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2024年5月

2024年5月31日 (金)

スケベ女

おお、トランプさんが有罪だそうだよ。
NHKが飛びつきそうなニュースだ。
これでトランプさんの支持者がいくらか離れて、NHKが熱望するバイデンさんが再選されるかも知れない。
しかし嬉しがるのは早い。
この少しまえにはスケベ女のヘイリーさんが、ギブアップしてトランプさん支持にまわったばかりだ。
これじゃ差し引きは変わらないんじゃないか。
あ、“スケベ女”というのはわたしが言ったわけではなく、トランプさんの閣僚たちが内輪揉めをしたとき、国務長官のティラーソンさんが発言したことだかんね。
ボルトン回顧録に書いてあります。

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うんざり

『米供与の兵器でロシア領内攻撃、バイデン氏が容認』
これは今日のネットニュースの見出し。
ロシア軍の猛攻にさらされているハリコフ州の国境限定だそうだけど、あいかわらずウクライナを負けさせるわけにいかないと、小出しの支援が続いているな。
プーチンもうんざりだろうけど、これで戦況が変わるわけもない。
レオパルトやエイブラムス、劣化ウラン弾、クラスター爆弾、F-16、つぎからつぎへと兵器をエスカレートさせても、戦争を長引かせ、ウクライナ兵を消耗させただけではないか。
また嬉しがってSNSで騒ぐ人がいるだろうから、まあ、冷静に考えなせえといっておく。

メンツがからんでやめるにやめられず、うんざりしているのは西側も同じだ。
西側がウクライナに支援をすればするほど、この戦争はロシアと西側先進国との戦いだということを知っているロシア国民の結束は高くなる。
プーチンの支持も高まりこそすれ、落ちるわけがない。
NATOのストルテンベルグさんなど、もう自暴自棄のやんぱちで、まともな国でなければ加盟できないはずのNATOに、まともでないウクライナを加盟させようとする始末。
『岐路に立つNATO、トップの後任選び難航』
これもネットニュースの見出しだけど、ごもっとも。

いったいなんのためにそんな無益なことをするのだろう。
ぎりぎりまではったりをかまして、勝とうというポーカーゲームをしているつもりだろうか。
スラブ人同士が殺し合って数を減らすだけだからいいというんだろうか。
まさか戦争の終わりを見届けたいという残り少ないわたしの寿命を、どんどん先に延ばしてくれようってんじゃないよね。

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2024年5月30日 (木)

時間の無駄

SNSに情報が氾濫している現在、どれがファクトで、どれがフェイクかとお迷いのアナタ。
わたしのバカでもわかる判断方法を教えよう。
まずウクライナ戦争ではウクライナが優勢というものはハナっからペケ。
それが真実なら現在の戦況はあり得ない。
つぎに中国をけなすもの、これもペケ。
中国はなにもしてないのに、こちら側があらゆるところからネタを拾い出し、ガセネタをでっち上げているのだ。
こういう情報ははじめから無視するだけでそうとう時間の節約になる。
浮いた時間でおいしいものでも食べなさい。

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マリーゴールド

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わたしの花壇にマリーゴールドがたくさん咲いてきた。
ここは去年はひとつも咲いてなかったところだから、わたしが種を蒔いたものにちがいない。
去年べつの場所に盛大に咲いたものから種を集めておいて、今年になってから盛大にばらまいたもののうち、たぶんそのうちの数パーセントが花になったのだろう。
数パーセントでも、金と手間をかけない自然放任主義の園芸としては、確立はいいほうだ。

確率がいいものはほかにコキア(ホウキグサ)もある。
去年枯れた葉を地面に埋め込んでおいたら、無数に新芽がのびてきて、あるていど大きくなったところで、べつの場所に1列に植え替えたら、それも順調に成長中。
今年は花壇のなかにコキアの並木ができそう。

確率のわるいほうにはヒマワリとピンクコスモスがある。
ヒマワリも数パーセントが伸びてきたけど、ほとんどがひょろひょろした茎と葉ばかりで、花まで育つかどうかわからないし、コスモスなんてかろうじて新芽らしきものがいくつか顔を出したくらい。
どちらも盛大に蒔いたわりには、花までいくかどうかわからない。
花の種には蒔く時期というものがあるという人がいるかも知れないけど、天然自然のなかでは、植物は枯れたときが種の蒔き時なのだ。
春になったら、秋になったらなんてまじめなことをいう花はありやせんよ。

となりの人妻の花壇にはいろんな花が咲いてくやしいけど、あれは花屋で苗になっているものを買ってきたので、金がかかっているのだ。
コスモスでも黄色い種類はこれは雑草で、ただいま毎日引っこ抜くのに悪戦苦闘中。

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2024年5月29日 (水)

中国の旅/トルファン賓館

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もうもうと茶色い砂ほこりをたてて空き地を突っ切り、バスがトルファンの発着場に到着すると、待ちかまえていた何人かの若者がなんだかんだと日本語で話しかけてきた。
同じバスに乗り合わせた大陸浪人はどこかの格安ホテルへ行くという。
彼は耐乏旅行らしいけど、モーム流の旅のわたしはトルファンでNo1のホテルへ行くつもりだったから、誘うのもなんだか気がひけて、そこで別れてしまった。
小さい町だからまたそのうちどこかで出会うだろう。

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わたしは話しかけてきた若者たちのいいなりになるつもりはなく、タクシーに乗るならどこかほかで乗るつもりだった。
ところが中のひとりがしつこくつきまとって離れない。
彼の案内で、荷物をぜんぶぶらさげたまま、歩いて「トルファン賓館」に着いた。
これがその当時、トルファンでいちばん豪華といわれていたホテルで、正面から見ると墓石みたいなかたちの白い建物である。
門を入るとすぐ左手に、モンゴルのパオとよばれる組み立て式のテントが建てられていた。
中ではみやげ物が売られているだけだったので、土産を買うつもりのないわたしは1度しかのぞいてみなかった。

わたしが宿泊者カードに記入しているとき、となりに日本人の娘が2人いて、やはりホテルと何か交渉していた。
また、たったひとりで来ている娘もいたようだ。
知らないのはわたしだけで、当時のトルファンの名前は日本にも鳴り響いていたようである。
異国であっても、なぜか日本人同士はよそよそしい。

