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2021年7月 8日 (木)

レオポルド君

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前項の「闇の奥の奥」を読んでいると、欧米の植民地主義の権化のような人物として、まずレオポルド2世という人物が登場する。
彼はベルギーの国王だったけど、まったく個人の私利私欲のため、植民地獲得に血まなこになった。
ただ彼がその気になったとき(1800年代後半)、すでに列強の世界分割はほとんど終了していて、後発のベルギーが植民地にできる場所はかぎられていた。
彼はほかの国が手をつけてない空白の部分がないかと、自らアジアやアフリカに足をのばして、ハゲタカのように植民地を物色した。
当時のアフリカはまだ暗黒大陸といっていいところで、その中央部分にようやく探検の手が入ったばかりのコンゴがあった。
この先はレオポルド2世の謀略と、列強のかけひきの産物になるけど、ベルギー国王はまんまとコンゴを自国領、実体は彼の私有地として、各国に認めさせることに成功する。

日本でも律令制時代には、中央にいる貴族はちょくせつ手を出さず、子分を使って国を治めるということがよくあった。
こうなると親分が強欲な人間だった場合、泣く子と地頭には勝てないということわざのごとく、統治される側には苛斂誅求になる場合が多かった。
レオポルドの植民地政策はまったく暴力団そのもので、現地のアフリカ人労働者にノルマを課し、それが達成できないと腕を切り落とすという見せしめを加えた。
その証拠は、当時まだ黎明期だった写真によってはっきりと記録されている。
この写真は手を切られたアフリカ人と、人権保護の活動家に頭からペンキをぶちまけられたレオポルド2世の銅像。

ふうん、ひでえやつがいたもんだねえと、今日は歴史の勉強だけど、こういう知識がわたしの残りの人生に、なにか役に立つとは思えないね。
レオポルド2世は若い妾をこしらえて天寿をまっとうし、ベルギーで銅像まで建ててもらい、いじめられる黒人のほうは、いったいどれだけの数が救いもないままに大地の肥やしになっていったことか。
歴史を教訓にすべしとはよくいわれるけど、ペンキをぶちまけられるくらいだから、教訓はほかの人にまかせておいて大丈夫だろう。
わたし自身は、やれ打つな蠅が手をする足をするの一茶みたいな人間で、他人が苦しむのを見るのもキライだし。
こうなるとレオポルド2世という人は、わたしにとって一時のひまつぶしの対象で、人生の皮肉を感じさせるために存在していたようなもん。
「闇の奥」にもいちおう目を通してみたけど、川をのぼって下るだけのつまらない小説だったワ。

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