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2023年3月 2日 (木)

もっとアホらしく

わたしの居住圏にある図書館は、定期的に時期遅れになった雑誌を放出する。
タダで持っていっていいというんだけど、たいていは何年かまえの時事雑誌なので、そんなものをもらっても役には立たない。
しかし風呂の中で読むのには、汚しても沈没させてもかまわないので重宝だし、人によってはこういう本にも読みどころはあるのだ。

たとえば最近もらってきたのは「世界」という雑誌の2017年1月号だけど、このころはまだだれも、韓国で正義記憶連帯に所属する尹美香という女が、慰安婦を食い物にしていたことなど知らなかった。
この雑誌ではその女の意見が、まっとうな活動家のもののように引用されている。
正体のわかったいまだったらどうだろうと、引用したジャーナリストについて考えてしまうのである。

2017年というど、ちょうど米国でトランプさんが予想外で大統領に選ばれたころだ。
それもあらためて読んでみると、当時のジャーナリズムの困惑ぶりがわかっておもしろい。
トランプ大統領のもとでアメリカはこうなる、ああなるという、いろんな識者の意見や予想があって、それが当たったかどうか、後世のわたしはニヤニヤしながら読む楽しみもあるわけだ。

でもトランプさんについてはこのブログでも何度も書いてきたし、たぶんつぎの目はないだろう。
この本では林香里(かおり)さんという人の意見が、SNSに翻弄される現代社会の予見になっていて興味深かった。
彼女の文章は長いので、とても全部を引用できないから、とりあえずわたしの、とくに合点のいった部分だけを抽出してみると

香里さんはいう。
トランプさんがツィッター愛用者だったように、現在の若者たちは新聞や雑誌などの従来のジャーナリズムよりも、SNSを使って情報を得る傾向が強い。
彼らは1日のうちに何度もスマホやタブレットで情報をチェックするから、できるだけ短く、わかりやすい情報が求められることになる。
従来のジャーナリズムもそういう方向にシフトするから、SNSの先にあるのは、じっくり読ませて考えさせるジャーナリズムの衰退であるとのこと。

それでわかった。
わたしのブログが人気がないのも、アクセスがせんぜん伸びないのも、長ったらしい文章で読者に考えさせてしまうせいだ。
もっとアホらしい文章を書けばよかったのだ。
いまだってそうとうにアホらしいという人がいるかもしれないけど、じいさんのわたしは、精一杯若いモンの話し言葉に近づけるよう努力してんだけどね。

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