
このホッジャという人は筋金入りのスターリン崇拝者で、フルシチョフがスターリンを批判するとソ連と決別、米中が和解すると中国とも決別、相性がいいと思われたルーマニアのチャウシェスク、北朝鮮の金日成ともケンカ別れをして、そのうち味方をする国がひとつもなくなってしまった。
それでも動じないところ、そして文句をいいそうな政敵や国民はかたっぱしから粛清もしく強制収容所という姿勢は、まさに金日成から正恩クンへ連綿と続くアノ国と同じものだった。

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ティラナで知り合った若者によると
『ある人間が敵だとみなされると、肉親もみんないっしょにキャンプ(強制収容所)に送られるんです』
『もっと遠い親戚でも、大学教育とか受けられなくなりました』
『西洋の堕落した音楽をかけたという理由で、もと教育大臣だった〇〇とその家族が強制労働をさせられていました』
まさに北朝鮮ではないか。

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現在のティラナは、やはり街の中心だけにかぎれば、大きなダムをかかえた近代的な都市である。
しかしセローがこの街に着いたときは、ホテルさえ見つけるのが困難なくらい荒れ果てていて、ようやく見つけたホテルでは、仕事で来ていた米国人に、ここは世界のホテルのワーストランクで、ナンバーワンだよといわれるほど。

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街をぶらぶらしてみた。
ホッジャの時代、いちじこの国は全体が無神論者だったらしいけど、現在は教会があるし、モスクもある。
しかしこの後の歴史をながめると、まったく御利益はなかったようだ。
街の中心に大きな公園があって、ホッジャの記念碑もあったらしいけど、セローは独裁者というものがキライらしく、あっさりとしか触れない。
わたしもキライだから、たぶんこれがそうだろうぐらいにしておく。
ここには国立歴史博物館という立派な建築もあり、公園の一角にウマに乗った武将の銅像が建っていた。

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ホッジャならウマよりガソリン車の時代の人だから、だれかと思ったらこれはアルバニア建国の父といわれるスカンデルベグの像で、中世の歴史上の人物だった。
アップで見ると頑固そうな老人だ。
ところでアルバニアの国旗ってカッコいいねえ。

近代的な都市なんか見ても仕方がない。
現実の旅行でもわたしは、その国の原風景をよく残した田舎のほうに興味のある人間だ。
それで街の郊外から、田舎に視線を移してストリートビューで探索してみた。

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中心部をはずれるとだんだん殺風景になり、ヒツジやヤギがいたり、花の咲き乱れる草原があり、道路のわきに洗濯ものが干してあったり、日本人にはめずらしい景色に事欠かない。
問題はストリートビューが田舎を、都会や観光地ほど完璧にカバーしてないことだ。

ホッジャが死ぬと後継者は、ソ連の崩壊とそれにともなう東欧諸国のドミノ倒しで、民主化に舵を切った。
セローはいちばん悲惨なときにこの国に着いたのだ。
ひどい独裁であっても指導者がいればなんとか秩序は保たれる。
それが突然いなくなると、きっちりはまっていたタガがはずれて、経済はがたがたになり、インフラは崩壊し、治安も乱れ、人々はなにをどうすればいいのかわからない。
おそらく北朝鮮の体制がいま崩壊すれば、あの国でも同じような光景が見られるにちがいない。

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セローは動物園に入ってみた。
わたしも中国のウルムチで動物園に入ったことがあるけど、こういうときは行き場がなて、ただもうヒマつぶしに街をさまよっているときが多い。
そこで環境保護に熱心なセローは、せまくて非衛生な檻の中でいじめられるライオンを見て、はげしく憤る。
わたしもそうだった。
ウルムチでは爪を抜かれたクマが、口輪をはめられ、牛のように鼻輪をされて見世物にされていた。
しかし動物たちのこういう悲惨な環境は、動物愛護の精神がゆきとどいて、じょじょに世界中で是正されつつある。

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わたしもアルバニアの動物園に入ってみたけど(ストリートビューで)、どうやら現在は動物の展示はやめたようで、檻なんかひとつもなく、静かな植物園のようになっていたのはよかった。

独裁者エンヴェル・ホッジャが死んだあと、経済的に困窮していたこの国は、国をあげて闇商売に手を出した。
いわゆるネズミ講というやつで、国民から出資をつのり、その金を紛争中だったとなりのユーゴに、武器を密輸出する費用としてつぎ込んだのである。
なにしろそれまで社会主義国で、資本主義のしくみも投資のトの字も知らない国民ばかりだから、これが投資というものだと、じっさいに最初のうち儲かった話など聞かされると、もう歯止めが利かない。
国民の半数がネズミ講に金をつぎ込んで、そして当然ながら、紛争が収まるとそれはつぶれた。

セローがティラナをはなれて3年後の1997年に、損をした国民が大暴動を起こして、ホッジャの後継政権もつぶれた。
もちろん旅をしていたころのセローがそんなことは知るよしもない。
彼はアルバニア南部からギリシャへフェリーが出ていることを知り、タクシーを借り切って南部の都市サランダに移動することにした。
とちゅうであちこち見物しながら行くという条件で、タクシーは盗難車のBMWだった。
セローは運転手といろいろ話をしたけど、アルバニア人はギリシャ人が嫌いだという部分を聞いて、となり同士の国っていうのは仲がわるいのが普通なんじゃないかと、これはわたしが思う。

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サランダまでのドライブは2日がかりで、とちゅうの道路はろくなものではなかったけど、海岸の美しさだけはわるくない。
これは発展が遅れているから、かえって自然環境がよく保存されているということで、リゾートとしての将来性はかなりありそうだ。
最終目的地までセローが払ったタクシー代は100ドルで、距離は200キロぐらいあり、2日がかりのドライブだったからむちゃくちゃ安い。
この街からフェリーに乗ることができて、セローは無事に奇跡の国(よくない意味で)アルバニアを脱出することができた。

独裁政権が長かったことで悲惨だったこの国は、ようやく新しい一歩を踏み出したところのようだ。
しかし極東アジアにはいまなお冷酷な独裁者が君臨する国がある。
そんな時代遅れの政治はさっさと放棄して、人々に自由を与え、自由経済に移行するほうが、けっきょくは国を富み栄えさせる早道なんだと教えてあげたい。
日本では文豪・森鴎外も、明治時代にとっくにそのことに気がついていた。

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2021年1月23日 (土)

地中海/アルバニアA

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北朝鮮という国がある。
ということは日本人ならだれでも知っている。
そこがインターネットで情報が飛び交う時代に、いまなお中国の古代王朝のような時代錯誤の政治体制をもった、ユネスコの世界遺産に登録されてもおかしくない国であることも。
こんな北朝鮮と同じような国が、アドリア海の沿岸にもあった。
クロアチアのつぎにポール・セローがめざしたアルバニアである。

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アルバニアへはドブロブニクから、途中のモンテネグロを経由すれば100キロぐらいしかないんだけど、あいにくクロアチアとモンテネグロは紛争中で、国境が閉ざされていたから、やむを得ずセローはいったんフェリーでイタリアへもどり、船を乗り換えてアルバニアをめざすという面倒な方法をとった。
イタリアでセローが聞いたのは、貧しい国だよ、きったねえ国だぞという噂。
さてどんな国だろうと、まったくはじめて体験する異常な国に、セローの期待は高まる。
セローの旅をなぞっているわたしも好奇心まんまん。

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ドゥラスという街に上陸したセローは、たちまち貧しい人たちに取り囲まれてしまった。
こういう経験はわたしにもある。
わたしが初めて中国に行ったのは1992年のことで、まだ改革開放がようやく軌道に乗ったばかり、紙幣のかわりに兌換券というものが通用していて、まだ人民服を着たおじさんが街中をうろうろしていたころだ。 
街を歩けば子供たちや、赤ん坊をかかえた母親たちが群がってきて、ギブミーと手を差し出す。
いくらなさけ深いわたしでも行く先々でそんなに応じちゃいられないけど、そのうちあらかじめ小銭を用意しておけばいいということを知った。
日本円で十円ていどの硬貨でも与えれば、彼らはあっという間にいなくなる。

中国の場合、貧しいというより伝統的な職業じゃないかという気がしたけど、セローの本を読むとアルバニアの物乞いは本物で、というのもおかしいけど、それは惨憺たるものだった。
彼の目に映ったこの国は
『フェリーから降りて最初に目にしたのは、ぼろを着た人の群れだった』
『温まった糞の臭い、腐敗物と埃の臭い、そして地面までが悪臭を放っていた』
『駅前に停まっている三台のおんぼろバスはどう見ても粗大ゴミにしか見えず、そのせいで停留所全体がゴミ捨て場に見えた』
セローのこうした記述はえんえんと続く。
第三世界だってここよりマシだとも。

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もちろんセローがこの街を見てから、すでに30年ちかい年月が経っているから、ストリートビューで見るドゥラスはそんなに悲惨な街ではない。
街の中心部を見ているかぎり、最近の先進国のどこかといわれてもわからない。

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これは中心の公園のそばにあった古い城壁で、この近くにはアルバニア大学もある。
ドゥラスはいちどはアルバニアの首都にもなったことのある由緒正しき街なのだ。
ただ全体の雰囲気として、どこか先進国というにはあか抜けないところがあり、これは近代のあるところで発展が停滞してしまったせいだろう。

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目についたのは海岸から近い丘のうえにあったこの邸宅だ。
これはアルバニア国王を名乗ったものの、10年で国外逃亡をしたアフメト・ゾーダさんという人の宮殿で、現在は迎賓館として使われている建物らしいけど、そんなものを見ても仕方がない。
この丘の下の海岸にローマ時代の遺跡があるとセローが書いているから、それを探してみた。

