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2022年5月

2022年5月31日 (火)

今朝のNHK

今朝のNHKニュースを観ていたら、石川一洋という解説委員がしごくまっとうなことをいっていた。
ただし上層部の意向に反しているのではないかと、おっかなびっくりに原稿を読んでいた、というのはわたしの勝手な感想で、石川委員に罪はないことをことわっておく。

プーチンが戦争を仕掛けたおかげで、かえってウクライナ人は、ウクライナ語を使うような独自のアイデンティティに目覚めてしまったという。
それはそうかも知れないけど、この戦争全体に反感をもち、すこしでも犠牲者を減らしたいわたしには、アノNHKのことだから、またウクライナがロシアとはぜんぜん別の国であることを強調し、ウクライナの正当性だけを一方的に宣伝するつもりだなと思う。

ウクライナではロシア語とウクライナ語を使う人たちは半々ぐらいだと、これはニュースのなかでアナウンサーがいっていた。
ロシア人が半分いるということではなく、テレビを点ければロシア語ばかりだし、インターネットは基本的に英語で、具体的にはその国の言語が使われるから、ロシア語のほうがなにかと便利だというので、そうしていた人たちが多いということだろう。
芸能界出身のゼレンスキーさんも、ショーに出演するときはロシア語だったという。
わたしがいいたいのは、ただそのほうが便利だったから使っていた人たちに、わざわざ自国の言葉を使えと、外国のテレビ局があおる必要があるかということである。

韓国という国がある。
ここもやたら自分の国のアイデンティティにこだわって、自国言語のハングルに固執する。
しかしハングルというのはほかの国の人間には理解できない言語だ。
英語も熱心に教えられているようだけれど、英語のわからない韓国人は世界から孤立した人々ということになってしまう。
日本人だって似たようなものだけど、日本の場合はすぐとなりに、同じ由来の言語を使う14億の人々がいる。
だから被災地への見舞いにも、さりげなく漢詩を添えるようなイキな計らいができてしまう。

気になって調べてみたら、ウクライナにいる純粋のウクライナ人は(4300万人の78パーセントということだから)3300万人ぐらいで、5100万人の韓国人より少ない。
これより少なくても国家を形成している民族はいくらでもいるから、言語を選択するのは、最終的にはその国の国民の問題だ。
しかしこの時期にNHKが騒ぐのをみると、やっぱり世間にごまんといる扇動屋と変わらないように思えてしまう。
ウクライナ人を含めて、ロシアそのものはさまざまな少数民族の寄り集まりで、純粋のロシア人が何人いるかまで知らないけど、すべての民族が独自言語にこだわりだしたらどうなるだろう。
同じ多民族国家のアメリカが英語で統一しているのは、そのほうが便利だからで、いちいち強制なんかしていないのである。

アイデンティティを大切にするあまり、普段の言語にまでウクライナ語にこだわる必要があるだろうか。
中国の場合でも、ウイグル人に漢語が強制されていると騒ぐ人たちが多いけど、強制しなくても中国国内で生きるうえでは、漢語を知っていたほうが便利だからという理由で漢語を学ぶウイグル人も多いだろう。
そのうち中国でウクライナと同じことが繰り返されるかも知れないから、NHKにはあまり無責任なことをいわないよう忠告しておく。
そもそもどうして人間はそれぞれ異なる言語を使うようになったのか。
神さまが不道徳な人間を困らせるためにそうしたということが、聖書にもちゃんと書いてあるではないか。

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2022年5月30日 (月)

花と戦争

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発泡スチロールのお椀に、マリーゴールドと同時に種をまいたミニヒマワリが双葉を出した。
いまのところ液体肥料をちょこちょことかけるだけで、あまり手間がかからないのはいい。
しかし大きくなるとお椀におさまらなくなるから、植え替えなければならない。
花壇に植え替えると害虫たちが手ぐすねひいて待っているようで、植え替えのタイミングがむずかしい。
殺虫剤をまけばいいという人がいるかもしれないけど、もうここまでだいぶ金がかかっているし、害虫にもいろんなのがいるからなあ。

話が変わるけど、わたしが傑作だとほめた旧ユーゴが舞台の映画「アンダーグラウンド」が、明日また放映される(NHK-BS)。
ユーゴスラビアは一時ロシアの属国みたいなところがあったから、いまのご時世にこれは使えるというので、NHKが予定にないのに引っ張り出してきたのだろう。
大戦後にそのカリスマ性でユーゴという多民族、多宗教国家を束ねたチトー大統領は、かならずしもロシア一辺倒ではなかったし、多民族国家とはどういうことか、またその問題点など、この映画からいろんなことが示唆されるはずだ。
ウクライナのゼレンスキーさんがもっと戦略家なら、ロシアにもNATOにも距離を置いて、独自の道を歩むことも可能だったように思えるんだけどね。
少なくとも戦死者を積み上げることはなかっただろう。

それはともかくとして、映画はまれにしか観られない傑作だから、観ておいて(時間のない人はとりあえず録画しておいても)損にはならない。
ゲームみたいなCG映画やアニメしか観ない人に理解できるかどうかわからないけど。

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ふたつ目の写真はマリーゴールド。
前々項で触れたものの、花なんかに興味はないという人のために現物の写真を載せておく。
去年の株にぼちぼち花がつき始めた。

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2022年5月29日 (日)

本日のプロパガンダ

昨夜のNHKニュースを録画しておいて、朝になってから観たけれど、怒りに震えた。
まあ、じいさんのわたしが震えても仕方ないんだけど、つまらないサル芝居を見せられたようで。

NHKはわたしのブログを気にしたわけではないだろうけど、わたしが公平な裁判といえるのかと書いた、例のウクライナにおけるロシア兵の裁判を、またしても取り上げた。
しかも裁判が公平であることを見せつけようと、今度は裁判のようすの公開映像や、弁護士がついたという証拠のために弁護士まで登場させていた。
むかしナチスドイツが行った裁判を思い出すよ。
ヒトラーを暗殺しようとした犯人の裁判でも、ちゃんと弁護士がつき、裁判のようすも公開された。
ただし被告ができるだけみっともないように見えるよう、だらしない格好をさせ、弁護士はもちろんナチス側が用意した国選弁護士だ。
このころのナチスにはプロパガンダ戦争の開祖ともいえる宣伝相のゲッベルスがおり、裁判のようすを徹底的に宣伝に利用した(被告たちの絞首刑の映像まで残っているという)。
ロシア兵の裁判でも、傍聴席にずらりと取材のカメラが並んで、もう最初からこの裁判をプロパガンダに利用しようという魂胆が見え見えだ。

NHKニュースを注意深く観ていると、今回の事件がどんな状況だったのかということが、アナウンサーの説明つきでわかる。
まず破壊されたロシア軍の戦車が映り、そうした戦場で、兵士たちは盗んだ車で逃走中に、自転車に乗った老人がケータイで話しているのを見つけ、自分たちの居場所を通報されると思い込んで射殺したのだそうだ。
ふつうに考えてみよう。
あなたが戦車さえ破壊されるような混乱した戦場で、敵地のなかを逃走中の兵士だったとする。
味方の軍隊に合流できなければ自分も殺される可能性があるのだ。
そんなとき敵方の一般市民が自分たちを見つけ、電話でなにか話しているのを見つけたらどうするだろう。
もちろんむやみに人を殺していいというわけじゃない。
しかし戦場という尋常でない心理状態の兵士たちに、平常心を保てというほうがむずかしい。

どうして今回の裁判だけ特別なスポットが当たるのかということを考えたことはないか。
アメリカ兵なら、沖縄で婦女子を強姦した兵士がいたときも、まあ、戦争が終わったばかりだからな、このくらい仕方がないさでチョンだ。
イラクやアフガンでも一般市民を殺しまくった米国兵が、戦争犯罪人として裁判にかけられたということを聞いたことがない。
わたしはこのロシア兵の裁判は、ナチスがやったような典型的なプロパガンダだと思う。
気のドクな若い兵士には、しばらく刑務所で静養していろといっておく。
死守しろ、玉砕しろの日本ではあまり聞いたことがないけど、あちらの戦争では終戦や戦いのあいまによく捕虜交換という儀式がある。
そのうち捕虜交換が行われれば、これだけ有名になった兵士だから、いちばん先に交換要員とされて釈放されるに決まっている。
その日が早く来るよう祈っているよ、キミの母親のために。

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2022年5月28日 (土)

気のドクな花

「グリーンプラネット」というテレビ・シリーズのファンである。
ウクライナの件ではBBCはアメリカと同じ穴のムジナというか、そのニュースはつねに眉につばして観る必要があるけど、こういう自然科学の番組だと、ホント、いつも感心してしまう。
わたしはD・アッテンボローのころからBBCの自然ドキュメンタリーのファンで、NHKとひと味違った、その自然界の脅威の映像につくづく感心しているのだ。
4Kカメラだ、8Kカメラだなんて、機材はつねにNHKが先行していても、詩情あふれる映像表現では、NHKはいつもBBCにしてやられる。

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話は変わるけど、わたしって横着者だからね。
花壇に花を咲かせたいんだけど、種をぱらぱらと撒いておけば、あとはほうっておいても咲くという自立心に富んだ花はないだろうか。
かんたんと思うかもしれないけど、植物の世界も生存競争はきびしいのだ。
競争相手との日照権争いにも勝たねばならないし、新芽をご馳走と狙ってくる害虫からも身を守らなければならない。
蝶よ花よで育てられたお上品な花が、無事に成長して花を咲かせるのは、アンコウの卵が鮟鱇鍋の材料になるほど成長するのと同じくらい至難の業なのだ。

それでもどのくらい手抜きができるものか、先日花屋でマリーゴールドの種を買ってきた。
なぜマリーゴールドかという理由はとくにないんだけど、これは去年も夏から秋にかけて盛大に咲いた。
時期的にいま種をまいたらちょうどいいような気がしたので。

発泡スチールのお椀に土をしいて、こいつを上からぱらぱらと撒いてみた。
お椀をベランダに出しておいたら、ちょうど昨日は暴風雨が来て、まるで水草みたいな状態になってしまった。
それでもたくましいことに、ちゃんと双葉が芽を出した。
もうちっと大きくなったら花壇に植え替えるつもりだ。
この気のドクな花の運命やいかに。

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2022年5月27日 (金)

NHKの不思議

この文章はロシアとウクライナのどっちが正義かをうんぬんするものではなく、NHKに苦情をいうものである。
アンタがウクライナを支持するなら、それはそれでいっこうかまわない。
しかし公平・客観性という観点から、先日放映された「映像の世紀/バタフライエフェクト」はあまりにひどすぎると思うので、公共放送がこんなことでいいのかと、世間に尋ねてみたいのだ。

この番組は、まずのっけからスターリンとプーチンを並べて始まる。
NHKにはわたしなんかよりずっと頭のいい人が多いだろうに、スターリン時代のロシアとプーチン時代のロシアはちがうと、何度いってもわからないのだ。
この2人を同列に並べるなら、日本は岸田クンと東條英機を並べなくちゃいけないのか。
太平洋戦争で日本は集団指導体制をとっていたから、東條英機ひとりに責任を押しつけるのは申し訳ないけど、時代も状況もまったく異なり、政治のやり方もまったくちがう2人を同列に扱えるのか。

おそらくこの機会に日本を軍事大国にしようと、政権与党と足並みを揃えているんだろうけど、それならもうすこし正攻法でやってくれないか。
デタラメな報道をして青少年をだまくらかすのでは、いたずらにロシアへの警戒心を植えつけるだけで、未来をになう若者たちへの弊害は大きい。

わたしはスターリン時代のロシアについて、いくらかは、そうさな、これを読んでいるアンタ程度には知っているつもりだ。
スターリン時代のロシアには恐怖政治が敷かれており、監視と盗聴、密告が奨励されていて、ちょうどいまの北朝鮮のような国だったと思えばよい。
このブログにも書いた「Чекист(チェキスト)」という映画のように、一般市民にまでなさけ無用の粛清の嵐が吹き荒れていた。
ドアをノックされたら取るものもとりあえず窓から逃げろといわれていたくらいで、ロシア国民はおちおち安眠することもできなかったのだ。

番組ではこれでもかこれでもかと、スターリン時代の恐怖政治を強調し、あるゆるデータを並べて、ロシア人は残忍だということを印象づけようとしていたけど、それでは日本人はどうなのだ。
日本人が残忍だと思っているのは、中国や韓国だけではなく、欧米人のなかにもけっして少なくないということを自覚したほうがよい。