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トルファン賓館でのわたしの部屋は、別館の2928号室である。
2種類の料金を提示され、安いほうの280元という部屋を選んだらこうなった。
新館は立派な4階建てだけど、別館はモスクのような派手な装飾をもった建物で、2階建て部分と、中庭をはさむように向かいあった長屋ふうの平屋部分でできている。
あまりの派手さにどぎもを抜かれつつ、別館のフロントへいってみたら、本館で宿泊費を払ったのに、ここでも宿泊カード用として20元くらいの押金を取られた。
別館の長屋といっても、バストイレ(エアコンまで)つきで、室内のようすはこれまで泊まったほかのホテルとそんなに違うわけではない。
ただ部屋の天井までモスクふうに、いくらか半円形に丸くなっていて、メッカの方角をさす小さなマークがついているのが興味深かった。
窓の外はすぐレンガの塀なので、景色はなにも見えない。
それでも部屋には絨毯もしいてあるし、このホテルの前身は、イスラムの商人や参拝者のためのホテル(キャラバンサライ)だったのではないか。
国際的観光地になってしまって、急いで室内を国際的ホテルの基準に改造したのだろう。

部屋におちついてすぐ洗濯物を出した。
別館服務台にいたウイグル人のおばさんと娘は、汚いものでもさわるような感じで、わたしの洗濯物をつまんでいた。
べつにパンツを出したわけでもないのに。

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中庭の奥にはブドウ棚が作られていたけど、残念ながらブドウはまだ青かった。
ブドウの棚の下にも大きな絨毯がしいてある。
部屋のドアを開ければザクロやブドウの植えられた庭というのは、いかにもイスラムの国に来たみたいで悪くない。

ホテルにプールがあったには驚いた。
横の売店でパンツも50元で売っていた。
プールで泳ぎたいと思ってしまったけど、わたしの旅はだんだん不純になってきそうだ。
すぐ表の通りには汚い格好をした少年たちが、ロバ・タクシーを停めて、なんとか西洋資本主義の悪い見本のような旅行者を引っかけようと待ち続けているのに。

しつこくついてきた若者は信用してもよさそうだった。
ビールをおごるよといって、彼とともにホテルのまん前にあるJhon's CAFEという店に入る。
この店はトルファンを訪れた若い旅行者たちのたまり場になっていて、いつでも欧米人の若者が数組たむろしている。
庭にテーブルとイスをならべ、ブドウ棚とテントで日陰を作った、なかなか感じのいい店で、冷えたビールも置いてあった。
トルファンの人々は日本人が冷えたビールしか飲まないこと、冷えたビールがあれば日本人相手にいい稼ぎになることを知っている。

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若者の遠慮っぽい話し方によると、ふだんから日本人相手の観光案内のようなことをしているという。
今月はヒマでとこぼす。
香港返還の騒ぎが迫っているので観光客が警戒して減少しているのだとか。
この若者はトルファンの旅行会社に勤めていて、自己紹介によると、アイプもしくはアイピ君(Ayup)といって、日本語をりゅうちょうに話す。
このころトルファンを個人旅行で訪れた日本人なら、だれでも彼の顔を知っているのではないか。

アイプ君からバザールのこと、現在の果物や野菜のこと、ロバ・タクシーのこと、レンタル自転車のことなどなど、いろいろな情報を仕入れた。
このあとすぐにわかるけど、トルファンは小さな町である。
むろん郊外の火焔山やベゼクリク石窟のようなところまで足を伸ばせば、自転車では手に(足に?)おえないものの、市内だけなら自転車でまわるのに最適なくらいだ。
レンタル自転車については、アイプ君がワタシのを貸してあげますという。
マウンテンバイクだというから、明日はそれを借りて市内をまわることにした。

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このあといちおう、翌日ゆっくり見物するつもりのバザールの下見に行ってみた。
バザールはトルファン賓館から歩いて10分くらいの大きな交差点のわきにあり、野菜好きのわたしは、ついでにトマトと果物を仕入れてくるつもりである。
バザールは、なるほど、これがそうかと納得いくものだった。
近代的というにはほど遠く、素朴なテントを張った村の物産展といったようすで、広場に野菜が積まれ、ウイグル人でにぎわっている。
ウルムチでは漢族が目立ったけど、ここにいるのはほとんどすべてウイグルだった。

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ここでは荷物の運搬はまだまだ家畜に頼っているらしく、バザールの中にロバの引く荷車が多かった。
ロバは人間にとって、天から授けられたような便利な動物である。
わたしは市場の中にたくさんのロバがいて、しかもそのまわりに野菜や果物がいくらでも積まれているのに、ロバがこれを食いたそうな顔をしないのを不思議に思った。
あとでアイプ君に尋ねると、ロバは草やコーリャンを食べます、野菜も餌袋に入れてやれば食べます。ウリやトマトは丸いから口に合わないんじゃないでしょうかと最後は変な説明である。
しかもこれは日本人のわたしが日射病になってしまわないかと心配したくらいなのに、炎天下に何時間も放置されて平気な顔をしている。
こんな重宝な動物だから、ウイグル人の農家には1家に1頭が必需品で、自家用車代わりに使われていて、まだ小学生みたいな子供が平気でロバ馬車をあやつっているのをよく見かけた。

005a_20240529121701005b_20240529121801 バザールの中で烤羊肉(串焼き肉)を3本食べる。
ここでは1本が2元で(ふっかけられたかも知れないけど)、そのかわりこれまで食べたどこの烤羊肉より肉が大きかった。
田舎に行くほど串焼きの肉が大きくなるというのは、このトルファンでの体験から来ている。

ほかにトマトとアンズを買って帰る。
アンズは3元も買うと、ウルムチの5元より量が多かったから、諸事田舎のほうが物価は安いようだ。
バザールには明日また出直すことにする。

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ここに載せたのはNHKが1980年に放映した「シルクロード」からキャプチャーした画像で、わたしの旅よりさらにむかしのトルファンのようすがわかる。

ホテルへもどって、もう寝ようと横になったら、どこかで太鼓を叩くような音がする。
さてはと起き上がって音の聞こえるほうへ行ってみた。
プールのわきにステージがあって、派手な民族衣装をつけたダンサーたちが踊っていた。
トルファン賓館で毎夜行われるウイグル族のショータイムというわけだ。
ショーは有料らしいけど、わたしは最初、知らずにタダで見ていた。
そのうち受け付けがあるのに気づき、いくら?と訊いたら、おばさんが2元と答えたようだった。
こまかいのがなかったから百元札を出したら90元しかつりをくれない。
わたしが聞き間違えたのかと思って黙っていたけど、こういうずぼらな日本人が多いことをおばさんは知っていたのかも知れない。

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舞踊のほうはなかなかリズミカルで、コミカルな部分もあって楽しめた。
見学しているのは圧倒的に日本人が多いようだった。
観光バスを乗りつけて来ていたくらいだから、なんのかんのといってもこの夜、トルファン市内に50人以上は日本人がいたのではないか(あとでアイプ君に聞いたところでは、香港や台湾の人のほうが多かったという)。
この晩はカメラを忘れたので舞踊の写真はあとで紹介する。

