2024年3月
2024年3月31日 (日)
2024年3月30日 (土)
ご招待
「NATO首脳会議に岸田首相を招待」
これは今日のネットニュースの見出し。
ソースは日本の右翼の産経新聞。
アメリカからも国賓待遇で招待されていたっけねえ、最近の日本の首相のもてること。
みなさんもわかっていると思うけど、西側のなかでゆいいつ無傷で、経済順調な日本に、なんとかウクライナ戦争の肩代わりをしてもらおうと、NATOもアメリカも必死なんだよ。
岸田クンも現状では気が重いだろうけど、幸いなことに彼はもはやレームダックだ。
台湾有事で味方してやんないぞと脅迫されて、おかしな約束をさせられても、日本の首相が入れ替われば、約束はぜんぶガラガラポンでチャラ。
つぎの首相が平和的な人ならいいけど、その候補者ってのがたいていは好戦的ってのが難だな。
かりに立憲民主が政権をとっても、彼らも外交では岸田クンと同じことをするに決まっている。
「止めてとまらぬ再軍備」と、それまでにウクライナ戦争が終わっていることを願うよ。
わたしは世界から誤解されているプーチンの味方をしているだけで、日本人の将来まで責任をとるほど長生きできない。
日本の若者が戦場に行くのを見ないですむだろうし。
張本人
モスクワの乱射事件について、昨日のNHK時論公論で、ロシア特派員だった石川一洋サンが論評していた。
わたしはさぞかしロシアに友人知人が多かっただろうに、ロシア通だということで、いいようにNHKに利用されているこの人に同情してたんだけどね。
もう同情はやめます。
昨日の石川サンの言い分を要約すると、乱射事件はIS(イスラム国)のテロで、ウクライナは関係ないというもの。
その理由をいろいろと述べていたけど、こんな発言があった。
ISが金のためにテロを実行したことはない。
しかし今回の実行犯は金をもらって事件を起こしたと白状したそうである。
これではまたわたしが、絶好の謎解きミステリーとして考察してみないわけにはいかない。
わたしの大胆な推理はこうだ。
うしろで糸を引いているのはもちろんウクライナ、いや、そのさらにうしろにはアメリカがいるに決まっている。
ISがやったと主張しているのは、いまのところアマークという通信社だけで、この通信社はISと関わりがある“とされる”というわけのわからん通信社だ。
だいたい本家のISは、アメリカの攻撃によってほとんど壊滅状態になったのに、石川サンはそのことにはひとことも触れてない。
やっぱりISが狙うのはロシアでないと都合が悪いんだろうね。
このあいだまで世界を震撼とさせていたISについて、もう忘れてしまった人がいるようだから説明してみよう。
その成立や構造なんかはウィキぺディアを参照してもらうとして、世界を相手に戦争を挑んだひねくれ者集団だ。
イスラム教徒を名乗っているけど、捕虜の首を切り、その場面をテレビ中継するのが彼らのやり方で、意見が合わなければ同じイスラム教徒でさえ容赦しなかった。
その残忍さは東西を問わず両陣営から危険視され、けっきょく有志連合、とくにアメリカの攻撃が大きく、彼らは地の果てまで追いつめられ、やがて殲滅させられていった。
これが砂漠の蜃気楼のように消えたIS(イスラム国)の興亡記だけど、もう忘れてしまったかい。
有志連合には英国もフランスもトルコもシリアも参加していたから、ISが狙うべきはロシアではなく、本来なら最大の功労者だったアメリカなんだよ。
テロの実行犯はタジキスタン人だという。
タジキスタンは貧しい国で、その国民の多くが同盟国のロシアに出稼ぎに出ている。
実行犯にウクライナ人を使うのはまずいから、金で釣れそうな人間を探すとなれば、ロシア国内で自由に行動できて、ロシアの官憲から警戒されてないタジキスタン人が候補になってもおかしくない。
うしろで糸を引く張本人がアメリカだとしても、ロシア国内にだってプーチンに反感を持つオリガルヒの残党も多いのだ。
テロリストの募集や武器の調達はそういう連中の仕事に違いない。
アメリカは事前にテロの危険を予告したという。
親切そうな顔をしているけど、いまアメリカがロシアを利するようなことをするはずがないから、具体的なことはなにも知らせず、あとになってISが実行犯だったことにするための布石だったのだろう。
昨日はアメリカからカービー補佐官が出てきて、証拠を示さないまま、ウクライナは関係ないといっていた。
関係ないなら黙っていればいいものを、なんでそんなことをわざわざ米国がいうんだよ。
田舎芝居にしたっておかしすぎると思うでしょ、アンタも。
2024年3月29日 (金)
ホウキグサ
まだかまだかと首を長くして見張っていたホウキグサ。
今年はなかなか芽が出てこない、寒いせいかなと思っていたら、今日、ようやく花壇のあちこちで新しい芽を発見。
奇しくも去年も3月29日に発見していたから、植物の体内時計の正確さに感心してしまう。
去年はおととしよりもたくさんの種をばらまいたので、無事に育てば今年も花壇はホウキグサの森になりそう。
種をまいたといっても、枯れた枝をそのまま地面に埋め込んだだけだから、しめしめ、お金をかけずに花壇の花を咲かせようというわたしの作戦は順調のようだ。
まっ黒け
ロシアであった乱射事件で、犯人たちはウクライナではなく、ベラルーシに逃走していたという報道がある。
プーチンの言い分とベラルーシのルカシェンコ大統領の言い分が食い違っているから、プーチンがウクライナを首謀者と疑うのは間違っている。
ざまあみろといいたいらしいけど、これはたんなるロシア嫌いたちの憂さ晴らしに過ぎない。
いったいどうして犯人たちはベラルーシへ逃げようと思ったのか。
ベラルーシはロシアの同盟国だから、首尾よく国境を越えたとしても、すぐにとっ捕まってロシアに引き渡される。
これではなんのためにそっち方向に逃げたのかわからないではないか。
ロシアを敵対視するテロリストなら、ウクライナに支援されているかどうかは別にしても、むしろウクライナへ逃げ込むほうが理にかなっている。
いったいなぜ彼らはベラルーシにと、この程度でも客観的に考えないで喜んでいるのはどういう連中か。
物事はつねに自分の頭で考えてみることが必要だ。
だいたいIS(イスラム国)が犯人なら、彼らは米国のおかげで殲滅させられたといっていいのだから、その米国と代理戦争を戦っているロシアには感謝状を発行してもいいんじゃないか。
最初からちょっとおかしいと考えなくちゃね。
なりふり構わずに、やれることはなんでもうやろうと悪あがきをしているのがいまのウクライナだ。
どう見てもこの事件ではまっ黒け。
大切なのはこういうふうに論理的に考えることなんだよ。
2024年3月28日 (木)
本日のデタラメ
『プーチン大統領の側近ら、ウクライナ関与の証拠ない』
これは例の銃乱射事件についての、今日のネットニュースの見出し。
へえ、いまの時期にプーチンと反対の見方をする側近てだれだいと記事を読んでみたら、具体的な名前はなくて、“政権に近い複数の幹部”としか出てなかった。
こういうのはたいていデタラメである。
根拠?
2、3日経ってから、続報があるかどうか確認してみるんだね。
発信元はというと、アメリカのブルームバーグ通信で、それを日本のTBSが引用したものだった。
恐ろしい。
というのは、ブルームバーグもTBSも、この戦争が始まるまえまでは、それなり知られた有名なメディアであったことだ。
それがまるで3流メディアのように世間にデタラメをふりまく。
ウクライナがほんとうに優勢なら、公平で客観的な報道に徹していればいいのに、結果を見るとつねにロシアの勝ちだ。
こちら側の報道はみんなそんなものだと思って、西側にいるわたしたちは特に注意をしなければいけない。
わたしが見たところ、ウクライナ戦争は最終局面に入ったようで、ウクライナの兵士たちは満州の原野で、ロシアの戦車に狩られる関東軍のような存在になっているようだ。
こちら側のマスコミはどこも戦争をやめさせようとせず、ただもっとやれ、もっとやれと煽るだけ。
どうしてだれも彼らを救ってやろうとしないのだろう。
どうして。
警告
近いうちにテロを計画しているアナタ。
ロシアでやるのだけはやめた方がいいぞ。
とっ捕まったあと、野郎、仲間がいるだろ、吐け、さっさと吐きやがれってことでボコボコにされる。
罪のない市民を140人も殺しても、まだ犯人の人権がどうのこうのと寝ボケたことをいってくれるのは日本ぐらいのものだ。
アメリカ? フランス? 英国?
あのへんじゃ問答無用、その場で射殺だよ。
命あってのものだねだな、ホント。
やるならなんたって平和ボケした日本にかぎります。
2024年3月27日 (水)
河野太郎くん
政治家は国民に迎合するものである。
迎合しなければ、彼はつぎの選挙で落っこちて政治家ではなくなるのだから、それもやむを得ない部分もあるけど、これでは世間のアホの顔をうかがうばかりで、信念をもった政治家なんぞ生まれようがない。
河野太郎さんという政治家がいる。
なんだかよく知らないけど、ネット上に彼をけなすサイトが多いようだ。
そういうサイトを読んでみると、例によって自分の主張と相容れないからケシカランということらしい。
またわたしの反骨精神がむずむず。
とりたてて太郎くんに義理やしがらみがあるわけじゃないけど、わたしって世間のみんなが横並びで支持するものはキライという性格なのよね。
そういう変人だから、変人同盟の小泉もと首相を、既得権益を破壊することに一定の成果を果たしたと、おおいに支持していたこともある。
いまになって小泉首相をあげつらう人は多いけど、大半は結果論で、なにもやらないよりマシだとは考えないのだ。
河野太郎くんも変人同盟の会員らしい。
まえの政治家のあとをなぞっておけば間違いないという現首相や外務大臣を見ると、こんなことでいいのかと日本の未来に憂国の念を禁じ得ない。
必要なのは、どっぷりとぬるま湯につかった世間に反抗する精神だ。
プーチンのつぎは太郎くんの応援にまわるから、世間のボンクラどもは覚悟しとけ。
ああ、でもわたしってあと何年生きられるのかね。
詐欺師
昨夜のNHK国際Nで、バイデン政権のLNG(液化天然ガス)輸出の凍結が取り上げられていた。
詐欺師バイデンさんの面目躍如というところだ。
一国の大統領を詐欺師呼ばわりはひどいかも知れないけど、バイデンさんだってこれまでロシア大統領を、極悪人だとか虐殺犯だなどと、デタラメで罵倒していたんだからかまわんだろう。
彼がなぜ詐欺師なのか。
大統領になるまえは温暖化阻止だなんて、環境保護に熱心な若者の票をとりこんでおいて、なったとたんに豹変し、あとはもっぱら兵器産業などから献金目当ての政策ばかり。
詐欺師というのが人をだますのが商売だとすれば、バイデンさんにはその資格がありすぎるくらいある。
それがここにきて、LNG輸出の凍結だ。
LNGというのはメタンを排出して温暖化を増長させるというので、環境活動家たちから目のかたきにされているエネルギーだ。
それを凍結するということは、バイデンさんはふたたび温暖化阻止に舵を切ったのか。
んな馬鹿な。
大統領選挙が迫り、どうもトランプさんに負けそうというので、あわててまた活動家の若者票を取り込むつもりだと、これはNHKの米国特派員も証言していた。
つまり状況によってころころと立場を変えていたわけだけど、これではアメリカのLNGをあてにしていたヨーロッパや日本から苦情が出るし、ウクライナ問題で同盟国からの支持も得られなくなる。
考えたバイデンさんが、相反する両方をだまくらかそうとして思いついたのがこの手だ。
選挙が終わるまでは若者たちに美味しいことをいい、文句をいう各国やLNG製造企業には、ちょっとだけ、選挙が終わったら(またオレが大統領になったら)すぐに凍結は解除するからと、こっそり耳打ちする。
詐欺師としては幼稚な手法だけど、これでもだまされる人がいるから不思議。
まだバイデンさんは詐欺師ではないという人がいるかね。
2024年3月26日 (火)
焼いたタマネギ
今日はノーテンキな話題。 今日はひとつ、酒のつまみに焼いてみることにした。 その後の熱いうちにお醤油をたらたらと垂らして食べる。
テレビ(NHK)を観ていたら、ニンジンやタマネギは焼いて食べると美味しいらしいことがわかった。
ニンジンはぬか漬けの材料にするし、タマネギは刻んで野菜炒めの材料にしたりするけど、この歳まで“焼く”という発想はなかったねえ。
いちばん外側の皮をむき、まっぷたつにしたやつをアルミホィールにくるんで、ガスコンロのオーブンで・・・・
何分ぐらい焼けばいいんだ?