わたしはすこしまえに「戦時下の大統領ゼレンスキー」というドキュメンタリーを観た。
これがアメリカや英国の制作ならハナっから無視だけど、ドイツのテレビ局が制作したというから、もしかすると公平なものかと思って観てみたのである。
ひとことでいうと、なかなか優れた番組だった。
たとえプロパガンダだとしても、やはり優れていることには変わりがなかった。
この番組を観て、わたしのゼレンスキー観に変化があったくらいなのだ。
彼は無能な大統領ではなく、理想主義者のアマチュア大統領なのだろう。
しかし政治家としての力量ではとうていプーチンにかなわない。

KGBにいたことがやたら強調されるように、プーチンは経験ゆたかで、剛腕をそなえたクールな策略家だ。
彼は先を読んで謀略を仕掛けたり、他人をあざむくことが上手なのである。
しかしこれは政治家として、むしろ有能だということになり、ゼレンスキーさんがとうてい太刀打ちできる相手ではない。
謀略ならどこの国だってやっていることだし、歴史的にいちばん有名なのは英国だ。
日本が首尾よく軍事大国化に成功すれば、岸田クンだってなかなかの謀略家といえる。

だからここは相手の立場で考えてみよう。
プーチンになってから、恐怖政治はなくなった。
いや、なくなったと断言はしない。
プーチンの政敵にとってはまだ恐怖政治は続いているかもしれないけど、すくなくとも一般市民が安心して寝られないということはなくなった。
がらんどうのデパートの棚を見ることもなくなったし、外国人と話しただけでスパイ扱いされることもなくなったし、庶民のあいだで日本車がブームだ。
YouTubeなどを観ればわかるように、日本にどさどさとロシア娘たちがやってきて、ロシアを非難する者、擁護する者がいるくらい、発言も自由で活発だ。
いったいNHKはどうして現在のロシアをスターリン時代と同一視できるのだろう。

「映像の世紀/バタフライエフェクト」はスターリンの娘スベトラーナの
悪の手段で善を打ち負かそうとした者たちは、いったい何を手にしたのだろうか
という言葉で終わっているけど、これっていったいいつごろの発言なのか。
これが彼女が米国に亡命したあと、まだ冷戦のさなかの発言なら、彼女はロシアを貶めるために、米国に最大限利用されただろうから納得できないこともない。
しかしプーチンの新生ロシアを見たあとなら、彼女は同じ発言をしただろうか。
もしもいま彼女が生きていれば、あのロシアがこんな開かれた国になったのかと驚愕したのではないか。
しかも本当のはどっちなのかということも考えたかもしれない。

プロパガンダというのはこういうものである。
自分の都合のいい発言だけを、自分の都合のいいように並べ、自分の都合のいい主張に仕立て上げる。
カルト宗教がいつもやっている手法だ。
わたしは未来をになう若者たちにあえて警告する。
あのNHKが、という常識も疑ってみなければいけない場合があるのだ。

最後にひとこと。
わたしにはまだわからないことがあるんだよね。
プロパガンダだとしたらあまりに幼稚なプロパガンダなので、ひょっとしたら日本の軍事大国化以外に、わたしのぜんぜん知らないべつのおもわくが隠されているんじゃないかって。
アンタ、どう思う? なんか思い当たるか。

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2022年5月26日 (木)

沖縄/珊瑚と疫病

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西表島に到着した翌々日、儀助は県庁職員の後藤なにがしとともに鳩間島に渡った。
ご覧の地図が鳩間島で、西表島の上原港から5キロほど沖にあり、朝の8時にサバニで出発して、1時間半で到着したという。
とちゅうで刈り取った稲を山のように積んだ船をいくつも見た。
あれはなにをしてるんだいと後藤職員に尋ねると、鳩間島は珊瑚礁の島なのでマラリアがありません。
島民は水の豊富な西表島で稲作をし、収穫した稲をわざわざ鳩間島へ運ぶのです。
このへんは人頭税なので、田んぼがあろうがなかろうが、15歳以上のおとなは決められた量の年貢米を納めなけりゃなりませんからね。
八重山では西表島まで通勤で農業をしている島民は多いですよとのこと。

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わたしは初めて西表島に行った1983年に、この島をま近に見て、珊瑚礁の島というのは、天候次第でぜんぜんべつの風景になってしまうものだということを痛感した。
そのときは晴天で、コバルトブルーの海の中心にぽっかり浮かんだ鳩間島は、まるで化粧品会社のポスターのように美しく見えたのである。
その後西表に行くたび、鳩間島を見られるようできるだけ上原航路で行くことにしてるんだけど、なかなか好天にぶつからず、島がそんな美しく見えたことがいちどもない。

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鳩間島のついでに、この島の近くにあるふたつのダイビングポイントを紹介してしまう。
ひとつは鳩離(はとばなり)島という小さな無人島で、この海域でダイビングをすると、よくこの島に上陸して昼メシにすることがあるので、知っている人がいるかも。
もうひとつはバラス島といって、これは草ひとつ生えていない完璧に砂だけの島である。
海の上から見ると砂だけでも、このあたりの海底はサンゴやソフトコーラルの花畑で、ひじょうに美しい。
4枚組の写真はこの海域でダイビングをした1983年のもの。
そんな私的な写真を載せるなという人もいるかもしれないけど、これはわたしの私的なブログであることをお忘れなく。
わたしにとってはかけがえのない思い出なのだ。

儀助が旅をしたころの鳩間島の人口は173人というから、西表島の全人口1,214人に比べても、小さい島の割には多いほうだった。
マラリアがないだけでこれだけ違うのだ。
ここで1時間半ほど聞きとり調査したあと、午後から海が荒れるといわれ、儀助は大急ぎで帰途についた。
油紙の合羽をひっかぶった儀助は、荒天の海でびしょぬれになり、それでもなんとか無事に上原港へ舞いもどった。
下の写真は上原港で、ここから上陸すると目の前に数軒の民宿がある。
ハイシーズン以外は、主人が副業(本業?)をしていて、宿のほうは留守のことが多いから、飛び込み客は注意が必要だ。

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わたしはここで「カンピラ荘」という民宿に2度ほど泊まっている。
この宿はまじめに営業していて、主人が留守ということはないから、シーズンオフでも安心して泊まることができる。
そして現代的に清潔でもある。
儀助が泊まった上原村の役場は、わりあいいい感じの建物だったけど、ノミやダニがいて、彼はそれに食われ、カユイカユイとぼやきながらの旅だった。

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儀助は視察のため島の東部に向かい、夕方の5時に高那村に着いた。
高那村というのは、かって西表でゆいいつの温泉を売り物にしていたホテル・パイヌマヤ(南のネコという意味だそうだ)があったあたりである。
このホテルはジャングルのなかのようなユニークな環境にあって、わたしもいちどは泊まってみたいと思っているんだけど、西表では高級なほうの部類なので、まだ泊まったことはない。
県道からこのホテルに入るかどに染色の店があって、魅力的な女性が働いていたということはどこかで書いた。
そんなことはどうでもいいんだけど、去年の11月に寄ってみたら、コロナのせいで店は営業してなかった。

高那村は戸数13、人口41人の貧しい村で、それでも役場の支所があり、こういうところにはかならず女性の小間使いが働いていた。
全体に島内に女性の少ないところだから、これも女性の雇用機会均等法のせいかしらと、明治時代に儀助がそう思ったかどうか、たぶん思わなかっただろうな。
どうしてよそから嫁をとらないのと訊くと、ここは疫病の島だからだれも来たがりませんとのこと。
儀助が見てまわると、マラリアのせいでこの村の西南に、やはり住人の死に絶えた廃屋が数軒あった。

そんな悲惨な村で儀助はまたケシカラン徴税の仕組みを聞いた。
ここでは正規の年貢米以外に、村民は運賃米という役人へのワイロに相当する米まで納めさせられていて、儀助の記述では、そのために男は生涯耕作してもサトイモしか食えず、女は生涯反物を織ってもボロをまとうしかなかったとある。
明治政府は種々の改革を断行し、これは当時のよその国の政治と比較してもよくやっているほうだったけど、現場ではまだ不正がまかり通っていたのだ。
なんとかしなくちゃいけないと、儀助はしっかりチクリ帳(報告書)に書いた。
彼の報告が功を奏したのか、儀助の旅の10年後に新税法が施行されて、島民はやっとこの仕組みから解放された。

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高那村のあたりでヨナラという地名が出てきた。
儀助に同行している後藤職員は、以前に小笠原で製塩業を経営した経験があり、ここは塩田にするのにふさわしいところですねという。
それはたぶん地図上のウ離島とのあいだあたりのことで、3千円ほどの資金を投じるだけで、150町ぐらいの塩田が拓けそうですという。
しかし儀助は投機や経営に興味がなかったらしく、そのまま通り過ぎた。
夏目漱石もそうだったけど、明治時代の日本人には金儲けをいやしむ風潮が残っていて、弘前藩士の末裔である儀助もそういうタイプだったのかも知れない。
現在のダイビングをする若者には、西表と小浜島とのあいだの「ヨナラ水道」は、マンタの出るところとして有名である。

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高那村で一泊したあと、儀助たちは雨のなかを出発し、野原村を経由して古見村へ向かった。
古見村は租納以前に島の行政の中心だったところで、前良(マエラ)川、後良(クシラ)川という二つの川にはさまれた場所にあり、康熙54年(1715)製という石造りの立派な橋がかかっていたという。
康熙というのは中国の元号だから、そのころの西表島も琉球王朝のもとで、あっちについたりこっちについたりしていたらしい。

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島の中心だったころは人口700名以上の大きな村だったのに、儀助が行ったころは140人ほどに減っていた。
村の村長は相撲取りみたいに太っていて、重ね芭蕉布に支那錦の帯をしめた豪華な礼装で儀助を迎えた。
なかなか学のある人間で、本土語(大和語)を話すことができて、八重山ではいちばん上等な役人に見えたという。
島民の悲惨な境遇を聞いていた儀助は、なぜこの村では人口が減り続けるのか、どうして貧しい島民のために働かないのかと村長に問い正した。
わたしは給料をもらって家族を養っているだけで、島民を増やす方法なんて知りませんと、村長はしゃあしゃあとして答えた。
笹森はおおいにいきどおってまたチクリ帳に書く。
その後村長がクビになったかどうかはわからない。

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古見村ではサトウキビと山藍、牧場の家畜などの経済調書もあらためた。
ウシの数では、オス牛が89頭いるのにメス牛が26頭しかいないことに気がついた。
ウシを増やしたいならメス牛のほうが多くなければならない。
現在でもそうだけど、八重山のウシは高級牛として知られていたので、どうしてこれをもっと増やして、島民の家計の足しにしないのかと尋ねてみた。
後藤職員にいわせると、県営牧場の主任は安全な島にいて、風土病がコワイものだから西表島まで来ません。
ほかにも一種のカルテルのようなものがあって、沖縄本島や石垣島の牧場主は、西表の島民が自主的にウシを飼うのをこころよく思ってませんのでという。
つねに庶民の味方である儀助は、不合理なことだと考える。

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古見村についてさらに調べてみると、以前は存在していた学校も廃止、病院は祖納にあったけど、ここも医師がいなくて廃院になり、あとは年に1回、医師の巡回があるかどうかだという。
これじゃ隔離島じゃないかと儀助の顔はくもる。
古見村の近くの村では、人口は男4人、女5人の都合9人で、そのうちの4人はよその島から強制的に移住をさせられた者だった。
15歳以下の子供はひとりもいなかったから、少子高齢化どころじゃない、この調子では村の消滅は確実だと儀助は思う。

翌日は小浜島に渡ろうとして、風雨のため断念し、島の南東部にある仲間村に向かった。
仲間村は仲間川の河口にあって、河口の対岸には、石垣島からの連絡船が着く大原港がある。
冬は海が荒れるので、連絡船は上原よりこっちに着く場合が多い。

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わたしは去年の11月にこの村にある「花ずみ」というカフェで食事をした。
小さい店だったけど、店内に芭蕉布や民芸品が展示してあって、凝った造りが興味深かった。
料理のほうはチャーハンで、挽肉の入った料理はわたしはニガ手である。

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この村は東、西、南を川と海にかこまれていて、往年の屋敷跡が多数あった。
琉球王朝はマラリアの恐ろしさに無知で、新城島や黒島など、近くの島から移民をつぎつぎと送り込んだから、ここも一時はにぎわったらしかった。
屋敷跡はそのころのもので、そしてやはりマラリアで荒廃したのである。

