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2023年9月 8日 (金)

中国の旅/虎丘

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司馬遷の「史記」の列伝シリーズの中に、伍子胥(ごししょ)の物語がある。
ごれは紀元前の、まだ中国が春秋時代とよばれ、無数の小国が覇権を求めて争っていたころに生きた男の一代記だ。
人間の執念の恐ろしさを描いて、いろいろ考えさせる物語だけど、“臥薪嘗胆”とか“会稽の恥をそそぐ”などという言葉の由来が出てきて、なかなかおもしろい一編でもある。

伍子胥は楚の国の人で、若いころ父親と兄を楚王に殺された。
彼は復讐を誓い、といっても楚王を殺すにはまだパワーも先立つものもなかったから、彼は乞食までして各地を放浪し、ようやく呉の国で大臣に取り立てられる。
呉の国王にせっせと楚を討つよう進言して、ついに目的を達するんだけど、しだいに驕慢になる呉王と仲違いをし、呉王から剣を与えられて死ぬよう命ぜられる。
死のまぎわに伍子胥は、自分が死んだら墓には梓の木を植えろ、呉王の棺桶の材にするためだ。
自分の目をくり抜いて城門にかけろ、越が攻めてきて呉王が死ぬのを見届けてやるのだと言い残す。
この城門というのが、かっては城壁にかこまれていた蘇州城の門のひとつだという。

1992年の最初の団体旅行ではいちども城壁を見なかったけど、わたしはあとで蘇州を再訪門し、城門もゆっくり見学することになるから、門についてはそのときに報告しよう。

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寒山寺のつぎはこれも有名な虎丘に行く。
もともとは前述した伍子胥列伝に出てくる呉王闔閭(こうりょ)の墓だったそうで、そのころはこのへんにも虎がいたらしい。
まだワシントン条約もなかったころで、虎はさっさと絶滅した。
蘇州を代表する名所の「虎丘の斜塔」はここにあるんだけど、どうして塔が傾いたのか、詳しいことは知らない。
ピサの斜塔なら、もともと地盤がゆるかったのに、当時の人がそのまま建ててしまったということをなにかで読んだことがある。
むかしの中国の塔というと、高さを稼ぐためにはただひたすらレンガを積み上げるしかなかったから、自分の重みで傾いちゃったんだろうねえ。

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バスはせまいアーチ型の門をくぐって虎丘に肉薄した。
バスが通れるような門ではないのにと、見ていて心配になってしまう。
駐車場でバスを下りて徒歩で門に入ると、ぐるりを巡っているらしい堀があった。
石垣もなにもない、土を掘って水をためただけの堀で、けっしてきれいではないけど、足こぎ式のボートなどが浮いていた。

暑さでうだりながら、大勢の観光客にまぎれつつ、石段を登っていくと「試し切りの岩」というものがあった。
大きな石のまん中にすっぱりと割れ目が入っている。
こういうものも日本の各地に伝説があって、ほんとうに刀で石を切断したわけではなく、たまたま割れ目の入っていた石を見つけて、あとから試し切りなどとこじつけた場合が多い。
どうも、こういうものを見てもぜんぜん感心しないのがわたしの欠点である。

前から来る女性が、なんとなく日本人のように見えるなと思ったら、案の定、彼女は日本語を使っていた。
石段を往来している人々のなかには、わたしたち以外の日本人観光客もたくさんいたようだ。

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そして岩が積み重なった起伏の多い広場に出た。
ここから斜塔の記念写真を撮るのにいいポジションだったので、わたしたちがてんでに記念写真を撮っていると、ガイドの蒋クンが、どうでしょう、これ以上斜塔の近くまで行っても、斜塔に登れるわけではないし、特別に見るものがあるわけでもありません。
暑いばかりですから、ここから引き返したらどうでしょうかと。
わたしたち全員が一も二もなく賛成した。
それにしても暑かった。
わたしはこの後、中国よりもっと南にあるタイや、インドネシアのカリマンタン島などにも行ったことがあるけど、暑さというのは緯度には関係ないらしい。

虎丘を早々にきりあげて、わたしたちはバスにもどった。
なんかもの足りないけど、これで蘇州見物は終わりである。
わたしたちはバスでレストランに運ばれ、昼食をとることになった。
レストランまでは街なかを走る。

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蘇州の街なかでもいたるところでスイカを売っていた。
この暑さじゃ、売れないぶんはすぐイタんでしまわないかしらと、愛ちゃんが心配する。
たしかに道ばたでスイカを食べている人もよく見かけたけど、それより売られているスイカのほうがずっと多かった。
中国の人たちは経済法則なんてハナっから無視して、売れようが売れまいがとにかくスイカを作り、売れようが売れまいがとにかく路上に並べ、クモが巣をはって獲物を待つように、気ながに買手を待つらしい。
不思議に思ったのは、トラック1台ぶんぐらいのスイカをどうやって現場まで運んできたのかということ。
日が暮れるたびにどこかへ商品を片づけているようには見えないから、売り手はスイカのわきで寝泊まりしているのだろうか。