で、5分、10分、15分と小刻みに焼いて、焼き加減を調べてみた。
まっぷたつにしたタマネギだと、15〜20分は焼き入れが必要なようだ。
味はどうか。
わたしの味覚を信頼されても困るんで、美味い不味いはいわないけど、個人的には山のキャンプにでも行ったつもりになればご馳走の部類。
またそのうちやってみよう、つぎはニンジンもやってみようという気持ちになるわサ。
また安い酒のつまみを発見したような楽しい気分だ。
スパイイルカ
先日のNHKのCOOLJAPANシリーズで、動物と触れあえる日本のいろんな場所や施設を、外国人はどう思うかという内容をやっていた。
日本人は当たり前だと思っている奈良のシカや、温泉に入るサル、動物カフェが人気だそうで、なかなかおもしろかった。
これとは別に、「ひとりぼっちの“スパイ・イルカ”」という番組があって、ノルウェーで発見されたシロイルカが、体にカメラ装着用のハーネスをつけていて、それがロシア製だったから、ロシアのスパイとして訓練されたイルカだろうと決めつけるものがあった。
こんな目立つイルカを秘密工作に使う馬鹿はいないから、これはまあ、NHKもジョークでいってるんだろうと思う。
番組でノルウェーの人たちは、このイルカを野性にもどして、北極海の本来の生息地に返そうといろいろ苦心する。
ところが飼われていた期間が長かったらしく、人間に慣れすぎていて、どうしても人間の近くから離れようとしないのだそうだ。
わたしはペットに対しても、ペットにはペットの分際があると、世間とは異なる考えをする人間だから、観ていていろいろ考えさせられた。
シロイルカというのは愛嬌のある表情をしているものだから、つい感情移入して、賢いなあと感心してしまうけど、ロシアで飼われていたものが、ノルウェーで人気者になる。
だれにでも尻尾をふるイヌが番犬に使えないように、このイルカもあまり利口じゃないようだ。
それでも人々はこのイルカの世話をやきたがる。
これは偽善じゃないのか。
水族館の動物を野性にもどそうという広範囲な運動なら、とくに反対する理由はないけど、この番組のように、特定の、ある1匹を野性にもどそうというのは褒められたことではない。
自然界はきびしいもので、どんな動物でも生きていくのは簡単じゃないのだ。
彼が餌を捕まえられるかどうかも定かじゃないし、警戒心を忘れた動物は、あっという間に捕食者(イルカならシャチのような)に食べられてしまう可能性もある。
こういう場合ムリに野性に返すより、水族館のようなところで保護して、ずっと人間と触れあえるようにしたほうが、彼にとっても幸せなんじゃないか。
2024年3月25日 (月)
全力捏造
見れば見るほど捏造としか思えないモスクワの銃乱射。
夜のNHKニュースに実行犯とされる4人組が出てきたけど、聖戦士ならもっと毅然としているところ、なんだかみじめな浮浪者にしか見えない。
そりゃ拷問にあってしぼられたあとだ、嬉しそうな顔もできまいという人がいるかも知れない。
しかし彼らはタジキスタンの出身者で、タジキスタンというのはひじょうに貧しい国だとNHKがご丁寧に解説していた。
これなら切羽詰まって報酬に釣られる人間も多いだろう。
しかもあとが悪いや。
すぐに米国のハリス副大統領が出てきて、ウクライナに疑惑が向かないように、犯人はIS(イスラム国)に違いないとダメ押しつき。
なにがなんでもISのせいにしようと、NHKもロシアとISの不仲を熱心に説く。
ロシアはISの弱体化に貢献したことがあるというんだけど、いちばん貢献したのはアメリカだ。
アメリカの本格参戦、空爆などがISを壊滅させたといっていい。
イスラエル問題もあって、現在ではイスラム各国のロシアを見る目も変わっているのに、それはまったく無視。
こうやって襲撃をISの仕業にしようと血まなこになること自体が、そのままウクライナの仕業という証明になってないかね。
翔平クン
大谷翔平クンが、明日、自分で記者の質問に答えるといったそうだ。
なにを答えるのか、みんなが興味津々だけど、届かないのを承知でわたしのアドバイス。
正直に答えるんだね。
これまでの経緯をみると、通訳の水原クンがギャンブルで膨大な借金をこしらえ、その返済を懇意にしていた翔平クンに依頼し、翔平クンもやむを得ず肩代わりしてやったという、それ以上でも以下でもないようだ。
知っていて肩代わりをしたのなら、翔平クンはギャンブル協力者ということで、司法で裁かれるという人がいるかも。
しかし裁かれるのがイヤだからといって、知らなかったで押し通し、水原クンにすべてをおっかぶせたらどうだろう。
おおかたのファンはわたしと同じ見方をしているだろうから、あいつは裁かれるのがイヤで友人を売ったと思うんじゃないか。
逆に正々堂々と話せば、あいつはヘタすると出場禁止になるにもかわらず、友人を裏切らなかった。
オオタニは正直だ、友人に裏切られた被害者だということで、司法も極端な裁きはできないんじゃないか。
わたしがむかし読んだ本には、アメリカ人は世間体のいい人よりも、正直な人間を好むとあった。
しかもあの国は、国民を扇動して議事堂を襲撃させたもと大統領でさえ、国民の支持があれば裁きに躊躇する国だ。
国民が圧倒的に支持する選手を、法律をたてにとって裁くなんてことはできまい。
かりに裁かれて、最悪の場合なんらかの懲罰をくらったとしても、翔平クンのファンはけっして彼を見捨てないだろう。
わたしは正直に話したほうがいいと思うけどね。
アマーク通信
やっぱりでっち上げだな、ロシアの銃乱射事件。
じっくり考えてみた、毎日がヒマだから。
手まわしよくアマーク通信というところが、犯人はIS(イスラム国)だといって、実行犯4人の顔写真まで公開した。
ところが覆面をしているうえに、ボカシが入っていて、犯人の顔はわからない。
ロシア当局は実行犯とされる4人と、11人の容疑者を拘束したといってる。
実行犯はこの4人のことなのか、べつにいたのか。
アマーク通信が報じた実行犯が拘束された4人のことなら、ロシア当局はきびしい尋問で、とっくに素性を見抜いているだろう。
テレビにはロシア当局に拘束された実行犯の映像も出てきたけど、狂信的なイスラム教徒ならなんでおめおめ捕まったのか。
だいたいアマーク通信というのはいったいなんなのか。
NHKにいわせると、ISと関連のある“とされる”通信社だそうだ。
こういう事件が起これば、フツーはISの本家が戦果を誇るはずなのに、いまだにオレたちがやったと言っているのは、この通信社の報道だけだ。
さらにこの通信社にいわせると、「攻撃はイスラム教徒と戦う国とのあいだで激化する戦争を背景に起きたもの」ということである。
これはイスラエルのことをいってるのか。
だとすればイスラエル問題に口をはさまず、パレスチナに同情的なロシアが攻撃されるいわれはない。
キリスト教徒の国ならどこでもいいとしても、それなら英国でもフランスでもドイツでもいいはずなのに、どうしてたまたまいまの時期にロシアなのか。
事件のあとプーチン大統領が長時間すがたを現さなかったというのは、このへんをじっくり確認していたのだろう。
どっちにしたって、こんなヤケクソの襲撃が戦況に影響を与えるわけがなく、困窮するウクライナの現状を炙り出しただけだ。
プロパガンダだとすればあまりに幼稚なので、追い込まれているのはNHKもいっしょである。
2024年3月24日 (日)
またネットニュース
『対応遅くプーチン氏に批判』
これは時事通信発のネットニュースの見出し。
銃の乱射事件のプーチンの対応が遅かったと、“一部で”批判が出ているのだそうだ。
大統領選では連日のように顔を出していたのに、乱射事件では発生のあと、19時間も姿を現さなかったのがケシカランという。
このアンポンタンめ。
事件の詳しい調査もせず、ウクライナが背後にいると思っても、無責任な発言や対応策をとるわけにはいかない。
まっとうな国家の指導者なら、確認に時間がかかるのは当たり前だ。
それなのに、またしても英国BBCや、独立型ジャーナリストの言い分を丸呑みにして、政権の対応を疑問視しただと。
わたしなんか、へえ、まだロシア国内に独立系ジャーナリストが無事でいるのかと、そっちのほうに感心してしまうワ。
『U23ウクライナ代表の監督がロシアの五輪出場に反対』という報道もあった。
政治的な目的に使われるからというんだけど、アンタにいわれたくないね。
自分たちはとっくに政治利用してるじゃないか。
え、こっちは日刊スポーツの記事。
こういうものをいちいち引用すんなよな。
ロシアの事件
モスクワの乱射事件について、また露ウの言い分が食い違っている。
こういうときはわたしのミステリー解釈の出番だ。
ロシアは、ウクライナが背後にいる。
テロ犯たちが西方(ウクライナ方向)に逃走したのがその証拠だ、あらかじめ国境を越えるルートを用意してあったのだろうという。
これに対してウクライナは、戦争を正当化するためにプーチンが特殊部隊に命じて仕組んだ事件だ。
国境には地雷が敷設してあって、おいそれと通過できるものじゃないという。
これにさらにISが出したとされる犯行声明が加わる。
とりあえず事件直後のヒントはこれだけだとしたら、はたしてどっちの言い分が正しいだろう。
まずいちばん確実なところで、“プーチンが特殊部隊に命じて仕組んだ事件”というのはあり得ないだろう。
ロシア軍は攻勢を続けており、いまさら戦争を正当化する理由はないし、そのために自国民の多数を殺傷することも考えられない。
つぎに国境を越えるルートというのは、ウクライナ側の言い分が正しいかもしれない。
現状では国境は露、ウクライナ双方が厳重に警戒していて、地雷が敷設してあるというのもそのとおりかも知れない。
しかしこれには問題がある。
現実にウクライナに味方するロシア自由軍の越境攻撃はひんぱんに起こっているから、その気になればルートを作るのはそんなにむずかしくはなさそうだ。
しかもテロリストたちが雇われた者たちだとすれば、ウクライナはそんなゲリラを無理にかくまう必要もないわけで、彼らが国境までたどり着いたら、待っていたのはウクライナ軍の十字砲火だったということもあり得るのだ。
どちらにも利害を持たない(どちらにも利害を持つ?)ISの仕業というのはどうだろう。
今回の事件では“アラーのほかに神はなし”という合言葉も発せられてなかったみたいだし、現場で憤死する者もおらず、全員が車で西方に逃走した。
ちょっと死を恐れない盲目的イスラム教徒の仕事とは思えないんだよな。
だいたいアメリカが事件のまえにロシアにアドバイスしたというのも怪しい。
近いうちにISの攻撃があるぞと、いかにもイスラム教徒の仕業に見せかけるために、あらかじめ仕組んだ事件じゃないのか。
これについては、その後犯人たちが検挙されるという新しいヒントが出てきた。
イスラム教徒なら死を恐れずに死ぬまで抵抗しただろうし、ただのならず者ならそのうちの何人かは取り調べに口を割るだろう。
ISの仕業かどうかは続報を待てばよろしい。
事件の全体を俯瞰していえるのは、現在の戦況ではロシアにこんなゲリラ攻撃を仕掛ける必要はないのに対し、ウクライナにはなにがなんでも、どんな手を使ってもプーチンを貶めたいという理由がある。
ウクライナを忘れられては困るという事情もある。
冷静客観的に考えようよ。
冷静客観的な人と思っていた橋下徹クンまでプーチン非難の口調だけど、ゲリラというのはつねに警戒の手薄なところ、相手の油断していそうなところを狙ってくる。
アメリカだってまさかと思っていて同時多発テロをやられたくらいだし、国家にはテロ攻撃から国民を守る義務があるといって、プーチンを責めるのは酷だろう。
わたしはロシアびいきだから、この考えに賛同してもらわなくてもかまわない。
そんなことはないといえる人がいたらコメント欄で反論をどうぞ。
2024年3月23日 (土)
同罪
「戦地向かうウクライナ兵が『結婚』決断のわけ」
これは日テレのニュースサイトの見出しだけど、ウクライナの戦況はますます終戦直前の日本に似てきた。
日本も特攻隊の隊員を結婚させてから戦場に送り出した。
彼らにせめて結婚を体験させてやりたい、子孫を残す機会を与えてやりたいというシンセツだったのかも知れないけど、初夜が明ければそのまま地獄が待っていたというわけだ。
そんなものを美談のように報じるのはやめろ!
特攻隊もウクライナの兵士も、なにがなんだかわからないうち、これが愛国だと思わされて、気がついたらあの世だったのだ。
彼らも彼らの青春も2度ともどってこない。
ゼレンスキーさんは戦争をやめたら責任をとらされる。
プーチンみずからが手を出さなくても、ウクライナ国民の総意で彼の処刑は間違いない。
どうせ死ぬなら国民を道連れだと、このへんも日本の軍人たちとおんなじだ。
こういうことをいちばんよく知っているはずの日本の首相は、まわりの顔をうかがうだけで、率先して戦争をやめさせようとしない(率先しようと思えばその資格はあったのに)。
首相だけじゃない。
おもしろがって戦争を煽り立てていた日本のメディア(特にNHK)、国民も同罪だ。
2024年3月22日 (金)
ウィキに注意
ウクライナ戦争ぐらいNHKの欺瞞をあぶりだしてくれた事件はないね。
なにをいってるんだ、あそこはもともと国策会社だ、おまえが知らなかっただけだという人がいるかも知れない。
いや、そりゃ多少は知ってましたよ。
しかしここまでひどいとは思わなんだ。
たまたまわたしがプーチンの個人的ファンで、ウクライナ戦争を最初からロシア寄りの視線で見られたのがNHKには不運だったのかも。
戦争のまえまではわたしもそこまでとは思わなかったんだけど、この戦争がNHKの欺瞞をはっきりさせてくれたということだよ。
わたしがプーチンを尊敬する理由はたくさんある。
彼は大統領になると、オリガルヒたちの、いっしょに金儲けをしましょうや、わたしらも儲けるかわりあなたにもたっぷり献金しますぜ、アメリカ大統領を見なさい、だれでもやってることでさあという誘惑をすべて断ち切り、自分はロシア国民を幸せにするために大統領になったのだといって、彼らを刑務所に叩っ込んだ・・・・
という記事を書くために、ウィキペディアの「腐敗認識指数」というページを参照してみた。
これは世界各地の政治家や役人がどのくらい腐敗しているかをランキングにしたものだったけど、これを見てあきれてしまって、記事の内容を“ウィキに注意”というものに急きょ変更することにした。
このランク表によると、ロシアは180カ国のなかで136番目になっていた。
数字が増えるほど腐敗がひどくなるということだから、ロシアの清潔度は上から数えて136番目だということである。
これはまあ、ランクを決める人の立場(西側か中立公平か)によって、上りもすれば下りもするのだろう。
しかしウクライナがロシアより上の122番になっていたにはたまげた。
ウクライナの腐敗度はヨーロッパでも最悪というべつのランクも見たことがあるし、だいたい腐敗がひどすぎて、これまでずっとNATOにも加盟できない国だったじゃないか。
わたしの想像では、かりにロシアが腐敗しているとしても、ベラルーシやカザフスタンと同列あたりにいるはずである。
この両方の国は独裁といわれる大統領が統治する国で、構造的にもロシアに似ているといえなくないのだから。
ところがベラルーシは82位、カザフスタンは102位なのだ。
もうこれだけでウィキのこのランクが、デタラメということが確実になってしまった。
ちなみに日本は18位で、香港は12位だ。
昨日のNHKニュースにも、香港はいまだに独立した自治体であると思っている報道があったけど、香港は特例として認められているだけで、いまではれっきとした中国の一部なんだからね。
じゃ中国はとながめてみたら、66位だった。
中国が66位なのに、その一部である香港がなんで12位なのか。
もうワカラン。
そこでウレしがっているあなた。
ウィキペディアというのは誰でも書き込めるもの、あとから上書きできるものということを忘れてはいけませんよヨ。
ランクが真実かデタラメかどうかは、表の中のあなたの得意分野を注視すればわかるものだ。
2024年3月21日 (木)
賭け事
今朝の地震には驚いたけど、NHKにはそれ以上の激震。
開幕したばかりのMLBで、さあ、今年も精一杯の大谷翔平の中継をするぞと張り切っていたら、水をぶっかけるようなスキャンダル。
出る杭は打たれるものだから、だれかにチクられたんじゃないかと疑い深いわたしだけど、午後になったらSNSもこれ一色になった。
それにしても一平クンも情けない。
無事に翔平クンの通訳に甘んじていれば、それだけで球史のかたすみに名を残すことも可能だったのに、自らまいた種で名誉も高給も棒にふった。
と、わたしがあまり興味のないことを書くのは、スポーツ嫌いのわたしだって、このくらいのスキャンダルは知っているぞのつもり。
だいたい体育会系って博打の好きな人が多いんだよねと書こうとして、思いとどまった。
文化系だって石川啄木や中原中也なんか、横に大金を置いておいたら博打につぎこみかねないし、北杜夫サンも一攫千金の株にのめりこみ、坂口安吾や菊池寛だってけっこう好き者だったという噂もある。
むかしは飲む、打つ、買うが男の甲斐性という時代もあったのだ。
人間なんていずれも同じで、軽々しくそれを分類できるもんじゃない。
え、わたし?
