中国の旅/花瓶姑娘
さあまたスタートだ。どこまで行ったっけ。
蘭州のホテルで朝おきて、鏡を見てギョッとした。
右目の白目の部分に血がにじんでいたのだ。
いまなら旅先でもネットでいろいろ調べられるけど、当時はまだインターネットもWI-FIもなかったし、こんなことは生まれてはじめての体験だったので、いささか狼狽した。
これは結膜下出血といって、命や眼球に影響はないそうだけど、どうも見た目がわるい。
はたから見ると、文字通り目を血走らせた、前科10犯の強姦魔のように見えてしまう。
こんな状態で街を散策する気にもなれやしない。
疲れている気はしないけど、空は曇っているし、今日いちにちホテルで休養していようかと思う。
そういうことで、朝メシも食わずにベッドでワープロを打っていた。
わたしはこの旅に35ミリの一眼レフを持ってこないかわり、買ったばかりのミニワープロを持参していたのである。
わたしの大きな欠点は記憶力が弱いことで、旅先で見たもの、驚くべきものなどの詳細をすぐに忘れてしまう。
将来紀行記を書いてやろうと大望(妄想?)を抱いていたわたしには、旅を記録するメモ帳がどうしても必要だったのに、わたしのもうひとつの欠点が乱筆ということで、肉筆となると、もう自分でもイヤになるようなふざけた文字しか書けないのだ。
ありがたいことに97年当時はワープロという、わたしのために生まれたような筆記用具が普及していた。
乱筆が印刷文字のように美しく変貌するのをみて、わたしはたちまちワープロのとりこになってしまい、逆にワープロがなければなにも書けなくなってしまった。
わたしみたいなタイプがどのくらいいるか知らないけど、とにかくわたしには、旅先に持ち歩けるワープロはカメラ以上の必需品だったのだ。
そういうわけで、発売されたばかりのNECのモバイルギアを打って時間をつぶした。
しかし部屋でごろごろしていたのでは体にいいわけがないし、体によくなければ目の充血もいつになってもひかないかも知れない。
そこで9時ごろ、金城賓館のすぐ横にある市場や食堂のならぶ路地に出かけ、平べったいパンを2枚、缶コーラ、それに今度はモモを5コばかり買ってもどる。
部屋へもどってもぐもぐやっていたら、服務員たちが掃除にきて部屋を追い出されてしまった。
目の充血はひけてなかったけど、さすがに1日寝ている気にもなれないので、甘粛省博物館へ行ってみることにした。
これまでの経験からどうせろくなもんじゃあるまいと覚悟していたけど、やはりろくなもんじゃなかった。
建物は立派であるものの、現在ではホコリだらけの倉庫のようなていたらくになってしまっていた。
ずかずかと建物に入っていったら、ロビーに机をならべて受け付けみたいな若者が数人いて、正面に香港返還までの足どり展みたいな看板が出ている。
そんなものに興味はない。
横のほうでは革命戦士のなんとかかんとか展。
これも見たくない。
机の前の若者に尋ねると、2階を指すからいわれるままに上がってみたら、1室で清の故宮展とか、あまり甘粛省と関係ない催し物をしていた。
腹を立てて外に出ると、博物館の近くに人のごったがえす市場があった。
博物館よりよっぽどおもしろいやってわけで、人込みの中へ入っていくと、サングラスを売っている露店があった。
充血した目を気にしていたところだから、これ幸いとひとつ買っていくことにした。
レーバンを模したサングラスが、なんと25元=350円だという。
どうせ安物に決まっているけど、これだけ安いと、たとえ2日3日で壊れても惜しくない。
いったいいつまでもつか、試してみてやれと買ってしまった。
よく見たらレーバンがRoyBarになっていた。
つぎに蘭州一の観光地である白塔山公園へ向かう。
白塔山は蘭州市内の黄河北岸にそびえる山で、そんな高い山ではないけど、それでも標高が1700メートルあるという。
ここに載せた写真は蘭州にいる知り合いに頼んで、最近のものを送ってもらったもので、当時とようすは変わってない。
手前の橋が中山橋だ。
白塔山は黄河にかかる中山橋のたもとから登り始めるので、そこまでとタクシーに指示。
タクシーは軽が基本料金6元=85円くらいで、シャレードが9元=125円くらい。
市内のたいていのところは200円もあれば行ってしまうので、つい気軽に利用してしまうのはどこでもいっしょ。
中山橋のたもとには観光客がたくさんいて、独特の帽子をかぶった回族が多かった。
このあたりは観光名所になっていて、地面につまらない景品をならべた輪投げ屋や射的屋、ビリヤード、土産もの屋などが多く、観光客が写真を撮ったり、遊戯施設で遊んだりしていて、ひと昔まえの日本の温泉地と変わらない景色だった。
徒歩で橋を渡って白塔山の登り口に向かう。
白塔山公園の山頂まで、とちゅうにある寺や展望台で休憩をしながら登っても1時間はかからない。
公園の入場料は、外国人は10元と書いてあったけど、だまって1張といったら5元ですんだ。
山道を登っていく途中に「花瓶姑娘」という看板を出した見せ物小屋があった。
花瓶と若い娘をモチーフにした彫刻でも展示してあるのかなと、深く考えずに中へ入ってみた。
見せ物小屋の中は10人も入ったらおしあいへしあいする程度の広さだ。
先に入っている人の肩ごしにのぞいてみて、あらら!
