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2024年2月 8日 (木)

中国の旅/医療事情

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カクさんは共産党員である。
驚くことはない。
カクさんのように地域に貢献した医師なども中国では共産党員に推薦されるのである。
わたしは中国の共産党というものに興味があったので、いい機会だからカクさんにいろいろ質問してみた。
中国では政治家でなくても、有名人であったり、町内会の会長さんであったり、あるいは税金をたくさん収めて国家の経済をうるおした人や、もちろん人口のバランスを考慮しながら、少数民族の代表なども共産党員に選ばれる。
共産党員の権力は絶大なもので、たとえばカクさんがタクシーに乗ると、運転手にすごく威圧的である。
往来の激しい道路のまん中でも平気でUターンさせるし、運賃はいくらと決めて、相手にうむをいわせないから、運転手が気のドクになってしまう。
ほかにもいろいろ特典があって、中国では一般的に警察官や列車の車掌が威張っているけど、それよりさらに一段と上に位置するのが共産党員らしかった。
名字帯刀を許された、むかしの日本のサムライという官職みたいで、金を注ぎ込んでこの地位を買いたがる人もいるらしい。

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わたしは他人の人生のせんさくなど好きじゃないから、カクさんの経歴について詳しいことは聞かなかったけど、文化大革命の余波が静まって、ふたたび社会が落ちついたあと、彼女は学業に専念し、医大の入試でも難関を突破した50人くらいのひとりだったそうだ。
だからこそ、選ばれて日本に研修留学したこともあるのだろう。
本来ならわたしなんぞが足元にも寄れない秀才なんだけど、ここでもたまたま日本人だったわたしの僥倖だったわけだ。

当然の疑問だと思うけど、彼女は独身なのかと訊く人がいるかも知れない。
それについては、結婚はしたけど、現在はバツイチで、娘がひとりいると、このブログではそれ以上個人的なことには踏み込まないのだ。
この項では病院が舞台ということがあって、写真もほとんどないから、洛陽の総括のつもりで、また市内で目についたものの写真をずらっと載せることにした。

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わたしはカクさんの勤務先まで行ったことがある。
ホテルに泊まっているとき、彼女から電話があって、今夜は当直だから病院まで遊びにおいで、おカユを作ったから食わしてあげるといわれたのである。
当直勤務の医師ところへ遊びに行っていいものなのか、病人でもないのに病院でおカユなんかご馳走になっていいものなのか、だいたい当直の医師がおカユなんか作っていていいのだろうか。
疑問は多々あったけど、なにしろ中国のことだからというわけで、タクシーで出かけてみた。
わたしは名所旧跡に興味がないくせに、市場や路地裏や、ロシアではモスクワ大学の学生寮や食堂を見学に行ったくらい、ふつうの人が興味を持たないようなところに関心があるのだ。

彼女の勤務先は洛陽のはずれの、10数階もある大きな総合病院だった。
中国の病院といっても日本とそんなに違わない。
各階にナースステーションがあり、まわりに入院患者の部屋がある。
建物はボロっちいように見えたけど、日本にだってこんな病院がないわけじゃない。

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カクさんの専門部署は11階で、彼女はそのフロアで序列2位というえらい先生である。
2人だけのときはけっこう気安い態度なのに、病院関係者がいるときは、あまり親しい態度をとってくれるなと釘をさされた。
そのうえで後輩の若い医師たちに紹介してくれた。
よくわからないけど、わたしを日本から来た大先生だとでもいっていたのかも知れない。
背広にネクタイでもしめてくればよかった。

宿直室でご馳走になったおカユは、患者からもらった新米で炊いたのだという。
中国では医師の給料も恵まれているとはいえないけど、患者やその身内からけっこう差し入れがあって、少ない給料をおぎなえるらしい。
これがそうといって見せてくれた米は、黒くて胡椒の実のようで、「小米」というのだそうだ。
おいしいでしょうといわれても返答に困る味だった。

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とちゅうでカクさんは呼ばれて中座した。
残されたわたしが手持ち無沙汰に宿直室をながめてみると、汚いベットが2つの小さな部屋で、壁もうす汚れている。
日本の有名な総合病院には比べようがないけれど、わたしの知り合いが日本で似たような病院に入院していたことを思い出した。
そこは入ったら生きて出られないという評判の病院で、つまり死にかけた病人や年寄りを引き受けてくれるということで、それなり存在意義のある病院だったけど、そこがやはりカクさんの病院に似ていた。
いくら立派でも貧乏人を受け入れてくれない米国の病院のようなものは困る。
建物が立派かどうかは、かならずしもよい病院とはかぎらないのである。