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そして発見したのが歴史博物館だけど、裏庭に石柱や彫刻が無造作に積まれ、なんかそのへんの遺跡から石材をくすねてきた建材屋さんみたいである。
いじわるなわたしは、貧困のおもかげばっかり重点的に探してみた。

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ちょっと街のはずれや郊外の農村に出ると、まだ舗装されてない道路がいたるところにあって、かえって郷愁をさそわれる景色になっていた。
海岸には海水浴場があったものの、まだまだカンヌやニースにはほど遠く、まわりに施設のなにもない日本の日本海側の海水浴場みたい。

ゾンビのようにまとわりついてくる人々をふり払って、セローはおんぼろバスに乗り、30キロほど離れた首都ティナレに向かう。
バスの中から農作業をしている人が見えるけど、彼らが使っている農機具は、たとえば柄のまがった草刈り鎌は、もろに中世の死神さんが使っていたものだった。
トラクターのような動力を使った機械はいっさい見えず、馬に引かせた荷車の上に欲し草を積んだりしていた。
あるあるとわたしも思う。
はじめての中国では、畑で女の人が牛の代わりに鋤を引っ張っているのを見て、この国は遅れているなあと感心したことがある。

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現在のアルバニアには高速道路と快適なバスがある。
とちゅうの景色はこんな感じで、どこか日本の東北の田舎を思わせる。
道路のわきに車の解体業者があった。
セローがフェリーでアルバニアに乗り込んだとき、船内は盗品の車が満載で、ヨーロッパ中から盗まれた車が、アルバニアで偽造書類と新しいナンバーが用意され、中古車として売られていたらしい。
現在でもそういうことがあるのかどうか知らないけど、ここにならんだ廃車ももとは盗難車だったかも。

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バスの中でセローが見たものは、おびただしいトーチカだった。
戦争のさいに使われるコンクリート製の防御陣地で、どんなものかはこのページのトップの写真を見ればわかるけど、どこに行ってもこれの見えない場所はなく、国内に60万個もあったというから、それこそ一家に一台というくらいあったわけだ。
たまげたわたしはストリートビューで探してみた。
そんなにあるならすぐに見つかるだろうと思ったら、ない、ない。
海岸とか平原とか、ありそうな場所をしらみつぶしに探したけど、見つかったのはようやく二つか三つ。
トーチカというのは性格上、壊すのは簡単ではないはずだけと、独裁者が死んで無用の長物になったあと、みっともないというのでひとつづつ丹念に破壊されたらしい。

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これだけのコンクリートを住宅建設に使えば、そうとうたくさんの住まいを提供できたのにと、本のどこかに書いてあった。
もちろんそういうこともあったらしく、海岸に建設されたこの施設、足場を固めるのにありあわせのコンクリートを使ったようで、これ(〇印)ってトーチカの残骸じゃないか。

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2021年1月22日 (金)

お休みなさい

あああ、なんか書かなくちゃなあ。
そんな大騒ぎするようなブログじゃないんだけど、先日、頭がくらくらするのでベッドで念仏をとなえてますなんて書いたもんだから、それっと注目してる知り合いがいるんじゃないかしら。
こういうときに更新を休むと、あいつもやっぱりコロナかと思われかねない。
潜伏期間を考えると、まだ大丈夫とはいえないんだけど、とにかくなんでもいいから更新だけはしとかなくちゃ。
いま缶ビール1本飲んだら、眠くて眠くて。
そういうわけで、どうでもいい更新。
ええ、読んでくれなくてもかまわんですよ。
お休みなさい。

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2021年1月21日 (木)

就任式

夜中に米国大統領の就任式を観ていた。
現在の米国の混乱は、親分がいいかげんだから下々までいいかげんになったという部分があったと(わたしは)思ってるので、これからはちっとは変わるだろうか。
まあ、親分が変わればコロナが収束するっていう根拠もないし、東京オリンピックが中止になっても、こればかりは日本政府に文句をいっても仕方ないし、わたしがぽっくり逝っても、もう寿命だしなとあきらめる覚悟はできている。
けっきょくわたしがいいたいのはそのくらい。

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2021年1月20日 (水)

地中海/ドブロブニク

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スプリットからセローはクロアチアのドブロブニクをめざす。
ドブロブニクは「アドリア海の真珠」と呼ばれるくらい、日本人にもよく知られた美しい観光都市だ。
このあたりの国境はちょっと変わっていて、海岸づたいにスプリットからドブロブニクに行こうとすると、とちゅうでほんの少しだけボスニア・ヘルツェゴビナの領土を通ることになる。
国境の検問がめんどくさいなとセローはまたぼやくけど、日本からながめると、まだ戦争中の国できちんと入国審査をしていただけでも不思議に思える。

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このボスニア領からすこし内陸に入ったところにモスタールという古い都市があり、そこには歴史的な橋があったけど、この戦争で砲撃され、崩れて川に落下してしまった。
『428年間、侵略者からも地元民からも讃えられ、二つの世界大戦を無傷のまま生き延びたオスマントルコ建築の傑作』
というこの橋の惨状を知って、セローはこの戦争は「文化的蛮行」という言葉がぴったりだという。
ようするに、ずっとあとになって登場するイスラム過激派のタリバンやISISと同じで、低俗なイデオロギーに染まった指揮官、兵士たちは、文化財という“高慢ちきなもの”を破壊するのになんのためらいもなかったのだろう。
橋は現在は復旧されているけど、そこに染み込んだ歴史は永久にもどらない。

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この戦争でセルビア軍は、ユーゴ連邦軍は各共和国の寄せ集めだから、共和国同士の戦争には使うのはマズイというので、セルビア人だけの民兵組織をつくって戦争をやらせた。
民兵というと、イメージからして傭兵のようなならず者集団という感じで、きちんと統率がとれていたのか心配になってしまう。
この組織のトップはカラジッチやムラジッチという軍人で、セルビア政府のコントロールがきいていたわけではなく、ときどき暴走することがあった。
むかしから軍人というのはおのれの力を過信しやすいし、連邦軍の兵器の大半がセルビアに引き継がれたので、こうなるとキチガイに刃物だ。

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彼らはどんどん増長し、破壊とジェノサイドもエスカレートし、なんとか殺戮をやめさせようという国連の努力も馬耳東風で、しまいにはミロシェヴィッチ大統領のいうことも聞かなくなった。
まるで戦前の日本軍だけど、紛争の原因は彼らではなかったとしても、他民族虐殺の原因は、止めようと思えば止られたのにそうしなかったのだから、まちがいなく彼らにある。

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セローはドブロブニクに着いた。
ホテルの名前がわかれば、また探してみる手もあるけど、セローが泊まったホテルの名はわからなかった。
ただ、ここもまだ戦争中で、彼はホテルで居あわせたクロアチア人と話をする。
どうしてアメリカは助けてくれないんだと相手はいう。
なぜアメリカ人がヨーロッパの戦争に加担しなければいけないんですかと、逆にセローは問いかける。
セローが民主党支持の中道左派であるという根拠は、文章に極端な偏向がないことと、ここでクリントン大統領を非難されるとむっとすると書いているからだ。

この戦争はやくざのセルビアとクロアチアが、かよわいボスニアをあいだにはさんで殴り合ったようなものとまえに書いたけど、このふたつの国はおたがいにボスニアから領土をむしり取るのに熱心で、内緒で分割の密約を結んだこともあった。
しかしやくざの手打ちみたいなものだから、状況が変わればまたケンカになる。
セローがドブロブニクに行くすこしまえには、セルビアとクロアチアはまたケンカになっており、セルビアとそのパシリであるモンテネグロの同盟軍は、ドブロブニクの背後にある山から街に大砲を撃ち込んでいた。

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セルビアがあまり無法なことばかりするので、米国や欧州は、牽制するためにクロアチアに肩入れした。
すると今度はクロアチアが元気づいて、セルビアに反撃し、セルビア人をその居住地から追い出そうとして、またべつの民族浄化が起きる。
さまざまな民族がさまざまなところで暮らしていた土地を、特定の民族が独占しようとすれば、トラブルになるのは当たり前なのだ。
セルビアは被害者づらして窮状を訴え、民兵組織のリーダーたちは防衛のための戦争だと、侵略・暴行・殺戮を正当化する。
殺されるほうだってむざむざ殺されやしない。
これではいつになっても戦争は終わらない。

セローがドブロブニクに着いたとき、セルビア軍は包囲を解いて撤退し、街の修復もかなり進んでいた。
ということは、街のようすは現在わたしたちが見るものとたいして変わらなかったわけだ。
現在のドブロブニクは30年まえまで激しい戦争があったとは思えないくらい美しい街である。
ここでまたストリートビューで見つけた市内のようすをどさどさと。

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この城壁を歩くにはひとり2,670円がかかるそうである。

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1995年の夏、サラエボでふたたびイスラム教徒への殺戮が始まり、米軍はついに空爆に踏み切った。
これはセローがこの地を離れてまもなくだから、ひょっとすると彼は状況偵察のために送り込まれた米国のスパイだったかも。
というのはミステリーの読みすぎだけど、米軍の参戦は決定的で、この空爆が紛争の分岐点になったことはまちがいない。

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現在、世界は米国のイラク侵攻やソマリアでの失敗もあって、紛争への介入に慎重だけど、ユーゴ紛争は多国籍軍の介入が和平に貢献した数少ない実例となった。
なぜもっと早くやらなかったのかという問題は歴史の判断におまかせして、その後のユーゴの復旧はめざましい。
これはわたしたちにひとつの希望を与えてくれる。
いま戦争をしている中東やアフリカでも、いつか人々が平和にめざめ、地球全体が融和と協調でまとまる日が来るんじゃないか、そういうことは可能じゃないかという・・・・