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村役場で病人はいないのかと訊くと、例によってイマセンという。
本当かいと、一軒ずつ当たってみたら、寝たきりの老人のいる家があった。
看病をしていたおばあさんにキナ丸を与えると、ふたりは手を合わせて儀助を拝んだ。
とにかくマラリアの猛威はすさまじい。
仲間村の近くに耕地に向いた草原があって、1年ほどまえに屈強の農夫15人で開墾を始めたところ、たちまち全員がマラリアで倒れ、事業は中止になってしまった。
西表には炭坑が多く、三井財閥のような大手の資本も入ったことがある。
坑夫として、囚人も含めた300人もの人間が送り込まれたこともあるけれど、ここもつぎからつぎへと風土病に倒れて、事業は中止のやむなきに至った。
ビキニの姉ちゃんたちがキャアキャアと遊びたわむれる現在の西表島とは、想像もできない時代のことである。

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2022年5月25日 (水)

捏造とプロパガンダ

いま録画しておいたNHKの「映像の世紀/バタフライエフェクト」という番組を観ているところだけど、あまりにひどい内容に、怒るよりもあきれかえってしまった。
これは悪意に満ちたプロパガンダの見本のような番組だ。
すこしでも歴史に興味がある人なら、たとえウクライナに同情する人でも、おかしいと思わないわけにいくまい。
それほど幼稚なプロパガンダで、NHKは日本人をなんと心得るのかと怒鳴りつけたくなってしまう。
やれやれ。
そこまでする理由は、やっぱりこのさい日本を軍事大国にしてしまおうという魂胆かも知れないけど、もうちっと正攻法でやってくれないかねえ。
沖縄紀行も書かなくちゃいけないし、わたしは忙しいんだ。
それでもいま上記の番組の問題点を列挙する文章を書いているところだから、そのうちこれについて何か発表する予定。
乞う、ご期待。

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ヤナギの綿毛

うちの近くの水の流れない川・空堀川を下っていくと、やがて柳瀬川と合流して水の流れる川になる。
この川ぞいの道は童心にかえって、どこまでもどこまでも自転車を走らせたくなるところだ。
昨日は天気がよかったから、どこまでも走ることに拍車がかかって、その先の清瀬金山調節池という、自然観察やバードウォッチングにふさわしい公園まで行ってみた。

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公園のなかで、空中をおびただしい綿毛がただよっていた。
いまの季節はタンポポではなく、ヤナギの綿毛である。
これを見るとわたしは若いころ体験したシルクロードの旅を思い出す。
敦煌の莫高窟のまえで、わたしはひとりで迎えのタクシーを待っていた。
運転手はわたしが見物しているあいだに、街まで食事をしにもどってしまったのだ。
それはいいけど、約束した時間にいないってのはどういうことなんだ。

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怒り狂うわたしのかたわらに、ポプラの綿毛がふわふわとただよっていた。
中国ではポプラを白楊といって、これはシルクロードにひじょうに多い木であり、畑のなかに一列にならんだ木があれば、それはたいてい白楊だ。
わたしは梢を見上げて綿毛の発生源を探したけど、それらしきものは見えなかった。
しかしほかに木なんか生えてないところである。
ポプラよ、ポプラ。
まだシルクロードがウクライナのことも知らない平穏だったころの思い出である。

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クアッド

沖縄紀行に手がまわらないよ。
わたしがNHKの欺瞞をあばき、ロシアを擁護しなければ、いったいだれがやってくれるのかと思うと。

わからない、わからない、本当に。
たまたまこういう時代に巡りあわせただけなのか、わたしがそろそろ寿命だから、こういう時代が向こうからやってきたのか。
これまで平和を満喫できた世界はわたしのこころの反映で、わたしが死ねば今度はだれか知らない人間のこころを反映した世界が始まるのか。
もうすぐ死ぬ人間が悩んだって仕方がないんだけど、そのだれかというのはヤクザみたいな人間で、やって来るのは荒ぶる世界なのかもしれない。
わたしには子供がいないけど、たとい他人の子供や孫たちでも、それを思うと不憫で不憫で。

ロシアに続いて、アメリカは中国に対してはっきり牙をむき始めた。
とにかく言いがかりをつけて、相手がプッツンしたらウクライナ戦争におけるロシアの二の舞だと。
まるで執念深いヤクザの因縁づけだけど、理由はなんだろう。
わかっている。
分裂した国内問題を解決する自信がないものだから、国をまとめるのに他国にケンカをふっかけるしかないんだよね。

わたしは少しまえにドイツやフランスが、最初のうちはロシアに同情的だったにもかかわらず、あとからロシア包囲網に加わったことについて、一刀両断に切り捨てた。
その見方が正しかったことが証明された。
インドは中国と仲がわるい。
だから将来をにらんで、インドは米国の味方をするだろうというバイデンさんの期待もむなしく、今回のクアッドでインド首相はロシア包囲網に加わろうとしなかった。
これは首相のモディさんがプーチンと仲がいいからというより、インドの国内世論がアメリカに味方してないからだろう。
インド国民の過半数がロシア非難にまわれば、なんぼモディさんでも、国民の意思を無視できたはずがない。
それではインドの国内世論はというと・・・・わたしが4月18日のブログに書いたとおりだ。
世界にはまだこういう国もあるのである。
インドが絶対に正しいとはいわないけど、中国とならぶ人口大国がロシア包囲網に加わらなかったことは大きい。

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2022年5月24日 (火)

Yのこと

わたしの知り合いにYという男がいた。
わたしとほとんど同じ歳で、愛妻家だったらしく、2年ほどまえに奥さんに先立たれたら、がっくりして、生きる意欲を放棄してしまったようだった。
でっかい家に住んで、成人に達した子供もいる男だけど、子供たちは家を出て奥さんとふたり暮らしだったところで、奥さんのほうに先に逝かれたのである。
たまには飲みに行こうよと、山登り仲間だった友人たちが、なんとか家から引っ張り出そうとしても、ぜったいに出てこないのだそうだ。

わたしも電話してみたことがある。
わたしは自分がそもそも厭世主義者だから、人間なんて死のうと思ったらいつでも死ねるじゃないかと、ゲリラ的方法で誘ってみた。
やっぱりダメだった。
とにかく何をいっても、いやもう何もする気がおきないよというばかり。
ことわっておくけど、わたしみたいにもともと孤独癖のある男じゃない。
酒を飲ませてもカラオケに行っても、じつに陽気で人懐っこい男で、幸せになるのはこういう人間なのかと、わたしが羨望のまなざしで見たこともある男なのだ。

わたしは彼のことをうらやましいと思う。
愛情なんて映画や小説の中だけのものだと思っていた(わたしの人生はそういうものだったのだ)。
しかし彼は心底から、最晩年まで、ほんとうに奥さんを愛していたのだろう。
なんの疑いも持たず、そう生きられた人生がつくづくうらやましい。
ひるがえって、そんなふうに先に死なれたら衝撃だという相手がわたしにいるだろうか。
ショックでひきこもりになってしまうような相手が。
いや、わたしの場合は最初からひきこもりなんだけど。

他人の心配ばかりしていられる境遇ではないから、現在の団地に引っ越して以来、彼とは音信不通のままだ。
だから最近はどうなったかわからないけど、そういえば昔の仲間からのお誘いもめっきり減った。
もはや山登りに行くほど元気でないのは、みんないっしょだ。
わたしは遠い戦場に想いをはせる。
この瞬間にも、わたしより生きる価値のある若者たちが大勢死んでいく。
あれは現実なのか、夢かまぼろしなのか。

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2022年5月23日 (月)

河添恵子サン

相手は著名人らしいから、こっちも遠慮なく名前を出す。
河添恵子サンという人が YouTubeで、「英国は世界になにを輸出したか」というタイトルの映像を発信していた。
わたしはこの人をぜんぜん知らなかったけど、ノンフィクション作家という肩書きがついていたから、そっちのほうでは有名な人かもしれない。

英国は世界になにを輸出したのか。
まじめな質問なのか、それともなにか寓意のある質問なのか、興味がわいたので観てみた。
気になったのが、恵子サンは中国ののことをと間違えていること。
たんなる誤変換かと思ったけど、少なくとも3回は同じ間違いを繰り返し、満州人の国だったと書いているからダメ押しつきだ。
素人ならともかく、いちおう作家の肩書きをつけた人が、しかも世界に発信されるYouTubeでこんなミスをするとはと、しばし絶句。
それでもわたしは相手の立場を、まして女性のことならいっそう考えるやさしい男であるから、これはたぶん彼女の発言を文章に起こし、キャプションをつける人間がべつにいて、そいつが間違えたのだろうと考えた。
いまごろ彼は、アタシに恥をかかせたと恵子サンに怒鳴られているのではないか。
そのうち映像が削除されてしまうかもしれないから、いちおうリンクを張っておくね。
https://www.youtube.com/watch?v=0-9ebcuBjNU&t=153s

もうこれだけで最後まで見る気がなくなったけど、彼女はそこつな人のか、それともだれかに操られているのか、内容も偏向と認識不足がありあり。
英国が世界に輸出したのは英語だという。
これはたしかに、外国旅行が好きなわたしみたいな人間にはうらやましい話だ。
英語が話せればもっと外国人とも意思の疎通がはかれて、わたしもサムセット・モームみたいな作家になれたかもしれない(冗談よ、冗談。最近はこんなことでも本気にするバカが多いから)。

彼女の見解では、英国は英連邦といって、53もの国家を束ねる頂点の国だから特別なんだそうだ。
その結束を頼りにEUから脱退したのかもしれないけど、現在では英王室がすべてを取り仕切れると考えるほうが時代遅れなのに。
メンバーが多ければ多いほどいいというのは、国家がそれぞれ異なる意志を持ち始めた現代には、かえって逆効果になる場合がある。
いい例がNATOで、メンバーを増やしすぎたおかげで、ウクライナの加盟をめぐっても、ロシアに同情的なトルコがいるために意志が統一できない。
英連邦の国でも、インドは公然とアメリカに反抗する始末だ。

核保有国であるから英国は軍事大国だともいう。
この国の大国ぶりは暴力団のようなアメリカが後ろ盾にいるからで、英国だけではとても軍事大国とはいえないし、日本は核保有国ではないけど、いまや英国以上の軍事大国という見方もできるのだ。
中国の習近平さんが訪英したときと、トランプさんが訪英したときでは、いまでも語り草になるほど対応が180度ちがったけど、わたしなんかは落ち目の英王室が、つまらないプライドにこだわるなと思ってしまったほうだ。

そういう国が目下、米国と組んで復活の最中だという。
しかしわたしにいわせると、米国は国家が分裂、崩壊するしかない状況で、英国と足並みをそろえて凋落中である。
原因は増大する格差を放置し、貧乏人は病気にもなれないという社会をそのままにしておくせいだ。
アメリカ大統領というのはひとにぎりの富裕層の代表にしかすぎないから、そういうことを改革できるわけがなく、ヤケになって他国にケンカを売ることで、なんとか国体を維持しているのである。

河添恵子サンの映像をよく観てみると、「未来ネット」という、いわゆるネトウヨ系の、中国(やロシア)を貶めて喜んでいるサイトが発信しているものだった。
恵子サンはそのメンバーのひとりで、頭が空っぽだという女性のもって生まれた特質を、世界にどうどうと発信しているわけである。
あ、これはわたしだけの信念なので、だれも同調する必要はアリマセンよ。

いったいどうしてこうケンカを売るばかりで、相手と仲良くしようというYouTubeやブログが少ないのだろう。
そんなに難しいことだろうか。
ただ歴史や文化を尊重し、相手には相手の事情があると考えるだけでいいのに。
「山川異域 風月同天」という漢詩をやりとりして、お互いが信頼関係で結ばれていたころをもう忘れたのだろうか。

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2022年5月22日 (日)

公平とは

昨夜のNHKニュースを観たか。
バイデンさんが韓国を訪問したってことだけど、日本にすればこのふたつの国が仲良くすることは悪いことではない。
しかしこれまで北朝鮮がミサイルをぶっ放しても、核実験をしてもどこ吹く風だったアメリカが、今回は最終戦争のさいの指揮所となる航空機や、コブラボールと呼ばれる偵察機も飛来したって。
相手を威嚇しようという姿勢が見え見えで、やたらに韓国との仲のよさを誇示し、以前に比べるとどうみてもバカっ丁寧な対応をとるのって、そっくりそのままアメリカの焦りのあらわれに思えてしまうのはわたしだけか。

もうひとつ、わたしが思わず苦笑してしまったのはカンヌ映画祭だ。
マリウポリのウクライナ軍を描いた映画が招待作品だそうである。
この作品の監督は撮影中にロシア軍に拘束され、その後に処刑されたそうだけど、内容がウクライナのプロパガンダとみなされ、これはスパイ行為であるということで殺されたのかもしれない。
スパイはたったひとりで一師団でさえ殲滅する可能性があるから、戦争中に逮捕されれば、その場で処刑されても文句はいえないというのが戦時の規則である。
ただ現在の状況では、リトアニア人だという監督にそこまでする必要があるかは疑問だ。
いっしょに同行していた婚約者が、フィルムを無事に持ち出せたというのも出来すぎみたいな気がするけど。

