中国の旅/鐘楼と城壁
朝になって窓から眺めると、西安賓館のすぐ東側に、唐楽宮という劇場の入ったビルがあり、太陽はその向こうから昇る。
太陽がなんとなくくすんで見えるのは、ここが黄砂の本場だからだろうか。
西安はシルクロードの出発点といわれ、これより西には砂漠の国があるはずなのだ。
この日は、朝メシまえの運動のつもりで、まず西安の名所のひとつである小雁塔を見に出かけた。
遠ければ無理して出かけないけど、これはホテルのすぐ裏にあったのだ。
ホテルを出ると、道路の向こうに日本で見なれた景色があった。
佐川急便のトラックである。
塗装もボディのロゴも、日本の佐川急便とまったく変わらないトラックが停まっていたのである。
一瞬びっくりしたものの、すぐに気を取り直した。
おどろくことはない、日本の佐川急便の西安支社があるのだろう。
当時はなにかと評判のよくない会社だったけど、仕事熱心なことだけはほんとうのようだ。
中国に支社があるなら、荷物の配送などに便利ではないかと思い、帰国してから佐川に電話で確認してみたら、担当者が、いや、じつはウチでも車の耐用年数がありましてね。
古くなった車を友好のために中国へ寄付してしまうんですが、すると向こうじゃ塗装を変える費用がないもんだから、そのまま使ってるんでしょうという。
ああ、そうなんですかとわたし。
事実は単純かつ下らない場合が多いものだ。
小雁塔は唐の時代に大薦寺といった寺院の一部で、塀の門が開いていたものの、まだ切符売場はオープンしていなかった。
しかし切符売場わきの小屋に人がいたので、切符はどうなっているんでしょうかと尋ねると、相手はいくらいくらだよという。
なにも知らないわたしは、この親父が切符売場の人間かと思って金を払ってしまったけど、あとで考えるとたんなる近所の人だったようだ。
親父はお釣りがないといいい、しかもおかげで10元とられてしまった。
小雁塔は707年の建造だというから、1300年以上も前のものということになる。
全体が褐色で、ちょっと見には土の塔のように見える。
しかし土の塔では雨が降ったらくずれてしまう。
中国でも西域には日干しレンガといって、土をこねただけのレンガがあるそうだけど、そんなもので10層もある塔は作れまい。
うーんと、いっぱしの建築家みたいなたわごとを考えながら、近くで建築材料を吟味しようとしたら、時間が早かったせいか、塔の入口にはがっちりと錠がおりていた。
境内では老人たちが、カゴに入れたツグミくらいの大きさの、目のまわりに白い輪のある小鳥の鳴きくらべをしていた。
わたしは自称ナチュラリストなので、小鳥の種類には詳しいはずだけど、このときこの鳥の名前はわからなかった。
帰国してから調べてみたら、こいつは画眉鳥といって、中国や東南アジアではめずらしくない鳥で、侵略的外来種として東京の高尾山にもいるそうである。
小鳥と老人たちを横目に見ながら境内のとっつきまで歩き、とっつきの出口から外へ出られないのを確認してまた入口へもどった。
切符売場はオープンしていたものの、ずるがしこい親父はもういなかった。
この日は西安城内の鐘楼とその周辺をうろうろするつもりで、ホテルのバイキング朝食をすませたあとタクシーで出発した。
西安賓館から鐘楼までは徒歩でも行けるけど、永寧門までは前日に歩いたところだから、タクシーで行ってしまうことにしたのである。
鐘楼についてはまたウィキペディアにリンクを張ってすませる。
鐘楼の近くでタクシーをおりてみたら、鐘楼はロータリーになった広い十字路のまん中に位置していて、危険を覚悟で道路を横断しないとその足もとに接近することもできない。
そんなはずはない、どこかに地下通路があるのだろうと探したら、ロータリーの、新華書店側のかどに地下通路の入口があった。
入口はひとつしかないようだ。
この地下通路には壁ぎわに土産もの屋がならんでいで、鐘楼へ登るための受付もここにある。
カバンを持ったままでは鐘楼に上がれないというので、わたしはバッグを預け、カメラだけを持つことにした。
鐘楼からの眺めはいい。
ここから東西南北に道路がのびていて、ガイドブックによると大雁塔も見えるということだったけど、しいて探しもしなかったのでわたしには見えなかった。
鐘楼の軒下には、日光の東照宮のように細かい細工がびっしり飾られていたけど、感心するほどわたしはそういものに関心がない。
楼内に薄ものの天女スタイルで古代楽器をかなでる女の子がいて、演奏のあい間にカメラを持った観光客のまえでポーズをとっていた。
こちらにはおおいに関心があったけど、よく見ると衣装の下にジーンズとスニーカーをはいていたから、ぜんぜんイロっぽくなかった。
最初は冠をつけていたのに、うっとうしかったのか、そのうちはずしてしまったから、どこかの大学生のアルバイトかもしれない。
鐘楼の見物はこれで終わりである。