わたしのテレビ番組コレクションのなかに、ドブロブニクが出てくるものはないかと調べてみたら、古い「世界ふれあい街歩き」以外に、「二度目の〇〇」シリーズがあって、モデルの仲川希良ちゃんがこの街を案内するものがあった。
これはデジタルになってからの番組だから、まだ最近の映像だし、画質も文句なしである。

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もちろん戦争の話は出てこないで、希良ちゃんはアドリア海のサンゴの耳飾りなんかつけてうれしがったあと、ケーブルカーで街の背後にそびえるスルジ山まで登る。
かってセルビア軍が陣取った山からドブロブニクの街を見下ろしたわけだ。
大砲をかまえた軍隊と、かわいい観光客とのちがいは大きい。

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戦争なんかしなければ、クロアチアは風光は明媚で、娘たちは美しく、希良ちゃんも食べていたけど、シーフードが美味しそう。
カンヌやニースのような、リゾートになりうる魅力を持った街ばかりなのに、いったいどうして人々は戦争なんかしたのだろう。
ジェノサイドを陣頭で指揮したセルビア大統領ミロシェヴィッチや、カラジッチ、ムラジッチといった軍人たちをみると、彼らはいったいなんのためにこの世に存在したのだろうとさえ思ってしまう。

セローはこのあと、独裁政権が倒れて間もないアルバニアに向かう。
ほんとうはそのまえに、地中海の沿岸をめぐるという旅の主旨からして、モンテグロに寄りたかったのだけど、しかし彼が旅をしたころ国境はふさがれていた。
やむを得ず大まわりをして、アルバニアに向かうんだけど、この国はすこし前まで、現在の北朝鮮のような閉ざされた国だった。
そんな国ではたしてなにが見られるだろう。
ストリートビューはあるかしら。

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2021年1月19日 (火)

コロナで

昼間知り合いから電話がかかってきた。
相手もコロナのせいで家に閉じ込められて退屈しているはずだから、メシでも食いに来いといわれると大変だ。
いやあ、コロナで寝てましてねと返事をする。
この場合はコロナ(にかかるとコワイの)で寝てましてという意味だ。
これでそれ以上の誘いはピタリと止んだ。

もう1月の半ばじゃないか。
この調子では冬もすぐに明ける。
ウメやサクラの季節になったらたんと誘ってくんなさい。
それまでコロナが終息していればいいけど。

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2021年1月18日 (月)

地中海/スプリット

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冒頭に載せたのはザダールの遠景。
フェリーでセローがこの街に着いたのは夜中だったけど、昼間見れば、このあと寄ることになる「アドリア海の真珠」、ドブロブニクにひけをとらない美しい街である。
旧ユーゴというのは日本人になじみがないだけで、探せばまだこんな美しい街がたくさんあるかもしれない。
ただしセローが訪れたとき、まだセルビア軍が20キロ離れた場所に陣取って、ときどき街に大砲を撃ち込んでいた。
おかげでこの美しい街は穴だらけだったそうだ。

夜中に着いたセローはホテルを探したけど、ホテルはどこへ行っても難民であふれていた。
それでもフェリー会社の親切な係員に、コロヴァレ・ホテルというところになんとか空室を見つけてもらう。
ホテルの名前がわかったから、念のためグーグルマップに当たってみたら、それはいまでもあることがわかった。

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樹木で見えにくいけど、これがそのホテルのおもてと裏。
砲弾でボコボコにされていたらしいから、その後建て替えたかもしれない。
でもあまり上等な建物に見えないから、色を塗り替えただけかもしれない。
けっきょくなにがなんだかわからないけど、戦場の近くで野宿をするわけにもいかないから、セローはここに泊まることにした。

ユーゴの紛争は「民族浄化」という言葉とともに、膨大な数の難民を生んだ。
おかげでコロヴァレ・ホテルのロビーは雑魚寝をする難民でいっぱいだった。
難民の支援にやってきた赤十字や国連の職員たちは上等の部屋に泊まる。
それを見てセローは、戦災時にはいい部屋を慈善団体が占領するものだという、ひとつの原則に思い当たるけど、そういえばわたしにも似たようなことがあったなあ。
東日本大震災のとき、現地を視察に行ったわたしは、釜石あたりで宿を探していた。
海岸のホテルは軒並み津波にやられたか、無事でもほとんど使い物にならなくなっていて、わたしはとうとう内陸の遠野まで足をのばしてみたけど、そこも各地からやってきたボランティアでほとんどふさがっていた。
おかげでサービスは悪いくせに高い部屋に泊まらせられて、それをいまでも恨みに思って、いるわけじゃないけど、セローと似たようなことを思ったことはある。

夜が明けて、わたしは戦争の爪痕を探してみた。
しかし戦後20年も経っていて、現在のザダールにそんなものはありそうにない。
セローにいわせると、ローマ時代の遺跡である旧市街地の正門も吹き飛ばされていたとある。

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フェリーが到着した港のある半島が旧市街地らしいので、そのへんを重点的に探してみたら、海辺にそった古そうな城壁にこんなレリーフを見つけた。
吹き飛ばされてはいないけど、なんとなくローマ時代の遺跡に見えるから、あとで修復したのかもしれない。

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そうやってしつこく探してみると、あちこちに遺跡らしいものがあり、なかには現在修復中らしいものもあった。
しかしこれが戦禍による修復なのか、たんに古くなったから直しているのかわからない。
この石垣だって、じいっとにらむと、修理した部分がまだらになっているような、そうでないような。
まあ、修復がすんだのなら結構なことで、観光客が安全に見てまわれるなら、それはさらに結構なことである。

この街でセローはカフェに入ってコーヒーを飲んだ。
飲み終わって金を払おうとすると、戦場から逃れてきたウエイトレスは、ささやかなプレゼントだといって受け取らない。
戦争の被害者がゆきづりの旅人にプレゼントをする・・・・戦争は人々をより善良にすることもあると、セローはまたしてもひとつの原則に思い当たるのであった。

鉄道が戦争中のため不通だったので、セローはザダールからバスでクロアチア領のスプリットを目指す。
ちなみに、わたしの部屋のテレビ番組コレクションのなかに「関口知宏のヨーロッパ鉄道旅」があり、そこにクロアチア編もあって、現在のクロアチアにはきれいで快適そうな鉄道があることがわかった。

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しかし関口クンの旅は2016年のことなので、セローが旅をしたころは、もちろんそんなものはなかった。

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路線バスから見える景色は、ときおりあらわれる小さな町をのぞけば、おおむねこんな感じで、人口密集地はほとんどないようだ。
危険はあるかもしれないけど、こういう外国での路線バスの旅をわたしもしてみたい。
むかし中国の武威から蘭州まで、半日かけて走ったバスの旅を思い出してしまう。

スプリットでもセローはホテルを探す。
客引きをしているおばさんたちがたくさんいたので、試しに地元の人たちがやっていた民泊を利用することにした。
ところが宿のおばあさんがセローの知っている言葉(彼は数カ国語を話す)をぜんぜん理解せず、会話が出来ない。
わたしならうるさい亭主につきあわされるよりよっぽどマシだけど、セローは黙っていられないタイプらしく、翌日はもう別のホテルに逃げ出していた。

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これがセローが引っ越ししたベルヴュー・ホテルだ。
安っぽいホテルだけど、戦争中にはこれでもマシなほうだったらしい。
はたして現在のコロナ禍をなんとかしのいでいるだろうか。

スプリットは「世界ふれあい街歩き」という、わたしが蒐集しているテレビ番組にも出てくる。
またこれも参考にしてみよう。

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この街の旧市街地は「ディオクレティオヌスの宮殿」という遺跡で占められている。
この宮殿のあるじのローマ人はキリスト教を弾圧したそうだけど、その後歴史は変転し、同じ宮殿がキリスト教の教会になっているとか。
ローマ時代の神殿や浴場も残っているものの、なにぶんにも古い遺跡だし、その後難民があふれるような複雑な歴史があったから、いまはそこに一般市民が住みついて、菜園を作ったり、勝手に神殿の屋根を自分の家の一部として活用したりしていた。
わたしがはじめて中国で始皇帝の陵を見たとき、それは近所の農民が勝手に果樹園にしていたのと同じだ。
中国の場合は強権国家だからなんとでもなったけど、クロアチアは最近までドンパチがあったものの、その後民主的な国として再出発した国だから、住みついた人たちには居住権が発生してしまい、ユネスコも文句をいえないらしい。
でも宮殿を博物館扱いにして立ち入り禁止にするより、市民の生活の場にするほうがいいかもしれない。

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わたしは路地がたて込んだこんな街を1日さまよってみたいと思うし、もっと交通の便がよくって治安にも問題がなければ、ここはトルコのイスタンブールのような観光都市になっても不思議じゃない

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この近くには背後に険しい岩山のそびえるオミシュという街もあって、トレッキング好きにはおもしろそうだから、1枚だけ写真を載せておこう。

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2021年1月17日 (日)

日本は

ネットニュースに「普及進まぬEV=海外に遅れ」なんてたわごとが出ていた。
反面、昨夜のニュースではどこかの識者さんが、日本はその気になればすぐに追いつくでしょうといっていた。
わたしもこの識者さんに賛成だな。
いまは遅れをとっているように見えても、その気になればあっという間にバーをクリアしてしまうのが日本だ。
むしろあんまり早くやると、つい行き過ぎて、またガラケーなんていう突出しすぎた製品を生み出しかねない。
日本企業は国内だけで、だれが最初にスパートをかけるか、たがいに顔をうかがいあっているところだと思う。