ショーが終わったあと、コーラを買いに出たら、もう遅い時間なのに門の前にロバタクシーが停まっていた。
馬方の少年がへんな日本語で「安いよ」「安いよ」という。
今夜は疲れているからダメだと、できるだけやさしくいったつもりだったのに、少年はチェッとはっきりわかる舌打ちをした。
わたしが思っているほど彼らは軟弱じゃない。
夜になると庭のどこかで、キョロキョロとヤモリが鳴く。

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ジョージア

いかに日本の報道が偏っているか、それを証明する実例があった。
ジョージアで「ロシア法」が可決。
ロシア法というのは、詳しい説明は省くけど、たいそうケシカラン法律らしく、日本のメディアは口をそろえてジョージアは誤った選択をしたという。
しかしジョージアはいちおう民主主義の国だ(そうじゃないという人がイマスカ)。

大統領という女性が法案に反対したそうだけど、ややこしいことにこの国にはべつに男の首相というのもいて、どっちが偉い(実権を持っている)かというと、議会を率いる首相のほうらしい。
大統領の反対でいちどは頓挫したものの、最終的な決定権を持つ議会が再提案して賛成多数で可決だそうだ。
それなのにNHKの報道では、大統領が反対したからという理由で、国民のすべてが反対しているようにいうのだ。

民主主義の国で、国民に選ばれた政治家が、多数決で可決したものにケチをつける。
いったいなんだ、なんだ。
世界中の国が日本と同じ考えでなければいけないということか。
もしかするとジョージアのほうが日本よりも公平な報道がされていて、国民は自分の意思で、こりゃロシアについたほうが得だなと考えたのかも知れない。
この場合、日本には文句をいう資格はないぞ。
大相撲で大関を出してあげたじゃんというのかも知れないけど、そんなもんが資格につながるわけもない。
いいかげんに他国を指導してさしあげるという傲慢な態度は捨てろ。
これこそ日本が偏向しているというあきらかな証拠じゃないか。

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昨日のニュース

ウクライナ支援に命をかけているNHKにとっては、天敵ともいえるわたしのブログだ。
今回も情け容赦なくケチをつけるぞ。

昨日は大きな国際事件というと北朝鮮のミサイル(いちおう人工衛星)の失敗くらい。
北のミサイルはものの見事に失敗した。
日本でさえまだ100%の確率で打ち上げられない技術じゃないか。
北にはムリよ、無理。
まだしも気球やドローンでも作ったほうが早いや。

なんとかロシアと極悪国家の北朝鮮を結びつけようという西側には申し訳ないけど、プーチンはけっして北にミサイル技術なんか教えるつもりはない(教えたって使いこなせるわけもないし)。
まえに正恩クンがロシアを訪問したとき、返礼としてプーチンもそのうち北を訪問するのではないかと、もっぱらNHKに騒がれた。
そんなことをしたら極悪国家とロシアを結びつけたがっている西側の思う壺だ。
わたしはプーチンが北を訪問することは決してないだろうと予想したけど、いまのところその通りじゃないか。
先日、プーチンが中国を訪問したとき、すぐとなりにいるんだから、おまえもちょっと顔を出せぐらいのことをいうかと思ったら、それもなし。
この点は中国も同じで、北(とNHK)が勝手に騒いでいるだけで、軍事協力なんかするはずはない。
プーチンは正恩クンが追いこまれたら何をするかわからない狂犬だということを知っているし、中国だって北に核兵器なんか渡したら、北東アジアの安定が損なわれるだけということを知っている。
この両大国が冷静さを保っているおかげで、世界は核戦争から免れているともいえるのだ。

ロシア、中国が具体的に北に軍事協力をしたという(NHKの発言以外の)証拠があったら教えてほしい。
コメント欄はいつでも開いてるぞ。

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2024年5月28日 (火)

外野は

前項の続きになるけど、ウクライナはスイスでの平和サミットに中国を招致して、ロシアは招かないらしい。
ここでゼレンスキーさんの心情を推察してみよう。

本心では和平したいんだけど、ロシアに頭を下げるのはメンツが許さないし、領土を寸分も渡さないとゴネたおかげで、自縄自縛になってしまった。
そこで中国に参加してもらって、中国のほうからロシアに話してもらいたい。
中国もそんなことはわかっているけど、プーチンのいうとおり、クリミア半島と東部4州を割譲してしまいなさいでは、ゼレンスキーさんもこれまでのいきさつから、はい、わかりましたと呑むわけにはいかない。
だったらロシアが兵をひけばいいというのはおおかたの日本人(とNHK)だろうけど、それでは今度はプーチンのほうが納得しない。

それでも中国はロシアの支援国なのに、そんな中国に口利きを依頼するくらいだから脈はある。
現在ではV・ヌーランドおばさんはいないし、アメリカやEUだってうまい解決法があるなら和平に文句はない。
当事者はみんな戦争を終わらせたがっているのに、メンツがからんで動きがとれないだけだ。
さて、ここは長い戦乱の歴史をもつ中国が、どんな巧妙な仲裁案を考えるか、外野は黙って見守ろうじゃないか。
外野が口を出すから話がこじれる。
わたしの見立てが間違っていると難癖をつけたい人はコメント欄からドーゾ。

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2024年5月27日 (月)

当事者不在?

『和平交渉に前向きなプーチン氏、ウクライナが警戒する当然の理由は』
これは今日のネットニュースの見出しにあったものだけど、また始まったなというところ。
和平交渉なら当事者同士がやればいいのに、外野がつべこべ口を出す。
ちなみにこの見出しはCNNによるものだ。

もういだろう、このへんでやめないと本当にウクライナは兵士がひとりもいなくなってしまう。
というので、プーチンが最初の予定通り、クリミア半島とそこへ通じる東部4州を開け渡せば和平に応じようといってるのに、外野である西側連合軍は、過去のデタラメを並べ立ててロシアの下心を邪推する。
過去にもいちどプーチンは和平案を出したけど、そのころは米国の性悪女ビクトリア・ヌーランドおばさんが健在で、ロシアからの提案を握りつぶしてしまった。

CNNの記事によると、いまロシアは過去最大の戦果をあげている。
それなのに和平案を持ち出す理由は2つあって、ひとつはスイスで行われる平和サミット、もうひとつは米国の大統領選挙に影響を与えようというものだそうだ。
さあ、お立ちあい、みなさんも自分の頭で考えてほしい。
メディアのいうことをそのまま素直に信じてはいけないよ。

平和サミットには、(いまのところ)ロシア以外の80以上の国が参加する予定だそうだ。
当事者の一方が参加しない和平会議なんて聞いたことがないけど、今回のそれには米国と中国が参加するらしい。
するとこれまで何度も開催されたG20みたいなもので、なにもまとまらないということがいまから決定的ではないか。