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つぎにカクさんの病院を訪ねたのは、ワタシの治療を見たくありませんかと聞かれ、見たい見たいと返事したときである。
彼女はこれから病院の外にある小さな招待所(宿)で、小さい子供に針治療をするのだという。
どうしてそうなるのかというと、中国の一般の人々には、病院への入院は料金が高すぎて不可能な人が多いから、病院のまわりには専用の安宿があって、入院を必要とする患者は、そこに泊まりながら、出張してきた医者の治療を受けるのである。

わたしは実直そうな夫婦に紹介された。
ほかに元気そうな女の子と、母親に抱かれたまだ幼い男の子がいた。
最初はだれが患者なのかわからなかったけど、このときの患者はまだ生まれて4カ月のこの男の子だった。
かわいそうに、生まれるとき難産で医者が強引なことをしたため、首すじの神経を損傷して左腕がマヒしてしまったのだそうだ。
それでも針治療を始めてからほんの少し、腕が曲がるようになったとカクさんはいう。
この幼児の家庭は複雑というか、悲劇的というか、腕がマヒした男の子の前にも2人の兄弟がいたのだが、水難事故にあって2人とも死亡し、親戚から女の子を養子にもらったあとで生まれたのがこのマヒの子だという。

鍼治療というから中国4千年の秘術でも使うかと思ったら、そんなことはなかった。
男の子は母親に抱かれているときはニコニコして元気そうだったけど、この治療は4カ月の幼児には残酷な方法で行われる。
痛くないのとわたしが訊くと、痛いよ、この子はいつも泣いてしまうとカクさんはいう。
男の子の左腕の肩や手の甲まで8本の針が挿入され、それに電極がつながれた。
あまり見ていて楽しい光景ではない。
男の子は泣き出してしまい、この状態が15分ほど続く。
このあいだのカクさんは医師らしい厳粛な顔をしている。

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治療が終わったあと、見学をしているわたしに、この子の親たちに何かいってやってくれという。
わたしにとっては一世一代の大芝居だった。
わたしは夫婦に向かって、自分にも交通事故で腕がマヒした友人がいたけど、熱心にリハビリしたおかげで、いまは普通の人と変わらないくらい回復した。
この子はまだ子供だから頑張ればきっと良くなる。
と、当時のわたしにはじっさいにそういう知り合いがいたので、彼のことを思い出しながら、口からでまかせをならべた。
相手はわたしのことを日本のえらい先生と思っているようだったし、こういうウソならついても罪にはなるまい。
夫婦は感動して涙を流さんばかりで、今度中国に来るときはぜひうちにも寄って下さい、ご馳走をしますという。
そこまでやられちゃこちらも罪の上塗りをするばかりだ。

この家族が泊まっている宿は1日10元だという。
安いことは安いけど、泊まっているあいだは収入がないはずだから、どうやって生活しているのと訊くと、カクさんは、この人たちは農民だから、お米を売った金でここへ来ているという。
わたしは自分の存在の軽さについて考えないわけにはいかなかった。

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とてもいたたまれないので、あとで子供用のタオルを買って、カクさんに、あの腕のマヒした男の子に上げてほしいと頼んでおいた。
針治療を受けていた宿は通風が悪く、子供がじっとり汗をかいていたのを見ていたからである。
やさしいのねとカクさんはいっていたけど、しかしわたしはこの農民夫婦をあざむいたことにいささか罪の意識もあった。
彼らに再会することはないだろうけど、貧しい人たちが、うちで御馳走しますといってくれた好意を思うと、わたしはほんのわずかな贖罪をしたにすぎない。

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先に中国の病院の粗末さに触れたけど、改革開放政策は順調に進展しているようだったし、いつの日にかこの国にももっときれいな病院ができるに違いない。
病院がきれいになり、医師の給料も上がるのはけっこうだけど、同時にわたしが見てきたような医師と患者のこころのつながりが消滅してしまわないか、アメリカのように貧乏人にとって、入院がますます縁の遠いものにならないか、そっちのほうが心配だ。

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