はい、博打も女もアルコールもやらない(縁のない)つまんない男でござんす。
他国の文化
NHK-BSの「世界ふれあい街歩き」に中国のシルクロードが出てきた。
わたしはちょうどブログでシルクロードの連載をしているときだから、最近の敦煌の映像を観られるのではないかと、期待して観た。
ちょっと雰囲気が違ったねえ。
敦煌の町はわたしが行ったとき(1997年)よりは変わっていたけど、走っている車なんか見ると、現在の最新のものとは思えない。
ひょっとするとと思って、録画してあった敦煌の出てくる古い「ふれあい街歩き」を観てみたら、案の定この映像を編集しなおして、新しいシリーズに見せかけたものだった。
いまのように目の色を変えて中国にケンカをふっかけている状態では、中国は日本(NHK)の番組取材を許してくれないのではないか。
うーんと考えてしまうけど、もしかするとわたしたちは、中国の文化や歴史に触れる機会を自らの手で封印してしまったのかも知れない。
中国はなにもしてないのに、ただ一方的に日本はアメリカの肩を持ち、あらゆるでっち上げで中国を敵対視する。
台湾をおびやかしているって?
ただ台湾はウチの領土だといってるだけで、口でいうだけなら、日本だって70年も北方四島はウチのもんだといってるよ。
他国の文化に触れる機会をみずから失わせる。
これの損失はどのくらいのものだろう。
先日のNHKはチャイコフスキー・コンクールに入賞したピアニストまで動員して、ロシアの悪口をいわせていた。
彼女はロシア人の教師に教えを乞うたことがある人だから、ロシアに恩義を感じていていいはずで、本来ならこういう立場でNHKに出てくるべきではなかった。
利用できるものはすべてプロパガンダに使うというなら、これだけ見ても汚職大国ウクライナの勝ちはないことがわかる。
スラブ人の文化のなかには、クラシック音楽やバレエのように、他国を寄せつけない素晴らしいものがある。
肩をいからせて戦争に突き進むほうが、若者たちからそういうものを観る機会を失わせるよりもマシだというんだろうか。
相手が憎らしいからといって、その文化まで否定するような欺瞞はいいかげんにやめてほしいね。
他国の文化を享受することのできたわたしの世代は、そのうち死に絶えるだろうけど、コロナ騒ぎのとき、「山川異域 風月同天」という漢詩をそえて、中国と日本が医療品やマスクを互いに融通しあったという、あまり知られてない美談をなつかしく思い出すよ。
2024年3月20日 (水)
またあしやさん
またロシア人ユーチューバーのあしやさんが、プーチンをけなしているよ。
選挙の結果がおかしいと、まったく日本の安っぽいプロパガンダそのまんま。
彼女が日本に帰化したくて、日本人に媚びるという事情はわかるけど、ロシア人しか知り得ないことをいうならまだしも、日本のナニモノかに言わされているとしたら、彼女にとっても悲劇だ。
そもそも彼女のような個人をかつぎだそうという時点で勝負はあったんだ。
戦争が終わったあと、蝙蝠のようにどちらにもくっつくということで、日本人はだれも彼女を相手にしなくなる。
お願い、誰か彼女に忠告してやって。
日本の事情
問題の上川おばさん、今度はアメリカで宇宙空間の平和利用などを定めた「宇宙条約」についてあれやこれやと。
宇宙空間や地球の周回軌道上に、核兵器を配備しないようにとの決議案を提出するっていうことで、へえ、おばさんにしては上出来じゃんと思ったら、やっぱり裏があるみたいだな。
ロシアや中国のほうが先にそういうことをしそうなので、いまはそんな余裕のない米国が、また日本を仲間に引っ張り込んで、あらかじめ制約を課しておこうということらしい。
日本は西側の輝ける星だよ。
岸田クンを国賓待遇で招待ってことは、アメリカもさぞかし頼りにしてるんだろうねえ。
その岸田クンは来月、日米にフィリピンを招いて、安全保障の連帯強化会談をするそうだ。
どうも放っておくとフィリピンもBRICSに加盟してしまいそう。
これはマズイというんで、中国と比が領海問題で揉めているのを幸い、なんとか西側に引きこもうという算段。
比は東南アジアのなかでは米国に近い国だけど、最近の途上国はインドを見習って、どっちつかずの曖昧な態度を見せ、どちらからも頂けるものは頂くという国が多いからご注意。
2024年3月19日 (火)
筋萎縮症?
最近というか、考えてみるとかなり以前からなんだけど、体調が良くないね。
いや、高血圧なら20年もまえから異常高血圧だから驚かない。
部屋にいるときや散歩をしているとき、ときどき上半身、下半身の一部に力が入らなくなって、若いときなら簡単につまめたかものがつまめない、歩くと足に力が入らず、ロボットみたいな歩き方しかできない。
ほとんどの場合5分か10分で収まるし、痛いとか痒いということはないから放ってあるけど、これって筋萎縮症の前兆じゃないのか。
筋萎縮症ってご存知の人もいるだろうけど、徐々に体の筋肉が動かなくなり、最終的には植物人間になって死ぬという、現在の医療では治すことのできないコワイ病気だ。
病院に行けって?
すこしまえに胃がおかしいというので診察に行って、それは精密検査までやって異常なし。
結果を聞きに行ったおり、じつはと話してみたら、相手も商売だ。
いちどの診察代でふたつの病気の面倒はみられんよと(いうことらしく)、ぜんぜん相手にしてもらえなかった。
もういちど新規の診察を申し込むのもバカバカしくなって、そのまんまなんだけど、でも考えてみると筋萎縮症は、どっちにしても老衰で死期の近いじいさんには好都合かもね。
病状はゆっくり進行するらしいから、いよいよダメとなったら、動けなくなるまえに人生をリセットすればいいし、やりたいことをやって、美味しいものを食べて、貯金も使い果たして、義理を欠いている知り合いたちとサヨナラパーティもできる。
家族も家屋敷もないわたしの場合、未練があるとすれば、ウクライナ戦争の行く末を見極められないことと、連載途中の中国紀行が途中で断絶することぐらいだけど、プーチンの勝利は動かしようのないところまで来たようだし、紀行記のほうは膨大な量なので、どっちにしても最終回まで命が続かないだろう。
ほかにこの世に未練なんてさらさらない。
もうやけっぱちでこのまま放っておくことにした。
2024年3月18日 (月)
恐れいりますが
えー、恐れ入りますが、いささか弁解を。
わたしの部屋のデスクトップ(Windows)がいかれました。
デスクトップがいかれても、MacのノートやiPadがありますんで、ブログの更新ぐらいはできます。
ただし、不定期に連載中の中国紀行はそうはいかない。
続きを書こうとして旅のメモを参照しようとしたら、メモは古い記事(27年まえ)なので、ぜんぶワープロソフトの「一太郎」で書いてありました。
一太郎はMacやiPadには入れてないので、これでは読み込めないんだよね。
あわてて、安物だけど、新しいパソコンを注文したので、それが到着して一太郎環境が復活するまで、中国紀行はお休みします。
そのあいだ何をするかというと、そりゃもう徹底的なNHK非難と、ロシア擁護の文章を書くに決まってます。
パソコンは東南アジアあたりで組み立てて、船便で届くらしいから、いつになるかサッパリなんだけどね。
プーチンの5選が確実で、彼の任期は2030年までだという。
旧ソビエト以来もっとも高い得票率だそうだ。
そりゃそうだ。
現在のロシア人にしてみれば、西側からよってたかっていじめられているときだ。
おらが大統領を守らねばということで、過去には投票に行かなかった人まで、今回は出かけた可能性があり、国民がそうやって一致団結することは容易に想像できた。
つまり西側メディアは、プーチンをけなすつもりで、じつは応援してしまっていたのだよね。
欧米からまっとうな選挙ではないといういちゃもんもたくさんあったけど、どれもこれも難癖にしか思えない。
実例を挙げよう。
ネットには銃を持った兵士が投票所を監視している映像もあって、ロシアは投票用紙を1枚づつチェックしているなんていう人もいたようだけど、こんなご時世だ。
いつ汚職大国ウクライナの、選挙妨害が入らないともかぎらないのだから、武器を持った兵士が監視するのは当然じゃないかい。
だいたいこの映像については、そのサイトの運営者自身が、汚職大国ウクライナのプロパガンダだろうと言っていた。
英国のキャメロン外相は、汚職大国ウクライナ領内の選挙では、独立した監視団もいなかったと文句をいう。
いなかったわけじゃないんだよ。
OSCE(欧州安保協力機構)に不信感をもつプーチンは、英国の参加こそ認めなかったものの、日本の監視は受け入れるつもりでいた。
だから日本はロシアに監視団を送ることもできたんだけど、おわかりでしょう?
ヘタすると選挙が公平なものであったことを、日本が保証することになってしまう。
それがイヤで、自分の意思ではなにひとつできない日本は、みずから参加を取りやめた。
監視は断るくせに、結果にはいちゃもんをつけるのだ。
ああ、素晴らしきかな、JAPAN。
『プーチン氏は永遠の統治望む独裁者』と、これはゼレンスキーさんの捨てゼリフ。
おっしゃいましたね。
汚職大国ウクライナの大統領選挙は公平にやれるのかどうか、日本が、いや、世界が監視団を送るかどうかチェックしよう。
汚職大国ウクライナの大統領選挙も、本来なら今月のはずだよ。
すぐに政権のボロが出て、トップが交代の西側から見ればうらやましいことだろうけど、当選してもプーチンには満足ではない。
なんとなれば彼は一時的な栄誉や、私利私欲のために大統領をしているわけではなく、ロシアの未来を案じているからだ。
ロシアはつねに西側からの脅威にさらされていて、ヘタな人間にあとを継がさせたら、ロシアもまた汚職大国ウクライナのように、オリガルヒに食い物にされた破綻国家に転落しかねない。
ロシア国民もそのことをよく理解していて、もしもプーチンの身になにかあったらどうしようと不安にかられていることだろう。
プーチンにできることは残りの任期のあいだに、民主的でまっとうな後継者を育て、ロシアを西側の圧力から永久に解放することだ。
それはとってもむずかしい。
アメリカや日本の例を見ても、金儲けの誘惑に勝てる人間など、ざらにいるわけではないのだから。
もっともプーチンがそこまで心配してやることはないかも知れない。
そのころには世界の勢力図は、彼の予想もしてないくらい変貌していて、アメリカは内戦で分裂・没落し、ロシアは日本と組んで大国の中国と相対している可能性もある。
んなバカなだって?