米国の大統領選挙に影響?
つまりいいかげん戦争にイヤ気がさしている米国民に、ひょっとしたら和平が実現するかもしれないと期待を持たせるつもりだろうと、CNNが勝手に推察してくださるのである。
戦争が終わればなんだっていいんだけどね。
どちらにも言い分があるとしても、こんな調子で外野がよけいなことばかりいっていたら、戦争は永遠に終わらない。
もういいかげん当事者同士にまかせておいたらどうなのか。
ウクライナに兵士が残っているいまのうちに。

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コメント

お、めずらしくコメントがついたな。
わたしのブログもいよいよ炎上かとドッキリしたら、ガセネタ商品の販売サイトからだった。
ちょっと陰謀のような気がしないでもないけど、べつに損するわけでもないし、とりあえずわたしはそんなものの販売に関わっていませんと宣言しておく。
どうせロクなもんじゃないに決まっているから、なんか買って苦情を持ち込まれてもわたしは責任とりませんからね。
売れたら、ひとつにつき売り上げの1割か2割くれるなら大歓迎なんだけど。

その後ふざけたコメントは削除しました。

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2024年5月26日 (日)

中国の旅/夢のトルファン

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夢のトルファン・・・・このころのトルファンは旅行のガイドブックなどでそう呼ばれていた。 
いったいどんなところなのか。 
どうして“夢の”トルファンなのか。 
じつはこの1997年のシルクロードの旅における、わたしの究極の目的地はトルファンだったのである。 
蘭州や敦煌は、ノンストップで行くのも味気ないし、途中にある大きな街にも寄っていこうと考え、たまたま両者ともほぼ1日行程の場所にあったから選んだもので、かならずしも蘭州、敦煌である必要はなかった。 
しかしトルファンについては、シルクロードを象徴する場所という評判と、この「夢のトルファン」というフレーズがわたしをもうれつに惹きつけた。 
若いころ、やせっぽちのわたしが無謀にも海上自衛隊に飛び込んだのも、現実よりあこがれを優先させるというこの性格にあったからで、あとで訓練のきつさにたっぷり後悔したくらい。 

敦煌からトルファンを飛び越えて、先にウルムチまで行ってしまうことにした理由はもう書いた。 
ウルムチに到着したのは早朝で、トルファンを通過したのはまだ夜が明けてない時間だったから、わたしが昼間じっくりトルファンを眺めるのは、この列車が初めてということになる。 

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わたしの席は3段になっている2等寝台のいちばん下だった。 
駅員の配慮なのか、それとも偶然なのか、わたしのベッドのまわりには客がひとりもおらず、6個のベッドにはさまれた空間をわたしひとりが占領するという贅沢な旅になった。 
あとで考えると、ウルムチからトルファンはバスの便も多く、たかが2〜3時間ていどの旅に寝台列車を使う人間はいないから、らしかった。 
これならのんびりゆったりワープロを使いながら旅をしても、誰にも文句はいわれないわけだ。
旅のメモを見ると、わたしの興奮は極度に達していたらしく、記録はほとんど30分刻みになっている。 
これを見てわたしはひとつの実験をすることにした。

宮沢賢治の詩に「小岩井農場」という作品があって、これは詩人が歩きながら、移動しながら、目に見えるものを片っぱしから詩にしてみようと試みたものである。 
だいそれた真似ごとながら、わたしもやってみよう。 
そのためにハンディなワープロを持ってきたのだから。

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列車は13時30分にウルムチを発車した。 
走り出してすぐ左手にごつごつした山肌が迫り、線路ぎわに小さな黄色い花が咲いているのが見えた。右手には線路ぞいに草原と、その向こうに菜の花も見える。 
農夫も家畜もいないけど、このあたりではまだ人間の気配は濃厚だ。 
14時ごろ左手に、往路でも見た無数の風車がそびえて、大きな踊り子たちが勝手気ままに踊っているようだった。
まもなく両側の等距離に山塊が迫り、左側のそれは山頂に白い雪をかぶっている。 
車窓からすぐ近くを見ると、線路に平行して道路があり、ときどき汚いドライブインがあらわれた。
この光景は、わたしに「郵便配達は二度ベルを鳴らす」という小説を、いつも連想させてしまう。 

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14時15分ごろ、右遠方の山すそに氷河を思わせる広大な扇状地が広がっていて、その手前に緑色の水をたたえた大きな湖が見えた。 
山にはまったく草木は生えておらず、重なった峰の向こうにも白い雪の山頂がぽつんと顔を出している。
14時半ごろ、左側に古い土壁の残骸のようなものが点々と見えた。 
集落跡だとしたらかなり大きいけど、ひょっとすると役目を終えて解体を待つ、なにかの工事の飯場跡だったかも知れない。 
右側にはまた大きな湖があらわれ、湖畔に塩田のようなものが見える。
しかし漁りをする舟もなく、その周辺に民家はひとつもなく、少しはなれたところに大きな工場とアパート群がある。
左側はいよいよ荒涼とした風景で、あちこちに台形の丘があり、右側の街道すじに日干しになったヤナギが並んでいた。 
街道は線路の右になったり左になったりし、ときおり屋根に荷物を満載したバスが走っている。 
あの車もわたしたちと同じ目的地に向かうのかと思う間もなく、バスはたちまち後方に遠ざかる。
14時45分、小さな村、麦と菜の花、放牧された家畜たち、遠くに雪の残る山、夢のようなところだ。 
2等寝台の乗客たちは、本物の夢を見るべく、大半がごろりと昼寝をしていた。

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この村をすぎると大きな川を越え、まもなく天山山脈の一部と思える荒々しい岩山に突入した。 
列車は蛇行しながら無数のトンネルを抜け、人間生活を拒絶するような岩ばかりの世界へ。 
山は太古のむかしからそこにある。
1頭のカモシカ、1羽のタカさえ見えないこの岩山を、絹を積んだ隊商はどうやって越えたのだろう。
15時ごろ見通しがいくらか開けた。 
まだ周囲は複雑怪奇な岩山ばかりで、線路と直角に、水の干上がった河床のような侵食跡がいたるところにある。 
そうしたところでは時どきムラサキ色の可憐な花を見ることも。 
あれはいったいなんの花かと、目を皿にするわたしに容赦なく、列車はウルムチからノンストップで、山間部をトルファンへ、トルファンへと下ってゆく。 

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15時20分、列車は山を下っており、前方に広大な砂漠景色が広がった。
わたしのコンパクトカメラでは絶対にとらえられない、広漠とした砂の大洋である。 
この旅で敦煌へ向かうとき、わたしはずいぶんあちこちにオアシスがあると書いた。 
しかしここでトルファン盆地を一望に俯瞰すると、オアシスなどひとつも見えず、むかしの旅人の孤独感が絶望的なまでに伝わってくる。 
もしもこれからトルファンに行く予定の人がいたら、このウルムチからトルファンへ向かう場所での景色は見逃すべきではないといっておく。 
わたしがこの旅で見たいちばん印象に残る砂漠の景色だったのだ。 

