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2024年1月15日 (月)

中国の旅/瑞金賓館

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わたしはふたたび、というか、また上海にもどってきた。
わたしの旅はすべて上海を起点にしているので、何回もどってきたのかわからないくらいなのだ。
もう上海はゲップが出るという人がいるかも知れないけど、このときの旅ではまたいくつか特筆しておきたいことがあったので、それだけは書いておく。

西安に行くまけにホテルでシャツを洗濯に出してあったから、駅からタクシーでまっすぐ新亜大酒店に向かった。
新亜大酒店では顔なじみのフロント係に、西安に行ってきましたというと驚いたような顔をしていた。

シャワーを浴びたり洗濯をしたりして、半端な時間だったけど、この日の夕食は例によってとなりの「海島漁村」である。
わたしを日本から来たスケコマシかなんかと思っている愛想のわるいママさんは、店内で仲間たちとマージャンの最中だった。
わたしはすみっこのテーブルで紹興酒(花彫酒)と、イカやナマコのあんかけ料理、ホウレンソウのような野菜の炒めもの、そしてたまにはめずらしいものをということで、魚(マナガツオ)料理を注文してみた。
マナガツオがえらく生臭かったのは、どうも炒めかたが足りなかったようだ。
めったに要望のない料理を注文すると、中国のコックの腕はあまりあてにならないのである。
あとで正露丸を飲んでおくことにして、これ全部で124元。

翌日からはまた特にあてもなく市内をうろうろする。
あてもないのではつまらないから、列車のなかで知り合った張クンに教わった「八宝茶」を探してみることにした。
ふだんのわたしは海外旅行でもあまり土産なんか買わない主義だけど、この旅のまえに病気で入院をして、そのとき世話になった知り合いになにか買っていかないわけにはいかない事情があったのだ。
ついでに肉桂も探してみることにした。
これは会社の同僚たちへのわるい冗談で、木の皮にしか見えないものを土産にしたら、連中がどんな顔をするかと思ったのである。

お茶だから茶屋に行けばあるだろうと思ったら意外とそうではなかった。
ぶらぶらと南京路まで歩いて、そのへんのお茶の専門店に飛び込んでみたけど、八宝茶を置いてある店はなかった。
ある店で、ひょっとしたらあの店ならあるかもといって、別の店を教えてくれた。
場所は西蔵路と金陵路の交差点あたりということだけど、歩いて行くには遠い場所だったから三輪タクシーをつかまえた。

いわれた交差点近くの大きな茶屋にとびこんで、八宝茶はアリマスカと尋ねると、おばさんの店員が、没有(ありません)、いや、待ってよ、あれがそうかなという。
彼女が壁ぎわの棚から下ろしてくれたのは、「三色台」という茶で、パッケージに描かれている絵をみると、たしかに八宝茶と同じようにいく種類もの植物の実が入っているようだった。
ほかにアラビア文字のようなものも書かれていたから、これも西域の特産品なのかも知れない。

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ところで西安では山のように積み上げてあった肉桂の皮が、上海にはほとんど見当たらなかった。
これもやはり西域の特産なのかなと思う。
市場の乾物屋、八百屋、魚屋の露店までのぞいてみたけど、たまたま見つけたそれらしい木の皮は、噛んでみてもあまりニッキの味がしなかった。
西安で噛んだものは強烈な味がしたものだ。
肉桂の本場はやはり西域で、こちらまで運んでくると、途中で味が抜けてしまうのだろうか。

ある乾物屋で尋ねると、これがそうだといって粉末になった「桂皮粉」というものを出してくれた。
なるほど、これも確かにニッキの味がした。
しかしお土産にするなら本物の木の皮のほうがおもしろい。
べつの店では「桂華糖」という妙な袋入りの調味料を出してくれた。
文字だけみるとなんとなく肉桂に関係がありそうな気もするけど、帰国してから中身をあためてみたら、なにかの植物とザラメをまぜたものらしかった。
ニッキの味かしなかったので、わたしはこれをシュガーのかわりにコーヒーに入れて飲んでしまった。
「桂皮粉」も「桂華糖」も、日本でいえばハイミーの小袋くらいの大きさだから、こういう調味料をかたっぱしから集めて研究したらおもしろいかもしれない。
中国三千年の調味料なんてものが見つかるかもしれない。

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こんなふうに三輪タクシーで街をうろうろしているとき、ある場所で「瑞金賓館」というホテルに出会った。
このホテルは租界時代のものであるだけではなく、もともと個人の邸宅だったというので、いつか泊まってみたいと目星をつけておいたものである。
一見したところ、これまで見てきた新旧の高層ビルではなく、建物はれんが造りの2階建てで、生け垣にかこまれた広い芝生の庭があり、ヨーロッパあたりの大富豪の邸宅のようである。
宿泊費が安いならぜひ泊まってみたいホテルだった。
わたしはいっちょう宿泊料金を訊いてやれと思って、ずかずかとフロントに出向き、1泊イクラと訊ねてみた。
フロントには気位の高そうな娘たちがいて、1泊で7、8千円くらいのことをいう。
部屋は空いているというので、わたしは明日出直すことにした。