わたしはくやしかった。
スイカはともかくとして、バスの窓外にはじっさいにそこを歩いてみたい景色が山ほどあるのである。
無錫では湖のほとりののどかな農村風景がわたしを魅了したけど、蘇州にはそれと異なるゴミ箱をひっくり返したような乱雑さがあって、好奇心に富んだわたしにはやはり魅力的だったのだ。
しかし団体旅行の悲しさ、わたしはこの旅のほとんどで、バスのなかからそれを見てるしかなかった。
バスのなかでなんど地団駄を踏んだことか。

レストランは街はずれにあった。
ここでは欧米人のグループといっしょになったけど、これは太湖遊覧のおりにいっしょだった人たちで、例のブルック・シールズに似た美少女もいて、みんな箸を使って料理を美味しそうに食べていた。
まだネットで日本食の美味しさが外国に広まるよりはるかむかしのことである。

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食事を始めてすぐにやかましい音楽が鳴りはじめたので、センスのないことをするなと眉をひそめていたら、これはじつは3人の楽師が民族楽器をかなでていたのであった。
写真を撮るために彼らに近づいてみると、楽器は琵琶と、ちょっと大きめの琴のようなもの、そして二胡とよばれるちっぽけな弦楽器だった。
二胡が外見から想像するよりずうっと大きな音が出るのにおどろいた。
演奏されていたのは千昌夫の「北国の春」などで、サービスのつもりかも知れないけど、もうちょっと別の音楽であってもよかったのにと思う。

ここではかなり長い時間がとれたので、食事を終えて外へ写真を撮りにいく余裕はじゅうぶんあったのに、あいにくレストランは街はずれで、まわりには殺風景な郊外の景色しかないのである。
わたしたちはエアコンの効いたレストランに隔離されたようなもので、レストラン内には土産もの屋もあったから、そこで時間をつぶすしかなかった。
わたしはここで缶ジュースを買ってみた。
缶ジュースは4元=百円くらいだから日本とあまり変わらず、彼らもよく研究しているなと思う。
日本の百円玉しかないけどいいかと訊いたらOKだという。
じつに巧妙に、ありったけの外貨をからめとられてしまう。

同行のSさんが額に入った絵を値切り始めた。
中国の絵といっても水墨画ばかりではなく、カラフルでモダーンな絵も多いことはすでに書いた。
店のほうでは画家のプロフィールを紹介したグラフ誌などを見せて、日本でも有名な画家の絵だということを説明する。
そういわれても中国の画家についてなんの知識もないわたしは、自分の好みだけを価値基準にするしかない。
それで購入するには、ちょっと勇気のいる値段の絵ばかりである。
それでもSさんは適当なところで折り合いをつけて、とうとう1枚の絵を購入してしまった。
エラい人である。

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別の売場では大きな壺をめぐってやりとりが続いていた。
いくらまけてくれたって、高さ1メートルもある壺を持って帰るモノ好きはいないだろうと思ったら、店のほうで梱包して、責任を持って日本まで送ってくれるのだそうだ。
こんな巨大な壺が実用に適していると思えず、わたしには欲しいという気持ちが理解できないけど、最初からこういうものを仕入れるつもりで旅行に加わった、ビジネス目的の人もいたらしい。
しかしこのとき以降も何度も中国を旅したわたしは、そのうち絵にしても骨董品にしても、いろいろ注意しなければいけない点があるのに気がつくことになる。
今回はまだ海外旅行の初心者だったので、その話はおいおいすることにしよう。

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ようやく時間がきて、わたしたちは蘇州駅に向かった。
わたしは蒋クンにいくつか質問をした。
なにしろわたしと愛ちゃんは、たいていの場合いちばん前の席に座っていたので、質問するには便利だったのだ。
中国ではアパートはかんたんに見つかるのですかと訊くと、蒋クンは、社会主義の国ですから、労働者のアパートはすべて国が・・・・と答えて、さらにあとを続けようとした。
このとき隣りに座っていたもう1人のガイドの王さんが、わたしたちにはわからない中国語でなにかいった。
蒋クンはすぐに黙ってしまった。
わたしが王さんのことを、公安関係の人間ではないかと疑ったのはこの些細なことがらによる。
蒋クンが社会主義はどうのこうのと言い出したので、余計なことはいうなと注意したんじゃないだろうか。

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