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トルファンのひとつ手前の無停車駅あたりで、線路工事のため列車はぐっとスピードを落とした。 
しかしそこを過ぎるとまた快調に走って、わたしはほぼ定刻、とっとっと、メモに時刻の記載がないけど、おそらく16時ごろにトルファン駅に到着した。

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現在のトルファンには、高速鉄道が通じているし、わたしの知らない新しい駅が出来ているだろうと思い、調べてみた。
新しいトルファン駅は“北駅”という名称になっていて、トルファン空港から500メートルしか離れていないというから、ほとんど空港と同じ場所にあるらしい。
北駅は2014年に完成していたけど、わたしが行ったときにはまだなかった駅だし、これから行く予定もないので、具体的なことはなにもワカリマセン。

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聞いてはいたものの、トルファンの駅(旧駅)はとても小さかった。
トルファンの町そのものは駅から60キロも離れているという。
わたしはバスの発着場へ向かった。
駅のすぐ前にもバスの発着場があるけど、それは長距離専用だそうで、トルファン行きのバス発着場は、駅から徒歩で5分ぐらいの場所にあった。
タクシーに乗るほどの距離ではないから、わたしは汗をかきつつ、大きな荷物をさげて歩いた。
敦煌のもより駅の柳園も殺風景なところだったけど、トルファンの駅周辺も、駅舎以外に工場や倉庫のようなやくざな建物がいくつかあるくらいで、まあ、殺風景なところである。
とちゅうで前からきた2人連れに道を尋ねたら、そのうちのひとりは日本人だった。

バスに乗り込んで発車を待っていると、メガネをかけた丸坊主のバックパッカーが乗り込んできた。
なんとなく日本人という顔つきだったから声をかけると、やはりそうで、4月にベトナムから中国へ越境し、雲南をめぐって、この日はハニから6時間かけてやってきたという。
いわゆる大陸浪人ですねといってやる。

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駅から町への道は荒れていた。
去年の夏に大洪水があって、橋は流され、道路は決壊したのだという。
しかし見渡すかぎりの大砂漠なので、この砂漠を埋め尽くす水の量というのはどんなものなのか想像に苦しむ。
とちゅうに川があったけど、橋は流失してあとかたもなかった。
そのかわりいったん丸石のごろごろと積み重なる河川敷に下りて、浅瀬を渡るように仮設の橋が作られていた。
バスの運転手は舗装部分で追い越していった乗用車やジープを、ジャリ道の部分で追い越してしまったくらい豪快な運転をしていたけど、この河原では車は大きく左右にゆれた。
道路に穴のあいている個所もあったから、こちらもスリル満点である。

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ずっと南下していたバスはふたつ目のオアシスの手前で東に向きを変えた。
このあたりでトルファンは砂漠のかなり遠方から視認できる。
決壊した道路に代わって、現在幅の広い道路が建設中で、オアシスの中に白いビルが点々としているのが見えた。
トルファンの手前に大きく近代的な紡績工場があったのには驚いた。
外国との資本合併だろうか。
そして大きな広い通りを左折すると、いよいよトルファンである。
道のわきをスカーフをまいた派手なワンピースの女性たちが歩いている。
水路で子供たちが遊んでおり、ブドウの棚が見え、街道でロバの子供が親にじゃれついている。
畑のあいだにレンガを組んで格子の窓をつくった四角い建物がたくさん見えた。

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アメリカの大学生

アメリカの大学生たちがバイデン政権のパレスチナ政策に激しく反応している。
アメリカの大学生というのは・・・・
あれはたんなるアホである。
なんとなれば表面的なもの、たとえばテレビで放映されるガザ地区の虐殺についてはストレートに反応するくせに、ちょっと自分の頭で考えなければいけないことには、もうまるっきり無知だからだ。

ロシアがウクライナに侵攻した。
ガザ地区ではパレスチナに同情した大学生たちが、ウクライナ戦争で声を上げたのを聞いたことがない。
ロシアにはロシアの事情があるなんてことは考えようともしない。
自分が相手だったらどうするか。
それを考えられないから、わたしはアホだというのだ。
わたしは「マクナマラの誤謬」というテレビ番組を観たことがある。
政治家というのは本音とたてまえが異なるのが常識で、それに気がついた1新聞記者の告発で、ベトナム戦争は終焉に向かった。
真実を知ろうと思ったら、彼らの発言の裏まで推察しなければダメなのである。
テレビで放映されたことだけに反応しているから、ん、やっぱりアメリカの大学生はアホやねん。

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2024年5月25日 (土)

おーい

ときどき不思議に思うのは、政治家でも役所でも放送局でもいいけど、ちょっと中国寄りの発言をすると、すぐあいつは中国から金をもらっている、あそこには中国のスパイが入りこんでいると騒ぐ手合いがいることだ。
そのくせあそこにはアメリカの金がまわっているという人はおらんね。
あたりまえじゃん、アメリカは同盟国だ、その場合危険ではないし、スパイとはいわないんだよ、という人がいるかな。

しかし中国のスパイが具体的に日本に損害を与えた実績はないのに比べ(なんかあったら教えてほしい)、アメリカが日本に中国との戦争をそそのかしているという根拠は、いまの日本の政府、役所、公共放送、SNSを見ればあきらかだ。
大政翼賛会のようなあらゆるメディア、偏向報道ばかりしているNHK、ブログを選別するココログ、もと陸将のWさんやヒゲの政治家Sさん、テレビに出まくっている御用解説者のHさん、Kさんたちのわかりやすいプロパガンダなど。
もろにアメリカからいくらかもらってんじゃないかと疑える人ばかりじゃないか。
なにがなんでも台湾有事に、中国との対決に、持っていこうという彼らの姿勢は、さしせまった現実の脅威なんだよ。

いま日本が中国と戦争をしても絶対に勝てない。
強調しておくけど、ゼッタイに勝てるわけがない。

現在の中国は第2次世界大戦まえの中国ではないし、やらなくてもいいことをしてロシアを中国の同盟国に押しやった。
戦争になれば中国とロシアという、核兵器を持った超大国の連合軍を敵にまわすことになる。
これで勝てるという人がいるか。
アメリカが味方してくれる?
あそこは国がふたつに分裂してそれどころじゃないし、(兵器企業が儲かるから)兵器の供与はしてくれるだろうけど、兵隊は出さないよ。
西側だって連合する?
連合に熱心なのは英国ぐらいで、ドイツやフランスは、できることなら中国とことを荒立てたくないし、ほかのNATO諸国は頼りにならない国ばかりじゃないか。
戦争になってしまえば、独仏もイヤイヤながら西側連合に加わるかも知れないけど、アジアの戦争だから今度は日本が先頭になってというだろう。
そのアジアでは、どっちにつくか模様ながめの韓国、台湾はすぐに西側に反旗をひるがえしそう。
けっきょく中国と対峙するのは日本だけとなって、代理戦争をまかされたウクライナと同じ運命が待っているだけだ。

