地中海/海のハーモニー
ぐるっと地中海をめぐってきたポール・セローの旅もぼちぼちゴールに近づいた。
シリアのダマスカスから彼はイスラエルに抜け、ハイファ港で船をつかまえてギリシャにもどることにした。
セローはギリシャがきらいだけど、そこまで行けば、とにもかくにも自由主義国であって、あとはどこへでも行けるのである。
ところがハイファまで最短コースで行けば車で2、3時間のところ、あいだにはさまるレバノンが危険すぎて通れない。
やむを得ず彼はぐるっと迂回して、ヨルダンからイスラエルに抜け、すこしまえに見たばかりのエルサレムを経由してハイファに行くことにした。
これで行っても、朝シリアを出発すれば、夕方にはもう船に乗ることも可能だそうである。
ずいぶんせまい範囲にごたごたと揉める世界の縮図があるなあとセローの感慨。
もうひとつ、このあたりの道路はアメリカよりよっぽどいいじゃないかと。
このコースだとまたイスラエルの国境を越えなければならない。
まえに入国したときは、たまたま彼の本を読んだことのある係官(女性だ)がいて、すんなり通過できたけど、今度はそうはいかなかった。
なんでトルコへ行ったのか、だれか知り合いがいるのか、どこに泊まったのかと、係官にねちねちいびられる。
セローにいわせると、イスラエルは被害妄想の国だそうだ。
セローはすこしまえに見たばかりのエルサレムに一泊して、もういちど旧市街を見てまわる。
あっちこっちで住人のトラブルが発生しており、反目しあう雰囲気、安らぎのない町、つくづく困ったもんだなと、セローはどっちかというとパレスチナに同情的なアメリカ人なのである。
まえにいちど紹介したイスラエルの景色をまた紹介するのもナンだから、ここでは最近の状況と、イスラエル軍のきれいどころでごまかしておこう。
イスラエルとパレスチナはしょっちゅうドンパチをしているけど、現在ならセローもガザ自治区とその周辺に飛び交うミサイルに首をすくめていたはず。
もっともなんでもネタにする紀行作家にとって、めったに体験できないことだし、この戦争って脚本があるんじゃないのかと、わたしが感じるのと同じ疑問を、彼もあらかじめ予告された爆撃をホテルでながめながら抱いたかもしれない。
ハイファ港でセローがつかまえた船は「海のハーモニー」号という。
まえに乗った豪華客船の「海のスピリット」号と名前が似ているけど、どっちかというとその後に乗った「アクデニズ」号と同じような船で、一般庶民が地中海の往来に使うフェリーだった。
例によってその船を探してみたら、同じ名前の船がふたつ見つかった。
一方は豪華客船で、もう一つはサビの浮き出たボロ船だから、これは一目瞭然だ。
この船だという確証はないけれど、キブロス島やロード島あたりをうろうろしているというから、たぶんこれに間違いないんじゃないか。
この船の食事は刑務所並みだったそうで、厨房で働いていたのはビルマ人とインド人だった。
これだけの事実から、セローは地中海に存在する第三世界の問題、貧富の差、階級制度、移民などについて長々とゴタクをひねくっちゃう。
国際的作家というのはこういうもので、作家志望の人がいたら真似してみい。
こんどの船はギリシャ船籍なので、ギリシャ領のキプロス島や、アポロン神の巨像で知られるロードス島を経由していく。
キプロス島の項で、帰りにギリシャが統治する南キプロス(キプロス共和国)へ寄ったと書いたのはこのときのことである。
船はキプロス共和国のリマソルに入港した。
まえに紹介しそこなったからこの町も見てみよう。
郊外に新しい工場団地があるようだけど、ランダムに町をながめると、あまりいい雰囲気ではなかった。
上陸してセローがたまたま知り合ったギリシャ人の女性は、北キプロスのガジマゴサに住んでいたのだが、トルコ軍が上陸してくると、家をすてて身ひとつで南に逃げてきたのだという。
ギリシャぎらいのセローにとっては返事のしように困る問題だ。
概して、ギリシャぎらいのセローはこの町について冷ややかである。
セローは「海のハーモニー」号でひとりの女性と知り合った。
メルヴァというオーストラリア人で、別れた亭主のストーカー行為に悩まされ、ほとぼりをさますために海外旅行をしているという。
ストーカー行為に悩まされるということは美人でなければならないし、海外に脱出できるということは、それなり財力もあるということになる。
もっとも財力のほうは、貧乏旅行らしいからあてにならないけど。
彼女はセローにクラッピー・ジョーというトランプゲームを教えてくれて、彼らはギリシャに着くまでしょっちゅうそれをしていたから、セローもまんざらではなかったようだ。
彼女の年齢は、セローの文章からすると、50代半ばといったところか。
このときセローも50代だったから、しぶい熟年同士の恋ということになる。
しかし「大地中海旅行」はメロドラマではないから、彼らがベッドを共にしたというような記述はない。
つまらないことを考察してるようだけど、わたしはそういうことを想像するのが大好きなのだ。
セローが船で知り合ったのはうば桜ばかりではなく、ゲイで独身の音楽家や、イヌを連れた歯のない禿げの下品な男もいた。
こんなふうにだれにでもやたらに話しかける彼の能力は、わたしみたいなひきこもりにはうらやましいくらいだけど、ときどきそれが度を越して、リマソルの英国式パブで知り合った英国人のように、なんであんたは人に質問ばかりしてるんだと怒り出す人もいる。
キプロスのつぎに船はロードス島に寄った。
この島にはお台場のガンダムに匹敵するような巨大なアポロン像が建っていたそうだけど、それが作られたのが紀元前3世紀ごろで、その65年後にはもう崩壊していたというから、セローの記述もあっけない。
しかしこのブログでロードス島に寄るのは初めてだから、すこし念入りに見ていこう。
わたしは若いころ「ロード島の要塞」という映画を観た記憶がある。
ローマ時代を背景にしたイタリア製の歴史スペクタクルで、たしか港の入口に巨大な銅像が仁王立ちしていて、まだ純真な若者だったわたしはすなおに感心したものだった。
もちろんいま港のあたりをストリートビューでのぞいても、そんなものは残ってない。
あったのは公園のなかのこの小さな像で、ふざけてんのかといいたくなる。
巨像はなかったけど、そのかわり港のすぐ目のまえに、「ロードス騎士団のグランド マスターの宮殿」という、要塞にふさわしい城壁が連なっていた。
ほかにも、町はいかにもリゾートのようであるし、地中海らしい水のきれいな海水浴場もあって、ポール・セローが辛辣であっても、わたしはこの島が気に入った。
セローもいちおうその美しさを認めてはいて、しかし自分に興味があるのは景色や遺跡ではなく、オーストリア人女性の離婚話や、ストーカーをするその旦那についての話題のほうであるという。
いったい自分はなんのために旅行をするのか。
自分は歴史家ではない、地理学者でもない、政治に興味があるわけでもないのに、なぜ旅をするのかと彼は考える。
この考察は旅好きのわたしにもおおいに興味のあるところだ。
セローの結論は、旅の目的は自分の人生を生きること、自分の好みにあった生き方を見つけることということで、わたしももろ手をあげて賛成である。
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