中国の旅/ホテル替え
無錫からわたしはまた上海に帰ってきた。
今回の旅の目的は無錫で、そこでフィルムをほとんど使い切ってしまったから、上海ではあまり写真を撮らなかった。
したがって写真があまりない。
文章を読むのがニガ手な人はまた飛ばしてかまわないけど、女の子の話題もあるからそれはちっとモッタイナイと思う。
駅のとなりの龍門賓館にもどったあと、わたしはまずシャワーを浴びることにした。
無錫から数時間列車に乗り、上海市内を数時間歩いただけで、わたしは体中がホコリまみれになったような気がしていたのだ。
シャワーのついでに溜まった下着の洗濯もすることにした。
ところがここでまたミス。
新しいパンツを洗面台の上においておき、洗濯がすんだらはきかえるつもりでいたのに、なにをカン違いしたのか、これもいっしょに洗濯してしまった。
するともう新しいパンツがないのである。
仕方ないからノーパンでズボンだけをはき、駅まえの新しいデパートへパンツとランニングを買いに行く。
下着売場は2階にあって、ひとつの店舗内で売場がふたつにわかれていた。
その一方でパンツを買い、さらにランニングはありますかと訊くと“没有(なし)”である。
同じ店舗内のもう一方に訊くと“有”である。
すぐとなりで売っていることぐらい教えてくれてもいいじゃないかと、その売る気のなさにあきれたけど、中国で文句をいっても仕方がないとあきらめた。
中国人のMサイズはわたしにはすこし小さかった。
上海では、わたしがまた中国に行くと知った上海娘のW嬢や、その友人たちから頼まれた用事がいくつかあった。
これは私用に属することだから詳しくは触れないけど、それ以外にもいろいろ新しい経験があったので、そちらには触れないわけにはいかない。
いちばん大きな出来事は、ホテルを、駅の近くの龍門賓館から、日本租界だった虹口地区の「新亜大酒店(New Asia Hotel)」に変えたことだろう。
“大酒店”というのは呑兵衛の集まる店というわけではなく、大きなホテルのことである。
このホテルは和平飯店ほどゴージャスじゃないものの、いちおう租界時代からある石造りの建物で、上海一の繁華街である南京路や外灘からも徒歩数分と近いし、日本租界からすぐということで、わたしは以前から目をつけていたのだ。
無錫からもどってきた日は、荷物を預けてあったせいもあって、まだ1泊9千円ちかい龍門賓館に泊まったけれど、この日のうちに新亜大酒店まで出かけ、宿泊料金がどのくらいするものか確認してくることにした。
新亜大酒店は、南京路から四川北路を虹口地区に向かって、蘇州河を渡ったすぐの交差点ぎわにある。
目のまえに特徴的な時計台をもつ上海郵便局があって、ホテルはともかく、時計台は古い上海の写真でよくお目にかかる。
タクシーで新亜大酒店に乗りつけると、ドアのまえには赤い制服を来たドアガールが立っていて、客とみるとさっとドアをあけてくれた。
フロントにいくと、メガネをかけた男性がいて、りゅうちょうな日本語でわたしの応対をした。
わたしの中国語を上手ですねとほめてくれたのはいいけど、あなたは中国人に似ていますねといわれたにはまいった。
わたしが龍門賓館に泊まっているというと、ウチはあそこの半分ですという。
わたしはその場で3日間の宿泊予約をしてしまった。
ただし、租界時代の古い建物ということもあり、その後レトロなホテルに人気が出ると、新亜大酒店もじわじわと料金が上がって、わたしが最後に中国に行ったころ(2011年)は、かなり高級なホテルの仲間入りをしていたようだ。
このホテルは、玄関を入ると正面にエレベーターがあり、それをはさんで左側にフロント、右手に両替所があった。
両替所には若い娘が何人かいるけど、私語をしたり、理由もわからないまま客を待たせたり、どいつもこいつも態度が悪い。
忙しいのはわかるけど、接客サービスというものはこの一画には存在しないのである。
最近のこのホテルについて調べてみると、ホテルの名前の上にGolden Tulipという言葉がついているから、経営も大手ホテル・チェーンに変わったみたいだ。
すこしは両替嬢の態度もあらたまったかしら。
