地中海/ミュケナイとクレタ
アテネから「海の精霊」号はミュケナイ(ミケーネ)に行く。
この都市の名前もギリシャ神話にはしょっちゅう出てくるけど、これはペロポネソス半島にあって、ペロポネソス半島といえば日本人にもよく知られている都市国家スパルタがあったところだ。
だんだんわかってきたけど、地中海のクルーズというと、たいていギリシャがメインになるらしい。
イタリアやスペインは車でも行けるけど、ギリシャはエーゲ海という多島海をしたがえているので、観光をするにも船でなければ不便ということなんだろう。
ところでミュケナイには観光ポイントがなにかあるのか。
古代の遺跡から黄金の仮面や腕輪が発掘されているらしいけど、そういうものはアテネの博物館の収蔵品だ。
アテネはすでに見てしまったセローは、バス・ツアーに参加せず、船が寄港したナフプリオンという街のすぐ裏にある、パラミティという要塞を見物することにした。
これはナフプリオン港と、港から見上げたパラミティ要塞。
この要塞は難攻不落という建前だったけど、1715年にトルコ軍によってあっけなく陥落し、ギリシャはえらい大恥をかいた。
なるほどと、わたしは奇縁というべきものに思い当たる。
セローがギリシャを嫌う理由は、たとえば彼は地中海のまえに鉄道でアジアへ旅行しており、そのさいトルコにも寄って、トルコ人の作家などと親しく懇談しているけど、ギリシャ人はすぐに感情をむきだしにし、自分たちのあいだでも反目しあっているので、外国人とうまくやるのはむずかしそうだからとのこと。
こういうところは日本のとなりの国によく似ているし、そのうえトルコを目の仇にして、トルコのEU加盟に反対し続けているのがギリシャだそうだ。
そういえばギリシャはギリシャ文字という、ほかではあまり使われない文字を使うし、ギリシャとトルコの関係は、ハングルを使う韓国と日本の関係によく似ている。
となり同士は仲がわるいのがフツーと、日本もあきらめたほうがいいかも。
要塞パラミティは、千段の階段を登った岩山の上にあり、ここからの眺めはなかなかいい。
船に乗りっぱなしだとどうしても足が弱るから、セローは運動のために登っただけのようで、とくに重要なことは書いてない。
たまたま出会ったイタリア婦人は、ここは汚いところでしょうという。
彼女に同調したセローは、ギリシャに対する不満をいっきにぶちまけたみいたで、ゴミだらけだの、汚染されているだの、はては歴史を売りものにしたテーマパークみたいな国だのと散々なことをいう。
ほんとうにそんな汚いところなのか、美しい地中海というイメージのわたしが検証してみたら、ほんとうに汚かった。
郊外の鉄道線路のある景色をながめると、どこか東南アジアの雰囲気さえする。
ペロポネソス半島も、はるかな古代からさまざまな国家や民族の興亡がめまぐるしかったところで、考古学に興味のある人にはおもしろいけど、わたしのブログでそのうんちくを述べて仕方がない。
セローはバラミディ要塞を見ただけで満足してしまったので、わたしのほうはもうすこし内陸まで行って、せめてミュケナイの遺跡ぐらい見ていこう。
ミュケナイへの道はオリーブ畑のある素朴な農道で、トレッキングやバードウォッチングのほうが楽しめそうなところだ。
「アトラウスの宝庫」という遺跡があったのでストリートビューでのぞいてみたものの、もちろん宝物が残っているわけもない。
なにかおもしろいものはないかと、ミュケナイのあたりを衛星写真をながめてみたら、日本や中国なら田んぼや畑といったふうな区切られた農地が見えたけど、ストリートビューで地上からながめるとすべてオリーブや柑橘類の果樹園だった。
ミュケナイのあと、「海の精霊」号はエーゲ海にうかぶクレタ島に行く。
これはアギオス・ニコラウスという港にある牛にまたがった少女の像、じゃない、少女がまたがった牛の像である。