わたしが苦笑したのはそのことじゃない。
こんな折でも芸術の祭典にロシアだけを排除するのはイケナイというので、ロシアの映画も招待したっていうんだけと、その作品の監督はロシアで反体制運動に従事して、プーチン政治に批判的だった人だそうだ。
これじゃ体のいいプロパガンダじゃないか。
この監督は、戦争は文化と相いれない、これからもロシアの芸術を受け入れてほしいって、本気でそう思っているみたい。
こういうのも公平というんだろうか。
茶番というほうがぴったりだけど。

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2022年5月21日 (土)

おねがい

韓国の大統領と米国の大統領の会談について、外野の感想を。

なんとか中国にもケンカをふっかけたい米国としては、北朝鮮がコマセにならんかなあと思案しているトコ。
いやいや、ウクライナ戦争がかたづくまでは両面戦争はまずいな。
ウクライナがかたづいたら今度は北朝鮮だ、いや、本命は中国なんだけど、あいつらうまくコマセに引っかかってくれるかなあ。
むかしと違って中国もあまり北の支援に乗り気じゃないし、ヘタすると中国が北を説得して、あいつらのポイントにされても困るし。
やっぱり台湾のほうが見込みがあるかねえ。
核兵器搭載ミサイルでも台湾に持ち込んでみるか。
やつらがプーチンみたいにプッツンしてくれればいいんだけど、あいつら何を考えているのかさっぱりわからん。
ぜんぶ知らん顔をされたら、それ以上ケンカをふっかけるネタが無くなるし、そうなるとこっちは国内問題にもどらないわけにいかないし、するとまたトランプさんと国の分裂に向かい合わなくちゃいけないし、それじゃこっちは手の打ちようがなくてジリ貧になる一方じゃないか。
あー、おねがい、近平サン、台湾海峡に手を出してえ。
尖閣でもいいわ、このさい。

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前項への追伸

前項に追伸を加えて、今日はこれからまたNHKのプロパガンダ探しだ。

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2022年5月20日 (金)

カウンター

ここんところアクセスカウンターが好調で、念願の毎日3桁が実現する勢いだけど、正直いってこんなおかしなものもないね。
たとえば世間に訴えようと、ブログにだいそれた意見記事を書く。
カウンターがばっちり100まで行ったとする。
しかし意見記事なんだからできるだけ大勢の人に読んでもらいたい。
記事はそのままだから、読もうと思えば3日まえでも1週間まえでも1カ月まえの記事でも読めるわけだ。
しかしカウンターはずうっと
100のままだよ。
これって時間制限があって、あくまで
24時間以内のカウントだけってことになってるのか。
ま、そうなんだろうなあ。
そうとしか思えないや。
すこしまえにひょっとすると新記録かもしれないと思った驚異のカウンター値、その後もこの記事の閲覧者はあとを断たず、じっさいにはいまごろは
10002000を超えているんだろうねえ。
それなら意見記事としては成功だから、それでもいいけど。
世間を煽ってよろこんでいるブログも条件は同じなんだし。

わたしがこんなことを思ったのは、YouTube などは視聴者が累積になっていて、100万だ、1000万だと視聴された映像があっても、それは過去に閲覧されたものの合計になっているからだ。
中にはすぐに評判を呼ばず、何日か何ヶ月かかけて、じわじわと人気を得る映像もあるだろう。
だから古い映像ほどカウンターの数値は大きいのが普通だ。
スポンサーを得てナンボのYouTubeでは、公開当初の視聴者がいくらいたって、そのまますぐにしぼんでしまう映像よりは、長いあいだ一定の視聴者を得てくれるほうがいい。
わたしはココログもそういうものかとカン違いしていたんだよね。

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2022年5月19日 (木)

プロパガンダの追伸

夜9時のニュースを観ていたけど、やらなかったねえ。
夕方のニュースでやっていて、夜のニュースでまた流すだろうとわたしにいわれていたプロパガンダ。
そのかわり戦争犯罪じゃないかって、4、5日まえにわたしがいちゃもんをつけていた、ウクライナ国内のロシア兵裁判が挿入されていた。
あれはきっとわたしのブログを見て、なるほどと思われちゃまずいから、大慌てで古いニュースに差し替えたんだろうな。
古いニュースがそもそもプロパガンダなんだぞうっていいたくなるわ、、ホント、ふざけやがって(と思うだけならタダだ。わたしは視聴料もちゃんと払っているから文句をいわれるスジはないのだ)。

9時のニュースじゃヒューマン・ライツ・ウォッチという人道団体の報告も取り上げられていた。
ロシアがウクライナ市民を拷問しているそうだ。
正直に白状しないと拷問だと脅された市民がいるというから、なにを白状させたいのかなと興味を持ったら、その肝心の部分はなかった。
なんだ、なんだ、この団体は。
西側寄りの団体のでっち上げじゃないのか。
そういえばこの団体は、中国のウイグル人弾圧でもかんたんにこちら側の言い分だけを認めるところだよ。
ときどき日本政府の姿勢も批判しているけど、いいのか、そんなふざけた団体の言い分を流して、えっ、NHKは。

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本日のプロパガンダ

えー、毎度おなじみの本日のNHKのプロパガンダ。
夕方のニュースを観ていたら、ロシアでなんとかいう幹部が演説をして、ウクライナ戦争ではなんだかんだ行き違いがあったと、敗色濃厚みたいな発言をしたとか。
録画してなかったので、あとで思い出しながら書いてるんだけど、これが本日の注意しなければいけないデマ・ニュースだ。

このなんとかいう幹部はチェチェン紛争時からのプーチンの側近で、武闘派だという。
そんな人間がロシアの弱みを話すということがまずおかしいし、演説というからもっと長い話だったろうに、テレビで報道したのはほんのひと言だ。
だれが考えたって、長い話の中のほんの一部、こちら側に都合のいい部分だけを切り取ったことがわかるではないか。

かしこい青少年は、こういう報道は眉にツバをつけて観なければいけませんですよ。
夜の9時のニュースで同じ映像を繰り返すにちがいないから観てご覧なさいな。

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宣伝戦争

ウクライナの製鉄所でウクライナ軍(アゾフ軍?)が降伏したことについて、わたしは彼らを責めない。
どこの国でも戦況が不利になったら降伏すべしと、まあ軍規に書いてあるかどうかは知らないけど、死守だの玉砕だのなんて戦陣訓は日本ぐらいのものだろうから。
しかしこれまでいわれてきた残酷なロシア軍というのはどこにいったのだろう。
降伏したウクライナ兵は虐殺されただろうか。
後ろ手にしばられて頭を撃ち抜かれただろうか。
ナチスドイツはワルシャワで蜂起したユダヤ人を、降伏してもその場で射殺、最終的には全員をガス室送りした。
ISISのイスラム国は捕虜を並べ、後ろ手にしばって問答無用で撃ち殺した。
それに比べればロシア軍のやさしいこと、まるで日露戦争のときの日本軍のようじゃないか。

いいや、現状ではロシアは残酷ではないと見せかける必要があるから、これは彼らのプロパガンダだという人がいるかもしれない。
降伏した兵士らはロシア側の領土に連行されて、きっと虐殺される・・・・とまでいう人はいないだろうけど、そういうことは虐殺されてからいってね。
戦争まえまではウクライナ人とロシア人のあいだには、往来も自由なら恋愛も自由だったし、垣根なんてぜんぜんなかったんだよ。
ウクライナの捕虜がロシアに連行されれば、ひさしぶりだというんで、親戚が手土産もって会いに来るんじゃないか。

くだらない駄ボラはさておいて、わたしがいいたいのは、これはプロパガンダ戦争だということがはっきりしたということだ。
ロシアはじつはやさしい国だったというのがプロパガンダなら、これまでさんざんいわれてきたロシアは残酷な国だというのもプロパガンダに決まっている。
戦争がどうなるかわたしにわかるはずがないけど、表面に現れていることは、よっぽど注意しないと、まったくデタラメばかりと思ったほうがいい。
それでもあいかわらずプロパガンダに乗せられる人は多い。
テレビを観ていたら、ゼレンスキーさんがカンヌ映画祭でロシアの非道を訴える演説をしていた。
NHKでは、これはどういう人なのか知らないけど、また識者なる人がニュース番組に出演して、NHKの意にそうような解説をしていた。
プロパガンダ戦争ならアメリカが圧倒的に優勢だ。
ロシアのほうは、なにをいっても無駄だというわけで、いちいち広報活動に出てこない傾向がある。

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2022年5月18日 (水)

民主主義

ドイツよ、おまえもか。フランスよ、おまえもか。
シーザーならこう叫んだだろう。
ウクライナ戦争の初期の段階では、このふたつの国はプーチンに同情的で、米国のおもわくに一歩腰がひけていた印象がある。
それがここに来て、米国、EUと足並みをそろえてロシア包囲網に加わった。
プーチンの運命やいかにというところだけど、いったいなぜ独・仏は方針を変えたのだろうと、またわたしがヘソ曲がり的に考察してみよう。

今回の戦争は民主主義を守る戦争だと、これはアメリカの常套句であるし、なんとなくアメリカは民主主義国のリーダー的存在だと思っている人が多いんじゃないか。
わたしはそうは思わないし、逆にいまではロシア(そして中国)も、制約は多いにしても、いちおう民主主義国であると思っているんだけどね。
だいたい上位1パーセントの金持が総資産の3割を独占して、大統領も金持ちが好き勝手に創出できる国にリーダーになられちゃ、わたしみたいな底辺はたまらない。
つまり現在のロシアや中国は制約の多い民主主義国家、アメリカは自由放任主義の独裁国家というべきじゃないかしら。
ウクライナ戦争がなかったら、バイデンさんがどうやって国の崩壊を防いだのか、けだし見ものなんだけど、これが格差大国アメリカの現実だ。

そんなことより独仏の方針転換の理由を考えよう。
民主主義国では国民の意思が政治家のそれより優先する。
ヘタなことをいうとつぎの選挙で落っこちるしかないので、政治家は国民の意思を無視するわけにはいかないというのが民主主義国のルールだ。
それでは国民の過半数がアホばかりとしたらどうだろう。
国民が安易なプロパガンダに乗せられやすい人たちばかりとしたらどうだろう。

ドイツにしてもフランスにしても、ようするにアホが増えているということじゃないかね。
そんなことはない、おまえはナニ様なんだ、独仏にも利口な人間はいるぞといわれてしまうかもしれない。
そのとおり、フランスはわたしみたいなヘソ曲がりの多い国で、米国のプロパガンダに容易に乗らない国民が多いことは知っている。
しかし、けっきょく民主主義国では多数決の勝負だ。
いくら利口な人間がいたって、アホが過半数を超えてしまえば、政治家はそっちを尊重しないわけにはいかないのだ。

政治家が強いリーダーシップを発揮して国民を引っぱれればいいんだけど、最近は、たとえば日本を見てもわかるように、アホでもおおっぴらに意見を発表できる時代だ。
そして扇動に乗せられやすい人々はますます増えており、それなりのパワーを備え、自分たちの意見に合わないものを集団で押さえ込もうとする。
ウクライナ戦争では異論を述べた少数派の人たちが、よってたかって口を封じられていたばかりじゃないか。
こういうのも民主主義というのだろうか。

じつはわたしがこんなことを書いたのは、ある人がブログで、フリーアナウンサーの膳場貴子アナを激しく攻撃しているのを見たからだ。
わたしなんかが読むと、膳場アナの意見のほうがよほど理性的と思えるのに、このブロガーは自分の意見に合わないというだけで、彼女を徹底的に攻撃しているのだ。
それでは彼の意見が正しいのかというと、西側(とNHK)の報道を真にうけて、ロシア人というのは殺戮者だ、強姦魔だと、わたしにいわせればとんでもない誤認識をしていた。
第二次世界大戦の初めには、近代兵器を備えたドイツ軍が、旧式の武器しかないロシア兵を射的の的のように殺しまくった。
おかげでこの戦争の死者はロシアがダントツに多かった。
歴史をふりかえればジェノサイドやレイプはいたるところにあり、アメリカだって装備のおとるアフガン人を、遠隔操縦の無人攻撃機で殺しまくった(ゲーム感覚でつぶしまくったというべきか)。
それなのにこのブロガーは、残忍なのはロシア人だけじゃないということはまったく無視しているのだ。
こういうノーテンキな人ばかりだと、プロパガンダを発信するほうも楽だろう。

これでもアホが増えてないというか。
こういう扇動に乗りやすい人が国民の過半数になってしまったから、独仏も方針を変更せざるを得なかったんだろうねえというのがわたしの考えだ。

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2022年5月17日 (火)

個人的主観

個人的主観というものがある。
あちこちのブログを閲覧してまわっていたら、プーチンの人相を分析した人のブログがあった。
先日のロシアの戦勝記念日におけるプーチンの顔が、焦りと、なにかに怯えているように見えたという。
まあ、人さまざまだから、だれがどんなふうに感じようとその人の勝手だ。
わたしもやってみた。
最近のウクライナの大統領の顔をみて、どう感じたか。

無精髭をはやして、中古の軍服みたいな恰好で出てくるからいけないんだけど、わたしには彼の顔から、もう犠牲者を積み上げることに耐えられない、いいかげんに戦争を止めたいんだけど、アメリカが、ふざけるんじゃねえ、オレたちが注ぎ込んだ金はどうなるんだ、えっ、てめえの判断でなにかできると思うなよ、おめえはオレたちの脚本どおりにやってりゃいいんだと、ゼッタイ認めてくれないんですよと・・・・

いくらウクライナの大統領であっても、こころやさしき人間ならば、兵士がつぎつぎに死んでいくのを黙って見てはいられないはずだ。
見ていられるとしたらバイデンさんのように、金持ちや軍事産業(そして悪魔)にこころを売り飛ばしたプロの政治家しかいないだろう。
やっぱりゼレンスキーさんて、政治家より吟遊詩人のほうが向いているんじゃないかねえ。
と、わたしは彼を見るたびに思うんだけど、アンタどう思う?