わたしは人間には未来が予想できない、ということを例えているだけなんだよ。
支持率
プーチンが快勝したそうだ。
投票率や獲得票の数については情報が錯綜していて、とくに西側とロシアの発表数が食い違うのは当然だから、正確な数字は把握しにくい。
しかし民主主義的にいえば、たとえ51パーセントでも勝ちは勝ちだ(アメリカを見よ)。
マスコミ(とNHK)やSNSにはくやしそうな負け惜しみが並んでいるけど、そんなことよりバイデンさんや岸田クンの心配をしてやったほうがよい。
今日のネットニュースじゃ自民党の支持率は67パーセントだそうだよ、いや、間違えた、これは不支持率だった。
さぞかしプーチンがうらやましかろ。
国民のために汗をかいた者と、お金儲けに汲々とした者の違いはこういうところに現れるのだ。
昨日のNHK
昨日のNHKニュース。
ロシアの大統領選挙も終わったみたいだけど、プーチンが勝ったのが気にくわないらしく、出口調査で当選確実なんて報道がないねえ。
ナワリヌイさんの奥さんはまだロシア国内にいたのかな。
投票に行かないように呼びかけていたけど、それで無事でいられるなら、ロシアが非情な抑圧国家という説も怪しくなるド。
NHKもつらいところで、反体制派のプロパガンダや選挙妨害を報じれば報じるほど、ロシアにも反対意見があるのか、そういう人が刑務所にも入らずに抗議できてんのか、アメリカや日本と変わらない国じゃんと思われてしまう。
投票箱に墨をぶちまけたり、投票所に火炎瓶を投げて抗議する人たちが、いいタイミングでカメラに捉えられて、西側の報道番組に出てくるというのもどこかやらせみたいだし。
投票最終日に有権者が行列を作ったって、そんなもの、プーチンを支持しない20%のロシア国民や、日本にもいるでしょ、抗議行動に動員されてくるアルバイトのデモ隊が。
そういう人たちを並べるだけで、いちおう行列はサマになるし、プーチンにとっては、汚職大国ウクライナとの戦争が、ますます西側との対立構造を鮮明にし、愛国者のロシア人を団結させ、自分への支持を盤石なものにしたと思ってるんじゃないか。
赤根智子おばさんの報道はもうやめてくれんかね。
SNSには本職の弁護士という人が、プーチン指名手配はもっともだと屁理屈をならべている映像があったけど、戦場は危険だからと一時的にロシア国内に避難させておいて、親があらわれたら返すことのどこが誘拐になるのか。
ロシアにすれば手配されたからやり返しただけで、赤根おばさんはプーチンに狙われるほど大物じゃないでしょ。
彼女が命の危険を感じているなんてオーバーに騒ぐのを聞くと、こっけいな田舎芝居を見せられているようだ。
ようするに話題作りね、汚職大国ウクライナが忘れられないようにとの。
2024年3月16日 (土)
中国の旅/蘭州
蘭州の駅に降り立ったわたしは、異様な雰囲気に息をのんだ。
駅前はこれまで見てきた中国の街と同じように、どこかやぼったい雰囲気はあったものの、ほかに特に変わったところがあるわけではない。
わたしが気がついたのは、広場のあちこちに、白い帽子の集団がたむろしていたことである。
これはすべて回族(中国のイスラム教徒)で、べつに通勤通学のサラリーマンや学生ではなく、昼間から用事もないのに集まっている人たちらしかった。
風貌はふつうの漢族と変わらない中国人だから、白い帽子をかぶってなければ回族ということはわからない。
西安で回族の居住区を見たことがあるけど、あそこでは回族は特定の範囲内にかたまって生活していたのに対し、ここでは街全体が、まるでカルト宗教に乗っ取られたみたいだった。
蘭州は回族の街だったのだ。
わたしはこれまで洛陽から鄭州、開封まで、徹底的に黄河にこだわってきたけど、たいていの場合それは車で行く郊外にあった。
しかし蘭州では黄河はほとんど街のまん中を流れているといってよい。
川が先にあったのか、街が先にあったのかと問えば、まあ、川があってそのまわりに自然発生的に街が形成されたんだろうけど、蘭州について詳しいことはまたウィキペディアを参照のこと。
ウィキは97年にはまだなかったし、わたしもじっさいに行ってみるまでなにも知らなかったのだから、エラそうなことはいわないけど、蘭州は当時でも高層ビルが立ちならぶ大都会だった。
いまでもたまにメールをくれるわたしの中国人の知り合いはここに住んでいて、わたしはその後、この街に何回も行っているのである。
蘭州ではあらかじめ調べてあった金城賓館というホテルに行ってみることにした。
ちなみに“金城”というのは蘭州の古い雅称で、日本の奈良を斑鳩というようなものらしい。
と思っていたら、じつはこの名前のホテルは北京にもあるし、広州にもあって、中国では固有名詞ではなくほとんど普通名詞。
それも同系列のチェーンホテルというわけでもなく、いまのところ本家争いも起きてないようだった。
駅から北に向かって大通りがのびていて、金城賓館はそれをまっすぐ2、3キロ行ったところにあった。
駅からタクシーに乗って7元だったから、歩いても行けない距離ではないので、わたしはあとでじっさいに歩いてみた。
金城賓館は高層の建物で、なかなか立派なホテルだった。
フロントで1晩いくらと訊くと、4種類くらいの料金を示した。
高いほうの2種はスィートだったから、安いほうの2種のうち、見栄をはって高いほうを選んだ。
385元(5千円くらい)だから、このていどの見栄ではまだ日本の民宿より安い。
部屋は3階の331号室で、窓の下に花壇があり、きれいな花が咲いているのが見えた。
さらに視線をずうっと遠方に持っていくと、駅の方角になり、その先に山がそびえているのが見える。
この山は蘭山で、全体が公園になっており、歩いても登れるし、歩くのが嫌いな人はリフトに乗って山頂まで行ける。
ホテルの写真を撮ってなかった。
じつは今回のわたしは荷物を軽くするために、カメラはニコンのコンパクトカメラである35Tiしか持参しなかったのだ。
おかげで交換レンズやストロボも不要になったのはいいけど、よっぽどおもしろい写真でないと撮りこぼしが多くなった。
中国旅行も最初のうちは、ナショナル・ジオグラフィックに投稿するぞと、リバーサルフィルムまで持ち込んだのに、そんなことをしたら帰国後に現像代で破産することがわかってしまったのだ。
ネットで探してみても、金城賓館の全景をとらえた写真が見つからず、やっと見つけたのがこんな小さなもの。
おかげでホテルの細かい部分が思い出せない。
蘭州ではべつの機会に泊まった蘭州飯店や天馬大酒店のほうがはっきり記憶に残っているんだけどね。
金城賓館ではまずシャワーを浴びることにした。
中国の鉄道に1日ゆられると体中がススぼけた気分になってしまう。
バスルームの見た目は悪くなかったけど、排水が不調で、不要の水が栓を抜いてもいつまでたっても出ていかない。
見えないところで手抜きをするのは中国人の悪いクセだ。
ついでに下着の洗濯もした。
洗濯物は洗面台でゆすいだけど、こんどはこの栓がきっちりはまって抜けなくなってしまった。
若い男性服務員においおいと訴えると、やっこさん、部屋の備品の中から小さな針を持ち出して奮闘してくれた。
洗濯ずみのパンツや靴下を部屋中の突起物にひっかけ、ようやく落ちついて外出しようという気になる。
蘭州に到着したのは中国時間で19時ごろだったけど、こちらでは時差の関係でまだ明るい。
体感としては、こちらの夜の7時が、日本の夕方5時という感じだ。
洗濯を終えたころ、ようやく日はとっぷり暮れた。
ホテルの前で軽タクシーをつかまえて駅まで走らせる。
駅前で市内の地図を売っている店を探してみたら、ようやく見つけた店では、店員がごそごそやって、何かボールペンの書き込みのある古い地図を出してくれた。
どうも誰かが使用したもので、売り物ではなかったらしい。
それでも2元だというから、わたしは無抵抗でそれを買い込んだ。
日本人は職人の腕は確かだけど、売ったり買ったり売りつけられたりでは、とても中国人やユダヤ人にかなわないのである。
このあとホテルにもどるつもりで、駅前の大通りをぶらぶら歩く。
蘭州は甘粛省の省都なので、この通りには甘粛省の最高学府である蘭州大学もある。
ホテルの近くには、路地に屋台をならべた食堂街があった。
いい匂いにつられてここで晩メシを食っていくことにした。
白い帽子の回族の若者の屋台で、まず串に刺した羊肉4本(1本1元)を食べて、これは日本でヤキトリというんだよとつまんないうんちくを述べる。
つぎに近くのこぎたない食堂に入ってみた。
べつの席の女の子が食べていた、見るからに辛そうなスープの中の餃子が美味しそうだった。
あれは鄭州で食べて味をしめた酸辣湯に餃子を加えたものではないか。
それをぜひ食べたかったけど、言葉の齟齬もあって、皿に持られただけの水餃子を出されてしまった。
このときわたしが食べたのは“大肉餃子”というものだそうで、ビールこみで8元くらい。
帰りに屋台の八百屋で、最近日本でも見かけるようになった、果物のライチを買って、これが29元。
ぼられたような気がするけど、ライチは中国語で“茘枝”といって、かっては楊貴妃も愛したという貴重な果物だそうだ。
このころはまだ日本でも珍しかったので、わたしは部屋で食べるつもりで、両手いっぱいに買い込んだ。
これで晩メシは終わりである。
この程度の浪費じゃ、金がいつになっても減らない。
昨日と今日のNHK
NHKのニュースを観ていたら、速報が入ってきた。
なんだ、ついに賄賂大国のウクライナが降伏したのか、ゼレンスキーさんが民衆にしばり首にでもされたのかと思ったら、オデッサがロシアのミサイル攻撃を受けて死者が15人出たとか。
また賄賂大国のウクライナ自身が発信源の速報だよ。
え、真偽のほどを確認したのか、速報だなんてずいぶん手まわしがいいじゃんか。
とっくにマクロンさん本人が否定している「NATOのロシア攻撃は排除されるべきではない」という発言はいつまでもしつこく報じるくせに、本来なら速報するべきだったV・ヌーランドおばさんの辞任は報じない。
これ以上他国に侵攻するつもりはないと断言するプーチンの発言も報じないし、長期的にじっくり確認できるプーチンの人気にはいやみをいい、モスクワ特派員を動員してロシアの選挙結果に難癖をつけさせる。
昨夜は由井秀樹サンが、ロシアの侵攻におびえる周辺国の話題を取り上げていたけど、プーチンが政権をとってからもう20年だ。
他国に侵攻する気があるならどうしてこれまでやらなかったのか、これからやるというならそのときプーチンはいくつになってるんだ。
もうヤケクソみたいな偏向報道に怒りをおぼえてしまうけど、NHKが“軍事侵攻をしたロシア”という言葉を枕詞みたいに使うから、わたしもこれからは“賄賂大国ウクライナ”という言葉を枕詞にしよう。
文句のある人は自分で調べてみればよい。
ウクライナがワイロ漬けの破綻国家であることは、周知の事実だし、知らなくても調べればわかることだ(日本では報じられないだけで)。
ところでわたしの部屋では、デスクトップが昇天したみたいだね。
ヨワッタ・・・・
2024年3月15日 (金)
昨日のデタラメ
Wedgeという雑誌がネットでひどいことを書いていた。
「ウクライナ侵攻に反対する勢力を徹底的に排除した今回の選挙が、ロシアの民意を正しく反映しているとは言いがたい」
「筆者のロシア人の知人は『実際は、国民の4割はウクライナ侵攻に反対している。ただ、調査では本当のことを言えないだけだ』と打ち明けた」
「なぜ多くのロシア人が今でもプーチン氏を支持しているのか。それは、簡単に言えば、恐怖とプロパガンダ、そして貧困が理由だ」
書いたのは黒川信雄という人だけど、この人はこういうことを本気で信じているのだろうか。
現在のロシアがかってのソ連やいまの北朝鮮と同じような国だといいたいのだろうか。
黒川サンはプーチンが恐怖とプロパガンダで支配しているというけど、その一方で臆面もなく死んだナワリヌイさんを引き合いに出している。
生前のナワリヌイさんが市民のまえでプーチン反対のスローガンを叫べたのはなぜか(ナワリヌイさんの奥さんはいまでもロシア国内で反プーチンを叫んでいる)、プーチンは彼の影響力を恐れたというけど、恐れたということは選挙が公平に行われている証拠じゃないのか、そもそも彼は病死だったとウクライナでさえいってるじゃないか。
ナワリヌイさんの裏の顔についてはさまざまなSNSが情報を上げていて、逮捕されたのも彼が一線を越えた可能性があるのに、黒川サンがそういうことはぜんぶ無視するのはなぜか。
これでもジャーナリストか、ただの煽リストじゃないのか。
Wedgeという雑誌という雑誌について調べてみたら、JR東海出版社の刊行物だそうだ。
なんで鉄道会社が政治に鼻を突っ込むのか知らんけど、ビジネスマンを対象にしたジャーナル誌とあるから、週刊現代や週刊ポストと同レベルの雑誌らしい。
批判ということを知らず、組織に従順で、ただ世間の常識に忠実なだけの本だ。
ロシアの大統領選挙が始まって、NHKの偏向・欺瞞も気狂いじみた盛況だ。
徴兵されるのがイヤで他国に出国した若者を引っ張り出して喋らせていたけど、ロシア国民のなかにそんなものを信用する人間がどれだけいるか。
わたしが見たって、プーチンは公明正大で、だれに恥じることもない愛国者だ。
国民の支持70~80パーセントというのはだてじゃないんだよ。
西側の一員である日本が彼を支持しないのはかまわない。
しかしデタラメを並べて相手を誹謗中傷するのはヤメロ。
ロシアの若者がウクライナほどひどい状態に置かれてないことは、いまだにロシア娘たちがぞろぞろ日本にやってくることからも明らかだ。
ほかに汚職大国ウクライナを支援する方法がないからといって、みっともなくて見てられないワ。
昨日のNHK
日本ではパーティ券がどうの、キックバックがこうのと国会が紛糾しているけど、パーティを資金源にしてない政党ってあんのか。
してない政党があるとすれば、やっても人が集まらない弱小政党だな。
国会で攻めるほうも守るほうも、いつかどこかで見たような景色で、猿芝居を見せられているよう。
札幌じゃ同性結婚が認められたって、当事者のオンナの人が涙を流して大喜び。
そんなの勝手にしたけりゃすればいいだけで、わたしゃだれがだれと結婚しようと文句はいわんよ。
堺市では保育士が集団退職だって。
パワハラってそんなにひどいのか。
わたしが自衛隊にいた若いころなんか、甲板整列と称して、しょっちゅう先輩にいじめられたもんだけど、最近の若いモンは人生に耐えるということを知らんのか。
集団で退職するくらいなら、集団でサディスト上司を吊し上げればよさそうだけど。
どうでもいいことで、いちばん大きいのが米国のTikTok問題だ。
中国をいじめるということでは、アメリカはもう血まなこになってるねえ。
前にも書いたけど、こういうアプリって利用者が自分の意思で選ぶもので、いちばん便利で人気のあるものが自然にマーケットを制する。
政治家が、まして資本主義の盟主を任ずる米国の政治家が、いちゃもんをつけるスジのものじゃないね。
中国製だから米国の情報が中国に筒抜けになるというなら、マイクロソフトもグーグルも米国製じゃないか。
わたしの情報なんてESTA(電子渡航認証システム)でとっくにアメリカに筒抜けだわさ。
ロシアじゃ今日から大統領選挙だそうだ。
ほい、もうそんな近くか。
西側が結束してプーチンを敵対視すれば、ロシア国民も結束するし、ますますプーチンの人気が高まるだけなのに。
むしろプーチンが、いまかりに死んだりしたら、ロシアはどうなるのかと心配する国民のほうが多いだろう。
こういう報道ばかりしてるってことは、NHKは日本政府に忖度してるのか、ヒマなのか、それとも気が狂ったのか、こちらは手がつけられないところまで来てるね。
もうわたしも連呼してしまうワ。
プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ! プーチン頑張れ!
野田順子(NHKモスクワ特派員)ひっこめ・・・・
2024年3月14日 (木)
ご注意
ロシアや周辺国に散らばって、反プーチン活動に専念している活動家は注意をしたほうがいい。
大統領選挙のまえに、影響を恐れるプーチンに暗殺されるから?