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2021年1月16日 (土)

地中海/旧ユーゴの国々へ

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ポール・セローが「大地中海旅行」で、イタリアから旧ユーゴスラビアの国スロべニアの国境を越えたのは、日付がはっきり書いてないのでわかりにくいけど、1994年の春ごろと思われる。
この約15年まえに、その剛腕とカリスマ性でユーゴ(ユーゴスラビア)を統治してきたチトー大統領が亡くなった。
おもりのなくなった他民族国家のユーゴでは、たちまち民族主義が雨後のタケノコのように勃発して、それはやがて第二次世界大戦以降最悪といわれたジェノサイド(民族撲滅)に発展してまう。
遠くはなれた日本人には内容がよくわからないけど、この紛争終了後に、この紛争を6回のシリーズにまとめた「ユーゴスラビアの崩壊」というドキュメンタリーがあるので、これを横に置いて話を進めよう。
これはNHKが放映したものだけど、わたしはきっちり録画しておいたのだ。

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スロベニアへ入国したとき、セローはビザを持っていなかった。
彼は国境の列車のなかで取得するんだけど、へえ、そういうこともできるんだというのはわたし。
わたしはいつも旅行会社におまかせだったというのはさておいて、まだ国内が混乱していた時期に、スロベニアの入国審査はちゃんと機能していたらしい。

紛争まえのユーゴスラビアには、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェコビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアという6つの共和国が存在し、さらにそのなかに正教会、カトリック、イスラム教という異なる宗教を信じる人たちがいて、古い時代から摩擦が絶えなかった。

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ここに載せたのは紛争が終了して国境が確定したあとの地図だけど、各共和国の配置はこれを見てもらうとわかりやすい。
摩擦の原因はひじょうに複雑で、第一次世界大戦の引き金になったのがユーゴの民族主義だったというのも、けっして不思議じゃないという気がする。
こういう国をまとめるには強圧的な独裁しかないというのも、ケシカラン話だけど事実のようなのだ。

ユーゴ紛争というのは、ボスニア・ヘルツェゴビナというかよわい女性をあいだに置いて、やくざのセルビアとクロアチアが殴り合った戦争といったらいいかもしれない。

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この紛争の火をつけたのは、セルビアの民族主義者で、その後大統領になったスロボダン・ミロシェヴィッチであるというのが、西側の共通認識になっており、ポール・セローもその考えを踏襲しているようである。
ただ先にいったように、過去をほじくり出すときりがないので、ここではあくまでチトー亡き後の、ユーゴの内戦だけに的をしぼって話を進める。

セローがスロベニアで、とりあえず列車から下りたのは、ピヴカという小さな駅だった。
そんな小さな駅がストリートビューに出ているか心配だったけど、わたしがそれをのぞいたのが、もうユーゴでの紛争が終了して20年も経っていたころなので、問題はなかった。

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これがピヴカ駅だ。
セローは駅のバーで、いあわせた女給相手に安いコーヒーを飲む。
このへんはうらぶれた労働者が、街道ぞいのしみったれたドライブインにあらわれる、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」みたいである。
『流行遅れの格好をした人間たちが無意味な殺人をおかすという、陰鬱な東欧映画に出てくる田舎の駅』に似ていたというのが、セローのこの駅の描写だ。
『彼女はだるそうに薄汚い布で濡れたグラスをふきながら、垂れた髪を耳の後ろへまわした』
これから亭主殺しでも始まりそうな雰囲気だけど、もちろんそんなことは起こらない。

この殺伐とした雰囲気は、それほど遠くない場所で戦争をしているからだろうと、セローはときおりヒステリックに走りまわる子供たちを見て考える。
1994年の春というと、内戦はピークに達しており、セルビア民兵がいたるところでイスラム教徒を虐殺していて、見かねた国連やNATOが仲裁に乗り出していた。
しかし世界の警察たる米国は、ヨーロッパの紛争はヨーロッパで解決すべしと仲裁に本気ではなかったので、なめきったセルビア民兵は国連の保護軍兵士まで人質にする始末。
アメリカの我慢も限界に近づきつつあったころである。

紛争の初期に、ミロシェヴィッチと民族主義の台頭に危機感を抱いたスロベニアは、連邦から離脱しようとした。
連邦を弱体化させかねないスロベニアに、上等じゃねえかと、セルビアが連邦軍を派遣しようとすると、セルビアに対抗意識を燃やすクロアチアが割って入る。
割って入らなくても、もとからクロアチアはセルビアとスロベニアの中間にあったわけだから、これはべつに正義感からではない。
セルビアは正教会で、クロアチアはカトリック教徒が多く、ずっとむかしからこの両国は相手に対して含むところがあり、クロアチアにも領土拡張という下ごころがあったのだ。
ユーゴ連邦の強豪国同士がつっぱりあっているうち、スロベニアはさっさと連邦離脱、独立までしてしまい、セルビアの横暴をみかねた他の共和国も独立にかたむいてゆく。

他民族国家がてんでんばらばらに独立すると、国境が増えて入国審査ばかりだとぼやきつつ、セローはピヴカで列車を乗り換えて、クロアチアの海辺の街リエカをめざす。
国境のあたりで東方にヴェリーキー・スネズニクという、標高1,796mの山が見えるというから、山の好きなわたしはちょっとストリートビューで山頂をのぞいてみた。

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こんな感じで、山頂に山小屋もあり、平和な現在はトレッキング・ポイントになっているらしかった。

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国境の駅はサピャーヌだけど、駅舎にしちゃあ悲惨じゃないかといわれそう。
しかしほかを探してみても、ワンちゃんのいるこんな建物しか見つからず、どれが肝心の駅舎なのかわからなかった。
まあ、車内でパスポートをチェックするだけだから、立派な駅舎は必要ないのかもしれない。

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リエカは海辺にある街で、上の写真はリエカ駅。
まだ独立して間もないクロアチアでは物価がかなり安かったから、ドルを両替したセローは、たちまち現地通貨のディナールで百万長者になってしまう。

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セローにいわせると、この街は見捨てられたような雰囲気ということである。
それほど離れていない場所で、セルビア人勢力がまだ戦争継続中だったから、あまり景気のよさそうな顔もできなかったのだろう。
わたしは例によってストリートビューで、街のいちばんごちゃごちゃしたあたりをのぞいてみたけど、緑の多い、きわめて健全な街に見えた。
そのへんに砲弾の跡でも残ってやしないかと探してみたけど、むしろ落書きが多かった。
砲弾と落書き、これが戦時と平時の違いだな。

おもしろそうな場所はないかと衛星写真を調べてみると、旧市街地と思われるところに、トルサット要塞というものがあることがわかった。

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これがその要塞だけど、もちろんこのあたりの都市の例にもれず、城内に教会があり、教会があればきらびやかな礼拝堂があるのも当然という、リエカはそういう街だった。

このあとセローは、ウラジミール・ナボコフにちなむというので、ふた駅ばかり離れたアバツィアという街まで出かける。
ナボコフというのは「ロリータ」という小説で、つまり“ロリコン”という、日本でもすっかり有名になった言葉で知られる作家だ。
アドリア海沿岸は、むかしからロシアの避暑地という側面を持っていて、ロシア人であるナボコフも、子供のころこの街に遊びにきた思い出を持っていたのである。

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これがアパツィアの駅だ。
街は、セローの目にはちょっとさびれた普通のリゾートに見えたらしい。
ずっとあとになってストリートビューで見物しているわたしにも、ありふれたリゾートにしか見えなかった。

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週末になればもっと大勢の観光客が来るわというのは、ホテルの女性の話。
彼女のアドバイスで、セローはフェリーに乗る。
つぎの目的地はクロアチアのザダールだけど、目下のところ列車は不通で、これ以外に行く方法がなかったのである。

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2021年1月15日 (金)

エライ!

GAFAと称される世界の4大企業が二酸化炭素削減計画を発表だって。
エライ!
えらいけど、これまで炭素発生のほうで世界をリードしてきたGAFAに、そんなことがホントにできるのか、要注目。
日本のほうでは大企業が、そんなことをしたら莫大な費用がかかる、そんなら企業は海外に引っ越しするしかないと、おじけづいたのか恫喝してるのかわからん反応だ。
そういう問題じゃないと思うんだけどネ。

わたし?
もうすでに省エネを実践中サ。
うちの風呂に「追い焚き」という機能がついているのを発見してから、お風呂の水は一回満タンにしたら3回は入る。
今夜もこれから長っ風呂だ。
いちど入ったら、できるだけ長くつかってコスパを高めるのだ。

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2021年1月14日 (木)

本日のこころがまえ

わっ、まだ韓国が押されてる。
「自信がないと疑心が増え、様々な被害妄想が生じる」
と、日本がいいたいことをそっくり中国にいわれている。
例のキムチの起源問題で。
それも共産党の中央政治法律委員会(政法委)から。
こうなるとYouTubeの李子ちゃんは、中国の国家公認ユーチューバーということになるな。
日本もついでに参加してしまおうか。
唐辛子は南米原産で、コロンブスがヨーロッパに持ち帰り、種子島を経由して日本、ひいてはアジアに伝わったものだから、現代のまっ赤なキムチは日本が発祥だとかなんとかいっちゃって。
ちと苦しいかなあ。

今日のわたしはコロナかもね。
自転車に乗っていて、頭がクラクラする。
部屋にもどってベッドで念仏をとなえているところ。
もしコロナにかかったら、無駄な抵抗はせずにさっさと死んでしまうからね。
他人に感染させたくないし、病院に行くのもイヤだし。
ここまで生きただけで十分満足サ。