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2022年5月16日 (月)

愛国心

ロシア人ユーチューバーも降ってわいた災難だ。
このあいだまで雨後の筍ように、それなり一定の人気を得て活躍していた彼女たちだけど、ロシアのウクライナ侵攻後はがらりと境遇が変わったようだ。
ほとんどがまるで責任は自分にあるかのように謝罪映像を公開していて、なかにはYouTubeの利益も、みんなウクライナ支援活動に寄付するといいだしたユーチューバーもいた。
たぶん大部分がロシア人というだけで、世間のアホどもから集中攻撃をくらっているにちがいない。
それでも大好きな日本に住み続けたいという彼女たちの気持ちはわかる
こんなときにのうのうと、寿司が美味しかった、奈良のシカが可愛かったなどとつぶやいているわけにいかないから、とりあえず日和るしかないのだろう。
やっぱり早く戦争が終わって、ロシア娘たちがまたウクライナ娘といっしょに食事したりする映像を見たいね。

そんななかでマリアランドのマリアちゃんだけは、堂々としているな。
自分はロシア人だからロシアの法律にしたがう義務がある、ロシアには敵国を助ける(自国に不利になる)ことを禁ずる法律がある。
だから自分はウクライナの支援をするわけにはいかないのだと、はっきりいう。
戦争に関してはあまりに一方的な見方ばかりされているので、その是非についてはさておいて、マリアちゃんのこういう姿勢にはすがすがしさを感じてしまうよ。
愛国心というのはこういうものだ。
太平洋戦争では日本は世界中から侵略国と非難されているけど、日本人ならいったいだれが特攻隊で死んだパイロットを責められるだろう。
そんならロシアに帰れなどというアホもいるらしいけど、彼女は祖国と同じくらい日本を愛しているのだ。
無責任なことを煽りたてる日本人を見ると、日本人もほんとうにこころが狭くなったものだとつくづく思う。

今日はもう更新しないつもりだったけど、アクセスが70の手前で足踏みしているので、カツを入れるためにもうひとつ記事を載せておいた。

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新記録

すげえなあ。
昨日(15日)はアクセスが 559だよ。
1 日でこれだけってのは、このブログ始まって以来の最高記録かもしれない。
ああ、苦節15年、わたしのひたむきな努力がようやく報われたか・・・・
王朝と猫の川村裕子さんに少しわけてやろうかしら・・・・

んなことはないだろ!
なんで急に激増したのか考えてみたら、昨日は沖縄復帰50年とかで、テレビやネットが大騒ぎしていた。
たまたま昨日のわたしのブログが、不定期に連載中の沖縄紀行だったので、これがうまくツボにはまったんだろうな。
そんなに甘いわけがない。
今日の更新はこれだけにしておこう。
天国から地獄という絶望の奇跡を見られるかもしれない。

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2022年5月15日 (日)

沖縄/マングローブの森

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西表島で浦内川の遊覧船に乗ると、まわりは亜熱帯のジャングルで、日本のほかの土地ではあまり見られないめずらしい景色をながめることができる。
山歩きの好きなわたしが、終点から出発点まで歩いて帰って来れませんかと聞いてみたら、登山のフル装備で3日かかりますといわれたことがある。
これは観光客にむやみに山歩きをされないよう、オーバーなことをいわれたらしいけど、笹森儀助の旅を読み進んでいくと、彼の西表島ジャングル・トレッキングが出てくるから、どんなものかはそちらを参考にしてもらいたい(このブログにもそのうち出てきます)。

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遊覧船から注意していると、とちゅう河岸の藪が途切れて、上陸する桟橋の痕跡らしきものがあるのに気がつく。
これはかってそこにあった小さな部落の入口だ。
この部落は住人のほとんどがマラリアに冒されて、残る者がひとりもいなくなり、ついに廃村になってしまったのである。
かっての西表島はそれほど怖るべき瘴癘の島であった。

どうしてそんなにマラリアが、いや、それを媒介する蚊が多かったのだろう。
気温が蚊の発生にふさわしかったことに加えて、この島は竹富島や宮古島のように珊瑚礁で出来たものではなく、山あり谷ありで、おまけに雨も多く、しぜん水たまりもたくさんあって、蚊にとっては天国みたいなところだったせいだ(蚊はシベリアでも有名だけど、マラリア原虫は寒いところが苦手だから、被害はそれほどでもない)。
この紀行記に出てきた田代安定や西常央などもそんな風土病の被害者だった。
彼らは研究や視察にやってきて、蚊にくわれ、おお、カユイカユイといってるときには、すでに体内にマラリア原虫が入り込んでいたのである。
まだキニーネという特効薬が知られてなかった時代、この病気は西表でいくつもの村を廃墟にするほど猛威をふるっていた。

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7月15日の朝、笹森儀助は役所の職員を案内に立てて、石垣島から西表島へ向かった。
本には伝馬船を使ってとあるけど、ふつう伝馬船というのはオールや櫓を使って前進するボートのことをいう。
石垣から西表島の目的地まで、距離が50キロぐらいあることを考えると、すべて手漕ぎで行ったとは考えられないから、後注を読んでみたら帆も使える船だった。
現在では連絡船で西表島に向かう場合、上原港か大原港に入港するのが一般的で、儀助たちは鳩間島を右に見たというから、これなら上原港ということになる。
しかし儀助のころは、さらにその先の祖納(そない)という村が行政の中心だったらしく、そっちにちょくせつ上陸した。
儀助はこの旅でもっとも危険とされた島にやってきたのである。

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祖納というのは島の行政の中心であったことからもわかるように、西表ではわりあい古い地区で、フクギ並木なども立派なものがある。
儀助の記述によると、この村は東側以外は三方を海にかこまれてとあり、南西に小さな山があったという。

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儀助たちはこの晩は祖納の役場に泊まった。
現在では役場は祖納の公民館になっているというので、探してみたのが上の写真。
南西の小さな山も、山というほどおおげさなものではなく、それはこの飛び出た半島のことのようで、白浜南風見(しらはま・はえみ)線の道路からながめるとこんなふうに見える。

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いまのようにスーパーなんぞない時代だから、儀助たちは糧食を持参していて、持ち込んだ米を炊き、現地で調達した卵に醤油をたらして夕食にした。
お新香も汁もない、まさに貧乏旅行と自嘲ぎみだけど、登山やキャンプの食事と思えば文句をいうほど悲惨でもない。
わたしなんかいまでも自炊がメンドくさいと、卵かけご飯に自家製のお新香だけですませているワ。

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翌日、儀助はさっそく租納村のまわりの視察に出た。
西表島は山が多く、雨もたくさん降るところだから、川や沼がたくさんあり、田んぼや畑にむいた土地が多かった。
問題はマラリアで、これを避けるために、わざわざ近くの島から耕作のためだけに通っている農民も多かった。
そこまでして農民が土地を耕すのは、琉球王朝時代、および薩摩藩時代の税制が過酷だったせいで、明治の新政府になっても不合理な慣習は依然として続いていたらしい。

儀助は同行していた県庁職員の後藤なにがしに、この島の徴税のしくみについて話を聞く。
これまでは租税の農産物は農民がいったん村の役場に納め、役場でまとめて県庁に上納することになっていましたんですが、それだと役場の職員が、たとえば米は1俵に3斗入れることになっていたのに、升と秤の2種類の測り方を使いわけ、差額をふところに入れたり、ひどいときには米を粟にしたり、粟を大豆にしたりのインチキが常態化していました。
この悪習を改めるために今年から租税は村役場を経由せず、ちょくせつ県庁へ向かう船に積み込むことにしましたんで、おかげで不正ができなくなって、農民は喜び、役場はしぶい顔をしていますとのこと。
ひとつのシステムが長期にわたって維持されると、なんとか金儲けの手段はないかと日夜研究している輩につけこまれるから、なにごともときどきは改革をすることが必要なようだ。

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儀助は農業試験場で機那と珈琲の試植地を視察した。
機那というのは、まえにも書いたけど、マラリアの特効薬をとるキナの木(キニーネ)のことである。
試植の結果は、コーヒーは前途有望で、キナの木のほうは47本植えてみて、ちゃんと成長したのは2本だけだったそうだ。
それでも2本が成長したということは、まったく見込みがないわけではないというので、この年もさらに38本の苗木を植え、明治政府の悪戦苦闘は続いていた。

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葉っぱが虫に食われているねなどと、キナの木を見分していた儀助は、ここで無数のヤマビルに襲われた。
あまりゾッとしないけど、かっての西表島の特産物はヤマビル(山蛭)で、こいつは木の上や草むらにひそみ、通りかかった獣や人間に手当たり次第にくっついて血を吸う生きものである。
誤解なきよういっておくけど、現在の西表島には、少なくても人家のあるようなところや、観光スポットにヤマビルはいない。
わたしは何度も西表に行っていて、たまには森のなかに分け入っているけど、いちどもそんなものを見たことがない。
だからこれも絶滅危惧種かもしれないと思うくらいだ。

キナの木については現地の人々の無理解があった。
キニーネがマラリアの特効薬であることはわかっていたけど、島民の役所に対する不信感はそうとうなもので、苦労してキナの木を育てても、みんな本土に持っていかれるんだろうと、熱心にこの木を育てようとする農民はいなかったという。
租納村で役場の職員に患者はいないかと尋ねると、みんなかならず、そんな者はいませんと答える。
しかし儀助がじっさいに村のなかを歩いてみると、寝たきりの病人のいる家がいくつもあった。
彼が患者にキニーネを与えてみると、ふだん薬を飲みつけてないせいか、劇的に薬効のあらわれる患者が多かった。
キナの木の重要性についてもっと島民を啓蒙しなくちゃだめだと、儀助はあとで役場の職員のまえでぶちぶちいってみたけど、職員からして無知無理解で、まじめに話を聞く者はいなかったそうである。

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午後からは祖納村の北側にある干立から、島の北部、東部にかけての視察に出た。
現在ではこのコースには白浜南風見道路という立派な県道があるけど、もちろん明治時代にはそんなものはなく、儀助たちは荷物をウマにくくりつけて歩くことにした。
これで行くと浦内川の河口を横断することになり、そこには広大なマングローブの森がある。
マングローブというのは特定の植物名ではなく、八重山のそれはオヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギモドキなどの総称で、ということは浦内川か仲間川の遊覧船に乗るとかならず説明されるので、何度も行っているとおぼえてしまう。

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儀助の旅でこのあたりの記述は
“道幅は30センチあまり、左右灌木におおわれ、いたるところで渓流が氾濫して、膝がしらまで泥に埋まる”
“汚水滞留し、樹木繁茂して、腐敗ガスが発生していた”とある。
写真で見るとマングローブの森というのは、いかにも腐臭がただよって不潔そうだけど、現代ではここは生命のゆりかごといわれるくらい、生物学上貴重な場所である。
海の魚が陸上生物に進化したのは、マングローブの森だっただろうといわれているし、そこは小動物が安全に成長するための場所でもあり、また複雑な酸素や二酸化炭素の循環過程で、地球温暖化の防波堤にもなっているといわれているくらいだ。