両替所の向かいのロビーには小さな喫茶コーナーがあり、コーナーと両替所のあいだを直進すると、その奥が朝食などもまかなうレストランになっている。
新亜大酒店で感心したのは、このレストランだ。
上海のホテルではこの当時から朝食はバイキングが普通になっていたけど、ここでは早朝からコックが火を使って、目のまえで調理した湯気のたつ料理が注文できたのである。
1階にあって、通りからも丸見えのレストランなので、わたしはそれ以前から見知っていたのだ。
フロントのまえを通って反対側へ直進すると、こちらには土産もの屋があって、土産など買わない主義のわたしは、あとで石鹸と乾電池を1コ買った。
石鹸は、部屋に備え付けのものはろくなものがないので、わたしは外国へ行くとかならず外で買ってくることにしているのである。
新亜大酒店の宿泊を予約したあと、南京路あたりで3輪タクシーをつかまえて、龍門賓館まで帰った。
3輪タクシーはべつの車や歩行者とハンドルが接触するのではないかと思うほど、すれすれに混雑をすり抜けて快走した。
これではたしかに渋滞時にはタクシーより早いかもしれない。
ただし乗客も事故保険に入っておかなければならない。
龍門賓館にもどり、ふと思いついて、去年の2月に泊まった14階に顔を出してみた。
そのとき見かけた女の子が働いてないかと思ったんだけど、この日の14階フロア係りの女の子には見覚えがあった。
彼女にいきなり、ぼくのこと覚えているかいと尋ねてみると、彼女はシェンマ(=なんですか)と訊き返してきた。
わたしは1年前にこのホテルに泊まったことがあり、そのときキミのことを知ったのだよと説明すると、そうですかと、彼女はにっこりしてうなづいた。
それにしても中国の若い娘が、シェンマと訊き返すときの、発音のかわいらしさはどうだろう。
中国語はフランス語とならんで、世界でもっとも抑揚の美しい言語といわれているそうだけど、わたしは、とくに若い女性が首をかしげて「なんですか」と発音するときの愛くるしさは絶品であると思う。
この服務員の娘は、写真を撮らせてもらえますかというと、あわてていちど奥にひっこんで、わざわざ髪を解いてきた。
まだカメラを向けても女の子に変態だと思われない、古きよき時代のハナシである。
夕方には本格的な雨が降り出した。
奇数日だというのに、この日も龍門賓館では結婚式のまっ最中だった。
わたしは早めに寝ようとしたけど、無錫でさんざん歩きまわって疲れているはずが、なかなか眠れず、23時ごろ目をさまして、どこかへメシを食いに行くことにした。
もうこの時間では、ホテル内のレストランはやってない。
1階まで下りてみると雨はいよいよ激しく、とても駅の24時間食堂までも行けそうにない。
しかし見ると龍門賓館のかたわらの高速道路の下に、レストランのネオンがこうこうと輝いているではないか。
そこまでならなんとか走って駆け込めそうだった。
これは「上海恒立飯店」という店で、ネオンが輝いているにしては、みすぼらしい母子が食事をしたりしていて、ひどく庶民的な店だった。
中国では、おもてから見るとまあまあなのに、入ってみると場末の定食屋といった感じの店がたくさんある。
それでもメニューにあるものはたいてい揃っているからさすが。
この店には若い娘が何人かいて、なかでいちばんアネゴ肌の娘は、愛称がアイリーンさんというのだそうだ。
松島トモ子のようにスリムな体型で、歳は32だという。
ここで紹興酒を呑む。
熱くしてくれと頼むと、ボトルごとお湯につけて間接的に温めればいいものを、小さなナベに入れて直接火であぶったらしい。
わたしのまえに紹興酒の入った、熱くて素手では持てないナベが置かれた。
アイリーンさんがナベからコップに酒をそそいでくれた。
日本人は紹興酒をお燗して飲むけど、このようすを見るかぎり、中国ではそんなことはないようだ。
ついでにいうと、角砂糖や梅干を入れて飲むのも見たことがない。
日本では紹興酒は国産と台湾産、そして本場の大陸産が買えるけど、いちばんうまいのは大陸産である。
できることならでっかい甕で買っておいて、少しづつ汲み出しながらちびりちびりやりたい。
| 固定リンク | 0
コメント