それじゃあどうすればいい?
おとなしく中国の軍門に下れというのか。
屈辱的な地位にあまんじろというのか、日本の国体はどうなるんだ、戦争はやってみなけりゃわからんだろ。
まるで戦前の日本軍だな。
戦争をしてもしなくても軍門に下るのが同じなら、最初からギブアップしたほうが、犠牲者を出さないだけまだマシだ。
そんなことより落ち目といわれながら、それなりの存在感を示している英国を見習って、アジアの英国になろうという発想がなんで出てこない。
中国の1強化を恐れるということは、そのままこれまでのアメリカがどれだけ横暴だったかを物語っている。

だいたい地球がひとつにまとまろうかというグローバル化の現在は、かっての覇権主義の時代とは違うのだ。
中国だって国内問題や、人類共通の温暖化問題を抱えているのだから、他国(日本)を征服したがるかどうかだれにもわからない。
もしかするとアジアでも、いまのヨーロッパのように、さまざまな考えのさまざまな国が、押し合いへし合いしながら、なんとか共存していくかも知れない。
どうして取り越し苦労をして、わざわざこっちから戦争を仕掛ける必要があるんだ。
というのは、昨日のココログの「農と島のありんくりん」サンへの解答でもあるんだけどね。
おーい、ありんくりんサン、読んでるかー。

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2024年5月24日 (金)

某ホテル・ランチ

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2024年5月23日 (木)

役立たず

『ロシアによるウクライナ侵攻以降、日ロ関係は冷えこんでいる』
これは今日のニュースの見出し。
新任のロシア大使が天皇陛下に新任状を捧呈したのが非公開だったことの説明。
ま、日本は立憲民主の国で、天皇といえども国会が決めたことを守らないわけにはいかんからね。
プーチンもそのことはよく知っていて、ウクライナ戦争が終わり、岸田クンが交代すれば、また日露関係はもとのサヤに収まると信じてるのだろう。
ロシア人は日本人が好きなんだよ。
プーチンだって本心では中国よりも日本と仲良くしたいはずだ。
長・長期的に考えれば、アホのアメリカより、ロシアを戦略的パートナーに選んだほうがずっと役に立つのに、この国には役に立たない役人(と公共放送)ばかりだ。

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明日は

明日は知り合いのお誘いで、某ホテルでランチをご馳走になることになった。
今日はヒゲを剃って、お風呂に入って、早めに寝るのだ。
わたしみたいなじいさんでも、たまにはこんな豪華な体験があっていいではないか。
でもよく聞いたら、新聞の勧誘員からサービスでもらったランチ券だそうで、明日のいまごろはがっかりして、はうはう家にたどりついて、ふてくされて寝ている可能性が高いな。
ん? キミらまでがっかりするこたぁないですよ。

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ただいま迷走中

こういうとき笑うのは不謹慎である。
ということはわかっているけど、あ、いや、イランではなく、アメリカのバイデンさんのことなんだけど、ここんところ迷走が激しいね。
ICC(国際刑事裁判所)がネタニヤフさんを指名手配するといったら、ケシカラン、ICCに制裁だと言い出した。
危険だからと子供たちを安全なところに避難させたプーチンが指名手配されたときはなにもいわず、じっさいにおとなも子供もいっしょくたに虐殺するネタニヤフさんが指名手配されると怒るなんて、これはいくらなんでもダブルスタンダードだと、あのNHKまでが言っている。
しかも、いまだにアメリカの制裁は効果があると信じてるんだから、おかしくないという人がいたら、その人の頭もおかしいよ。

ハマスがイスラエルを急襲したとき、バイデンさんはネタニヤフさんと一緒になってハマスを非難した。
アメリカはイスラエルを支持するとはこのころの発言。
その後イスラエルのパレスチナ人虐殺がひどいと、米国の国内世論が沸騰すると、イスラエルにラファ攻撃は控えるようにと忠告。
お、アメリカもけっこうまともじゃんと、NHKは大喜びで、それをしつこく報道し、じっさいには虐殺の片棒をかついだ。
ネタニヤフさんは聞く耳を持たず、虐殺を継続する。
お父さんが死んじゃったーと叫ぶ血まみれの子供の声を聞いて、こころを動かされないほうがおかしい。
大学生たちのストが相次ぐと、これでは大統領選挙に影響が出そうというので、バイデンさんはイスラエルに弾丸は送らないと言い出した。

といっておきながら、ICCが乗り出すと、またイスラエル擁護だ。
これはダブスタだと、馬鹿でも、NHKでもわかる。
選挙民と献金をしてくれる企業の顔を、つねにうかがいながら判断しなければならない民主主義国の、そういうアメリカの欠点がこれだ。
日本人の赤根トモコおばさんはどう出るか。
ハマスの幹部も同時に指名手配して、ICCが西側寄りの組織だということを証明してるのに、アメリカを怒らせてしまった。
もうアメリカもバイデンさんも日本もNHKも、そしてICCまでみんな迷走中。
ヘタな喜劇よりよっぽどおもちろい。

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2024年5月22日 (水)

未来の政治

昨夜のNHK国際の報道では、アメリカではバイデンさんとトランプさんの勢いが拮抗しているらしい。
いくらかトランプさんのほうが優勢らしいけど、NHKの報道ぶりをみると、どうもNHKがいう以上にトランプさんのほうが優勢なんじゃないかね。
どうしてもバイデンさんに勝ってもらいたいNHKの欺瞞体質は、この2人の報道に如実にあらわれているみたい。

NHKの高木優ワシントン支局長がトランプさんのもと閣僚にインタビューしていたけど、バイデンさんは気候変動対策に熱心で、トランプさんはそうではないそうだ。
これはまあ、間違っているわけではない。
トランプさんは科学の知識が皆無の大統領で、バイデンさんは、たしかに気候変動対策に重きをいって若者の支持を集め、かろうじて大統領選挙に勝った。
ところが勝ったとたんに豹変して、ウクライナ支援にのめりこんだ。