そうじゃない。
ウクライナや西側の暗殺者に狙われるからだ。
なんで反ロ、つまりプーチンの敵対者が西側に狙われるんだと訊く人がいるかね。
まだわかってないのか。
バイデンさんやトランプさんより、圧倒的に国民に支持されているプーチンが、どうしてそんな泡まつ活動家の影響を恐れる必要がある。
しかし西側にとっては、プーチンをおとしめる絶好の機会だ。
いまなら反ロ活動家の誰かを暗殺すれば、世間のボンクラはみんなロシアがやったと思うだろう。
ナワリヌイさんの取り巻きのひとりがリトアニアでぶん殴られたという。
なんで殴られただけで済んだのか。
ロシアは悪らつだと印象を与えればいいので、まだこの先に使い道はあると踏まれたんじゃないかね。
2024年3月13日 (水)
中国の旅/渭水にそって
列車は洛陽の駅を定刻の21時13分に発車した。
ここに洛陽が出てくるのは、また女医のカクさんに会う予定があったからで、それはすでに書いたから、この旅は洛陽を出発するところから始めよう。
わたしが軟臥車(1等寝台)の自分の個室にたどりつくと、その入口に3人の女性が立っているではないか。
若い女性たちならハーレムになるところだったけど、みなおばさんたちで、中のひとりは白人だった。
そしてひとりだけ英語と日本語の話せるおばさんがいた。
わたしは(外国映画によくあるように)礼儀正しく自己紹介をして、ワタシひとりが男ですけど、同室してかまいませんかと挨拶した。
かまいませんよと、みなさん一致した返事である。
日本語の話せるおばさんに聞いたところでは、彼女は中国人、白人女性は彼女の兄嫁で、もうひとりのおばさんは関係ない1人客だという。
もう夜だったし、あまり話をするのもはばかれたので、わたしはさっさと上段寝台で、頭のすぐ上にある扇風機に吹かれたまま横になった。
おばさんたちはみな、まだ夜の明けきってない4時ごろ、西安で下りていった。
白人女性が小さな声でわたしにバーイという。
わたしも予定していた言葉を小さな声で投げかける。
ボン・ボャージュ。
彼女たちが下車したあと、2人連れの男性が部屋に入ってきた。
天水まで行くそうだけど、相手が男なので、わたしの役者きどりもそこで終わってしまった。
西安を過ぎるとわたしにはまったく初めての土地ということになり、わたしのシルクロードの旅は、実質的にここからがスタートである。
ここでこの旅についておおざっぱに説明しておくと
今回の旅の目的地は新疆ウイグル自治区のトルファンだった。
当時はトルファンが旅行雑誌などで“夢のトルファン”と称されていたから、わたしはぜひそこに行ってみたかったのである。
しかし諸般の事情から、まずシルクロード鉄道の終点であり、新疆の省都でもあるウルムチまで行ってしまうことにした。
ウルムチからトルファンまでは列車でせいぜい3時間だから、引き返すのはそれほどむずかしくないのである。
この旅も最初は上海に泊まった。
上海からウルムチまでは、列車で4000キロちかくあって、これは東京から鹿児島までのほぼ3倍ということになり、ノンストップで行っても3日以上かかる距離だ(ただしこの区間にはその後高速鉄道ができて、現在は42時間で行けるらしいから、これはあくまで1997年当時の目安)。
わたしには洛陽で女医のカクさんと会う予定があったし、それ以外にも列車に乗り続けというのも気が利かない話なので、途中で何ヶ所か寄り道をして行くことにした。
西安を過ぎてほぼ1日行程の場所に甘粛省の省都である蘭州があり、そこからまた1日行程には、莫高窟で有名な敦煌がある。
そういうことで、わたしは蘭州と敦煌にも寄って行くことにしたのである。
洛陽から蘭州までの列車料金は・・・・メモを確認しようとしたら、保証金を200元取られたとしか書いてなかった。
上海から洛陽までが400元ぐらいだったから、たぶんそれと同じぐらいだったと思う。
このときの人民元レートは、えーと、日本円で3万円を両替したら、2100元プラスになった。
旅慣れたつもりのわたしは、もういちいち細かい金に拘泥しないから、必要ならみなさんで勝手に計算してほしい。
朝8時に列車のなかで目をさますと、山あいの小さな駅だった。
どんよりした曇り空で、このときわたしは丸首のシャツ(『欲望という名の電車』でマーロン・ブランドが着ていたやつ)だったけど、それでちょうど心地よいくらいである。
朝食は餐車に行って、お粥とパン3コ、ハムエッグをとった。
食事をしながらながめると、列車の左側を大きな川が蛇行しながら流れている。
これは黄河ですかと訊くと、コックやウェイトレスがいっせいに違うと答えた。
あとで調べたら、渭水(いすい)だとわかった。
黄河の支流で、このあたりでは長江、黄河のつぎに有名な川であり、中国の歴史書などでよく目にする名前である。
西安を出たらすぐに砂漠になるのかと思っていたけど、予想に反して行けども行けども山あいの景色だった。
中国の川は東に流れるといわれ、わたしは西に向かっているのだから、とうぜん川と反対向きである。
そのうち列車はどこかの駅で停車して、しばらく動かなくなってしまった。
わたしは停車中に用便をすませたけど、これは本来は禁止行為である。
正規の停車駅ならトイレに鍵がかけられてしまうはずだけど、臨時停車だったので車掌が忘れたらしい。
おかげでお腹がすっきりし、現在のところ旅は快調である。
列車は両側に山のせばまった谷間のようなところを行く。
山にほとんど木は生えておらず、段々畑が天に近いところまで刻まれている。
耕して天に至る、貧しきかなとつぶやき、その荒々しい景色から、まるで列車でいく“三峡下り”だなと思う。
わたしは窓ガラスごしではなく、じかに写真を撮りたいから、どこか開く窓はないかとあちこち探してみた。
その結果、右側の場合は部屋から出てすぐまん前の通路の窓の上部、左側は洗面所の窓が少し開くのを発見した。
あまり清潔じゃないけど、そうはいってられないので、わたしはときどき窓からカメラを突き出して、シャッターチャンスをうかがった。
10時半ごろ鉄橋を渡った。
川は右側になった。
5分後にまた川を渡った。
川と線路はゲームをしているように、ときどきお互いの位置を変える。
あちこちでわびしい集落を見たけど、そのまわりだけは緑が濃く、果樹園がたくさんあった。
いったい何が取れるのかと、じっと目をこらしてみたものの、ウメのサイズの青い実がちらりと見えただけだった。
山はどこまでも続く。
ひとつ山をすぎると、その向こうからまた新たな山塊があらわれる。
どこまで行ってもどこまで行っても同じ褐色の大地だ。
山肌につづれ折れの細い道が通じているけど、あまり登山家の食指をさそう山には見えない。
あの山のてっぺんまで農作業に行くとしたら、このへんの農民はそのたびに登山をしているようなものだから、みんな足が丈夫になってしまうなと思う。
川岸にヤナギやアカシア、ポプラなどが並んでおり、じっと目をこらすと青い葉が風になびいているのがわかった。
ときどき大きな村や小さな集落を通過して、広場で市場が開かれているのが見えたりする。
農作業にいそしんでいる農夫たちは、大きなおとなは大きなワラ束、小さな子供は小さなワラ束を運んでいた。
線路ぎわでウシに餌の草を刈ってやっている少女もいれば、子供たちが畑の中でとっくみあいをしているのも見た。
微笑ましく、どこか郷愁をさそわれる景色だ。
町が見えてきたと思ったら、12時54分、列車は甘谷という小さな町に停車した。
列車が停車するとワッともの売りが集まってくる。
ただしそれはほとんど硬座の客が目当てで、わたしの車両のほうにはやってこない。
それもそのはずで、1等車の客はほとんどいないのに、2等車ではすべての窓から客が顔を出して、弁当や惣菜、果物などを買い求めるのだ。
甘谷をすぎた列車は、まだ青々とした麦畑のあいだをゆく。
西に進むにつれて麦はどんどん若くなって、まだ穂も出ていない畑さえあらわれた。
野菜の手入れをしている農民の姿がぽつんぽつんと見える。
昼ごろ車掌から“健力宝”という缶ビールを買う・・・・と思ったら、これは甘ったるいジュースだった。
缶のパッケージがなんとなくバドワイザーに似ているのでビールだと思ってしまったのだ。
13時40分ごろにまた餐車で昼メシにしたけど、このころから外では雨が降り始めていた。
メニューがないからと、服務員が紙に書いてくれた料理が5つほどあって、そのなかからニラと豚肉の炒め物、なんとかいう麺にビールを頼んだ。
厨房は汚いけど、まもなくいい匂いがただよってきた。
麺は薄味でいただけなかったけど、炒め物のほうはまあまあ。
猪八戒を思わせる服務員がやけに愛想よく話しかけてくる。
まあ、飲めよと調子をあわせていると、やっこさん、勤務中なのに平気でわたしのビールを飲む。
腹の中でうんざりして、いくらと訊くと食事のトータルは46元だった。
餐車の服務員は男女7、8名いて、みんな愛想がいいけど、よってたかってむしられたみたいな気がする。
16時ごろ外をうかがうと、窓の外にはあいかわらず荒涼とした山が連なり、かたわらを濁った渭水が流れている。
単純な色彩の中で、まだ青々とした麦だけが、遠い山塊に美しい縞模様を描いている。
軟臥車のなかでは車掌以外の往来が少なくなって、ひょっとすると軟臥車の客はわたしひとりになってしまったかも知れない。
窓のすきまから侵入してくる風が冷たく、雨はまだ降っているようだから、これではわたしの西域のイメージとだいぶ異なるんだけど。
大きな煙突から煙をはいている、わりあい近代的な工場のわきを通ったら、その近くには、まっ黒な顔のヒツジの群れを追う人がいた。
通路側の窓から菜ノ花畑が見えて、これはこの地方が洛陽より寒いということだろうと思い、わたしはトレーナーを引っ張り出した。
雨は蘭州に着くまえに上がるかもしれない。
時刻は18時半だけど、曇り空であるにもかかわらず、まだけっこう明るい。
考えてみれば、東京と北京で1時間の時差があるとすれば、東京と蘭州では2時間の時差があるかもしれない。
蘭州の手前で通路側の窓から見ると、いつのまにか、これまでよりずっと水量の多い濁流が線路のすぐ横を流れていた。
車掌に訊くと黄河だという。
山の向こうに蘭州の街が見えてきた。
近ごろのNHK
中国でEVが売れている。
と書くと、中国の電気自動車なんて欠陥車だ、まだまだ日本という壁はとうぶん破れるはずがないという人が大勢いるだろう。
しかし、たとえば中国が、技術力では日本に勝てないから、それなら我々は車ほんらいの役割に徹して、移動するための道具と割り切ろう。
なにも1番でなくてもいい、2番や3番を目指そう。
と考えたらどうだろう。
日本は政府が音頭をとって、わざわざ車メーカーの仕事を邪魔する国だ。
メーカーがやっとの思いで開拓した販売先を、相手に経済制裁を与えるためという名目で、みんな捨ててしまえと命令する国だ。
命令なんかしていない?
ツーといえばカーとなるのが日本なんだよ。
暗黙のうちに忖度させるのが日本の政治というものだ。
おかげで日本車メーカーは、せっかく販売網を整備した中国やロシアから手を引かざるを得なかった。
それで中国が困るだろうか。
遅れてやってきたマイカーブームで、車を欲しがる国民が億単位でいる国だ。
国内需要だけで食っていける国なんだぞ。
しかも日本が撤退したおかげで、ロシアでのシュアまでみんな中国に持っていかれる。
理由もわからない制裁より、逃した獲物のほうがずっと大きいじゃないか。
昨夜はテレビを点けたら、ちょうどNHKが時論公論をやっていた。
録画しておけばよかったけど、何がなんでも中国をけなそうという内容で、もはや気が狂ったとしかおもえなかったね。
辻褄を合わせるためにウソをついたら、それでボロが出て、さらに辻褄を合わせるためにまたウソをつく。
そうやってウソにウソを重ね、終いには自分の首がまわらなくなる、そんな感じだったよ。
わたしはNHKのニュースのうち、5時、7時、12時、19時、21時からのニュース9、ほかに由井秀樹サンと別府正一郎サンの国際放送を毎日欠かさず録画してるんだが、ウクライナ戦争の趨勢を左右するビクトリア・ヌーランドおばさんのことが、いちども報じられないじゃないか。
彼女がやめさせられたのか、辞任したのか、決めるのはNHKであってもかまわないけど、ぜんぜん報じないってのは、それでも放送局なのか。
ローマ法王でさえ、いいかげんにあきらめなさいとウクライナに引導を渡しているのに、NHKはまだなんとかなると考えているようだ。
いまのアメリカのていたらくに気づいて、ヨーロッパももう腰が引けてるし、台湾もそのうち中国とおだやかに統一する道を選ぶかも知れない。
するともう台湾有事も持ち出せない。
日本だけで中国を相手にしたって勝てるわけがない。
はい、ここで文章の冒頭にもどって、堂々巡りをすること。
2024年3月12日 (火)
中国の旅/絲綢之路
司馬遼太郎の書いた文章のどこかに、なんで日本人はそんなにシルクロードが好きなんですかと、中国人がおどろく場面がある。
生まれてこのかた、シルクロードに親戚もいないわたしには、なんでと聞かれてもわからないけど、個人的なことをいわせてもらえば、スウェーデンの探検家スウェン・ヘディンが書いた「さまよえる湖」の影響かも知れない。
これは第1次世界大戦から2次世界大戦にかけてのころ、ヘディンが現在の中国の新疆ウイグル自治区を探検した紀行記で、夢と冒険(と妄想)に明け暮れていた青少年のわたしの胸を激しく揺り動かしたものだった。
ヤルダン、メサといった砂漠の地形や、タマリスクという植物名などは、この本のせいでいまでもよくおぼえている。
もうひとつシルクロードにあこがれる原因をつくったのは、映画「アラビアのロレンス」かも知れない。
何度も観ていると鼻につく場面があるけれど、そういうものを超越して、とにかくロレンス映画で素晴らしいのが雄大な砂漠の景色だった。
かげろうのもえる砂漠の彼方から、ラクダに乗った黒ずくめのアラビア人がやってくる。
映画史に残る名場面といえる。
けっして冒険家を名乗るほど肉体派じゃないけど、ロマンチストで空想好きなわたしは、砂漠の国へ行ってみたくてたまらなかった。
わたしの中国の旅を追うこの紀行記は、1992年の江南地方をまわる団体旅行から始まって、蘇州や無錫、西安、洛陽や開封を通過して、とうとうシルクロードをのぞむ位置にまでやってきた。
わたしは西安にいるとき、ここから先がシルクロードなんだという気持ちをかたときも忘れたことがない。
考えると、それまで体験してきた中国の旅は、これすべてシルクロードの旅のための足慣らしだったかも知れない。
海外旅行をしたこともないわたしは、外国ですんなり宿を見つけられるのか、すんなり列車の切符が買えるのか、そういうものをゆっくりと確実にクリアしてきたのだ。
洛陽、開封からもどって半年ほどあと、わたしは銀行へ行って貯金を下ろした。
そんなにしょっちゅう中国旅行をするほど金があったのかいという人は、わたしの中国紀行の冒頭の辞を振り返ってほしい。
わたしはあいかわらず独身で、世間から頼りにされていない生活をしていたうえ、刻一刻と過ぎ去っていく時間をムダにはできないという焦りにもとりつかれていたのだ。
無責任といわばいえ、こじんまりとした家庭の亭主に収まるくらいなら、雄大な砂漠で行き倒れたほうがマシだと、引っ込み思案のわたしには、いささか誇大妄想のケもあったかも知れない。
慎重なわたしのことだから、出発まえにいろいろ調べた。
ただしまだインターネットなんていう便利なものは身近になっていなかったし、現代のようにグーグル、ウィキペディアで何でも調べられる時代ではなかった。
ひとくちにシルクロードというけど、それっていったいナーニ?