この夜、新亜大酒店で寝るのにエアコンをかけっぱなしにしていたら、朝になるとかなりひどい風邪をひいていた。
喉がカラカラ、頭がくらくらするので、この日の最初のお出かけが薬屋を探すことになってしまった。
しかし風邪は中国語で“感冒”だから、あまりややこしいやり取りはしないですむ。
強力なドリンク剤とか、漢方薬でもあればいいと思ったのに、薬屋の小姐が出してくれたのは西洋の薬で、12,5元。
一発で風邪のウイルスを撃滅してくれる中国四千年の秘薬でもないかと思ったのに残念。

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薬を飲んだあと、荷物をまとめて、鼻水だらだらのまま瑞金賓館へタクシーをとばす。
瑞金賓館はひときわ長い灰色の塀にかこまれているからすぐわかった。
しかし入口がわかりにくく、門前でわたしが、あっ、ここだというと、運転手が急ブレーキを踏んだので、わたしはおもわず首をすくめた。
後続の車も急ブレーキを踏んだのがわかったから。

運転手を待たせておいて、瑞金賓館で部屋の有無を尋ねると、フロントには例によって気位の高そうな娘たちがいて、何日泊まるのかと訊く。
何日泊まるかは値段によりけりだから、逆にこっちから料金はいくらなんだとやりとりがある。
どうも最高の部屋をあてがおうとしているらしいから、ひとりだから安い部屋でいいというと、安い部屋はああだこうだと揉める。
ちょうどフロントの近くにいた日本人の若者が、みかねて助け船を出してくれ、彼に通訳をしてもらって、350元くらいのシングル・ルームを3泊分予約することができた。

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渡されたカギは1208号室。
荷物を運んでくれたボーイに案内されて、フロントまえの階段をのぼり、2階のおそろしく豪華な部屋のまえを横切り、廊下を右折したすぐ右側の小さな部屋に通される。
建物のわりに小さすぎる部屋だから、かっての召使の部屋だったのかも知れない。
ベッドこそシングルひとつであるものの、それでもバストイレ、テレビもちゃんとついていた。
部屋の明かりが点かないので尋ねると、夕方5時まで電源が切ってあるとか。
しかし宿泊客がいる場合はそのかぎりでないようで、翌日からは昼間もちゃんと点いた。

1208号室のすぐ対面がイタリアかどこかの領事館執務室になっていた。
あまり人が出入りするところを見なかったけど、たまたまドアが開いているとき、室内にその国の特産らしいガラス食器がならべられているのが見えた。
世界最大の購買者にガラス製品を売り込もうというセールスマンが泊まっているのかも知れない。

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ここまでざっとながめてみると、瑞金賓館の内部はほとんど個人住宅のままで、部屋数がずいぶん少ないことに気がつく。
最近の近代的ホテルは、合理性を追求するあまり部屋をこまかく仕切って、同じような間取りの部屋ばかり増やし、檻に押し込められているようなあしらいを感じさせるところが多いけど、瑞金賓館はそうではない。
わたしはフロントまわりの豪華さに感嘆して、それをわざわざ写真に撮っておいた。
暖炉やシャンデリアのある1階フロアといい、天然石をつかっているらしい柱や足もとのタイルといい、外国映画で見る大富豪の邸宅そのものである。
わたしはためいきをついて、こういうホテルを見つけたことを幸運だと思った。

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帰国してからパソコン通信(ニフティサーブのフォーラム)で、上海についていろんな人と話し合ってみたら、ある事情通によると、瑞金賓館はもとは蒋介石の別荘だったそうである。

現在のこのホテルはどうなっているのか、検索するとインターコンチネンタルの傘下に入って、まだそのまま残ってるようだった。
こういう格式のあるホテルは大手のホテル・チェーンが見逃さない。

中国のホテルには、たいてい各階の見通しのいいコーナーに、服務員のつめる服務台があるんだけど、瑞金賓館にはそれがなかった。
わたしは廊下をつたってカギの手にまがった建物のはしまで行ってみた。
そちらの階段は封鎖されていて出入り不能になっていたから、ホテルの客はすべてフロント前の階段を利用して出入りするわけだ。
たいして大きなホテルでもないし、これなら各階に見張りがいなくても防犯にあまり影響はないだろう。

服務台がなくても、服務員はそのへんをうろうろしているから、ランドリーやこまかい注文に問題はなかった。
フロントのお嬢さんたちは生意気だが、服務員たちは概してサービスがいい。
風邪をひいちまってねとぼやくと、ボーイはエアコンのスイッチを示して、これをまわしっぱなしにしないようにと注意をしてくれた。

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荷物を置いてさっそくホテルの庭を歩いてみた。
庭は、こういうのをフランス式庭園というのだろうか、広い芝生のふちをたどっていくとクスノキが葉を茂らせており、上海市の保護樹木とかいう札がかかっていた。
クスノキは何本もあるものの、おどろくほどの大木でもなければ、古木でもない。
それでもこの庭と、それをとりまく環境は上海市内では貴重であり、ここだけは小鳥たちも安心して飛んでいた。

この生け垣にかこまれた芝生の庭に、白いテーブルやブランコなどがおかれていて、女性向け映画の舞台のようである。
あまりにロマンチックな外観なので、このホテルは結婚式の記念ビデオを撮影するのに絶好のロケ地であるらしく、毎日のようにウェデイング・ドレスの撮影が行われていた。

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撮影のようすを近くでながめていたら、カメラマンがわたしのニコン35Tiを見て、いいカメラですねとうなづいた。
さすがである。

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