それはたまたまタイミングが悪かったのだ。
ロシアがウクライナに侵攻したから、米国の大統領としては、ウクライナを優先しないわけにはいけなかったのだという人がいるかな。
アホいってんじゃない。
ウクライナがヨーロッパでも特に有名な汚職国家で、オリガルヒに食い物にされる破綻国家だったということは、いくらでも証拠がある。
逆にロシアは、いろいろいう人がいるけど、マクドナルドもケンタッキーも、ユニクロやトヨタの販売店さえあって、ふつうに働けば誰でも安心して暮らせる法治国家だったという証拠もある。
アメリカが無用の煽りをしなければ、ウクライナの若者の多くが、いまも(日本のように)政治にブウたれることはあっても、何事もなく平穏に暮らしていたはずだ。
ウクライナの優先順位を先にまわすような価値があっただろうか、しかも遠くはなれたアメリカが。

NHKの拠り所になっている民主主義は、いったいどうなってるんだろう。
どうやらソ連が崩壊して冷戦が終わり、アメリカがゆいいつの軍事大国になったときが、同時に民主主義の終焉の始まりでもあったようだ。
冷戦の最中はアメリカも相手よりいいトコを見せなければならないから、まじめで公平なことばかりを見せつけていた。
ヘンリー・フォンダやグレゴリー・ペックの活躍する映画が華やかなりしころで、わたしもそのころのアメリカをいい国だと信じていたもんだ。

しかし独裁政権はかならず堕落するという格言がどこかにあったように思うけど、それは米国も例外ではなかったのだ。
途上国というのはたいてい人件費が安く、同じ製品でもそのぶん安く作れる。
その利点を利用してみずからも豊かになろうというのを、先進国がジャマするのはフェアじゃない。
一強におぼれたアメリカは、今度は他国の繁栄にいちゃもんをつけ始めた。
途上国が保護貿易に走るのは、先進国になるためにどうしても通らなければならない関門で、日本だって過去に西欧といくつもトラブルを抱えている。
たとえば車、日本車が売れるようになると、アメリカは手を変え品を変えして難癖をつけた。
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」という作品には、先に行った人間があとから来る者を叩き落とそうとして、天罰を受けるシーンがある。

中国が近い将来一強になるのは確実と思えるけど、そうなると心配なのは、今度は中国が堕落しないかということだ。
いまはまだ相手よりいいところを見せなければいけないから真面目だけど、セオリーに従えば中国も確実に腐敗する。
人間が政治をするかぎり、これは絶対に起こる問題、と書こうとして、ふと思い当たった。
人間が政治をやるからいけないのだ。
昨今取り沙汰されているAIの発達は、未来の地球政治はコンピューターにおまかせという時代の先駆けじゃないのか。
人間がやるから堕落するのであって、機械がやればすべての人類に平等で、どこの誰も文句をつけることができない。
これではSFだけど、このくらいのことを言っておかないと、死んでも死にきれんよ。

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2024年5月21日 (火)

中国の旅/東トルキスタン

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ウルムチ最終日は、朝起きたのが8時すこし前。
朝食はホテルで取ることにし、14階のレストランに入ってウェイトレスにおはようと声をかけたとたん、かたわらのテーブルから男性が立ち上がり、りゅうちょうな日本語で「日本人ですか」と話しかけてきた。
わたしは人づきあいがヘタなので、こんなふうにいきなり見ず知らずの人から話しかけられると、狼狽して満足な返事もできない。
しかも話を聞くと相手はウイグルにある中国科学院の雪克熱提さんという学者さんで、北海道に1年ばかり研修に行っていたことがあるという。
人格的にもわたしなんぞとは比べものにならないくらい立派な人のようで、ついおたおたしてしまった。
この人は自分でウイグルだといっていたし、名前からしても漢族とは思いにくいから、ウイグル人でも優秀な人なら、このころから日本へ留学や研修に行けたという見本みたいな人だった。

新疆ウイグル自治区というと、いろいろ問題のあるところである。
このころのわたしは中国のウイグル問題については、過去にいくつか暴動があったということぐらいしか知らず、中国人と間違えられてぶんなぐられるんじゃないか、せいぜい注意しようということぐらいしか考えていなかった。
それでも1997年の旅と、このあと2000年、2002年と3回も新疆ウイグル自治区を訪問することになって、わたしの頭の中には、この問題についてひとつの考えがまとまってゆく。
それはあとで話すことにして、とりあえずこのときの旅では、見たものだけをそのまま書いていくつもりだ。

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列車は午後の1時半なので、まだ時間がある。
チェックアウトしても特に行くところがあるわけでもないし、そうかといって部屋でぼんやりしているのも世間体がわるい。
どうせヒマなら駅へ行き、荷物を預けて駅の近くをぶらぶらしていたほうがなんぼかマシというわけで、早めにチェックアウト。
タクシーに乗るときあらかじめ確認しておいたのに、到着して100元札を出したらおつりがありませんという。
トルファンまでせいぜい2、3時間なので、食料の準備なんか必要ないんだけど、仕方がないから売店でパンとミネラルウォーターを買って紙幣をくずした。

ウルムチの駅では、駅員のような肩章つきのシャツを着た男がやってきて、荷物を預けますかと聞く。
親切な駅員がいるものだと思いつつ、あとをついていったら、預かり賃が4元だという。
高いよ、おい、いいや、あっちで聞くからといったら2元にまけた。
ふざけやがって。

パンをぶらさげたまま駅まえをぶらぶら。
うまい具合にそのあたりに欠食児童みたいなのがいたから、おい、これを持っていけと押しつけてしまった。
広場には雲南あたりの少数民族の服を着て、お茶を売るお姉さんたちもいた。
どこの民族ですかと訊いてみたら「白族」と答えた。
白族は雲南の、その古い日本を思わせるたたずまいが日本人にも人気のある大理あたりの少数民族だけど、中国の少数民族についてはまたウィキペディアにおまかせしておく。
ここでは、中国は世界でも最大クラスの多民族国家であることぐらいは知っておいてほしい。
蘭州から敦煌に向かう列車の中で出会ったウイグル娘や、それ以前に上海で見たサニ族の娘など、広大な中国大陸を駆けめぐる少数民族の娘たちのたくましさは、日本人にはなかなか理解しにくい。

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駅まえの道路に移動トイレ車が停まっていることはまえに書いたけど、そのあたりは求職者と手配師たちの出会いの場でもあるようだ。
日本でもむかし(いまはどうなっているか知らない)新大久保の山手線ぎわの公園に、そういう私設職安があって、わたしも日雇いの仕事を探しに行ったことがある。
あまり思い出したくない思い出だけど。