小屋の奥に仏壇のような小房があり、まん中にクビの細い花瓶が置かれている。
その花瓶の上にニッコリほほ笑んだ美しい小姐の顔が乗っていた。
乗っているだけではなく、この顔は「みなさん、コンニチワ」と挨拶をする。
作り物ではなく、どう見ても本物の人間の顔である。
中国人はかって、子供を小さいうちから箱に閉じ込めて成長させ、奇形化した子供を残酷で非人間的な見せ物にしたという。
しかしいくらなんでも、人間の腕さえ入らない細い花瓶の中に美女の体を押し込めるものか。
よくマジックで、箱に入った美女を箱ごと裁断して、それでも箱からつき出た美女の顔はニッコリほほ笑んでいるというのがあるけど、これもどうもその手のトリックらしい。
わたしはマジックのタネをあばこうとじっと目をこらした。
最初は水平に寝た女性が、顔を花瓶の上に突き出し、肩から下をどうにかして隠したのかと思った。
しかし壁までの奥ゆきは30センチくらいある。
ろくろ首でもないかぎり、向こうからこちらへ首を突き出して肩を隠せるものではないし、だいいちそんな体勢でいつまで寝ていられるものか。
花瓶の周囲に鏡を置いて、目を錯覚させるということも聞いたことがある。
しかし鏡があるようでもない。
けっきょくわたしは首をかしげたまま小屋をあとにした。
ほかの客もみんな首をかしげていた。
白塔山公園も山頂あたりでは眺めはなかなかのものだ。
眼下には茶色く濁った黄河が流れ、渡ってきたばかりの中山橋が見え、その向こうに蘭州市街が一望である。
ネットで蘭州を検索すると、ここから撮った写真がたくさんヒットするから、まず蘭州いちの展望台であることは間違いない。
寺院もあるけど、そんなものに興味はないので無視。
山頂ふきんにはいかにも観光地にありがちな安っぽい食堂や、ヨシズ張りの休憩所などがあった。
そんな場所でバーベキューをやっているグループもいた。
新鮮な魚肉類を屋外で焼いて食べるのは美味しいもののはずだけど、彼らが焼いていたのはどうも干した川魚らしく、親指くらいのフナの煮干しでパーティなんてどうもダサいものばかりである。
腹がへったので売店でチマキを2コばかり買ってみた。
小さな女の子が5元ですというから、高いよ、おいといって、頭をこつんとこづくと、えへへと笑った。
チマキを食っているとどこかでイヌの吠える声がする。
売店の近くに1匹のシェパードが飼われていた。
売店でパンを買ってシェパードに食わせてみると、食べることは食べたけど、あまり嬉しそうでもなかった。
イヌに餌を買ってやるくらいなら、とちゅうで見かけた乞食にめぐむべきだったかもしれない。
下山は黄河をまたぐロープウエイに乗ることにして、これが8元。
やはり知り合いから送られてきた写真で見ると、最近ではゴンドラも97年当時に比べれるとカラフルになり、近くにジップラインと呼ばれる、人間が直接ロープにぶら下がって黄河を横目に見ながら山を下る遊戯施設もできていた。
ロープウエイのゴンドラは3つづつかたまってやってきて、わたしの前のゴンドラに小さな女の子が乗った。
わたしの乗ったゴンドラが白塔山の山肌をかすめるとき、ネコぐらいの大きさのネズミのような動物が草をはんでいるのが見えた。
数メートル離れたところから見ている人間なんぞまったく気にするようすがない。
わたしは窓から顔を出して、前のゴンドラの女の子に、おーい、あそこになにかいるよと教えてやる。
あとでわかるけど、この小動物は蘭州ではめずらしいものではなかった。
べつの場所ではゴミ捨て場で、盛大に残飯をあさっているのを見たから、習性はネズミに似ており、リスほどふさふさしているわけではないけど、短い尻尾に毛が生えていたから、最近YouTubeで人気者のマーモットの仲間だろう。
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