もちろん中国の絹をヨーロッパに運ぶための輸送路ていどのことは知っていたけど、これの意味する範囲は広く、広義にはアフガ二スタンやイランを経てローマまでのイタリア半島も含まれる。
わたしが目指したのは中国のシルクロード、つまり西安からタクラマカン砂漠の周辺をめぐり、国境の街ウルムチあたりまでである。
これより先になるとまだ言葉の壁もあるし、列車の乗り方も勉強してないので、おとなしく新疆ウイグル自治区までで我慢しておくしかない。
わたしがシルクロードに出発する17年まえの1980年ごろ、日本の公共放送が「NHKスペシャル・シルクロード」という番組を放映した。
これは新中国になってから日中和解の方針にそって実現した、世界で初めてシルクロードを紹介するという謳い文句つきの番組だった。
この番組はNHKのお宝らしく、その後も何度か編集しなおされたり、規格を変えたりして放映されているから、わたしの部屋にはそのDVDがそっくり保存されている。
ほかにも敦煌の莫高窟なども、何度も繰り返し取材され、放映されているので、いまわたしの録画コレクションのなかに敦煌に関するものだけでも3本はある。
この紀行記のためにそれらをまた引っ張り出してみると、西安から蘭州、武威、張掖、敦煌、トルファン、ウルムチ、カシュガルなど、わたしの行ったことのある土地の記憶がまざまざとよみがえる。
わたしは現在のように、日本が先進国ぶって世界を分断させることに熱中する以前、中国やロシアと仲のよかった時代を思って悲しくなる。
“山川異域 風月同天”という精神はいったいどこへ行ったのか。
他国の歴史や文化を知ることぐらい、人間のこころを豊かにしてくれることはないのに、そして若者たちが世界を旅するのは、わたしのころよりずっと楽になっているのに、どうしてわざわざ障壁を作ろうとするのだろう。
現在は片手に乗るスマホが翻訳機になる時代だから、言葉の壁というものは死語になりつつある。
自分の目では何も見ず、他人(と公共放送)の言い分を鵜呑みにするくらい危険なことはない。
将来悲劇に見舞われるのは、わたしではなく、いまの若者とその子供たちなのだ。
嘆いていても仕方がない。
さあ、もう出発しよう。
死にかけたじいさんのわたしには、残された時間は多くないのだ。
ここに書こうというのは1997年6月、いまから27年まえの旅のてんまつである。
2024年3月11日 (月)
やっかみ
ケチをつけるわけじゃないけど、いまの時期でなかったら日本映画が2本もいっぺんにアカデミー賞を受賞しただろうか。
なんとか日本に支援の肩代わりをしてほしい西側が、日本を思いっきり持ち上げているってことはないのだろうか。
たとえばいまの時期にロシアや中国の映画が受賞しただろうか。
ケチをつけるつもりはないけど、宮崎駿もゴジラも、わたしには芸術的センスがあるようには思えないんだけどね。
あまりいうとやっかみだろうといわれそうだから、このくらいしかいわない。
ああ、なにもかもバカバカしくなる。
昨日のネット
「ローマ教皇『白旗揚げ交渉を』と、ウクライナに外交解決訴え」
これは昨日のネットニュースの見出し。
デマの横行するSNSだからフェイクの可能性もないじゃないけど、これでもウクライナが勝ってるという人かいるのか。
ウクライナの現状は太平洋戦争末期の日本と同じではないといえる人がいるのか。
2024年3月10日 (日)
疑問
『1日に数十両の新たに大破したロシア軍の車両と、同様に破壊された少数のウクライナ軍の車両を確認している』
『この数は、独立系OSINTサイト「オリックス」が開戦からの700日間で数えた両軍の車両損失数と一致している』
『オリックスの集計ではロシア軍は1万4000両、ウクライナ軍は5000両を失った』
これは今日のネット記事。
不思議なことに、これでも最終的な戦況の結果をみると、勝っているのはいつもロシアなのだ。
2024年3月 9日 (土)
ポーズだけ
お互い消耗戦になれば地力のまさるロシアが有利だ。
だからプーチンは長期戦に持ち込もうとしている、というのはマスコミやSNS(そしてNHK)でよく聞く意見だ。
長期戦が困るならさっさと戦争終結に動けばいいものを、あいかわらず戦争を引き延ばす算段なのが西側だ。
もうここまで来るとEUも意地やメンツの問題だから、長引けば困るはずのドイツやフランスもあとに引けない。
いまウクライナに支援できるほど景気がいいのは日本だけ。
戦争が終わらないうちに(日本国民がダマされているあいだに)、ウクライナ支援をしたい岸田クンは、なんとかゴマかして国産の兵器を輸出できるようにしようとする。
そのための法律を改正、いや、改悪してしまおうとする。。
ゆいいつの防波堤と思われていた公明党も、条件さえ満たせば、まあ、いいんじゃないかと。
なんだ、やっぱり自民党の補完政党だったということか。
最近ポーズだけってのが多いよな、海の向こうでも。
そういえばネオコンおばさんのV・ヌーランドさん、やっぱり辞めたらしいね。
こういうウクライナに不利なことは報じないのが日本のマスコミだ。
やっぱりSNSがあってくれてよかった。
2024年3月 8日 (金)
天才と凡才
今夜のNHKのニュース9を観た。
(詐欺師の)バイデンさんと、(気まぐれ)トランプさんの罵りあい。
バカバカしくて見てられんよ。
NHKがいくら一方を応援したって、外国の選挙じゃ意味のないのがせめてもの幸い。
鳥山明さんの訃報。
わたしが漫画家を挫折したころ、入れ替わるようにデビューした人で、最近はほとんど読んでないけど、アラレちゃんのころはおもしろいと思った。
それ以上に絵がうまいのには感心した。
わたしは天才と、ただ努力をしただけの凡才を見分けられるんだよ。
彼について思うことはそれだけ。
わたしはあとどれだけ生きられるか、そっちのほうが気がかり。
警告
ゼレンスキーさんの近くにミサイルが着弾して、危うく命拾いしたそうだ。
ロシア軍は市民もなにもおかまいなしに攻撃してくる、なんてひどい奴らなんだと、彼(とNHK)はさっそくプロパガンダに利用していたけど、ほかのことには思い当たらないのだろうか。
つまりゼレンスキーさんの居場所は特定されていて、ロシアは殺すつもりがあれば、いつでも彼を殺せるということだ。
そうでなければ彼がちょうどオデッサにいるとき、彼から150メートルしか離れてない場所にミサイル着弾なんて、偶然にしては出来すぎと思わないか。
これはロシアの警告なのだろう。
おそらくゼレンスキーさんもそのことに気がついている。
同時にだれか近くにいる人間で、ロシアに内通している人間がいるということも。
そんな馬鹿な、脅かすつもりなら、なんでひと思いに殺ってしまわないのかという人がいるかも知れない。
プーチンは馬鹿じゃない。
ゼレンスキーさんを殺したって、また西側を結束させるだけだ。
ロシアにすればウクライナが和平に応じ、クリミア半島とそこに至る陸上の回廊を手放してくれればいいのである。
ところで前項で書いたビクトリア・ヌーランドおばさんの続報がないね。
彼女がほんとうにバイデン政権の中枢からいなくなったのなら、これはかなり大きなニュースのはずなんだけど。
2024年3月 7日 (木)
デタラメと真実
あ昨日のNHK国際にまた軍事評論家という兵頭慎二サンが出てきた。
わたしはこの人を見るたび、パブロフの犬と化して、あ、またデタラメをいうんだろうと思ってしまう。
いくら時間通りに終わらせる便利な人だからって、そろそろほかに人材はいないのか、NHKは。
昨夜はウクライナ戦争に加担しようとするスウェーデンの軍事力について解説していたけど、わたしがすでにブログに書いたように、スウェーデンの戦闘機はひと目見ただけで、米国のF-35やロシアのSU-57に比べればひと昔まえのタイプ。
この戦闘機は最新鋭の攻撃、防御の装備を積んでいるというんだけど、少なくともスウェーデンよりは戦争経験のあるロシアが、そんな装備に無知だと思ってるのか。
相手は宇宙船を打ち上げ、米国のスペースシャトルがずっこけたさいには、宇宙船までの往復の足を1国だけでまかなっていた国だぞ。
こういうことを、わたしは素人だから信用するしないはあなたの勝手。
しかし兵頭サンの解説が信用できないことははっきりしている。
彼は、スウェーデンの加入によってウクライナの戦況に影響が出ますかと勢い込んで聞く由井秀樹サンに、ウクライナが去年からやっている反攻作戦が失敗したのは、制空権がなかったからだという。
そんなことは反攻まえからわかっていた。
わたしがブログで何度も、制空権のないウクライナ軍に、反攻はむずかしいといい続けてきたことじゃないか。
もちろんわたしは兵頭サンが日本政府に所属する者で、立場上そういわなければならないことはわかっている。
しかしいうことが決まっている解説者は、いいかげんに退陣してもらえないかねえ。
日本国民を馬鹿にしすぎるよ。
日本国内では、公明党が珍しく存在感を発揮しているな。
軍備を他国と共同開発し、その他国経由なら輸出も容認と、これではやがては日本の兵器が他国で使用されることになるのではないかと、自民党に釘をさす。
岸田クンは腹に一物アリだから、なんとかかんとか屁理屈を並べて、これを正当化しようとする。
しかしいますぐそんなことをしたら、日本もウクライナに兵器の支援をしたくてうずうずしているところだから、たちまち戦車でも戦闘機でも送り始めることが明白だ。
やるならせめてウクライナ戦争が終わってからにしてくんないしょと、いまのわたしは(ふだんあまり期待したことのない)公明党にエールを送ってしまうのだ。
聞いたところによると、ウクライナに支援した金は、大半がとちゅうで抜き取られてしまうそうだ。
ゼレンスキーさんがウクライナ軍の死者は3万なんぼといっていて、えらく少ないじゃないかと疑問に思っていたら、軍隊の指揮官が死んだ兵士を計上せず、給料をみんなふところに入れているからという。
汚職大国のウクライナのことだから、そういうことがぜんぜんないというほうがおかしい。
ひょっとすると大統領はそんなことは知らないのかも知れないね。
上がやれば下もやる、これではもはや軍隊とはいえないよ。
お願いだからわたしが払った税金がそういうことに使われないよう、公明党さん、がんばって。
大地舜さんのブログを見たら、米国のビクトリア・ヌーランドおばさんがクビになったそうだ。
これは、ロシアを貶めることなら速報で報じるのが当たり前のNHKも、まだ報じていないけど、事実ならすぐに明らかになるだろう。
ヌーランドおばさんは、ウクライナでクーデターが起こりそうなので、不利になるのを承知でゼレンスキーさんに、ザルジニー司令官をやめさせろと迫った張本人だ。
そんなネオコンの代弁者のような人間が、こんどは自分がクビに?
因果はめぐるというのか、トランプさんと一騎打ちが免れないと悟って、バイデンさんも政策変更を覚悟し始めたのだろうか。
中国の旅/サニ族の娘
洛陽、鄭州、開封と3つの街をめぐって、わたしはふたたび上海にもどってきた。
ここでもひとつ特筆すべきことを体験したので、最後にそれを書いておこう。
上海ではホテルの予約なんかしてないから、また新亜大酒店に行こうか、あるいは蒋介石の別荘だったとされる瑞金賓館にと考えたけど、このときは新機軸として、うわさに聞いていたドミトリーホテルの「浦江飯店」に行ってみることにした。
海外旅行に詳しい人なら知っているだろうけど、これはようするに相部屋ホテルということで、貧乏旅行をするヒッピーや学生などにとって重宝な宿である。
しかしわたしは金持ちを自認する日本人であるから、無理に相部屋に泊まる理由はなく、あくまでドミトリーってどんなものかと見物のつもりだった。
フロントでドミトリーですかと訊かれたから、いえというと、300元の部屋と360元の部屋がありますという。
安いほうの部屋へ案内してもらった。
このホテルは入り口がふたつあり、正面から入ると、1階のフロアは大部分が、なにかいかめしい感じのオフィスとして使われているようだった。
フロントに行くには正面横にある小さい入り口のほうが入りやすい。
ボーイにエレベーターで先導されて、わたしは3階の服務員に引き渡された。
浦江飯店の内部はあちこち改装中で、3階のわたしの部屋に通じる廊下も工事現場みたいにごたごたしていた。
部屋を見せてもらうと、やけに広々していて殺風景な部屋である。
板張りの床は、むかしなつかしい木造の小中学校の廊下みたいで、窓からとなりのビルの壁しか見えない。
こんな部屋じゃいやだ、高いほうの部屋に替えてくれというと、今度は4階の部屋に案内された。
窓からすぐ目の前にロシア領事館の建物と、外白渡橋(ガーデン・ブリッジ)が見える。
あとで外からこのホテルを眺めたら、わたしの部屋は最上階のいちばん位置のいい場所にあった。
つまり360元(5000円ぐらい)の部屋が、このホテルの最上級の部屋ということになるらしい。
新しい部屋も、わたしには不安を感じるほど広々としていた。
どうももともとは、家具の完備した事務所や個人の住宅として使われていた部屋だったようで、ベッドふたつと小さな机、タンスだけでは、まだ卓球台を置いてピンポンができるくらいの余裕がある。
ひび割れた板の床には年代が染みついていた。
部屋まで案内してくれた服務員が、窓わくはペンキ塗りたてですから気をつけて下さいという。
ホテルというより廃校になった校舎にほうりこまれたような感じだけど、360元だから文句をいう気にもなれず、まあいいやとわたしは納得した。
窓わくも指でこすってみたら、おおかた乾いていた。
後学のために5階にあるドミトリーの部屋を見せてもらうと、シーツもきれいだし、昼間からベッドにいすわっているアラブ系らしい男性もいた。
ドミトリーは1泊55元だそうで、この値段ならわるい部屋ではない。
上海に相部屋の格安ホテルありということで、浦江飯店の名は外国にも轟いているらしく、どおりでフロントあたりにバックパックを背負った若い欧米人の旅行者が多いはずだ。
欧米の若者は物価の安い中国でも徹底的にケチる。
それはまあ、ひとつの見識である。
廊下で金髪の娘がホテルの従業員に、シャワーはどこなのと尋ねていたから、共同シャワーがべつの場所にあるらしい。
宿が決まったあとはまた外灘や南京路をぶらぶらした。
浦江飯店は中国人の差別の象徴だった外白渡橋を渡ってすぐ、バットマンのようなシルエットの上海大厦と、道路1本をはさんだとなりにあって、租界時代の上海を見物するのに好適な場所にあるのだ。
この夜は伊藤屋で食事をすることにした。
ここは蘇州への旅のとき知り合った某大企業の会長さんに教わった店で、その後何度か行ったことがあるけど、本格的な日本食が、それほど高くない料金で食べられる店である。
メニューの中からいちばん安いA定食を選ぶと、店員の娘が日本語で、それでは量が少ないのでもの足りないと思いますという。
わたしは極端な小食なんだけど、彼女は平均的中国人を基準にして親切に忠告してくれたのだろう。
それじゃこっちのでいいですと、下から2番目のB定食にした。
ついでにあなたは日本人ですかと訊いてみると、彼女はイイエと答えた。
日本人の女の子もひとりいましたが、仕事をしないのでクビになりましたという。
どうせもうすぐ帰国だといい気になって、B定食+日本酒+生トマト+オシンコ+塩辛+50元の中国酒などを食ったり呑んだりした。
