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2023年10月21日 (土)

中国の旅/会長さん

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タクシーに乗って、南京路を西に走る。
車中でも会長さんの愉快な話は続き、そのなかにこんな話があった。
東南アジアのどこかの国で、取引先が会長さんの席に娼婦をあてがってきた。
それがまるで孫のような幼い少女だったので、可哀想だから余分にお金をやって帰そうとしたものの、少女はあとで親方にその日の稼ぎをすべて差し出さなければならない。
せっかくの会長さんの好意も、裸にされて身体検査をされて残らず取られてしまうのだそうだ。
それを聞いた会長さんは、一計を案じ、ホテルの庭の立木の下に金を埋めておくから、親方の目を盗んであとで掘り出しに来なさいといってやったという。
いいことをしましたねと、わたしにはめずらしいお世辞をいう。

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15分ほどで、わたしが昼間歩きまわった「上海展覧センター」の近くにある大きな建物に到着した。
わたしは上海市内の地理にはかなり詳しくなっていたから、ははあ、マンダリン・ホテルのすぐ前にあった建物だなと気がついた。
わたしたちが到着したのは「上海商城」という、まだ新しい商業施設で、玄関は大きなアーチになっていた。
鉄柵にかこまれた広い中庭を通り抜けて、建物の玄関に横づけすると、金ボタンのコートを着たドアボーイがさっとタクシーのドアをあけてくれる。
田舎者のわたしは、正直いってどぎもを抜かれてしまった。

この商業施設はいまでもあるのかと調べてみると、建物の写真はいまでもたくさん見つかるから、同じ場所にあるらしい。
マンダリン・ホテルのほうは、その後発展のいちじるしい浦東地区に引っ越しをしたようである。

このあとは文章ばかりなので、文字を数えるのがキライな人はそろそろ撤収すること。

会長さんの案内でエレベーターに乗った。
目指すのは8階にある「上海演歌台」というナイトクラブである。
このクラブはチケット制になっていたけど、会長さんがわたしの分までさっさと買ってくれた。
失礼ですけど後学のために知っておきたいのでと、料金をうかがうと、200元でおつりがくるよという。
チケットには飲物券が2枚ついている。
店内は暗く、チケットを買うと女の子が席へ案内してくれた。
店内にはかなり高級そうなカラオケ専用ルームもある。

わたしたちが入ったとき、ちょうどフィリピンのバンドが演奏中だった。
こちらは和平飯店と比べるとぐっとくだけたロック調の曲が多く、歌手は4人で、男と女が2人づつ、バックに少数のギターなどがつく。
女性歌手のひとりは沢口靖子のようなおっそろしい美人で、もうひとりはまっ赤なルージュの肉感的なグラマーである。
男のひとりは、長髪を後ろでたばねた品のよくない大男だったけど、さすがにプロらしく、かけあいやリレー方式でうたう歌はじつに上手だった。

会長さんは気のおけない人で、ここには馴染みの女の子がいるんだけどなといって、店内をあっちこっち探して歩き、今夜はいないなという。
こんな様子からすると、かっては会長さん自身も他人からここへ案内されて、目をパチクリしたことがあるんじゃないかと思う。
話がうますぎる、これじゃ映画みたいだという人がいるかも知れない。
ズバリで、わたしはシャーリー・マクレーン主演の「スィート・チャリティ」という映画を思い出した。
この映画にも、ニューヨークのしがない娼婦が、金持ちに連れられて豪華クラブを体験するシーンがある。
金持ちにすればべつに娼婦に惚れたわけでもなく、たんなる気晴らしにすぎなかったのだけど、このときの会長さんも田舎者のわたしを連れて、退屈きわまりない日常から気晴らしのアバンチュールをする気になったのだろう。