泥に足をとられながら、儀助たちは浦内川の河口を横切り、オナラ岬(現在の宇奈利崎のこと)を遠目に見たあと、浦内村、上原村という村にたどりついた。
このふたつの村は儀助の旅のあとで廃村になった(この上原は連絡船ターミナルのある現在の上原とはべつの場所)。
いわずとしれたマラリアのせいである。
この旅はさながらマラリアとの戦争で敗北した村を訪ねるようなもので、行く先々にその古戦場は累々と横たわっていた。

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上原からさらに行くと船浦村にさしかかったけど、この近くにもマラリアのために沈黙した村が残っていた。
というのは明治時代のハナシ。
現代ではレンタカーで走っていた観光客が、交通量が少ないのに安心してついぼんやりしていると、道路から飛び出してしまいかねない急カーブがあるところだ。
ぼんやりしていることの多いわたしも、いちどびっくりしたことがある。

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船浦村のはずれで白浜南風見道路は湾の入口をまたぐ橋になっており、橋のたもとに車を停めて入江の奥をながめると、遠方の山のなかに垂直に落ちるひとすじの瀑布が見える。
これは「ピナイサーラの滝」といって、落差55メートルの沖縄でもっとも落差のある滝で、そこまでカヌーやトレッキングツアーがたくさんあって、若い人たちにはいいアクティビティになっている。
残念ながらわたしは行ったことがないけど、明治時代に笹森儀助がながめた滝が、いまでも変わらずにとうとうと水を落としていると思うと不思議な気持ちになる。

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2022年5月14日 (土)

NHK-追伸の追伸

今日の夜の7時ニュースでは、前記のロシア兵の裁判がメインだ。
ロシア兵がウクライナの戦場で車を盗もうとして、目撃者を殺したという事件らしいけど、これはロシア軍が組織だってやっていることだろうか。
それとも兵士が個人的にやっていることだろうか。
どっちにしても納得しにくい部分があるんだけど、これを読んでいるアンタはどう思う?

軍隊が組織だってやっているなら、もっと盗難車の数が増えて、被害届けも目撃者も増えそうなものだ。
兵士が個人的にやっているなら、兵士は軍務のあい間にアルバイトをしていたのだろうか。
兵士が隊を離れて勝手に戦場を歩きまわるというのは、ひじょうに危険な行為のはずだけど、ロシア軍は規律がゆるんでいるからそういうこともあるんじゃないかって?
そういうことをいう人にかぎって、ロシア軍は追いつめられているというから、そんな余裕はないはずだけど。
それとも現地はわたしらが想像するほど危険じゃないのか。
戦争は局部的なもので、盗んだ車を売り飛ばす中古車市場も健在なのか。

そんなことはどっちでもいい。
問題は戦争の一方の当事国が、もう一方の当事国の兵士を、自国で裁くということだ。
戦争犯罪は当事国が裁くのが原則だそうだけど、なるほど、だから韓国は日本の承諾なしに、勝手に慰安婦や徴用工裁判をしているってわけか。
原則については知らんけど、告訴や証拠集めは当事国でやってもかまわないと思う。
しかし裁判と判決は、相手の言い分も聞き、公平客観的に判断しなけりゃ無効だろう。

市民を殺害したといっても、それがほんとうにロシア兵のやったことかどうか、ひょっとするとアゾフ連隊のプロパガンダかも知れないではないか。
ロシア兵本人が認めているというなら、日本人は韓国で、慰安婦本人がそういっています(ほかの証拠はいっさいなし)という実例を数えきれないくらい見てきたはずだ。
そもそもこんなツッコミどころのある事件を、なんでメインに持ってくるんだよ、え、NHKさん。

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今日のNHK-追伸

ケシカラン。
これは戦争犯罪だ。
といいたくなったのは今朝のNHKニュース(録画してしておいて昼に起きてから観た)。

それによると、ウクライナでロシア兵が市民を殺害したというので、戦争犯罪者として裁判にかけられたそうだ。
そんなことが許されるのか。
いやいや、ロシア兵のことじゃない。
まだ戦争が終わったわけでもないのに、相手の兵士を、それも自国の裁判所で裁こうというウクライナの姿勢。
まわりがすべて敵という状況のなかで、気のドクな兵士にどんな弁解ができるというんだろう。
わたしは創価学会がキライだけど、そんなわたしだって、まわりがすべて学会員という会館に行って、創価学会はバカだチョンだと叫ぶ勇気はないやね。

戦争中に、まだ戦争の推移もわからないのに、敵国の兵士を自国内で裁くというのは戦争犯罪じゃないのか。
極東裁判のことをおぼえているか。
敗者である日本も、いちおう正当な裁判を受けられた。
インドのように、日本を公平に裁くべきだと主張した判事もいたくらいだ(あのころからインドはヘソ曲がりだったのね)。

それに比べて、ウクライナ人にかこまれて、おどおどしたようすの若い坊主頭のロシア兵に、弁護してやろうという人間はひとりでもいたんだろうか。
つまりこのニュース自体が、なんとかロシアの残虐さを印象づけようというウクライナおよびアメリカ(および日本政府とNHK)の謀略じゃないのか。
こういうことばかりするから、NHKは信用を失うんだよな。

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今日のNHK

今日はメチャクチャ無法なことをいうぞ。
だれも読まなくても信用しなくてもかまわないワ!
昨夜の9時のNHKを観ていて、ものすごく腹が立ったので。

まずいきなり男性アナが、ウクライナにおけるロシア兵の戦争犯罪がまたひとつ明らかになりましたという。
どういうことかと思ったら、自動車販売店の横を歩く2人の男性の映像が映り、背後からあらわれたロシア軍兵士とみられる男が銃を発砲して、2人を殺害したということですという。
兵士とみられる男は店内を物色して、酒で乾杯する映像まで残されていましたとのこと。
兵士がほんとうにロシア兵であるかどうか、テレビを観ているわたしにはわかりようがない。
今回の戦争はプロパガンダ戦争なのだ。
ならず者連隊のアゾフが、ロシア兵の制服を着て芝居をしていたということも、ゼッタイにないとはいえないではないか。
だいたい戦争中に車の販売店にどんな用事があるというんだ。
ウソももうすこし真面目につきやがれ。

つぎにきれいな女性アナが、ロシア軍は子供の学び舎である学校を相次いで攻撃しました、と続ける。
焼け焦げた車や建物の映像が映り、怒り狂ったゼレンスキーさんの発言が続き、シェルターとなっている地下鉄で勉強する子供たちが映り、標的になって破壊された教室の映像などなど。
よく見るとニュースのソースが、ウクライナか、米国、英国になっているのはお愛嬌だけど、戦争はもう始まってしまったのだ。
こんな映像を並べられてもどうしようもないではないか。
学校・民家への誤爆や、中国大使館への意図的誤爆は、かってのアメリカの18番(おはこ)だっただろう。
一方ではロシア兵も爆撃で盛大にふっ飛んでいて、戦場では恐怖の連鎖が始まっているのだ。
学校だとか民家だからと遠慮する戦争なんてあんのか。

わたしはどっちが正しいかではなく、NHKには、もっときちんとした証拠のある映像を流してほしいと思っているんだけどね。
わたしも困っているんだ。
なんとか真実を見極めようとしているのに、仮定や、伝聞や、伝聞の伝聞や、こうあってほしいという願望のニュースばっかり流して。
NHKの女性アナはわたしのあこがれなんだけど、彼女たちだってこんな原稿ばかり読まされて、毎日がツライに決まっている。

そのつぎのニュースは、安全で快適そうなリゾートで開催されたG7の外相会議だ。
日本も先頭に立って、ロシアに対してきびしい姿勢を打ち出したというんだけど、反対する国はいないものの、どうもがっちりまとまっているとはいえない感じだった。
じっさいにあった事件ではNHKの我田引水が目立つけど、こういう、なんとなく雰囲気を理解させるニュースだと、わたしにはかえってわかりやすい。
こちら側がなんとかして結束の固さを見せつけ、岸田クンが仲間を増やそうと外国を行脚してまわるのは、アメリカの苦しさを物語っているような気がしてならない。

そのうちプーチンは内部からの造反にあって失脚するさという人は、この戦争でバイデンさんが最初に言ったことを思い出してほしい。
ロシアがウクライナに手を出したら容赦しないぞ、だって。
こんなことをいえば、ロシアの軍部が黙っていない。
プーチン以外のだれが大統領でも、脅かされて引っ込んだと思われたくないから、侵攻をしたに違いない。
ロシア人の愛国心は日本人が思っている以上に強いのだ。
そのうえ彼らはタフである。
おらが大統領をいじめるのはだれだべさということで、ロシア人を結束させたバイデンさんの罪は重い。

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2022年5月13日 (金)

ゾルゲ

以前のアパートで下の部屋に住んでいたロシア人の金髪クン、ロシアを擁護する街の遊撃手みたいなことをしていることは、このブログに書いたけど、彼のフェイスブックにちょっと気になる写真が載っていた。
多摩墓地にある墓の写真で、彫られた名前がロシア語だから葬られているのはロシア人らしい。
金髪クンのキャプションがついていて
『5月9日勝利の日!!』
『花束を持って外出し、ファシストからあなたを解放するために命を捧げた人々にひれ伏してください』

とある。
どうやらナチスドイツと戦ったロシア人をたたえる文章のようである。

同じ墓に細君らしい「石井花子」という名前も彫られていた。
しかし平凡すぎて聞いたこともない名前だった。
翻訳してまで知りたいわけではなかったから、しばらくほうっておいたけど、いったい金髪クンはどういうつもりで、このロシア人の墓の写真を載せたのだろう。
昨夜ヒマつぶしに「石井花子」という名前をウィキで調べてみた。

これはゾルゲの墓だった。
正体がわかってしまえば、わたしにはそのくらいのロシア語は読めるのだ。
石井花子というのは彼の日本人妻の名前だった。
そんなことをいまごろ知ったのかという人がいるかもしれないけど、わたしは他人の墓の詮索ばかりしているわけじゃないんでね。

ゾルゲは太平洋戦争中に、スパイとして特高警察に逮捕され、日本で処刑されたロシア人である。
むかし、いちじ中国の宋家の3姉妹について調べたことがあって、そのときにアグネス・スメドレーや尾崎秀実などとともに、ゾルゲの名前も出てきたのだ。
とはいうもののゾルゲについては、スパイとして戦況を左右するほどの手柄を立てたわけでもないし、きびしい顔つきのロシア人ということぐらいしか知らなかった。

そんなロシア人の墓が日本の多摩墓地にある。
そして写真で見るかぎり、墓は赤いカーネーションでいっぱいに飾られていた。
花を飾ったのは日本にいるロシア人かもしれないけど、日本人だって中国人や韓国人と違って、歴史の向こうに消えた人物をいつまでネに持ったりしないだろうから、日本人の可能性もある。
わたしはゾルゲの墓が花におおわれているのを見て、とてもほんわりした気持ちになった。
憎しみ合い、殺し合うより、こっちのほうがずうっといい話ではないか。

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2022年5月12日 (木)

キナくさい

どんどん世界がキナくさくなるな。
ウクライナで味をしめた米国は、もうつぎの目標として中国に的をしぼったようだ。
中国はなにもしてないのに、放っておくと将来がコワイということでケンカをふっかけようとする。
日本の首相、NHKまで、なぜか元気づいて足並みをそろえる始末。
こんなことがまかり通るなら、戦争はいつでも米国の都合で始められるだろう。
つい先日までと、あきらかにようすが違うね。
いらいらするけど、もう先が短いわたしの心配することじゃないか。
若いモンはようく見ておけ。
戦争というのはこういうふうに始まるという、めったに体験できない事態が現在進行形だよ。

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2022年5月11日 (水)

親不孝娘

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ここ3日間アクセスが好調。
ようやくわたしのブログの本領が世間に理解されてきたのかと思ったけど、今日はまたつまらない話題だ。
うちの親不孝娘(ガザニア)の現状。
娘からいっぺんに婆さんになったよう。
おまえはアルゼンチン国旗かといいたくなる。
どうして花を育てるってこんなにむずかしいんだろうね。
雑草の黄色いカタバミ(オッタチカタバミというらしい)だけは抜いても抜いてもはびこるのに。

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2022年5月10日 (火)