勘定を頼んだら500元(7千円)近くになっていた。
もう二度と行かないぞと毒づく。
翌朝は、前夜の食事に金を使いすぎたので、ささやかにいこうと新亜大酒店の近くまで歩き、立ち食いスナックみたいな店で、包子と豆乳だけの食事をすませた。
浦江飯店から虹口地区や新亜大酒店へも、徒歩でまわれるくらい近いのである。
おかげでこの日の朝食は 3.2元(45円くらい)ですんでしまった。
朝食のあと、日本租界のあった虹口地区をぶらぶら。
四川路の橋の上に靴みがきが出ていたから、磨かせてみたら、例のとおり、靴墨を使って、最初の言い値より高い10元とられた。
例のとおりというのは、最初は◯元だというくせに、磨いている最中、靴墨を使いますかと聞いてくる。
こっちは墨も料金に含まれていると思うから、いいよと返事をすると、あとでその分も加算されるのである。
ひどいときには、こっちの足も磨きますかと聞かれることがある。
靴というのはたいてい左右でひとつと決まっているのだから、うっかりいいよと返事をすると・・・・
わたしももう中国式靴磨きには慣れているつもりだったけど、このときは相手がひとのよさそうな老人だったのでつい引っかかってしまった。
冬の旅でも上海にいるかぎりあまり寒い思いをすることはない。
街をふらついたあと、人民公園の地下にある香港名店街の喫茶店でサンドイッチをかじりつつ、フランス式コーヒーを飲む。
ぬるくてまずいコーヒーをフランス式というのかなと思う。
それでも上海のよさは、こうして寒かったり歩き疲れたら休憩する場所がいくらでもあることだ。
街の散策からもどると、浦江飯店の建物のわきで少数民族の女性が2人、手編みの刺繍製品を売っていた。
ひとりは野性的な顔立ちをした若い娘で、かんたんな日本語を話す。
2人とも南方の少数民族をあらわす変わった形の帽子をかぶり、そで口に美しい刺繍のある上着を着ていた。
苗族ですかとあてずっぽうで訊くと、あまりうまくない字で「撒尼族」という字を書いた。
文字どおりに読めばこれはサニ族ということになる。
雲南省の昆明から来たといっていて、そういわれればこういう名称の少数民族の名を聞いたことがあるような気がする。
帰国してからサニ族について調べてみた。
手元にある本のうち、周達生という人が書いた「中国民族誌」という本が中国の少数民族について詳しかったけど、この中の一覧表にはサニ族の名がない。
そんなバカなというわけで、図書館へでかけて「地球の歩き方/雲南・貴州編」を借りてきたら、こちらにはかなり詳しく記述されていた。
サニ族とは雲南省で最大の人口を誇るイ族の自称で、勇猛果敢で、プライドが高く、義理と人情を重んじ、礼儀正しく、女性のたしなみなどを大切にする少数民族とある。
雲南省の観光名所・石林にいくと、土産ものを売るサニ族の女性が多いという。
中国で感心するのは、彼女たちが自分のことをどうどうと、少数民族の◯◯ですと自己紹介することである。
このことからこの国では民族による差別はないことがわかる。
若いほうが、いくらの部屋に泊まっているのと日本語で訊くから、高い部屋だよとてきとうに答えておくと、いくらとしつこい。
360元と答えると、ちょっとためいきをつくような顔をした。
それだけではなく、成金の日本人に対して、いまに見ておれというような挑戦的なまなざしがあるようにも感じた。
じつはわたしはこの質問に答えたくなかったのである。
360元といえば彼女たち2人の何日分の稼ぎになるのだろう。
申しわけないと思ったわたしは、20元で刺繍入りのサイフを買って、罪ほろぼしというか、せめてもの気休めをしておいた。
部屋にもどってテレビをつけたら、中国語の字幕つきで黒澤明の「生きる」をやっていた。
戦後すぐにつくられたこの映画の背景は、現代の中国に似ているところもあるから、かっては日本もこのように貧しかったのに、いまでは先進国のひとつにまで発展したのだと、国民を奮起させる意味があるのかもしれない。
テレビを見ているかぎり、中国はりっぱな資本主義国である。
やたらコマーシャルの数が多く、その切り替わりは日本よりもさらにせわしい。
番組が終わったあと、タイトルやクレジットを読み終わらないうちにつぎの画面に切り替わってしまうことがよくあった。
帰国日に浦江飯店をチェックアウトすると、例のサニ族の娘がこれから店をひろげるところだった。
わたしがサヨナラというと、このホテルよくないのかと訊く。
まあねとあいまいな返事をして、そのうちわたしも雲南へ行ってみますよというと、ホント?と日本語で返事をした。
ホントなんて言葉がとっさに出てくるくらいだから、彼女の日本語は聞きおぼえていどのものではない。
いったいどこで勉強したのか訊いてみればよかった・・・・と、わたしはいつでもあとで後悔する。
2024年3月 6日 (水)
今日のアメリカ
スーパーチューズデイがトランブさんの勝利で決着した。
バイデンさんに未練のあるNHKは、まだ未練たらしく結果に難癖をつけていたけど、いくらごちゃごちゃいったって、日本がアメリカの国政に影響を与えられるわけがないし、NHKが大統領選挙に参加できるわけもない。
ろくでもない候補のどちらかしか選びようのない、気のドクなアメリカ国民に同情するしかない。
わたしは名前しか知らないけど、米国の歌手テイラー・スイフトさんが、今回は民主党支持を訴えなかったとNHKは不満そう。
そりゃそうだ。
4年前の大統領選挙では、温暖化阻止だとか国民皆保険だとか、おいしい公約をならべて立候補していたバイデンさんが、大統領になったとたんに豹変して、公約なんかあさっての方向に放り出して、ウクライナ戦争で兵器産業をうるおわせるだけ、自分は献金で大儲けするだけ。
これじゃスイフトさんならずとも、もういちど民主党を応援するわけにいかないのももっともじゃあらへんか。
今朝のNHK
今朝のNHK国際はひどかった。
あまり支離滅裂なプロパガンダなので、いちゃもんをつけるわたしは楽でいいけど。
ウクライナでさえ病死だといってるナワリヌイさんについて、もとロシア特派員の石川一洋解説委員をかつぎだしていちゃもんを・・・・考えてみるといちゃもんをつけるのはわたしの十八番じゃないね。
NHKも盛大にやってるじゃないか。
わたしは石川さんに同情してるんだ。
彼はロシア勤務が長い。
さぞかしロシアに友人も多いだろう。
それがロシア通だということで、絶好のロシア批判者に起用される。
いくらサラリーマン職員だとしても、人間ならこころのなかにさぞかし葛藤があるに違いない。
前置きはこのくらいにして、いちゃもんの本筋に入ろう。
アメリカみたいに候補者が接戦ならわからんでもないけど、ロシアでプーチンの支持は70〜80パーセント、これはトランプさん並みの圧倒的といっていい。
むしろ西側の疑惑を招きかねないから、ナワリヌイさん程度の対抗馬がいてくれたほうがいいくらいだ。
彼の葬儀に大勢の市民が参列したそうである。
しかしロシア国内にはさまざまな勢力が拮抗していると、NHKが当の報道のなかで語っていた。
日本だって左翼の抗議活動の何割かは、動員された人も含まれるというくらいだから、プーチンに敵対する勢力が人間を動員した可能性もある。
そうでなくてもロシアの人口は、有権者だけでも1億ぐらいいるんだから、弔問の行列を2キロくらい並べるのはむずかしくないだろう。
その後の墓に花束をささげる市民も、西側のマスコミがどうどうと取材しているくらいだから、むしろロシアの余裕を感じさせるではないか。
さまざまな勢力が拮抗しているのは、昨今の日本自民党の、岸田派が安倍派を追い落とすために仕掛けたなどといわれるドタバタを見ればわかるように、これこそ民主主義国家のあるべき姿である。
もちろんNHKがそういうふうに解釈することはゼッタイにないのだ。
ロシアはプーチンの絶対的権威主義でなければいけないのである。
石川解説委員の、伏目がちに(上層部の検閲済みの印が押された)原稿を読む姿をみると、わたしはいつも同情の念に耐えないのだよ。
2024年3月 5日 (火)
中国の旅/黄河のほとり
開封には2泊して、おおよそどんな街なのかわかったから引き上げることにした。
上海へもどる列車のチケットは前日に買ってあったけど、発車は17時半だった。
時間があるのでどこか行こうと考えたものの、さしあたって行きたいところもない。
開封の近くには黄河が流れている。
で、またタクシーをつかまえて、黄河に行ってみることにした。
おまえも黄河が好きだなあといわれそうだけど、わたしはこれでもアウトドア派で、お寺や神社を見せられるくらいなら、広々とした山野をうろついているほうがいいのである。
開封市街から黄河まで20~30キロぐらい、まったく初めて行く場所だから運転手にすべてを一任した。
すると車はほどなくして、細部こそ異なるものの、昭和の前半まで日本のどこにでもあったような素朴な村にたどりついた。
舗装もされてない畑中の道路、土の壁がむきだしの農家、素朴きわまりない農機具、ヤギや放し飼いのニワトリたち、わたしがいつも夢見るなつかしい郷里へタイムトリップしたようだった。
車を待たせて村のなかを歩いてみようというわたしのまえを、駄馬に引かれた荷車がゆく。
わたしはその荷車が畑のあいだを抜けて、むこうの集落に消えていくまで、呆然と見送った。
ということで、開封の最後はその田舎の写真をずらずらと並べる。
つまらなければ見なくて結構、このページは特に、アンタのために書いているわけじゃないからね。
わたしの個人的な思い出をたどる紀行記も、ここでその独善はひとつの頂点に達したのだ。
最後の3枚はこの村の先にあった土手を越えたときに見た景色。
黄河はこの村のはずれを流れていた。
わたしは鄭州にある黄河風景区で黄河を見てきたばかりだけど、あちらでは黄河が手前にあり、その向こうに広大な河川敷の草原が広がっていた。
ここではそれをちょうど反対側から見ることになるらしく、手前に芒洋とした河川敷が広がり、ここからは見えないけど、黄河はその彼方を流れているらしかった。
そしてここは観光名所でもなんでもない、ただの黄河だった。
舟に乗りませんかと話しかけてくるにわか観光業者もいなかったし、展望台もみやげもの屋もない。
あるのは放し飼いにされているヤギ1匹と、亀甲もように干上がった流れの跡、そしてあくまで芒洋とした草原だけである。
いいところに来てしまったなと感激しているわたしのまえに、鍬をかついだひとりの農夫が現れて、面食らったような顔でわたしを眺めていた。
黄河から開封市内にもどってきてもまだ時間がある。
海外旅行をしているとよく経験することだけど、列車が夜の発車というのは、わたしのように無為に時をすごす旅人にとって、けっこうツライことである。
ホテルは昼で追い出されてしまうから、夜までどこかで時間をつぶさなければならない。
金に不自由してなくて、開封に知り合いでもいればいくらでも時間をつぶす方法はあるだろうけど、わたしみたいな凡人には、その両方ともない。
コーヒー1杯でねばれる喫茶店でもあればいいんだけど、当時の中国の地方都市にそんなものはなかった。
天気がよければなあとわたしはボヤく。
暖かい日ならレンタル自転車で田舎をまわってもいいし、公園のベンチで時間をつぶしてもいいのである。
わたしはなんとか時間をつぶそうと、開封市の博物館へ行ってみた。
ここも河南省博物館と似たりよったりで、1階では写真による共産党の歩み展、2階は小、中学生の図工展、3階ではなんと家具展をやっていた。
古代の家具というわけではなく、そこいらのデパートでよくやっているような、現代の家具展である。
見るべきものは1階のすみに忘れられた石像2体と、建物の周囲にならべられた石碑ぐらい。
そんなものを見物しているのはわたしだけだった。
禹王台公園にも行ってみた。
禹王は「史記・夏本紀」に出てくる中国の古代王朝である夏の創立者である。
中国では高潔な創立者が王朝を興し、何代かあとの非道、もしくは暗愚な後継者がそれをつぶすという歴史のくり返しだった。
夏王朝を滅ぼしたのは殷で、その王朝の有名な遺跡(=殷墟 )は、開封からも遠くない河南省の安陽にある。
期待してなかったけど、曇り空の寒い平日とあって、広い公園の中にほとんど見学者などいなかった。
園内の一角に禹王の像をまつる廟があった。
石段を登って門をくぐると、日本の神社としても小さすぎる建物の中に、リアルな色彩で塗られた禹王の像があった。
そのグロテスクさに度肝をぬかれて、お賽銭も上げずにUターンしてしまった。
ほかに釣り禁止の立て看板のある池でフナを釣っている人が数人、禹王の像にお参りしている女性が2、3人、ぶらぶらしている若者が2人、これらはみな入園料を払った客ではなく、近所の人々のヒマつぶしという感じだった。
どおりで入園料も安くて、たったの3元である。
不景気な顔をしているわたしの頭上を、車輪を出して着陸態勢の飛行機が2機も飛んでいった。
タクシーをつかまえて開封には飛行場があるのかいと訊くとあるという。
乘る気もないのに飛行場まで行ってみた。
乗る気がないのだから、門のまえで満足して引き返した。
タクシーも5元(70円)か10元(140円)だから、いくら乗ったり降りたりしても痛痒は感じないのだ。
わたしがポール・セローの地中海やアフリカの旅をなぞったとき、彼がチュニジアのチェニスや、タンザニアのザンジバル島でしょうもないことをしているのをみて、ああ、彼も行くところがなくて困っていたんだなと思ったのは、こういう経験があるからである。
到着した日に、ウェイトレスの女の子にきれいだねとお世辞をいった店のまえを通りかかったら、その子が目ざとくわたしを見つけて、さっと内側からドアを開けてくれた。
若い娘におぼえてもらえたのかと、なんとなく嬉しくなって、空腹でもないのに食事をしてしまった。
アホなことばかりしていて、ようやく駅に行ってもいい時間になった。
駅の待合室で、この街について最後の想いをはせる。
開封はいい街である。
素朴であるだけで鄭州よりいいと思う。
ただ、わたしが見た黄河のほとりのあの素朴な村が、急テンポで発展と変貌を続ける中国で、もうすでに歴史というフォルダに綴じ込まれてしまったのではないかと、それだけが気がかりだ。
デタラメと願望
『ロシア軍死傷者数、2月最多か 英国防省、1日983人と分析』
『ロシア軍の死傷者の総数は35万5千人を超えたと推定した』とも。
これは昨日のネットニュースの見出し。
ソースはと見たら、あ、また英国だよ。
“2月最多か”、“と推定した”というのは、どちらも憶測記事で、それもこちらがそうあってほしいという願望記事で、確定記事ではない。
負けがこんで追い込まれたほうは、どんなデタラメでもいってかまわないらしい。
YouTubeには『ウクライナ軍、東部の2集落を開放』という映像があった。
これもソースを見たら英国で、都市や町ではなく、集落だというところがミソ。
人が住まなくなった周辺の村を占領して、勝った勝ったと大喜びしている映像は以前にもあったよな。
ウクライナ軍の常套手段だけど、あまり喜んでばかりいると、勝っているならおめでたいことだ、これ以上の支援は必要ないなといわれてしまうぞ。
まだある。
『死傷者数の増加が止まらないロシア、従軍可能年齢の引き上げを画策』
これは英国防省のレポート。
『ロシアの黒海艦隊がウクライナの無人艇を警戒か?』
ニューズウィーク日本版の記事。
『ロシア軍機15機を撃墜』