あとで世話になった礼状でも書きたいから、失礼ですけどお名前を教えていただけませんかと訊いてみた。
会長さんは、いや、そんなたいした者じゃありませんよ、先祖は大名だったそうだけどねぐらいのことしか教えてくれなかった。
地位や身分を明かすことによって、わたしとの関係が堅苦しくなるのを避けているふしがある。
そういえば、日ごろは部下たちが世話をやいてくれて、かえってわずらわしいようなことも言っていた。

そのうちわたしはショーがよく見える位置に椅子の空いているテーブルを見つけた。
座っていたアベックに空席であることを確認して、会長さんを呼んだ。
相席になったアベックの男のほうは台湾人で、いくらか日本語を理解した。
この男性がなにか商社の仕事をしていると知ると、これは商売につながるかもしれないと思ったのだろう、会長さんはさっそく名刺を出して自己紹介を始めた。
じつはこのおかげでわたしは会長さんの素性を知ったんだけど、いやはや、仕事熱心な人である。

そのうちフィリピン・バンドの演奏が終わってディスコ・タイムになり、日本人や台湾あたりの観光客らしい若い娘たちが、ステージの前で踊り出した。
会長さんは、ここではすぐに娘さんと仲良くなれるよという。
わたしが感心して話をうかがっていると、会長さんはわたしに踊ってきなさいという。
いいえ、とてもとてもと遠慮していると、それじゃあワタシについてきなさいといって、会長さん自ら率先して踊り出してしまった。
けっしてスマートな踊りとはいえなかったけど、この人はおん歳60いくつというから、わたしはその若々しい性格にほんとうに驚いてしまう。

ディスコ・タイムが終わると、つぎはファッション・ショーみたいなことが始まった。
薄ものをまとった十数人の美女が、入れ代わり立ち代わり登場してかんたんなダンスを踊る。
西洋や日本ならここはストリップショーになるところ、当時の中国では規制がやかましいので、ファッション・ショーの真似事でごまかしているらしく、主役らしい美女が、ハイレグの水着で踊るシーンもあった。
わたしはこのあとでも中国の地方都市で似たようなものを見たことがあるけど、たいていファッション・ショーを装っていた。

わたしはトイレに行ってみた。
中国語でトイレはどこと訊くと、受付があっちですと廊下の奥を指す。
トイレの場所を尋ねるのは、海外旅行では必須の言葉だから、わたしは優先的におぼえたのである。
廊下の奥にあったトイレのドアをなにげなく開けると、とたんにアレー!という声がして、大勢の女の子がいっせいにわたしのほうをふりむいた。
わたしはまちがえて女子トイレに入ってしまい、そこはショーガールたちの控え室になっていたのだ。
女の子のひとりが、あそこあそこと、廊下の反対側にある男子トイレまで案内してくれた。
トイレもおそろしく立派・・・・

フィリピン・バンドの2回目の演奏が始まるころには0時を超えていた。
会長さんは自分が泊まっている花園飯店のバーでなにかおごろうという。
図々しくわたしもお付き合いすることにした。
花園飯店は上海の最高級ホテルのひとつで、このころ海外から賓客があると、中国政府はみんなここへ泊まらせたものである。
この最上階にあるバーでウイスキーを呑み、会長さんと別れた。
会長さんはホテルの玄関までわたしを見送ってくれた。
反社会的なところのあるわたしは、心情的に政治家や企業の経営者などと相容れないところがあるけど、この夜は完全に会長さんの人柄に魅了されてしまっていた。
どんな分野にもすてきな曲があるように、どんな分野にも魅力的な人はいるものだということを、この晩くらい思い知らされたことはない。

ホテルへもどったのは夜中の2時過ぎだった。
自分の部屋のドアをあけて、一瞬ドキッとした。
ドアにカギがかかっていなかったのだ。
部屋に入ってその謎がとけた。
わたしの帰りを待ちかねた仲間たちとW嬢が、服務員にいってカギをあけてもらい、わたしの部屋でずっと待っていたのである。
どこへ行っていたんだ、心配していたぞと仲間たちはいう。
うかつだった、というか、あまりめずらしい体験をしたので、わたしは仲間のことをすっかり忘れていたのである。

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