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2024年4月16日 (火)

花の極意

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わたしが団地の花壇の世話をボランティアで引き受けて3年になる。
ようやく園芸の奥義をきわめてきたようだ。
参考にする人がいても困るから大きな声でいわないけど、わたしみたいなずぼらな園芸家にとっての奥義、ということである。

以前のアパートに住んでいたころ、近くの野川に侵略性外来植物のアレチウリやオオフサモが侵略的に大繁殖をして、これではこのまま野川は彼らに征服されるのではないかと思ったことがある。
ところがアラ不思議、それほど大繁殖したのは1年かぎりで、翌年には“大”がつかない程度の繁殖になってしまった。
自然のままでも植物には繁殖のサイクルがあるらしいのである。
1種類の植物が永遠に増殖し続けることはないのだ。

去年、花壇のすみにヒヤシンスが咲いた。
咲いた場所が気に入らなかったので、球根を掘り出して、今年はもっと陽の当たる場所に植え替えた。
ところが植え替えた数は8個ぐらいあったはずなに、咲いたのは3つだけだった。
もとの気に入らない場所には、新たにいくつかのヒヤシンスが花開いたけど、それは去年ひとつも咲かなかったところである。
どうもヒヤシンスの球根には咲く年と咲かない年があるようだ。

いま花壇にはチューリップがたくさん咲いている。
世間の人は花を咲かせるために、水や肥料をやったり、雑草を抜いたり、いろいろ苦労するらしいけど、わたしはきちんと規則的にやらなければならないことは大嫌いで、せいぜい気が向いたときに草むしりをするくらいだ。
にもかかわらず、今年はわたしもびっくりするくらい花が咲いた。
これらの事実からいかなる結論が導き出せるだろう。

植物のなかでも球根植物は、花にまかせておけば、咲く咲かないを自分で判断しているようなのである。
今年は盛大に咲いたチューリップも、精力を使い果たして、来年はこんなに咲かない可能性がある。
しかし球根を植えっぱなしにしておけば、さ来年にはまた盛大に咲くだろう。
さ来年に咲かなければ、さらにそのつぎの年には咲くだろう(わたしがそれまで生きているかどうかは神のみぞ知る)。
ネット上には花の育て方なんてサイトもたくさん見つかるけど、そういうのは毎年同じ場所に同じ数だけ咲かせようという人のためのもので、わたしみたいに咲きたければ勝手に咲けという放任主義の園芸家用ではないようだ。

ホウキグサやノースポールは、枯れた枝をそのまま土に埋めておいたらちゃんと芽が出た。
自然は自然のあるがままにまかせておけ。
これがわたしが最近会得した園芸の極意である。
あまり他人の参考にはならないかも。

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