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2021年1月13日 (水)

キムチ

日本はなんにもしないのに、最近韓国が押されっぱなしだ。
ネット掲示板「カイカイ反応通信」を見ていたら、中国がキムチは中国が起源だと言い出して、韓国の反発をくらっているらしい。
なんでも YouTube に李子という美人の中国人ユーチューバーがいて、じっさいにキムチを漬けている映像を上げているそうだ。
わたしもあわてて見てみたけど、日本でもちゃんと見られるね。
中国じゃ YouTube ご法度だというのに。

ケシカランといっても中国ってところは裾野が広いからなあ。
むかしから他民族国家で、国内に大勢の朝鮮人もかかえた国だ。
韓国がキムチは朝鮮人のものだといえば、それはそのまま中国のものと主張していることと同じじゃん。
だいたい韓国というのはまだ最近できた国で、それ以前は朝鮮という国があっただけだし、その朝鮮も中国の属国であった期間が長いから、そういうことを考えるとやっぱりキムチが中国起源というのはまちがっていない。

まあ、どっちの起源説が勝とうと、日本は安心して見ていられる話題のひとつ。
こういうのは最終的に、数が多くて声のでかいほうが勝つことになっているから(その点ではどっちもどっちだけど)、そのうち韓国起源説は多勢に無勢で中国に飲み込まれるんじゃないか。
そのときまで韓国という独立国があるかどうかのほうが心配。

今夜のわたしはアツアツのご飯に、日本産のキムチ。
昼間歯医者をすませてきたから、今日は安心して食べられるのだ。

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2021年1月12日 (火)

寒いね

寒いね。
スペインでも大雪だそうだ。
そりゃスペインだって、ピレネー山脈のほうじゃ雪ぐらい降るでしょといおうとしたら、これがなんと首都のマドリードだそうだ。
異常気象だねえ、気候変動だねえ。
といいつつ、ノーテンキな顔をしていられるのは、なにしろわたしは真冬のロシアに出かけたことがあり、そのときの装備をまだ所持しているからなのだ。
ラクダのももひき上下も、厚手のニットの靴下もあるし、かって山登りに凝ったことがあるので、雪山にでも登れるようにと、ダウンジャケットもL.L.Beanのいいのを持っている。
こういうものを年金もらうようになってから買い揃えるのは大変だ。
やっぱりまだ若くて、ばりばりの現役労働者だった時分に買っとくべきだよな。
ホームレスになって公園のかたすみで寝ることになっても、わたしの準備は万全さ。
知り合いのじいさんは冷凍死してないかしら。

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2021年1月11日 (月)

寿命

雪国じゃ大雪だってねえ。
不謹慎な言い方だけど、見に行きたいな。
沖縄だっていつも行きたいと思ってんだけど、まじめで善良なわたしとしては、政府のお達しを守って、じっと家でひきこもるしかないんだよね。
いったいいつになったらコロナが明けるんだ。
まごまごしてると寿命が来てしまうではないか。

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2021年1月10日 (日)

地中海/ヴェネツィアB

映画とストリートビューだけではわからないけど、わたしが録画したテレビ番組「世界ふれあい街歩き」のヴィネツィァ編には、雑学的話題がたくさん出てきて、ためになる。

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コーヒーを屋外のカフェで飲む文化は、この写真にあるサン・マルコ広場のオープンカフェが発祥の地だそうだ。
同じ番組にヴェネツィアの名物料理も紹介してあって、海鮮パスタをピザの皮でくるんだ「カルトッチョ」という料理が出てきた。
これはベジタリアンのセローやわたしに歓迎されそう。
まだある。
街のなかのある建物の外壁に、花瓶をかたむけたおばあさんのレリーフがついていて、これはむかしこの街でクーデターが起こりかけたとき、反乱軍の親分の頭に花瓶を落として、クーデターを阻止したおばあさんを記念するものだそうだ。
そんな無茶なことをして、そのあとおばあさんはどうなっただろう。

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この街にはピサの斜塔のように傾いた塔もある。
倒れたらあぶないですねとナレーションが入ると、いや、何百年も倒れなかったんだから、これからも倒れないだろうとイタリア人的返事。

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2本の円柱が並んだ埠頭からサン・マルコ寺院まえの広場に上がると、ドゥカーレ宮殿の向かいには、いまも発祥の地のオープンカフェが店を出している。
アバンチュールの期待もないじゃなかったアラフォーのヘプバーンは、この店でイタリアの色男ロッサノ・ブラッツィと知り合い、ひと夏の恋に身を焦がすのである。
同じテーブルに、手の早いイタリア男の誘いを持っている日本の女の子が、今日も座っているかもしれない。

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映画「旅情」にはサンタ・マリア・デッラ・サルーテの聖堂も出てくるけど、映画のほうがストリートビューで見たものより古色蒼然として貫禄があった。
70年ちかくまえの映画のほうが現在より古く見えるというのは、映画のあとで建物全体を洗浄したか、ひょっとすると色を塗り替えたのかもしれない。
古いテクニカラーの映画を無理やりデジタルに変換したので、画質が荒れた可能性もある。
デジタル化すれば画面がきれいになると信じている人が多いけど、これは誤解だ。
ぜんぜんべつな技術でも考えないかぎり、古い映画を機器の進歩に合わせてきれいに見せるというのは、現在放映されているものが限界じゃないか。

ヴェネツィアの名産にガラスの工芸品があって、映画のヒロインも骨董品の花瓶を買い求める。

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この花瓶はムラーノ島(地図で赤丸がついている)のガラス工房で作られている。
ただし観光地で土産を買うさいは注意をしなければいけないことを、わたしは中国やトルコでいやっというほど学んだ。
イスタンブールでは発泡石のパイプを買おうとして(わたしはタバコ吸わないんだけど美術品として)、値段を尋ねたら、予想の5倍くらいのことをいう。
高すぎるのであきらめたら、いくらなら書いますかとしつこい。
買う気がないから予想よりずっと下の値段をいったら、その値段まであっという間に下げられたことがある。
映画ではヘプバーンは花瓶を相手のいいなりで購入するんだけど、同じホテルに泊まっている米国人夫婦が、同じものをずっと安く買ってきたことを知ってガックリ。

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ちなみにムラーノ島にも古い寺院があって、やはり内装はコージャス。

この映画最大のスペクタクル・シーン?は、ヘプバーンが後ろ向きでカメラに熱中し、足を踏み外して運河に落ちるシーンだ。
この場面はとくに興味があったのでストリートビューで探してみた。

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これが現在のその現場。
彼女はあとずさりしていって、まん中の杭のあたりで運河に落ちる(当時は杭はなかった)。
映画は50年代の作品だから、女性はみんな落下傘型のフレアスカートで、その格好のまま運河浴をするヘプバーンもほんと根性のある女性だ。
だからこそ、彼女はオスカーを4回も受賞した、ただひとりの女優といえるんだけど。

通俗的な観光地がキライなはずのポール・セローでも、ヴェネツィアでは激しく感動したようなことを書いている。
なんかお義理で書いているような気がしないでもないけど、わたしも名所旧跡なんぞに興味はないほうだから、彼の気持ちはわかる。
彼は人間の生活をひっくるめて、この古都をひとつのパッケージとして観ているのである。
だから観光地に行っても、めずらしい魚がならんだ市場のにぎわいや、リヤカーの行商とおかみさんが値切り交渉をしている場面や、もうやたらにごった返している駅前のようなところをのぞきたがるのだ。

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もう店じまいしているけど、上の写真はわたしならとうぜん見にいったはずの魚市場と青果市場。

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むかしのヴェネツィアには売春婦の集まる橋があったというので、そこへも行ってみた。
この橋がそうだけど、いまでも売春婦が集まるかどうかは定かじゃない。

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ストリートビューでヴェネツィア市内を見てまわっていたわたしは、じっさいに見たことのある中国の蘇州を思い出す。
蘇州は東洋のベニスと呼ばれているけど、けっして掛け値じゃない。
細部を見れば汚いところもあるけど、ヴィネツィアと同じような、運河のほとりの古い建物やそれをささえる古い石垣、そして夕日が沈むころ水面に赤く映える街の姿など、マクロ的視点でながめれば、けっして本家にひけをとらない美しさだった。

まだ先の予定があるセローは、時間を有効に使うために、美術館めぐりをして彼の好きな海に関する絵だけを観ていこうとする。
ここでサン・マルコ寺院にある、ディエポロの「海からの贈り物を受け取るヴェネツィア」という絵のことが出てきた。

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どんな絵なのか好奇心から調べてみたら、日本のなんとかいう若い起業家みたいに、お金を積み上げて美女をくどこうという海神ネプチューンを描いたものだった。
神さまなら神さまらしく、さっさと強姦でもしてしまえばいいのに、兄貴のジュピターはいつもそうやっているぞ。

このあとセローはトリエステに寄るけど、それはジェームズ・ジョイスとイタロ・ズヴェーヴォの文学談義でしかない。
彼の旅はこれまでは平和な場所ばかりめぐってきた。
しかしトリエステから先は、クロアチア、ボスニア、モンテネグロなどの旧ユーゴスラビアの国々で、セローが旅をしたころはまだ現在進行形で紛争地だったところである。
そんなところにストリートビューがあるのかどうか、ちと心配だけど。

あ、そうそう、帰国のときがきて、駅に見送りにこない彼氏を未練たらしく探し求めるアラフォーのヘプバーンは、列車の発車まぎわに駅に駆け込んできたブラッツィ君を発見して、ようやくその真意を確認することができたのでありました。
汽車は出てゆく煙は残る、メデタシ、メデタシ。

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2021年1月 9日 (土)