どうしてわたしは

韓国の新しい大統領が就任したらしいけど、あまり話題にならないね。
正式の就任はいつだっけかと検索したら、今日だった。
ウクライナのことはあれほど熱く語るNHKが、韓国についてあまり取り上げないのは、もはや韓国なんぞは歯牙にもかけないという大国化した日本の自信の現れかしら。
とにかく左翼から右翼へと180度の転換なんで、韓国民もとまどっちゃうよねえ。
日本人のなかには調子にのって、向こうから挨拶に来いなんていってる人もいるけど、そりゃまだ早い。
あの国では長年の反日教育で、日本ギライが国民の遺伝子に組み込まれちゃっているし、似た者同士の嫉妬心がからまっているから、右翼の大統領だっていきなり日本と仲良くすることはできっこない。
あまり国民の総意に反するような態度をみせれば、それだけで新しい大統領は人気失墜、いや、ヘタすればまたローソクを持ち出されて弾劾だよ。
相手のことを考えて、ここは彼の地位が安定するまで騒がないのがイチバン。

昼のニュースを見ていたら米国の高官が、ウクライナ戦争の最中だけど、アメリカはけっして中国の脅威を忘れたわけではないって。
やれやれ、どこまで行っても敵を作ることでしか、政権の存在感を示せないってわけね。
どうしてわたしの好きな国はロシアや中国のような、世間の大勢に反するところばかりなんだろう。
長生きすると、また世界でゆいいつのブログになりかねないなあ。

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2022年5月 9日 (月)

おじさん(神がかり)

わたしの部屋にときどき創価学会のおじさんがやってくる。
わたしが部屋にひきこもって寂しいだろうと、相手は親切のつもりで来るらしいけど、さてどうだろう。

ウクライナがという。
国際情勢に関心を持つのはいいことだけど、話の内容がアナクロで、陳腐なのには閉口した。
わたしはロシアもプーチンも好きなんですけど(ウクライナも同じくらい好きだ)というと、身を乗り出してきて
アンタは知ってますか。
ロシアは戦争が終わったあと、国際条約で禁止されているにもかかわらず、日本人の捕虜をシベリアに連行して働かせたんですよという。
そんなことは、ソルジェニーツィンの「収容所群島」を読んだことがあり、歌謡曲の「かえり船」や「岸壁の母」を聴いたことのあるわたしはもちろん知っていた。
しかしプーチンは戦争のとき、まだ生まれていなかったですよというと、ロシア人の本質は変わりゃしません、まごまごしていれば今度は日本が侵略されますなんていう。

このおじさんが創価学会の意見を代表しているとは思わないけど、こういうことをいう人は世間に少なくない。
だいたいそれ以前に、純朴な農村の次男三男をだまくらかして満蒙に送り込み、いやだいやだという日本の青少年を、徴兵という名目でアッツ島やキスカ島に送り込んだのはだれだろう。
あのへんだってそうとうに寒いぞ。
シベリアに連れていかれたなんて、その場で射殺されなかっただけ可愛いもんじゃないか。
ナチス・ドイツなら、みんなまとめて貨物列車でガス室送りだ。
あるいは穴を掘って、そのまえに捕虜を並べて、機関銃で一斉射撃なんてことが、これはロシア人もやっているけど、探せば日本にも例があるだろう。

あなたはユーゴ紛争を知ってますかというと、おじさんは目をパチクリ。
第二次世界大戦以降で最悪の殺し合いだといわれている戦争ですけどね。
ただ信ずる宗教が違うというだけで、もう問答無用、情け無用のジェノサイド。
最近は殺し合いがエスカレートして、中東では同じイスラムの信者でも、相手の顔が気に入らないとか、自分のムシのいどころがわるかったとか、自分以外はみんなキライという理由で、日本人も首を切られてそのようすをテレビで中継されました。

戦争で過去のうらみをいいだしたらキリがないです。
韓国人がいつも慰安婦を持ち出すのとどこが違いますか。
べつにシベリア抑留までロシアの肩を持つつもりはないけど、もはやスターリンを持ち出すのはアナクロニズムです。
だいたい創価学会って宗教団体でしょ。
なんで人間みな兄弟ということで、仲をとりもち、平和と融和の方向に人々を導かないの。
それが宗教の役割でしょうとゴタクを並べる。

おじさんは話題を変えて、この日は春日八郎の「別れの一本杉」を聴いて帰っていった。
パソコンとYouTubeがあれば、世界中のありとあらゆる音楽が、ただで聴けるんですよというわたしのデモンストレーション。

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2022年5月 8日 (日)

プロパガンダ

製鉄所の攻防は終わったみたいだね。
市民の避難は完了したというから、あとはチェルノブイリみたく、上からコンクリートで固めてしまえば戦闘も終わり。
ゼレンスキーさん(とNHK)は市民300人を救出したといい、ロシア側は脱出させたという。
あいかわらず両方ともプロパガンダの応酬だけど、製鉄所に関しては、どっちの言い分が正しいかは考えればわかるはず。
ロシアの暗黙の容認がなければ、市民が300人も無傷で脱出できたはずがない。

操作をごまかすためにNHKは、大急ぎで場面を切り替えて、ロシアの爆撃であいたでっかい穴を映し、イタリア政府は「ロシアの富豪と関係のある人物の豪華ヨットを差し押さえた」だって。
富豪のヨットではなく、富豪と関係のある人物のヨットだからね。
最近こういう表現が多いよ。
ここんところのNHKは年寄りのアラ探しに好適だ。
わたしはますますヒトがわるくなってしまうではないか。

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2022年5月 7日 (土)

不良娘のその後

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もう面倒はみてやらんといったものの、不良娘のことが気になって、ときどきようすを見にいく意気地なしのわたし。
買ってきたガザニアを庭に植え替えた。
植え替えたのが3日で、5日には上の写真のようになったから、なんとか根付いたようだった。
やっぱりわたしの部屋よりは屋外のほうがいいみたいだ。

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しかるに今日(7日)に見にいってみたら、2番目の写真のように、三つあった花のひとつだけ残して、ほかはもうしおれていた。
購入してから10日以上経つから、鉢植えの花の寿命ってのはこんなものなのか。
つぎのつぼみでもついてくれればいいけど、それもなし。
来年まで見守ればまた咲いてくれるかしらといろいろ悩むわたし。
だいたい来年まで生きていられんのか、わたしって。

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最後の写真は、べつに面倒をみたおぼえもないのに、気まぐれのように去年の株にまたひとつだけ咲いたガザニア。
ほんと、花を育てるのってむずかしい。

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2022年5月 6日 (金)

無知

ネット上には、たまげたことに、まだ高校生ぐらいにしか見えない女の子が、おとな顔負けのセックスに励んでしまう映像がたくさんあんのね。
はっきりいわないけど、くわえたりしゃぶったり、いや、これはお菓子の話じゃない。
しかも相手はどこの馬の骨ともしれない中年のおっさんだ。
そんなことに驚くわたしが時代遅れかもしれないけど、いやあ、たまげた、たまげた。
わたしにしたら孫といっていい年ごろの女の子だぞ。
高校生がみんなケータイを持って、通話料もバカにならないだろうと思っていたら、こんなアルバイトがあったのか。

4年まえに旦那を亡くして、孤閨を守ってる田舎のお婆ちゃんに教えてやろかしら。
お婆ちゃんにしたら孫があられもないことをしてるみたいなもんだけど、こういう世界があったのかと、無知なる自分にわたし以上に驚愕するかも。
やっぱりやめとこ。
お婆ちゃんは昭和の生まれで、純真無垢の田舎者のままで育った人だから、ショック死しないともかぎらない。
いまでさえ変人だ、親戚中の面汚しだといわれているわたしは、そのまま村八分の出入り禁止になっておかしくない。

ただこれが現実なんだと、余計なお節介をしたい気持ちはある。
この社会のどこかに、まったく罪の意識もないまま、微笑みすら浮かべて、中年男を受け入れる高校生みたいな娘たちがいる。
うーん、わたしにはわからない。
なにも知らないまま死んでいく人たちは幸せなのか。
人間というのはいったい何なのか。
そんなことを想像したこともない人たちは幸せなのだろうか。

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2022年5月 5日 (木)

考える

ネットニュースを読んでじっと考える。
日本の岸田クンが
ロシア外務省が自身を含めて63人の入国を禁止する制裁を発表したことについて「軍事的手段に訴えて今回の事態を招いたのはロシア側だ。日露関係をこのような状況に追いやった責任は全面的にロシアにあるにもかかわらず、このような発表を行ったことは断じて受け入れることはできない」と批判した。
とあった。
それでもこれは報復措置で、最初にロシア側にいちゃもんをつけたのは日本のほうである。
ロシアは日本のいちゃもんに対抗するために、上記の措置に踏み切ったにすぎない。

わたしは韓国との関係を思い出す。
あの国も自分が最初にいちゃもんをつけておきながら、ああいえばこういう、こういえばああいうという抗弁が得意だ。
こういうのはふつう盗っ人たけだけしいという。

ニュースは続けて
首相は「ロシアによるウクライナ侵略は明白な国際法違反であり、多数の罪のない市民を殺害することは重大な国際人道法違反で、戦争犯罪だ。断じて許すことはできない」と強調。追加の対露制裁について「主要7カ国(G7)をはじめ国際社会と連携をしながら、適切に対応したい」と述べた。
とある。
国際法違反かどうか、戦争犯罪かどうか、双方のプロパガンダが錯綜してもうなにがなんだかわからないのに、岸田クンのこの自信にみちた発言。
わたしが代わりにプーチンに謝っておこう。
うちの首相はあんなこといってますが、じつは腹のなかでは大統領に感謝しているんですよ。
あなたのおかげで、余計な口出しをする政党やマスコミを沈黙させ、戦後の国際秩序を破壊し、日本も核兵器やICBMを備えた軍事大国になれます。

わたしが考えるのは、このニュースソースが、朝日新聞とならぶ反体制の雄の毎日新聞であることだ。
記事そのものはこれ以上、とくに日本政府を責めるようなことを書いてないけど、いったいどういうつもりで毎日はこれを発信したのだろう。
文章のどこかに、深読みすれば政府批判が隠されていないだろうか。
と、じっと考えているうちに、今日もベッドのなかで夜が明けた。

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2022年5月 4日 (水)

真実

ロシアが一方的に悪者にされるのはおかしいと、いまでもそう信じているけれど、いったいどうしてそうなるのかと考えているうち、またひとつ思いついたことがある。
日本政府はウクライナ戦争というふってわいた機会を利用して、日本をもっと強力な軍事大国にしようとしているのではないか。
ほんとうはウクライナのことなどどうでもよくて、ロシア(中国でもいい)の脅威をあおりにあおって、平和ボケした国民の慎重論を封じ、憲法改正にまでつっ走ってしまえと。
こっちのほうが本音ではないか。
ひょっとするとそんなことは誰にでも知っていて、だからNHKも偏向報道をしてまでロシアの脅威をあおるのかもしれない。
知らないのは広い日本でわたしだけだったのかも。

だから以後のことは、知っていた人は最後まで読む必要はないし、いま初めて聞いたという人は、ま、参考ていどに読んでほしい。

ウクライナの戦争で、アメリカがロシアを目の仇にするのは、国内をひとつにまとめるという切羽詰まった事情があったけど、日本にはアメリカへのお追従という以外になんのメリットもなかった。
え、うまくいけば北方四島を取りもどせるって?
あんなちっぽけな島にこだわって、核戦争になったらどうすんだ。

北方四島はさておいて、だいたい、すでに米国、中国に次ぐ経済大国になった日本が、いまだに第二次世界大戦の敗者であることを理由に、英国やフランスなみの軍備すら持てないほうがおかしいのだ。
憲法改正をして日本は日本人の手で守る、なにかあったら海外にもどんどん打って出る、種類によっては米国よりも進んだ最先端の兵器を、日本だけで使うのはモッタイナイから外国に売りまくる(とうぜん開発費は安くなる)。
戦後の国際秩序の改変こそ、自民党の長年の懸案であると同時に悲願でもあったのだ。

わたしは平和主義者で、相手の立場も考えようという公明正大な人間だけど、本心をいわせてもらえばいくらか右翼がかった信念の持ち主だ。
けっして無防備で、平和憲法にしがみつき、相手の善意にまかせておけばいいと考えているわけじゃない。
だからウクライナ戦争でプーチンに同情しつつも、もしも、もしも日本政府の本音が、じつは憲法改正にあるのなら、うーんと考えてしまう。
そんならそうと最初からいってくれたら・・・・いえるわけないか。
戦後80年ちかくも平和にどっぷりつかり、憲法9条を守ることを金科玉条としている国民の多い国だ。