これはゼレンスキーさん自身の声明。
これらが事実であるという証拠はなく、デタラメという傍証はある。
死傷者の正確な数は戦争が終わればあきらかになるだろうけど、いったいウクライナ側の死傷者はいくらなのだ。
それだけ被害を被ったら、ロシアは予備役まで動員しないとおっつかないと思えるのに、そうはなっていないし、ウクライナでは女まで強制徴用だ。
もうおちょくるほうも疲れたよ。
どうして英国の報道はデタラメが突出しているのか。
英国もアメリカ同様にこれは他人の戦争で、当事者同士を摩耗させることに主眼があるからさ。
さっさと戦争をやめられて平和がもどっては、台湾有事に備えようという日本にも差し障りがある。
悪の枢軸はこの3国で決まりだ。
おまけ
昨日のNHK国際報道では、ロシアへの経済制裁がぜんぜん効果がないということについて解説。
中国やインドを迂回して、EUまでロシアの原油を輸入しているからだというんだけど、そうなることはちょっとした国際通なら容易に予想はできた。
これを禁止させようとすれば、いまでさえエネルギーの高騰で悩んでいるEUは、自分で自分の首を絞めるだけ。
将来はG7などの取り決めで、原油価格がロシアの想定以下に抑えられれば、制裁の効果も上がるというんだけど、肝心の取り決めがいつになるかサッパリだという。
あいかわらずアホらしい願望ばかり。
2024年3月 4日 (月)
病院
今日は胃ガンのおそれありと自分で勝手に心配して、病院に行ってきた。
兆候は胃のあたりが痛いというもので、たまに食あたりをするわたしのことだから、正露丸を飲んでみたらぜんぜん効果がない。
これはてっきり胃ガンであると、ちょっと判断が性急すぎる気はしたものの、なにごとも早めに診察をすることが肝要だ。
で、近くの病院へ行ってみたら、なにしろ現代医学の常識を破るわたしのことだから、困惑した担当医が、もっとでかい病院で精密検査を受けろと、紹介状を書いてくれた。
ということで明日も病院通いだよ。
死ぬのはかまわないけど、わたしって痛いのはイヤなんだよね。
2024年3月 3日 (日)
互助の精神
日本の国内問題は、わたしみたいな古狸になると、またやってんのかねえという按配。
敵失の場合はかさにかかって攻めまくることというんで、野党は与党に迫っているようだけど、いったい原因はなんだっけというぐらい、最近のわたしは国内問題に関心がない。
昨日、今日と花壇に種を蒔いた。
もうぼちぼちいいんじゃないかと、時期も作業も適当だけど、去年の秋に収穫しておいたオシロイバナとタチアオイの種。
根づくかどうか、だいたい芽が出るかどうかもアテにはしないヤケッパチ園芸。
植物なんてみんなそういう精神、つまりたくさんばら蒔いて、そのうちのふたつか三つか育てばいいっていう流儀で生きているんだよ。
じっさいにホウキグサやノースポールなんて、それて過去にうまくいった実例もある。
考えてみると野生の世界では動物だってそうだよな。
アンコウなんて膨大な数の卵を産んで、それが他の魚の餌になり、増えた他の魚を親のアンコウが食べる。
みんな助け合いの精神で生きてるんだ。
そう考えると人間が介在することに罪の意識を感じてしまうけど、当たるかどうかわからない宝くじみたいな楽しみがあるな。
首尾よく芽が出てきたらまたこのブログで紹介しよう。
2024年3月 2日 (土)
中国の旅/開封の名所
朝、起床してみるとこの日も曇天で肌さむい。
まずフロントにおもむいて、1日分の予約をキャンセルしてしまった。
その足でタクシーをつかまえ、東京大飯店へ移動し、飛び込みで1泊いくらと訊くと、朝食券つきで260元(約3千6百円)だという。
臭い開封賓館が220元なので、ああ、けっこうですといって問題なく部屋をとった。
開封でもっとも大きなホテルがこの値段だから、当時の中国はまさにわたしみたいな貧乏人天国。
しかもわたしは予約などまったくしておらず、つねに飛び込みだ。
このホテルだけど、写真が撮ってなかった。
なに、ネットで探せばいいさと軽く考えていたら、ない、ネットでも見つからない。
廃業したのかと思うと、予約サイトではちゃんとヒットするから、いまでも営業しているようである。
しかしそこに載っている写真はホテルではなく、開封の観光地のものだった。
そういうわけでホテルを紹介できないけど、せいぜい3階建ての横に長い建物で、湖に近く、庭園がすてきだったとだけ書いておく。
このあとはタクシーで、前夜に見そこなった鉄塔公園に乗りつけた。
園内はそうとうに広く、ちょうど菊祭りというのをやっていて、入園料は10元で、園内の開宝寺塔(鉄塔)に登るのはまた別料金だった。
鉄塔は全体がレンガで出来ていて、外壁のレンガは曼陀羅のようなこまかい絵模様で飾られており、それなりみごとである。
せまい階段で最上階まで登ることができるけど、塔の大きさに比べると階段はせまい。
鉄骨も鉄筋も使われてない塔で36メートル以上の高さを維持するには、とにかくレンガを厚く積むしかなかったのだろう。
階段の途中の壁にもあちこちに、仏画の絵模様レンガが使われていたけど、仏といっても日本の大仏やお地蔵さんみたいな柔和なものではなく、西遊記に出てくるようなおどろおどろしい仏ばっかりである。
わたしはてっぺんまで登ってみた。
もとより観光用展望台として建設されたものではないから、最上階までいっても、通路の踊り場ていどのせまいスペースに、鉄格子の入った小さな窓があるだけだった。
窓から眼下に大きな池が見えたものの、冷たい風が吹きこんでいて、わたしはそうそうに退散した。
鉄塔公園内にもみやげ物店が数軒ある。
店の女の子をからかいながら見て歩くと、どこの店でもかならず小さな絵巻物のレプリカをすすめられた。
残念ながらこの絵巻物についての知識がなかったし、そもそもわたしは中国の古典絵画にあまり好感をもってない。
とうとう1幅も買わずにきてしまったけど、帰国してから例のNHKの「故宮」を観て、この絵巻物が「清明上河図」という、北宋時代の開封を描いた有名な絵であることを知った。
実物は5メートルもある大絵巻であるという。
そうと知っていれば、ジャマになるほど大きなものでもないし、迷うほど高価なものでもなかったから、ひとつくらい買っておいたのに。
公園の前にたむろしていた女2人の軽バン・タクシーをつかまえ、ホテルへもどることにした。
女は、ひとりがドライバー、もうひとりは強盗よけらしい。
走り出してまもなく、タクシーは大きな湖にぶちあたり、そのふちをたどるようにして走った。
前夜は夜でよくわからなかったけど、ホテルと駅あたりの様子から、開封は貧しいごみごみした街だという印象をもっていたわたしは、湖のまわりの広々とした爽快な風景におどろいた。
地図で確認すると、これは番家湖と楊家湖で、湖のほとりに龍亭公園がある。
予備知識のなかったわたしは、開封にこんな公園があることも知らなかったけど、おもしろそうというので、このあたりでタクシーを降りてしまった。
龍亭公園というのは、北宋の皇帝徽宗が過ごした王宮の跡地に作られた公園で、開封ではいちばんの名所である。
わたしが降りたのは王宮の門前町というべき、「宋都御街」というにぎやかな通りだった。
ここは道路の両側にレストランや土産もの屋が軒を接している、日本でもどこにでもあるフツーの観光名所だから、見物するにはおもしろいけど、とくになにか買うようなものがあるわけではない。
宋都御街を抜けると、大きな湖のまん中をつっきる500メートルほどの長さの堰堤のまえに出る。
この堰堤のとっつきにあるのが、龍亭、つまりかっての王宮の跡である。
午朝門といわれる正面ゲイトで入園料20元を払い、そのへんで串ざし団子のようなナツメの砂糖づけを買って、それを食いながらわたしはぶらぶらと歩きだした。
堰堤を歩きながら、どこかに魚がいないかと湖面をながめてみた。
魚がいるならたまに顔を出すだろうし、あちこちに波紋くらい見えるだろう。
しかしそうとう大きな湖にもかかわらず、水面をおよいでいる魚のかげかたちもないし、波紋らしいものもぜんぜん見えなかった。
日本のコイなんてのはえらく人なつっこくて、橋の上からのぞくだけで、餌でももらえるんじゃないかと集まってくるのに、中国の魚は人見知りするのだろうか。
堰堤のとちゅうに小さな出島があった。
観光客の大部分はこの島を無視していくけど、わたしは橋を渡って、島にある灌木のはえた築山の背後にまわってみた。
ここは観光客の死角になっていて、立ち小便をするのに都合がよかった。
宋都御街のはずれにある午朝門、堰堤上の道、龍亭の門と龍亭、これらはまっすぐにのびた一本の線上にある。
つきあたりにある龍亭の建物は清の時代のものだそうだ。
階段をのぼってひさしの下に立つと、湖と開封の街が一望にできてとても気持ちがよい。
階段をおりたところに観光用の駕籠が出ていた。
観光客をのせて龍亭の中庭を一周するだけのものだけど、4人の駕籠かきによってかつがれるこの駕籠は、どういう仕掛けになっているのか、柄が大きくしなり、上下に激しくゆすられる。
中国映画の「紅いコーリャン」の冒頭に、金持ちの家に嫁入りするコンリーが、駕籠かきたちからいじわるされるシーンがあって、そこでこのゆすられるカゴがどんなものか観ることができる。
映画は傑作だし、リンクを張っておくから、興味のある人は冒頭の10分間だけ観てみるとヨロシイ。
派手な色の衣装をつけた4、5人の笛や笙が先導するから、チンドン屋の行進のようににぎやかで、さすがに気恥ずかしいのか、あまり乗ってみようという客はいない。
それでもわたしが見ているあいだにひとりだけ、若い女性がこれを体験していた。
恥ずかしいのと乱暴な乗り心地のせいで、彼女は身もだえして笑い転げていた。
それにしても駕籠には、先導の楽隊を含めて8人の人間がつく。
1日に客が何人いるか知らないけど、彼らの収入が駕籠かきだけでまかなえるのかなと心配になる。
帰りに午朝門の近くで、旗をもって中国人観光客を案内しているガイドさんを見た。
ヤンジャーフー、バンジャーフーという、早口でリズミカルな言葉が聞き取れたのは、「ここには楊家湖と藩家湖の二つの湖があります」なんて説明していたのだろう。
ガイドさんがダウンにジーパンをはいたかわいい娘だったので、わたしは横からしばらく聞きほれてしまった。
この時引率されていた客たちは、台湾や香港の観光客にしては洗練されてない人ばかりだったので、中国人も団体で観光旅行をするご時世になったのだなと思う。
帰りがけに湖の遠方に、浮いたりもぐったりしているカイツブリを見た。
はっきり形を視認できたわけではないが、バードウォッチャーならその動きだけで正体がわかるのである。
また湖面に浮いている魚の死骸を発見して、やはりここには魚がいるのだなと、つまらないことに納得もした。
帰りはまたタクシーをつかまえたけど、開封には龍亭公園以外にももうひとつ湖があって、それは現地で買った地図には「包府坑」、ガイドブックには「包公湖」という名で載っていた。
そのまわりに露店が多数出ているのを見つけて、わたしはまた寄り道をすることにした。
しかしこれまであちこちの市場で見てきたような品物しかなく、ぶらぶら歩きながら通り抜けた。
ホテル近くの城壁のそばにある大きめのレストランで食事をすることにした。
開封もかっては城壁にかこまれた都市だったけど、たいたいは城門のあたりだけレンガが残っているだけ、あとは土を盛っただけのたんなる土手だった。
城壁の近くには堀のあともあり、そのへんに古木という名札を下げた大きな木があった。
古木といっても屋久島の縄文杉などに比べたら小学生みたいなものである。
レストランではビールと、つまみとしてチンゲン菜の炒めもの、生トマトなどを注文。
ほかに、ここのところ栄養のあるものを食っていなかったので、鉄板牛肉をおごってみた。
鉄板牛肉というのはビーフステーキのことかと思っていたら、日本の牛丼の吉野家が使っているのと同じ薄切りにしたバラ肉だった。
焼けた鉄の皿の上に、女の子が肉と野菜をぶちまけると、じゅーっと油がはねて、テーブルの上まで汁があふれてしまう。
食事中、大きな穀物の袋をかついだ男女があらわれて、店の人間と交渉を始めた。
すみっこのテーブルでしずかに食事をしているわたしの存在などおかまいなしで、こういうのは中国ではありふれた光景である。
夜になってシャワーを浴びて寝ようとしたら、お湯が出ない。
まあ、こういうことはよくあることだ。
わたしは水を出しっぱなしにして部屋にもどり、これまで着ていた下着をたたみ、バッグをひっかきまわし、市街地図をながめ、明日の予定を確認し、メモをとって、もういいかなと浴室にもどったら、まだお湯は出ていなかった。
たまりかねてフロントに行き、服務員に訴えると、彼女はあたふたと部屋にやってきて、蛇口をひねった。
お湯はちゃんと出た。
しかし青いマークの蛇口から出るのであって、赤いマークのほうからは冷水しか出なかった。
わたしはこの歳まで人間をやってきて、青いほうがお湯、赤いほうが水というシャワーをはじめて見た。
つまりこれが中国の職人さんの腕前というわけである。
この程度で怒り狂っていては、中国では身がもたないのだ。
はは、呑気だね
ひとつNHKを非難するブログに特化しようかしら。
といいたくなるくらい、わたしのブログはNHKに特別に反抗的だ。
しかし視聴料を払わないと文句をいうどこかの政党とはちがって、わたしはそんなケチなことはいわない。
なにしろNHKしか観ない人間なんでね、こちとら。
とにかくNHKの報道にケチをつけていれば、つねにネタに困らない。
最近ではNHKと聞いただけで、あ、また内容が偏向してんだろうなと、これじゃパブロフの犬だよ。
いったいどうしてそこまでと考えたけど、あの局のいまさらの進路変更は無理だろうね。
NHKは、かって来た道をひたすらたどるだけの国策会社。
上のいうことさえ聞いていりゃ、無事に退職金もらって円満退社のサラリーマン職員ばかり。
はは、呑気だね。
こんな皮肉ばかりかましていれば、わたしも令和の添田唖然坊になれるかも。
でもわたしって意気地なしだから、官憲の指導があれば、たちまち転向してしまうんだろうなあ。
2024年3月 1日 (金)
おろかな国々
ロシアの周辺国が怯えている。
とくにかってソ連の衛星国だった国ではその傾向が強いようだ。
もういちどロシアに侵略されるのではないかと、怯えが昂じて、なんとかNATOに入れてもらうとする。
そうやってNATOを拡大してロシア包囲網をしこうというのだ。
なんとかプーチンを失脚させようというのだ。
バカなことをしている。
プーチンは聡明で、ロシアを正しい方向に引っ張っていくだけの力を持った大統領だ。
彼は政権をとってから24年も(中断はあったけど)経つのに、いちどだってウクライナ以外の国に侵略を企てたことはない。
年齢を考えればこれからもないだろう。
だから周辺国にとって、彼が大統領でいてくれることが最大の安全保障なのだ。
もしもプーチンが失脚して、あとをメドベージェフさんあたりが継いでみろ。
彼は短気で、頭もあんまりよくないみたいだから、みんなでいじめればすぐに切れる。
NATOだってこんなおそロシア的大統領と、核戦争を構えようというほど勇気のある国はないから、いまごろは周辺国はメタメタにされてまさあ。
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