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2021年9月28日 (火)

アンダーグラウンド

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最近はほんとうにおもしろい映画、観たい映画がない。
だからこのブログの「壮絶の映画人生」に書く記事もないし、あっても倉庫から引っ張り出したような古い映画ばかりだ。
とぼやいていたら、最近とてもおもしろい映画に出会ったので、ひさしぶりに映画コーナーの更新だ。
最近といったけど、じつは1995年の映画なので、これももう30年ちかくまえの映画なんだけどね。

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旧ユーゴ出身の映画監督でエミール・クストリッツァ(Emir Kusturica)という人がいる。
以前このブログでも「ライフ・イズ・ミラクル」という彼の映画を取り上げたことがあって、わたしは “深刻な内容をユーモアでくるんだ、わたしの理想といっていい映画” と褒めたことがある。
彼の「アンダーグラウンド」という映画が、すこしまえにBSで放映された。
わたしは「ライフ・イズ」のことをよくおぼえていたし、たった1作だけでベタ褒めするには抵抗があったから、また録画してじっくりと観た。
その結果、わたしは断言するけど、この映画は(とくに最近では)まれにしか見られない傑作である。

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3時間ちかくある映画なので、ストーリーを紹介しながら、どんなところが素晴らしいかを説明してみよう。
と思ったけれど、正直いってストーリーを順序よく紹介しただけでは、逆にがっかりされるだけのような気がする。
おおざっぱなストーリーは、ナチスドイツに侵攻されたユーゴスラビアで、地下にもぐって抵抗を続ける人たちの、戦中、戦後、そして国が分裂して内戦に至るまでの長い歴史を描いた(とされる)大河ドラマだけど、とてもこんな常識的な説明だけでは収まらない。

まじめな顔をして観ていると、途中から時系列がめちゃくちゃになり、過去から現代、現代から過去にもどったり、劇中劇の登場人物が現実の人物と入れ替わったり、死んだと思った登場人物がまた出てきたり、常識で考えればおかしい場面がたくさんあって、もうなにがなんだかわからなくなる。
こんなことを書いたら、そんな映画のどこかおもしろいんだ、おまえはアホかといわれてしまいそう。

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でも観ていて感心したのは、最初から最後まで、じつに楽しい映画だということだ。
芸術的かどうか知らないけど、タルコフスキーのように始めから終いまでしかめっつらをしているような映画や、日本のどこかの監督のように、深刻なテーマをまっ正面から描いたようなものは、わたしはあまり好きじゃない。
その点この映画はドンパチあり、おふざけあり、すこし安っぽいけど幻想的な場面あり、ヒロインは日本人好みの美人だし、そういうヒロインが大胆なポーズをとってしまうしするし、いささか誇張された人物がはちゃめちゃな行動をして、ナンセンスなギャグ映画のようでもありで、まったくムズカシイ芸術作品という気がしないのだ。
フェリーニの「アマルコルド」を観た人がいれば、ちょうどあれをもう少しだけ騒々しくしたような映画といっておこう。
俺はアマルなんとかいう映画を観たことがないという人は、くそっ、単純でわかりやすいアメリカ映画でも観てやがれ!

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トラやゾウやロバやガチョウ、そしてこの映画ではチンパンジーが主要な役割を担っていて、そういう動物たちが自然なままの演技するのも楽しいし、すごく太った女や頭のよわい人物、サーカスや道化師はないけど精神病院が出てくるところ、やたらに音楽を演奏する場面があるところもフェリーニの作品を思わせる。
監督のクストリッツァは多芸な芸術家のひとりで、自分のバンドを持っており、仲間たちとロックやジャズを演奏している映像まで YouTube に上がっている。
この音楽仲間が映画にも出演しているようだし、「ライフ・イズ・ミラクル」ではテーマ音楽も自分たちで作曲していた。
わたくしごとで恐縮だけど、熊本のKさんや幼なじみのカトー君のように、最近の芸術家はひとつの分野だけじゃ創作本能を抑えきれないようだ。

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しかしユーゴという地味な国の映画なので、これを観られた人は多くないだろう(わたしだってテレビで放映されなかったら、わざわざ観ることはなかったはず)。
もしもテレビで見逃した人がいたら、「アンダーグラウンド」は映画がそっくりYouTubeに上がっているから、それを観ればよい。
字幕が日本語じゃないから意味はわからないけど、どうしてもストーリーを知りたいなら、ウィキペディアにあらすじが出ています。

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これはユーモアと寓意をちりばめた大人のための童話なのだ。
フェデリコ・フェリーニの名声を知っている人には、クストリッツァ監督はフェリーニの後継者であるといっても差支えない。
映画のラストでは、中洲のようなところでパーティをする人々を乗せたまま、島が陸地から切り離され、川のなかへゆっくりとただよっていく。
「81/2」のような全員による明るい大団円であると同時に、行先もわからないユーゴの人々の、不安や哀しみがしみじみと伝わってくる映画なのだ(この映画の制作当時、まだユーゴの内戦は完全には終わっていなかった)。
「ライフ・イズ」のときも書いたけど、おもしろうてやがて悲しき〇〇かなという句趣どおりの結末ではないか。

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