地中海/ヴェネツィアA

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ヴェネツィア(ベニス)を舞台にした映画「旅情」は、「戦場にかける橋」や「アラビアのロレンス」の巨匠デヴィッド・リーンが、1955年につくった映画だ。
この映画は、米国人のアラフォーであるキャサリン・ヘプバーンが、長い橋梁の上を列車で渡っていくシーンから始まる。
わたしはカン違いをしていた。
ヴェネツィアというのは、てっきり運河の多い低湿地にある、大陸に属した港町だと思っていたんだけど、じっさいには大陸から切り離された小さな島だったのだ。

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島に渡るためには、鉄道と自動車道路のある橋を渡らなければならず、地図を見ればわかるけど、リベルタ橋というこの橋の全長は4キロぐらいある。
「旅情」は「ローマの休日」と同じように、物語とタイアップして街を紹介してしまう観光映画ともいえるので、わたしは「大地中海旅行」を読みつつ、ストリートビューと並行して、この映画の場面にも注目することにした。
有名な観光地に興味がないというポール・セローも、ここでは水の都ヴェネツィアをすなおに称賛する。
ただし、彼はヘプバーンと違って、島の反対側から水上バスでやってきた。

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また地図を見てほしい。
フェリーニの故郷であるリムニから列車に乗ったセローは、キオッジャという街で下車する。
キオッジャの北側には、ベッレストリーナ島とリド島という、まるでサンゴ礁のリーフのようにほそ長い島が、たて一列に並んでいる。
セローはフェリーに乗って、この二つの島を経由してヴェネツィアに向かうので、まずベッレ(ストリーナ)島からストリートビューでながめてみよう。

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砂洲のようにほそ長い島であるにもかかわらず、幅が300メートルぐらいある場所には、人間の生活があり、緑の野原、サッカー場、学校、教会まであった(ストリートビューは広角レンズを使っているので、じっさいより広く見える)。
しかしこの島については、沈んでしまいそうな、筏かカーペットのような島と書かれているだけで、記述があまり多くないから、サイクリングをするくらいしか見るべきもののない島なのだろう。

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ベッレ島にくらべるとリド島は、ほそ長いという点は同じだけど、いちばん幅が広いあたりには簡単な飛行場もあるし、セレブ御用達のようなホテルがいくつもある。
なによりここは、有名なヴェネツィア映画祭が開かれる場所なのである。
そしてトーマス・マンの小説「ベニスに死す」の舞台だそうだ。
映画化されたものはテレビで放映されたはずだけど、老人が若者(男)に恋をする映画らしいので、そういうものに興味のないわたしは、不覚にも録画するのを忘れた。
この小説の主人公が泊まったのが「エクセルシオール」という豪華ホテルだ。

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小説は1912年の作品だけど、このホテルはいまでも同じ場所にあって、セローも「エクセル」に泊まろうかな、でも高いからな、やっぱりやめておこうと躊躇している。
そしてベニス(ヴェネツィア)とリド島はぜんぜんちがうのだから、この小説のタイトルは「リド島に死す」のほうがふさわしいと書く。
古都としてではないヴェネツィアの近代的華やかさは、大部分をリド島が引き受けているのだろう。

けっきょくセローは島の内側に安くて清潔なホテルを見つけ、翌朝散歩に出かけて、やたら派手に飾ったカッターボートが行進してくるのを目にした。

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これはヴェネツィアで毎年行われている「海との結婚」祭りに参加するボートで、日本の沖縄の伝統的なハーリー祭のようなものだった。
ただ2019年のこの祭りは6月のしょっぱなに開かれているから、どっちかというと初夏の祭りのように思えるのに、セローの旅はシーズンオフの時期である。
そのへんがよくわからないけど、せんさくはやめて、ネットで見つけたこの祭りの写真を載せておこう。

さて、ヴェネツィアだ。
じつはわたしの「世界ふれあい街歩き」というテレビ番組コレクションの中にも、ヴェネツィア編が2本あるので、映画「旅情」と、「ふれあい街歩き」と、ストリートビューをみんな参考にしながら、市内の観光ポイントをながめていこう。
アラフォーのキャサリン・ヘプバーンは、リベルタ橋をがらがらと蒸気機関車で渡ってくる。

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映画製作当時はまだ煙をはいていた列車も、古いヴェネツィア駅も、あいだにすでに70年近い年月がはさまっているので、とっくに近代化されている。
映画には古い駅舎がちらりと出てくるけど、べつにナントカ様式というような美術的な建物でもなかったようだ。
しかしこの街にはススぼけた駅舎が似合うので、まっ白くてモダーンな現在のサンタ・ルチア駅になったのは残念だ。

ヴェネツィアに到着して、サンタ・ルチア駅から外へ出たヘプバーンは、ホテルまでタクシーを呼ぼうとする。
ところがヴェネツィアは、むかしもいまも自動車は走っておらず、最近では自転車まで走行禁止にされたそうだから、ここではゴンドラがタクシー代わりである。
ケチな米国人の彼女は、ゴンドラの値段を聞いて水上バスを使うことにした。

ホテルではガラス工芸で有名なムラーノ島が見えるという部屋へ案内されるけど、このムラーノ島は「ふれあい街歩き」に出てくるので、あとで紹介しよう。
ヘプバーンの旅は、飛行機やホテルなど基本的なところは旅行会社におまかせ、ただしホテルはいくつかの候補のなかから自分で選び、現地では自分で勝手に歩きまわるという、わたしにとっても理想の旅といっていいものだった。
彼女は水上バスで市内を見てまわり、うれしがってカメラで写真を撮りまくる。
外国でカメラをぶら下げた観光客というと、かっては日本人というのが定石だったけど、アメリカ人も変わらないじゃん。
とりあえず彼女を魅了した、この街の代表的風景をストリートビューで紹介する。

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ここにずらっと並べた写真の最初の2枚は、街の中心にあるリアルド橋とそのあたりで、運河の街ヴェネツィアを代表する景色。
あとは適当に見つけた旧市街だけど、いや、もうじつに魅力的な街である。
わたしもこの街に2週間ぐらい滞在して、水上バスであっちこっちを見てまわり、島めぐりをしたり、路地裏や市場などをのぞいてみたいと思ってしまった。

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2021年1月 8日 (金)

めちゃくちゃ

もうめちゃくちゃだな。
日本でトランプさん支持デモがあったそうだけど、そのデモ隊の中に韓国旗と、日本の旭日旗が混じっていたそうだ。
そればかりか米国の同様デモでも韓国旗が見られたらしい。
韓国と米国のなんの関係があるのかと思ったら、そうか、いくらひっかきまわされても、トランプさんのほうが北に理解があるように見える、だから辞めないでーってことらしい。
韓国ではマスコミまでみんな文大統領に反旗をひるがえしたみたいだけど、そのマスコミって、このあいだまで日本のネトウヨから、韓国政府の御用新聞だと皮肉られていたところばかりじゃないか。
これについて肝心の文サンはまた沈黙だ。
地方裁判所は顔をうかがう相手がわからなくなって、どうにでもなれって感じで、日本は慰安婦に賠償金を払えって判決を(いまごろ)出すし。
地裁の判決でさえ5年かかってるそうだから、大法院まで行くのにどれだけかかるのか。
それまでに朝鮮半島ではもっと大きな雪崩的現象が起きて、すべてガラガラポンになってるんじゃないか。

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2021年1月 7日 (木)

酔っぱらい

昨日の夜、知り合いから電話がかかってきて、明日を見ろという。
なんだ、だれかの誕生日かと思ったら、アメリカで大騒ぎが起きるってことらしい。
今日のニュースを見たらワシントンが大荒れだ。
といっても、わたしもネットニュースで知ったくらいで、日本にはぜんぜん関係ないのがカナシイ。
トランプさんも未練がましいな。
トランプさんを支持する日本人も未練がましい。
アメリカは民主主義の国なので、49人の人間がトランプさんを支持したって、残りの51人が拒否すれば、そこで勝負あった、なのだ。
国会議員や、身内の共和党議員や、マスコミなど、すべての方向からダメを出されて、それでも
49人にしがみつくトランプさんが見苦しい。
わたしの知り合いも早く酔いをさましてほしい。

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2021年1月 6日 (水)

ベニスに死す

じつはこの文章は、いまブログに連載中の「地中海」の次回のネタに使うつもりだったんだけど、書いているうち長くなりそうな気がしてきたので、独立させることにした。

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ポール・セローの地中海の旅はヴィネツィア(ベニス)まで来たけど、ここでトーマス・マンの「ベニスに死す」という本が引用されていた。
セローにいわせると“究極のオフ・シーズン小説”ということである。
オフ・シーズン小説ってどんなものなのか。
ふつうに考えると、ヒマなとき以外には読む価値がないというふうに受け取れるけど、確認するためにまた図書館で借りてみた。

まあ、つまらない本だった。
内容は煮え切らない五十男が、ベニスの海岸にある豪華ホテルで出会ったポーランド人家族の、その中の美少年に恋をする話である。
美少女ではなく美少年というのがミソで、ようするにホモや男色傾向のある男のための小説で、さればこそ、そっち方面でとかくの噂のあったイタリアの巨匠ルキノ・ヴィスコンティによって映画化されたこともうなづける。
しかし、じっさいには男と美少年が最後にベッドをともにするわけでもなく、物語の大半は五十男の妄想で、観念的なものばかりだから、健全な男が読んでもぜんぜんおもしろくない。
ナボコフの「ロリータ」とちがって、主人公にもともと変態性癖があるということがはっきり書いてないから、ホテルで出会っていきなり恋をするという事情もわかりにくい。
この美少年を美少女に置き換えても問題なく成立する物語だし、そうすれば美しい失恋物語になって、わたしももっと早く読んだかもしれないのに。