ギリシャ神話を知っていればピンとくるけど、女たらしのゼウス神が牛に化けて、海岸で遊んでいた少女を誘拐するところだから、主役はあくまで牛のほうなのだ。
この少女の名前はエウロパで、これは “ヨーロッパ” の名前の由来であると同時に、ジュピター(ギリシャ語のゼウス=木星)の衛星エウロパの由来でもある。
少女はいまでもゼウスにがっちりつかまれたまま、彼のまわりを回り続けているのだ。
クレタ島はギリシャ神話の神々の頂点に位置する、最高尊厳のゼウスが幼いころを過ごした土地として知られている(現住所はオリュンポス山のほう)。
彼は父親の地位を奪うと予言されていたため、生まれてすぐに未来を案ずる父親に呑み込まれてしまうところを(父親というのもエライ神さまである)、見かねた母神の機転で、クレタ島にあるディクテオンという洞窟にかくまわれ、そこで成長したのだそうである。
それでその洞窟ぐらい見ておくことにした。
クレタ島にまつわる神話で、もうひとつ有名なのは牛頭人身の怪物ミノタウロスだ。
この怪物の誕生秘話は、たぶん興味をもつ人がたくさんいると思うので、説明しよう。
むかしクレタ島クノッソスの王さまが、お祭りのいけにえにするつもりで、海神ポセイドーンの牛を譲り受けることにしたんだけど、牛があまり立派だったので、つぶすのが惜しくなってべつの牛でごまかした。
もちろんそんなインチキはすぐにばれて、怒ったポセイドーンは王さまのお妃に、この牛を狂おしく欲するという呪いをかけた。
いてもたってもいられないくらい牛に劣情をもよおした王妃は、大工のダイダロスに相談する。
ダイダロスというのは、たしかイカロスにハングライダーを設計してやった人だと思ったけど、なかなか器用な人で、牛のはりぼてを作ってその内部に王妃をひそませた。
はりぼてを見て発情した牛は、バックから(牛だから)生殖行為におよび、王妃はめでたく本懐を遂げることができた。
しかし原因と結果はつねにワンセットだ。
十月十日ののち、王妃は牛頭人身の怪物を出産したというのが、ミノタウロスの誕生秘話だけど、ほんと、ギリシャ神話ってのは、純愛、不倫、強姦、和姦、男色、同性愛、ナルシシズム、近親相姦、獣姦となんでもありだよな。
脱線が長くなった。
このあとセローはレンタ・サイクルで、島の反対側にあるイエラペトラという街まで走る。
わたしも中国の無錫に行ったとき、自転車を借りて田舎ばかり見てまわったことがあるから、彼の性格はわたしと似ているところがあるようだ。
いちおうイエラペトラもストリートビューでながめておこう。
アギオス・ニコラウスを出てまもなくの海岸には、いかにもリゾートらしい素敵な海岸もあるけど、こちら側からあちら側まで行くのだから山越えで、とちゅうの景色はこんな感じ。
そしてイエラペトラはこんな街だ。
ここにはワイキキという名前の海岸や、リッツという高級ホテルの代名詞みたいな宿があったそうで、冗談だろうとセローに皮肉られていたから、現在はどうなっているのかと探してみた。
現在ではワイキキは、水着のカワイ子ちゃんがいるまんざらでもないビーチになっているし、リッツは誇大広告だってことでつぶれたらしい。
ギリシャにイスラム教徒はいないそうだけど、セローの文章によると、ここにはミナレット(突塔)のあるモスクがひとつだけ残っていたとある。
へえと、わたしもあちこち探して、ストリートビューで見つけたのがこの建物だ。
ひとつだけということは、これがセローが見たモスクにまちがいない。
ギリシャはイスラムを排斥しており、モスクはキリスト教の教会になったり、市民ホールになったり、ほかの建物に改造されていたらしい。
トルコも似たようなことをしているけど、それでもキリスト教徒と共存もしているではないかと、セローはギリシャ人の民度を疑ってしまうのだ。
| 固定リンク | 0
コメント