中国の旅/きれいな娘
怪しい2人組に案内されて、ヘタしたら罐焚きにされかかったハナシの続き。
図々しく赤の他人の社長さんに紹介してもらったあと、前日に見そこなった「十六鋪市場」にも行ってみた。
ポン引き氏2人も(おかしな日本人と思ったかも知れないけど)ついてきて、いろいろ説明してくれた。
市場くらい興味を引くものはないというので、わたしは写真を撮りまくったから、それは次項でまとめて報告しよう。
歩きまわって空腹になったので、どこかで2人に食事を奢ってやることにした。
たまたま通りで目についたレストランに入ることにした。
この場合もわたしが決めた店である。
誘拐されて罐焚きにされてはたまらないから、わたしも用心深い。
店内はかなり広かったけど、省エネの影響だろうか、ちょっとうす暗くて、丸テーブルがたくさんあり、客の入りは40パーセントくらいだった。
わたしたちは他の客から離れた席に陣どった。
まもなく7、8人いるウェイトレスの中から、若い、きれいな娘がオーダーをとりにきた。
わたしにメニューを理解できるわけはないから、あまり高いものはダメだぜと念を押して、注文は彼らにまかせた。
チャーハン3人前と、麻婆豆腐にドジョウらしき魚の炒めもの、それにビールを頼んでもいいかと聞くから、ああ、いいよと答えた。
日本の貧乏人も、このころの中国では金持ちだったのだ。
ビールを飲みながらポンAがいう。
あの子はどうですか、気に入りましたか。
あの子というのは、オーダーをとりにきた、若いきれいな娘のことである。
もし、あなたが気にいったのなら、ワタシたちがすぐに話をつけてあげますと彼はいう。
しかしこの店は彼らの先導で入ったわけではない。
たまたま通りがかりに見つけた店で、女の子もただのウェイトレスに見える。
だってあれはふつうの娘でしょう、しろうとじゃないのと、すこしスケベ心を発揮したわたしは聞いてみた。
しろうとでも上海の女の子はみんな日本人が好きです。
あなたさえその気になれば、彼女は今夜あなたのホテルヘ行きますとポンAは請け負う。
わたしはへえと感心する。
なにしろ若くてスラリとした、ビックリするくらいきれいな娘なのである。
そのうち彼女はまたテーブルのわきにやってきた。
ポンAが彼女になにかいい、すると彼女はわたしの顔をじっと見つめ、いわくありそうな笑みをうかべた。
どうやら簡単に話がまとまったらしい。
わたしたちは食事を始めた。
見ていると中国人の食事はじつにだらしがない。
ポン引き氏もイヌのように皿の上に顔をつきだし、御飯をポロポロとこぼしながらせわしく食べていた。
わたしはもっと上品に食べようとしたけど、しかしすぐに中国のコメを、中国の箸を使って上品に食べるのはむずかしいことがわかった。
コメは日本のようにねばり気がなく、箸は太くて長くて、先までずっと同じ太さときてる。
わたしも御飯をポロポロとこぼした。
もっとも空腹ではなかったし、あまり美味しいとも思わなかったので、たいして食がすすまなかったけど。
食事のあと、ポンAがトイレに立った。
わたしも行こうとすると、後に残るポンBが、お金は席に置いていかず、トイレまで持っていって下さいという。
自分に泥棒の嫌疑がかかるのを恐れての発言だろうけど、これも彼らが信用できることの証しではないか。
わたしはお金を常時尻ポケットに入れておいたので、ダイジョウブと答えた。
レストランのトイレは、タイル張りで、ピカピカというわけではなかった。
いちおう個室に扉がついているのに、開けっぱなしで用を足している男がいた。
終わって紐をひっばると流れる式の水洗である。
紙は備わってなかった。
金を払って店を出る。
料金は81元=1900円くらい。
わたしはあいまいな返事しかしなかったけど、ポンAが、あの娘は今夜の9時にあなたのホテルヘ行きますヨという。
嬉しそうな顔をするのも変だから、あ、そうとだけ返事をしておいた。
もちろん期待していたわけじゃない。
このあと2人のポン引き氏と別れることになった。
彼らはそれぞれ帰りのタクシー代を要求してきたから、ダメだ、いっしょに帰れといって日本円で千円しかやらなかった。
千円あれば上海市内のたいていのところへ行けるはずだし、千円の価値くらいはあったと思う。
2人と別れたあと、わたしはまた上海最大の繁華街である南京路を散策し、中国の書店をのぞいてみることにした。
中国で有名な「新華書店」という書店があったから入ってみた。
日本の書店にくらべると、スペースの半分が単行本、あとの半分が実用本(雑誌も含む)といった感じで、本の数、種類とも少なかった。
実用本は料理や編み物の本などが多く、外誌と提携したようなモード雑誌もあった。
わたしは中国の絵本やマンガ本に興味があったので、シリーズになっていた蔡志忠という作家の作品を1冊買うことにした。
そのためには手順が要る。
まず係にショーケースのなかの本を見せてもらい、買うと決めたらそこで伝票をきってもらう。
その伝票を持ってレジヘ行き、金を払って領収書をもらう。
領収書を持ってふたたび係のところへもどり、そこではじめて目的の本を手に入れるという段取りである。
共産主義国ではよくこの方法があると間いていたので、わたしは驚かなかった。
買ったのは蔡志忠の「六朝怪談」という170ページほどのマンガ本である。
絵は日本でもどこかで見たことがあるような、ナンセンスに近い、わかりやすい画風だけど、ほんのり色気もあるし、所々で描かれている山水画のような背景は、これがまぎれもなく中国の作品であることを証明していた。
むろんセリフはすべて中国語だけど、セリフなしでも意味がわかるのがナンセンス・マンガの強みだ。
値段は1冊が4元弱=90円くらいで、中国人にとっては安い買物ではなさそうだった。
カメラ屋もあった。
最新のニコンF4も置いてあって、値段はボディのみで1万1千元~1万3千元ぐらいだから、日本円に直すと30万円くらい。
ちょっとしたものである。いや、そうとうなものである。
カメラは中国人にとって、日本人の車に匹敵する高価な買い物ではないか。
銀河賓館にもどったときはもう暗くなっていた。
ところでポン引き氏が話をつけてくれた娘はほんとうに来るだろうか。
アホいってんじゃない、そんなうまい話があるか、ということはわたし自身も充分に考えた。
しかしわたしは、上海ではこういう状況のときどうなるのか、知っているわけじゃないのである。
上海の女の子は日本人が好きで、話がつけばかんたんに体をまかせるのかも知れない。
わたしはこの晩、和平飯店へジャズを聴きに行くつもりだったけど、もしも彼女がほんとうに来た場合、わたしがいなかったらどう思うだろう。
そんな理屈でウーンと逡巡したわたしは、21時が近づくとロビーまで下りて、彼女の姿が見えないか確認に行ってみた。
この晩に銀河賓館に泊まった客の中には、もの欲しそうな顔をした日本人が、何度も部屋とロビーのあいだを往復していることに気がついた者がいるかも知れない。
ところでわたしはこの後も何度も上海に行っており、2年後にもういちどこの娘と再会している。
これはそのとき外灘でデイトをして撮った写真だ。
こんなかわいい娘が来るかも知れないと思ったら、部屋とロビーのあいだを往復しないでいられる男がイマスカ?
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