おかしいと思うのは、これはわたしにも経験があるんだけど、ひとつ屋根の下で男がそんなにじろじろと、美少年でも美少女でもいいけど、ひとりの相手を見つめていたら、かならず相手に気づかれる。
ママ、あのおじさん変なんだよ、いつもボクを見てないふりをして、じっと見てるんだ。
んまぁと、母親というのは敏感なところがあるから、男が変態であることを察し、息子の貞操を守るためにさっさとホテルを引っ越ししてしまうかもしれない。
男が相手に気づかれないよう、目と目が合わないようにしらばっくれてもダメである。
そんなバカなという人がいるかもしれないけど、人間の視線というのはかなり強烈なもので、勘がいい子なら背中からでも視線を感じとるだろう。
思春期の少年少女たちの、見つめられているという行為に対する敏感度は、凡人の想像を絶しているものなのだ。
ウソだと思うなら自分の娘に訊いてみよ。

そのうちベニスにコレラが流行って、美少年に未練たらたら、逃げおくれた五十男は感染してころりと死んでしまう。
ポール・セローは短艇をこいだことのある健全な男であり、サムセット・モームやグレアム・グリーン、イヴリン・ウォーらの愛読者であるから、こういうねちねちした小説を好きにはなれなかったのだろう。
わたしは健全とはいえないけど、どっちかというと、体育会系の精神が好きな男である。
失恋なら若いころ、イヤっというほど経験したし、人間の苦悩を描くのが文学だなんて、いまさらカッコいいことはいわないのだ。

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2021年1月 5日 (火)

ネタの救世主

韓国の文大統領が新年最初の国務会議でいいことをいっている。
口先だけでいいことをいうのはこの人の常套手段だから、いまさら感心はしない。
言ったことがことごとくブーメランになってもどってきて、彼の支持率が下落する一方なのも驚かない。

よく考えるんだけど、英国は頂点を極めたあと転落して、現在はしっちゃかめっちゃかだ。
おごる平家は久しくない。
日本がアジアの盟主と呼ばれてずいぶん時間がたつけれど、いずれは日本も英国と同じように凋落するかもしれない。
仮にそうなるとしたら、あとを継ぐのはどの国か。
韓国人はすぐにサムスンを例にあげて、日本を超えたと喜ぶけど、そのサムスンの牙城も揺らいでいる。
わたしは断言するけど、韓国が日本を凌駕するか、サムスンが中国に凌駕されるか、どっちが早いかと聞かれたら答えはひとつだ。

日本は欧州を超えるのに、世界に通じる常識をもって勝負した。
韓国は日本だけを攻撃して政権を維持したり、大使館のまえに相手国へのいやがらせでしかないものを設置するような、国際常識を守らない国だ。
この調子では日本が衰えたとしても、韓国は永久に日本に勝てるはずがない。
いつになっても、ネタがなくて困っているときの、わたしの救世主のままで終わるだろう(あいかわらずネタ不足なので、さっそく活用させていただきました)。

あんまり書くと相手がイヤがるからこのくらいにしておこう。
なんか新年そうそう問題が山積みだな。
あ、日本じゃなく韓国のこと。
いいのか、日本のほうばかり向いていて。

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地中海/フェリーニの故郷

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ポール・セローの旅は原則として列車である。
鉄道のないところ、船でしか渡れない場所は、やむを得ずバスやフェリーを利用するけど、飛行機はぜったいに使わない。
地中海に限定した旅なので、飛行機を使うと簡単すぎるし、原則があったほうがおもしろいってことだろう。
彼はアドリア海のいちばん奥までやってきた。
アドリア海というのは、イタリア半島とバルカン半島にはさまれたほそ長い海で、もちろん地中海の一部である。
有名なヴェネツィア(ベニス)はこのとっつきにある。

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この章では、のっけからクラウス・アルトマン(クラウス・バルビー)という人物のことが出てきた。
わたしが若いころは、まだときどきアイヒマンのようなナチスの残党が逮捕されたというニュースが耳目をそばだたせたけど、彼も筋金入りのナチ親衛隊の幹部だった人物で、その経歴は血にまみれている。
彼は死のまぎわになってようやく罪を償うことになったけど、セローは彼がそれまでボリビアくんだりで逃避行を続けられた理由について、米国の責任を挙げていない。
セローの立場は民主党支持の中道左派ってところのようだけど、ときどきこういう片手落ちをするんだよな、米国がからむと。

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セローが列車で移動していると、FBIのフーバーもと長官と、ロックシンガーのミートローフのような客が乗ってきた。
広い世界にそういう客がいたっておかしくないけど、彼ら、いや彼女らが尼僧であること、それをセローがたんなる傍観者に徹して、あっさり書くところがおもしろい。
セローの文章にはこんなふうな、とくに意味もなくそれっきりという文章がたくさんある。
笑わせるつもりがないをよそおって笑わせるというテクニックで、こんな文章に出会うたびに、わたしはにやりと口もとをゆがめる。
ユーモアというのは受け取るほうにもそれなりのセンスが必要だ。

また彼はしょっちゅう他の作家や作品を引用するけど、アンコーナという町では、陰鬱でみすぼらしいから罪悪感なしにこの町を見ることはできないと、これはジェームス・ジョイスの文章だそうだ。
みすぼらしいというだけで、他人に罪悪感をいだかせちゃ大変だけど、ジョイスはアイルランドの作家で、故国に恨みをいだいて世界を放浪した作家だから、アイルランドの駅というのはみんなみすぼらしいらしい。
ここでセローは港でヒメジを釣る釣り師と話し合う。
ヒメジは地中海地方では高級な魚らしく、わたしはマルタ島の漁港で漁師が網から外しているのを見たことがある。
日本ではあまり魚屋で見かけない魚だけど、あごの下にひげがあって、それで海底の餌をあさっていて、ダイビングをすれば伊豆あたりでもよく見かけるミニチュアの錦鯉みたいな魚だ。
ぼくはこの魚が好きですよ。
ああ、ティレニア海は底が岩だからね、ここのヒメジは網焼きにするとおいしいよ。
べつに爆笑するような文章じゃないんだけど。

列車で旅をしていると、車窓からながめた景色同様の、唐突に終わるみじかいエピソードがたくさんあらわれる。
長いエピソードがあれば、それはとくに強調したい重要な場所であるという意味だ。
セローはリミニという街に立ち寄った。
ここは映画監督フェデリコ・フェリーニの故郷だそうだから、いやしくも知性を売り物にする文化人ならさけて通れないところである。
そういうわけで、リミニのエピソードは長い。

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フェリーニという人はおもしろい人である。
見かけは腹が出た、そのへんの会社の重役みたいな感じの人で、日本人が期待する芸術家というタイプじゃぜんぜんないんだけど、「81/2」や「サテリコン」のような、きらびやかでグロテスクで、文学的、哲学的、かつ不可解な作品をつぎつぎと生み出した。
ここでは監督の生まれ故郷リミニに敬意を表して、「アマルコルド」という作品を取り上げる。
この映画はフェリーニ監督の幼いころの想い出をつづったものだというから、背景はとうぜんリミニだろう。
わたしもフェリーニについて、このブログに書いたことがあるくらい好きだから、監督の生まれ故郷という街に特別な興味があった。
セローはローマをべつにすれば、リミニくらいフェリーニ的な街もないという。
ホントかよと、わたしもストリートビューでそういうものを一生懸命探した。
フェリーニの名前をつけた公園があったから、まずそれを眺めてみる。

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公園自体はどこがフェリーニなのかというものだったけど、その向こうに大観覧車があって、その足元でサーカスでもやっていれば、たしかにフェリーニの匂いがしなくもない。
残念ながらサーカスはやってなかった。

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海岸に出てみた。
「アマルコルド」の、夜の海でボートに乗って待ちかまえる人たちのまえに、豪華客船があらわれるシーン、精神病院からひさしぶりに家にもどったおじいさんが、木の上で「オンナが欲しい」「やらせろー」と叫ぶ場面や、ポプラの綿毛が風にただよう屋外の結婚式の場面など、抒情的、牧歌的なシーンがいくつも思い出される。

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その撮影場所でも見つからないかと期待したけど、ダメだった。
たとえばこの上の写真、防波堤の上に特徴的な信号塔が立っているので、見つけやすそうだけど、これはリミニの海岸ではないようだった。
映画というものは、かならずしも物語の舞台で撮影するとはかぎらないから、ぜんぜんかけ離れたべつの海岸かもしれない。
「アマルコルド」については、場所をせんさくするより、夢の中の思い出の場所とでも思っておくほうがいい。

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ここにも旧市街地というものがあるなら、マラテスティアーノ教会のまわりがそうらしいので、そのへんを重点的にのぞいてみた。
イタリアの都市の例にもれず、いちおう古い寺院や城があったけど、これまで見てきたような、狭苦しい路地に建物が密集しているところがなくて、あまり年代が感じられない。
街中をぐるぐると見てまわっても、ほとんどの通りが、一階にこぎれいな店が入ったファッションビル風の建物ばかりだし、裏通りもそこかしこにオープンカフェが店を出していた。

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あまり多くはないけど、ひと気のない路地には落書きがある。
これはイタリアにかぎったことでなく、ロシアにも多かったから、こういうのはテロリストになる勇気はないし、芸術家になるほどセンスもない、しかし世間に対して不満だけは持っているというアナーキーな連中が、刷毛とペイントで、いや、エアブラシで不満をぶちまけたのだろう。
イタリア語が読めれば、彼らの主張や不満がどういうことなのかわかるのだが。