簡単すぎるという人がいるかも知れないけど、わたしはこういう名所旧跡にあまり興味がないので、また市内をぶらぶらすることにした。
どこになにがあるかわからない土地を、行き当たりばったりに探索するのが楽しいのである。
このあとの記事はべつの日のものである。
中山門というところから、西安の街をとりかこむ城壁に上ってみた。
門の下に小屋があってそこが料金徴収所になっている。
小屋をのぞくと、ヤカンにお湯が沸いていて、小学校の用務員さんの詰め所みたいである。
すぐわきの壁に料金表が立てかけられていた。
内賓 1.00
小学生 0.50
自行車登城 0.50
ADMISSION TICKET FOR TOREIGNER 3.00 THREE YUEN
最後のは外国人用で、料金を払うと裏に城壁についての説明を書いた、ちゃんとしたチケットをくれる。
ところで“中山門”という名称はあまり古いもののように思えない。
西安城をめぐる城壁にはたくさんの門があり、北壁の中央にある安遠門から右回りに数えると、尚徳門、尚勤門、望春門(もしくは朝陽門)、中山門、長楽門、建国門、和平門、文昌門、明徳門、朱雀門、勿幕門、含光門、安定門、玉祥門、尚武門まで、ぜんぶで16の門があることになる。
建設当時の名前をそのまま使っているようなものもあるけど、解放後に新しくつけた名前や、新しく壁に穴をあけた門などもあるようだ。
中山門というのも、“中山”という言葉はたしか革命の父・孫文の尊称だったはずだから、解放後の名前ではないか。
古くからある門は、門がそのまま楼閣になっているものが多いのに、中山門にはそんなものはなかったから、これも中山門があとからつけられた門であることの証明かもしれない。
わたしは城壁の上をぶらぶら歩きながら、目測でその幅を計測してみた。
幅は15メートルくらいだろうか。
きっちりレンガがしきつめられており、ここなら騎馬軍団でも行進できそうだ。
外側はわずかに傾斜のついたほとんど垂直といっていい壁で、手がかりなどなにもないから、飛行機やミサイルのない時代にこの壁を攻略するのはさぞかしむずかしかっただろう。
城壁の上から内側の市内を見まわすと、重なりあった2階、3階建ての民家が多く、城壁からだと上から見下ろすような感じになるので、ベランダや屋上に、洗濯物やガラクタが雑然と置かれているのが見えた。
どの家もみな白っぽいホコリにおおわれている。
千数百年はいいすぎとしても、復元された明の大都だった時代から数えて、4、5百年のホコリがつもっているのかもしれない。
近くにあまり檀家のいそうにないさびれた寺院もあった。
現在は集会所か何かに使われているだけのようだから、共産主義の廃仏毀釈のダメージをうけて、そのまま立ち直れていないらしかった。
しかしこんなさびれた寺の境内で、近所の子供が年寄りと遊んでいたのは悪くない光景だった。
城壁のすぐ下ではノミの市が開かれていた。
かなり長い範囲にわたってさまざまな露店がならび、洋服から靴、日常品、書籍、車や電気製品の錆びた部品まで売られていた。
なんとなく戦後のヤミ市をほうふつとさせる光景で、骨董品でもあればおもしろいけど、上から見たかぎりではほとんどが日常品だった。
わたしは城壁の上をとなりにある長楽門へ向かって歩いていった。
ところどころに楼閣がある以外はまったくなにもない城壁の上だから、はるか彼方まで見通すことができる。
周囲17キロといえば短辺はせいぜい3キロプラスのはずだけど、こうして眺めると遠方にはかげろうさえもえている。
西安への旅人は、ヒマな日に弁当でも持ってのんびり1周してみるのもいいかもしれない。
中山門から長楽門へのあいだに、柱や軒が赤くぬられた2階建ての楼閣がふたつあった。
後ろのほうから自転車でやってきた用務員みたいな男性が、カギをあけてそのひとつへ入っていったから、わたしもあとから入ってみた。
ずうずうしく2階まで上がってみた。
中はがらんどうでホコリがつもっているだけだったから、西安が長安だったころ、兵士たちの詰め所かなにかとして使われていたのかもしれない。
先に入った男性は文句もいわずにわたしが写真を撮るのをながめていた。
わざわざわたしのためにカギをあけてくれたのかも。
この楼閣のわきにトイレまであった。
トイレはレンガを組んで溝をつくっただけの簡単なものだったけど、いちおう屋根や壁もあって外から見えないようになっていた。
素材が同じだから城壁と同じ時期(長安の時代?)に造られたものかと思ってしまうけど、女性用まであるところをみると、20世紀になってから観光客のために作られたものではないか。
長楽門はちょうど工事中で、それより先は通行止めになっていた。
わたしはまたぶらぶらと中山門へひきかえした。
わたし以外に城壁の上を歩いていた観光客は、若い中国人のアベックだけだった。
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