そう考えると、プーチンもまずいときにウクライナへ侵攻したものだ。
彼にはウクライナがNATOに加盟する前にそれを阻止しなければならないという事情があったにせよ、おかげでいまなら朝日新聞も毎日新聞も、赤旗でさえ、おもて立ってロシアの味方をしにくい。
日本政府は、ふだんなら当然あるはずの国民の反対運動もなしに、すんなり改憲と軍備増強までできるわけだ。
アメリカが頼りにならなくなっているのは衆目の一致するところだし、安全保障の観点から、NHKの幹部のなかにも日本の軍事大国化に期待する人間は少なくないのだろう。
よい子のみなさんもNHKの気持ちを忖度して、偏向がひどすぎるなんて悪口をいっちゃいけませんですよ。

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2022年5月 3日 (火)

ガザニア

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今年は寒いせいか、ようやく花壇にガザニアがひとつだけ咲いた。
よく見るとつぼみがいくつかついているから、数日後にはもっと咲くと思われる。
わたしがここに越してきたころに比べようもないけど、それでも種を蒔いたり、苗を買ってきたわけではない。
去年の株になんとか花がついたわけだ。
しかしぼんやり見ているだけでは、年を重ねるごとに、じょじょに花の数は減っていくだろう。
花が終わったあとの扱いがむずかしいんだけど、わたしにそんなことがわかるわけがない。

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下の写真は、せめてもの抵抗をしようと、花屋で買ってきたガザニア。
店にあったときは茎が直立して、花もきれいに咲いていたのに、わたしの部屋に持ってきたらたちまちヘタれた。
よっぽどわたしの部屋が嫌いらしいから、今日は庭に植え替えた。
もう面倒みてやらん、あとは勝手に生きてゆけ。

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2022年5月 2日 (月)

沖縄/竹富島

笹森儀助は石垣島を視察したあと西表島に行くことになるけど、そのまえに彼の本には出てこない竹富島に寄っていこう。

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わたしが竹富島のことを知ったのは司馬遼太郎の「街道をゆく・先島紀行」によってで、これは作家が昭和49年(1974)に旅をしたときの紀行記だから、そこに書かれているのはいまから半世紀ちかくまえのことになる。
わたしが生まれて初めて沖縄(竹富島と西表島)に出かけたのは、「街道をゆく」よりも9年後の、昭和58年(1983)のことだった。
当時の竹富島の写真が残っていればいいんだけど、まだデジタルカメラなんてものもなく、紙焼きした写真やネガは、引っ越しを繰り返すうちどこかに散逸してしまった。
写真がないのは残念だけど、八重山の思い出はわたしの脳みそのなかでいよいよ美しさを増してきたようだ。
強烈な太陽に照らされた赤瓦の民家と集落のあいだの白い道、灰色の珊瑚の石垣の向こうにゆらぐ大きな芭蕉の葉、ハイビスカスやブーゲンビリアの花など、それまで外国に行ったこともなかったわたしには異次元の美しさだった。

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竹富島は石垣島から連絡船で6キロほど先の海上に、カレーの皿をひっくり返したようなかたちで浮かぶ、周囲9キロほどの小さな珊瑚礁の島だ。
上から見ると両側が耳のようにとがったいびつな楕円形で、いちばん広いところで3キロちょい。
島内にタクシーもレンタカーもないから、若い観光客はレンタル自転車で、年寄りは牛車でゆるゆるとまわるのが一般的だ。
この画像はストリートビューで石垣島のほうから見た竹富島。

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竹富島に行くには、わたしはひとり旅の場合が多いので、たいてい離島ターミナルのチケット売り場に行く。
すると、竹富島の桟橋にはいろんなかたちの船が着いているのに、いつも安栄観光か八重山観光の船である。
けっしてこの両社の船がボロいとかケチ臭いというわけじゃないけど、たまには双胴船にでも乗ってみたいのに、これまでそんな船に当たったことがない。
あ、この4枚組写真の右下は、たまたま乗り合わせた、もう南国ムードいっぱいでやる気むんむんの美人だ。

司馬遼太郎が行ったのは沖縄の本土復帰直後で、まだ沖縄旅行がめずらしかったころだから、竹富島のことを知っている人はあまりいなかっただろう。
しかしその後 “(日本の)天国にいちばん近い島” なんてキャッチフレーズで有名になり、アンノン族や、最近では「るるぶ」なんて本を持った女の子たちが大挙して押し寄せるようになったから、現在ではこの島を知らない人はまずいまい。
最近では島もずいぶん様変わりした。
わたしは司馬遼太郎が見た景色をかろうじて見ることができた世代である。

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「街道を」のころのこの島は、周囲をギンネムの茂みにかこまれていて、上陸した作家と挿し絵担当の須田剋太画伯らは、桟橋から人家のひとつも見えないのに途方に暮れたとある。
わたしが行ったときにはまだその途方に暮れた景色がそのままで、島の中心に行くためには、桟橋から茂みのあいだの1本道をたどるような感じだった。
舗装道路なんかひとつもなく、道はサンゴの砂を敷きつめたベージュ色の素朴なものがあるだけだった。

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現在では桟橋から島の中心部、あるいは外周に、舗装された立派な車道が出来ている。
美しい娘は強欲な官吏の所有になるのが当然だったように、これほど魅力的な島を本土の観光資本が放っておくはずがなかったのだ。
「街道を」を読むと、島内の申し合わせで、この島では家を新築するにもこまかい決まりがあったそうだけど、現在では島内にいまふうのレストランやカフェがあるし、島の東のはずれには星野リゾートという大きなホテルもある。

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司馬遼太郎が泊まったのは高那旅館という宿で、ここで彼はひとりの青年と知り合った。
青年は沖縄で教師になるため研修中で、毎年この島にやってきて旅館の手伝いをするうち、いつのまにか宿の仕事を全部引き受けることになってしまって、本来の宿の主人であるおかみさんは洗濯だけをしていたという。
ちなみに「先島紀行」は1998年にテレビ映像化されており、顔を笑みくずしながら挨拶をして、沖縄人も本土の人間と共通の挙動をすると作家を感心させた高那旅館のおかみさんも、92歳のおばあさんになって登場していた。
教員志望だったというこの青年は出てこなかったけど、彼はその後どうなっただろう。
そのまま旅館にいすわっていればつげ義春のマンガのネタになりそうだけど、現在の高那旅館の経営者は高那姓の姉妹らしいから、青年はけっきょく教員になって、沖縄のどこかの島で教壇に立っているのだろうか。
いやいや、だとしてもそれから半世紀だ。
彼もとっくに定年退職をして、たまにはこの宿で働いたことを思い出しているだろうか。

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わたしは高那旅館ではなく、まだインターネットのない時代だったから、ガイドブックでいろいろ調べてみて、南方の花の生垣に埋もれたような「泉屋」という民宿を選んだ。
去年の暮れに行ったとき確認してみたら、まだハイビスカスの生垣と、門のブーゲンビリアのアーチがそのままだった。

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竹富島には赤瓦の特徴のある沖縄ふうの民家がよく保存されており、どの民家も屋根にシーサーという魔よけのお守り像を乗せている。
なんだか瓦屋さんか左官屋さんが、家を作る片手間に作ったようなものばかりで、その洗練されてないところがかえって素朴な民芸品を見ているようでおもしろかった。
とはいうものの、竹富島に瓦屋根が認可されたのは明治38年以降だというから、笹森儀助のころにはまだ茅葺き屋根ばかりで、これではシーサーも安置しようがない。
竹富島を沖縄の原風景とするのは、すくなくとも民家の様式としては間違いである。

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わたしは泉屋で、沖縄の言語をコレクションしに来たという大学生と同室になった。
彼と話をしているとき、沖縄の街路を彩る赤い花について、ディゴの花がというと、デイゴですと訂正されてしまった。
小さいか、大きいかのほんのわずかな違いだけど、少しのことにも先達はあらまほしけれである。
こういう学術的な目的をもって来る人もいれば、わたしみたいに文学に影響され、クラゲみたいにただよってきた者もいる。
当時のわたしは初めて見る美しい島という以外に、竹富島についてなんの知識もなかったから、この宿のすぐとなりに、上勢頭亨(うえせどとおる)というお坊さんが民芸品を集めた喜宝院蒐集館があったのに、ちらりとのぞいただけで特別な感慨もなかった。
館長の上勢頭という人はわたしが行った翌年に亡くなってるけど、司馬遼太郎が行ったときはまだ元気で、作家と言葉を交わし、蛇味線で沖縄節を唄ってみせている。

泉屋にはほかに若い娘のグループが5、6人くらいいて、わたしは到着した翌日に近くの珊瑚礁までシュノーケリングに行った。
そのことをよく覚えているのは、女の子たちのグループと、みんなでワイワイいいながら出かけたのがとても楽しかったからである。
そして感心したのは海のなかの豊穣さで、ご飯つぶを撒くだけで、オヤピッチャという熱帯魚がわたしの手をついばむほどに集まってきた。
しかしそんな都会人からみると奇跡のような光景も、何度も行っていると確実に減っていることがわかる。

わたしは自分の旅ではぼんやりしていて、肝心なものを見逃す場合が多いので、あらためてストリートビューで島内をながめてみよう。
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竹富島に興味を持った人がいちばん多く目にする写真が、島内でゆいいつの展望台である「なごみの塔」から撮ったこのアングルの写真だろう。
わたしの写真に独自のところがあるとしたら、わたし自身の自撮りになっていることか(塔の下で肩からカバンを下げているのがわたしで、撮影したのは友人である御曹司のO君)。
なごみの塔は1953年建立とあるから司馬遼太郎の旅のときにはもうあったはずだけど、作家はひとことも触れていない。
司馬遼太郎という作家は山登りがまったくダメな人なので、たかが4、5メートルの塔でも登るのを断念したのかもしれない。
そのかわり海抜48メートルの牛岡という山(丘?)を勧められて、やっぱり断念していた。

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現代ではなごみの塔は老朽化のために登るのが禁止になっていて、島の東部にできた星野リゾートの展望台がその代わりになっているようである。

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竹富島の観光は牛車でまわるのが一般的だけど、わたしが初めて行ったころ、そんなものがあったかどうか記憶にない。
司馬遼太郎の本にもひとつも出て来ないばかりか、どうもそんなものがあるという雰囲気でもないから、まだなかったのだろう。
水牛だけならわたしは西表島に渡ってから、アフリカみたいにサギを背中にのせて、農作業に使われているのを見たおぼえがある。

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「街道を」の中に変わった植物がが出てきた。
変わった植物というと見たくなるのがわたしの習性だ。
これはハスノハキリ(蓮ノ葉桐)といって、海岸ではめずらしくない木で、桐というより、たいてい桑のようにひねくれた古木である場合が多い。
実はこんなへんてこりんな形をしていて、外殻が白蝋質でけっこう固く、むかしの沖縄ではこのなかにホタルを入れて提灯替わりにしたという。

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ほかに「街道を」には“犬が見つけた井戸”のことが出てくる。
これがその「ナージの井戸」。
現在はたいていの離島にひねるだけで真水の出る水道が設置されているけど、井戸というのはむかしの離島ではひじょうに貴重なものだったので、神格化されている場合もある。
竹富島のこの井戸も御岳(うたき)として祀られているというから、発見したイヌが神さまになったのかと思ったら、神格化されているのはイヌの飼い主だそうだ。
イヌが文句をいったかどうかは知らない。

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御岳で神事をつかさどるのは、沖縄では祝女(ノロ)といって代々女性が務めることになっており、「街道を」には神事のさいのノロに触れた箇所もあって、男どもを従えたその威厳はたいしたものである。
テレビ放送された「街道を」のころは、ノロもだいぶ近所の主婦なみになっていて、ふだんは民宿のおかみさんをやっていた。
現代はそういう時代である。
笹森儀助が旅をしたころ、司馬遼太郎やわたしが旅をしたころ、そして現代の若者たちが旅をするころと、竹富島はどんどん変わってゆく。
それぞれの人々にそれぞれの竹富島があるのだから、わたしが現代の竹富島は堕落したと嘆くのはたいていにしておこう。
伝説の美人オクマのようなおばあさんを見て、あの人も若いころは美しかったとため息をついてもむなしいばかりだから。

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2022年5月 1日 (日)

ぷちぷち

腹が立つので最近はあまりニュースを見ないんだけど、あいかわらず不平不満や、意味もない不安をあおる人は多いんだろうなあ。
わたしのほうは花壇にガザニアが咲かないのが不満で、2、3日まえに鉢植えのガザニアを買ってきた。
天気のいい日にこれを花壇に植え替えるつもりだけど、あいにくおかしな天気ばかりで、ヘタに植え替えても花がよろこびそうにない。
天気がわるいと写真も撮る気がおこらない。
ただもう部屋のなかでぷちぷち憤るだけだ。
世間はもうゴールデンウィークなんだってね。ぷちぷち。

天気がよくなったら写真も載せます。

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