『太陽が沈んで、明かりがつきはじめると、リミニはフェリーニ的になってきた』
このあとに長い記述があって、セローは言葉を尽くしているけど、ここでは儀礼として、あるいは一般論としてフェリーニに触れただけかもしれない。
それとも街が変化してしまったのか、わたしはこの街からフェリーニ的なものをひとつも見つけられなかった。
しかし熱心に探索したおかげで、ストリートビューではぜったいに見ることのできない場所があるのに気がついた。
たとえばリミニには、夜になると売春婦がたくさん出没して、セローのようなひやかし客の股間をぎゅっとにぎったりするそうである。
わたしもそのへんの路地に娼婦でもたたずんでいないかと、ストリートビューの画面をすみからすみまでにらんでみたけど、すべてから振りだった。
仕方ないからネットで見つけた写真でまにあわせておく。

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たとえば人生も、うら側にこそ本質があるものなのに、ストリートビューは、目的地のおもての顔しか見せてくれないのだ。
セローが旅をしたころのイタリアの首相はベルルスコーニさんで、彼は議会でイタリアの娘は美人ばかりだからレイプをなくすのは無理だと公言したり、みずからも積極的に娼婦を愛したという絶倫家だから、しかもそれでも失職しなかったくらいイタリア人は寛容だったから、もうなにをかいわんや。

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2021年1月 4日 (月)

ヨワッタ、コマッタ

ネタがないねえ。
三が日も明けて、韓国のほうでは政局の動きがあったみたいだけど、日本はわれ関せずでいいみたいだし。
ネタがなければ書かなけりゃいいんだけど、なにも書かないと、あいつもいよいよお陀仏かって心配されそうだし。
ヨワッタ、ヨワッタ、コマッタ、コマッタ・・・・

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2021年1月 3日 (日)

ネタがない

ネタがないねえ。
正月ってのはだいたいニュースも乏しいし、「地中海」はすこしづつやっつけているんだけど、毎日コンスタントに書けるほどかんたんじゃない。
いま録画しておいた「クール・ジャパン」という番組を、なんかのネタにならいかと観ていたら、夫婦別寝という話題が出ていた。
外国人はおおむね、とんでもないという反応だけど、最近は米国でもべつべつに寝る夫婦が増えているそうだ。
へえ、そうかいと感心しただけで、それ以上なんか書く気になれない。
メシも食わなくちゃいけないし。

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2021年1月 2日 (土)

地中海/アリアーノ

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ジブラルタルをスタートして、バルセロナやマジョルカや、ニース、コルシカ、シチリアなどをめぐったポール・セローの旅は、イタリア半島にもどってきた。
つぎの目的地はと、本を読んでしばし考えこんでしまった。
これまではなじみがないにせよ、どこかで名前ぐらい聞いたことのある土地が多かったのに、この先は長靴のかたちをしたイタリア半島の靴底から背中にかけてで、ぜんぜん聞いたこともない場所ばかりをめぐる。
レッジョ、ブランカレオーネ、ボヴァ、ロクリ、アルビキオラ、ソヴェラート、スキラーチェ、カタンツァーロ、クロトーネ、シバリ、メタポントだって、あなたこんな町の名前知ってますか? 聞いたことがあります?
それでもセローはちゃんとページを埋めるだけの文章を書くのだから、さすがは作家だ。
困るのはわたしだけ。

わたしの心配は、はたしてそんな無名の町や村を、ストリートビューがカバーしているかどうかということ。
世の中にはいろんな国があって、なかには北朝鮮のように、独裁者が自分の国を見られるのをイヤがっている場合もあって、そういう国で全方位カメラを積んだ車なんか走らせてもらえるわけがない。
すると上空からとらえた衛星写真しかないわけで、これではわたしはこれまでのような、現地の写真入りの旅の報告ができない。
さて、どうなるか。

この章では「アリアーノ」という村に注目しよう。
ここはかってカルロ・レーヴィという反ファシスト運動をした医師が、ムッソリーニの政権ににらまれて遠流に遭ったところだという。
セローの文章ではイタリアのシベリアと記述されるくらい僻地らしいので、あんまり見込みがないけど、いちおうその村を探してみた。
グーグル恐るべしというか、「イタリア」と「アリアーノ」というキーワードで、村はかんたんに見つかった。

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長靴のかたちをしたイタリア半島の、土ふまずの部分にあるメタポンテという街から、西に50~60キロ行ったところで、地図を見ただけでは僻地なのかどうかわからない。
あんまりかんたんに見つかったので、これがほんとうにセローの本に出てくる村なのかと不安になってしまった。
もういちど本の記述をにらんでみる。
『アリアーノはまさに丘のてっぺんにあった』
『てっぺんにあると見えた村は、じつは二つの険しい峡谷をつなぐ尾根の上にひろがっていた』
『家々は切り立った丘の崖っぷちに建っていた』
これがセローによって書かれたアリアーノ村の描写だ。
ストリートビューで接近してみるまえに、もうすこしカルロ・レーヴィについて知っておく。

カルロ・レーヴィがここに幽囚状態に置かれたのは、1935年から1年間ほどだけど、彼はそのあいだに、まだ困窮をきわめていたアリアーノをつぶさに見た。
彼は画家でもあったので、マリアーノの村民の悲惨な生活も絵にしている。

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そして村を去ったあとで『キリストはエボリで止まった』という本(ひとつの分野に収まりきれないくらい示唆に富んだ作品とセローはいう)を書いた。
この本は東村山の図書館に置いてあるらしいので、わたしも読んでみようと思ったけど、ちょうど図書館が正月休みにあたって読めんかった。
セローはこの医師がすごした村を、自分の目で見たいと思ったのである。

さて、車でアリアーノの村に接近したわたしだけど。

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ストリートビューで見ると、村は絶壁の上にあって、セローの描写通りだから、ここがアリアーノ村にほぼまちがいがない。
地図をどんどん拡大すると、それはもう決定的になった。
この地図に青い文字で Fosso del Bersagliere と Casa di Carlo Devi と書かれているけど、これはセローの本にも出てくる地名で、前者は、むかしここからベルサッリエーリ(歩兵)が山賊に捕まって谷底に投げ込まれた絶壁だそうだ。

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ストリートビューで見ると絶壁はこんな感じ。
後者の青文字はそのものズバリ、カルロ・レーヴィの家という意味である。

ここがアリアーノ村にまちがいないことがわかったから、ストリートビューでもうすこし細部を見てみよう。
衛星写真を目いっぱい拡大し、そこからストリートビューに切り替えると、まるで低空を飛ぶドローンのような視線になる。

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村のなかのある場所に「農村生活博物館」と「Casa Confino di Carlo Levi=カルロ・レーヴィの閉じ込められていた家」という親切な案内板が出ていた(白い◯印が案内板)。
案内板の先を見ると白い家があるから、てっきりこれがレーヴィのブタ箱だろうと思ったら、ネットで検索するとぜんぜんべつの家がヒットする。

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ヒットした家の外壁に銅板パネルが貼ってあって(白い◯印が銅板パネル)、なにやら書いてあったので、手掛かりにでもなるんじゃないかと、グーグル翻訳で訳してみた。
どうやらレーヴィの著作の一節らしいから、こっちの家が閉じ込められていた家らしいけど、見晴らしはいいし、これで駅まで5分なら、貧乏人にはうらやましい一軒家だ。

じつは家はどうでもいいのである。
肝心なのは、ストリートビューを使えば、日本にいたまま、部屋の机のまえで、これだけのことが調べられるということなのだ。

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この近くの道路わきにだれかの胸像があった。
セローの本にはそんな胸像があるとは書いてないけど、そもそも胸像にしたくなるような有名人がたくさんいる村には見えないし、だれかポール・セローの本を読んで、おっ、おれんちの村にもこんなエライ人がいたのかと気づき、村興しのために建てたものかもしれない。
こういうことは日本でもよくあることである。

最後にレーヴィの墓を見ていこう。
墓は『村のてっぺんの裏手のほうに、ビャクシンの木立に囲まれてあった』というのが、セローが書く墓の描写である。

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ここに載せた写真は、村のはずれから墓地までの景色を、連続した分解写真にしてみたもので、墓はまだ最近になって作り直されたもののようである。
彼がマリアーノにいたのは1年ていどだけど、村を歴史に残したという功績のためにこの村に葬られているとしたら、彼も本望だろう。

アリアーノを去ったポール・セローは、ふたたび列車に乗り、ターラントという街でひとり旅の日本人娘と出会った。
どこへ行くのと訊くと、アルベロべッロですという。
ようやくわたしにもなじみのある地名が出てきた。
アルベロベッロというのは、海外旅行の好きな日本人ならたいてい知っている地名で、キノコのかたちをした、童話に出てくる小人の家みたいな住居がたくさんあるところである。
しかしセローはそんな月並みな観光名所には見向きもしない。
もったいないから、わたしはストリートビューで寄り道してみた。
こういう不思議な住居がこの地方独特のものなら、ほかにもあるんじゃないか。

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するとアルベロベッロの近くに、ロコロトンドという、こんなすてきな街を発見してしまった。
ここはまだ日本の旅行会社も紹介してないようだから、イタリアの、とくに南部にはまだまだ日本人の知らない魅力的な町や村がたくさんありそうである。

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2021年1月 1日 (金)

正月

あけましておめ・・・・・でたいわけがない。
今年はコロナが解消するんだろうか。
新種のおかげで人類の半数ぐらいが絶滅するんだろうか。
とりあえずわたしはまだベッドのなか。
起きてお雑煮作らなくちゃ。

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写真貼り付けました。
今夜はこれから汁粉をつくらなくちゃ。

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