その道路の向こう側は樹木の多い公園になっていた。
木陰にさえいれば涼しいところだし、時間をつぶさなければならないので、公園にも入ってみることにした。
案の定、緑いっぱいの公園は涼しかった。
ベンチに座っていたら、ベンチはほかにいくらでもあるのに、アベックがわざわざわたしのとなりに座った。
顔つきからしてウイグルではなく、ふつうの漢族の男女である。
何かわたしに用事でもあるのかと思ったけど、ただいちゃいちゃを見せつけられただけだった。
市場のようなところ、また市内のあちこちで、たしかにウイグル人はたくさん見たけど、ウルムチ市内全体をながめると、いちばん多いのはやはり漢族のようである。

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中国の新疆は、かって東トルキスタンという名称で、短期間だけ国家が樹立していたことがある。
ただし大統領も首相も、政府の閣僚もおらず、国内に中国の中央政府、軍閥や少数民族の組織、ロシアの白軍、強盗、チンピラが入り乱れていて、はなはだ不完全な国家だった。
スウェーデンの探検家S・ヘディンが書いた「さまよえる湖」は、1934年4月のこの混乱の最中の記述から始まるのである。
彼は中国の役人から、ウルムチは危険だから、しばらくそのあたりの砂漠に退避しているようにと要請され、これ幸いとロプノールや楼蘭の探検に精を出した。

もっと時代をさかのぼると、新疆が中国の版図に入ったのは“清”の乾隆帝の時代で、これは1700年代の後半とされる。
よく知られているように清は北方の異民族が建てた王朝で、厳密には漢民族の国ではない。
同じ異民族王朝である“元”がモンゴル族の国だったことは誰でも知っているのに、清についてはそうでもないようだ。
中国は何もかも飲み込んで同化するるつぼみたいなものだったから、わたしはあまりこだわらないけど、このあたりの国境を10年を1分にタイムプラス(早送り)してみれば、まるでアメーバのように収縮を繰り返していることがわかるだろう。
国境というものは永遠なるものではないのである。

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ついでにいわせてもらうと、わたしはこの歳まで、はっきり“民族”を定義づけた文章に出会ったことがない。
民族とはなにか。
国籍を同じくする人々の集団なのか、共通の言語を使う人たちなのか、同じ宗教を信じる人たちか、血統なのか色の黒さか美貌の割合かお尻のアザなのか。
こうやって考えるとひとつでも納得できる因子がないのである。
そういうわけで、ここでもわたしは民族や国家というものにこだわらず、ただ、見たものをそのまま書くだけにする。

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空腹だけど食欲がない。
それでも何か食べておこうと、アーケードのある駅まえ商店街の食堂に入ると、ここには壁に大きな富士山の写真がかかげてあった。
当時のウルムチに富士山を知ってる人間がいるとも思えないので、おそらくどこのなんという山かも知らずに、見栄えがいいというのでカベに貼ってあったのだろう。
店の娘がかわいい子だったので、これは日本の山で富士山というんだよとつまらないことを教える。
はあと気のない返事をしたこの娘や、レジ係の女性も、ウイグルではなかった。
しかしべつにウイグルと思える男性も働いていた。
なんだかわからないけど、わからないところが多民族国家というものかも知れない。
店内に冷蔵庫があったので、開けるのを見ていたら食器が入れてあった。

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ところでウルムチで、わたしはどこに行ってもかならず立ち寄るはずの博物館に寄ってみなかった。
ウルムチ博物館には楼蘭の美女がいるとうすうす聞いていたけど、日本人は人間の死骸を見せ物にしようなんて考えない人種だから、まさか本物のミイラが展示してあるとは思わず、せいぜい兵馬俑のようなレプリカの人形が置いてあるだけだろうと思っていたのである。
ほかに特に見たいものもなかったから、つい無視してしまったけど、あとで最大の痛恨事であることに気がついた。
しかしリベンジのチャンスは3年後にめぐってくる。
わたしはこのときの旅のあと、2000年にふたたび新疆を訪れ、そのときにヘディンが発見し、その後日本のNHKも発掘した楼蘭の王女と感激の対面をするのである。
その場面についてはつぎの紀行記で書くつもりだけど、ああ、それまでわたしが生きていられるのかしらね。

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メシを食って駅へ行くと、駅の待合室は混雑していた。
駅員がわたしのチケットを見て「日本人」といったのがわかった。
いくらか特別待遇のようで、空いていた椅子にぼんやり座っていると、時間がきたとき、駅員がわざわざわたしを呼んでこっちへと案内してくれた。
列車は13:26出発の198次である。
ぞろぞろとホームを行く客の中に、竹の棒に大きな荷物を天秤にして背負ったおばあさんがいた。
服装は古い中国服で、てんそくをしているのか足がやけに小さく、よちよちと歩いていた。
息子さんがいっしょだったけど、彼も大きな荷物を持っていた。
見かねて、おばあさん、荷物を持ってあげますよというと、黙ったまま、いらんという拒絶反応である。
中国女性の強さというより、おそらく長い人生を通じて、他人から親切にされることが少なかったのだろう。

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2024年5月20日 (月)

ふたり

おお、夜のニュース9に台湾新総裁の頼清徳クンと、ニュースキャスターの広内仁クンが連続して出てきたよ。
どうでもいいけど、この2人がまじめな顔をすると、どっちもふぬけの間抜けに見えるな。
頼クンは当たりさわりのない発言で、広内クンのほうはなにがなんでもあたりさわりのある発言にしたがって。
わたしの偏見かも知れないけど、やっぱり台湾有事はないほうに傾いてきたみたいよ。

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今日の陰謀

イランの大統領がヘリコプター事故で亡くなったそうだ。
ロシアのプリゴジンさんや、ナワリヌイさんのときは、あれほどロシアの陰謀だと騒いだ西側が今回はなにもいわんね。
いつもデタラメばかり言ってるSNSの有名人たちも、同じ言い方で騒ぐとすれば、今回はどうしても西側の仕業ということになってしまうので、なにもいえないらしい。
それじゃあロシアの側からなにかいうかというと、プーチンも習近平さんも別になにもいわない。
いかに普段から西側がデタラメばかりいってるかの証明だな。

ところでちょっとまえのこのブログで、ありんくりんサンの発言を咎めるついでにココログをおちょくったら、さっそく意趣返しが来たよ。
今日のわたしのブログのアクセスは、午後4時現在でたったの20だ。
ココログの看板ブログであるわたしのそれが、それっぽっちってことが考えられます?
いや、わたしも文句はいいませんよ。
ココログだって日本政府の指導には逆らえないだろうからね。
わたしはいつだって相手の立場を理解することにしてるんだけど、でもせめて、3桁の下くらいにはしてほしいねえ。

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2024年5月19日 (日)

ロシア流哲学

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20日のNHKで「カラシニコフ銃1億丁・史上最悪の殺人兵器」という番組をやるらしい。
またライフル開発秘話にかこつけて、ロシアを中傷するつもりだろう。
わたしはこの銃のいわれも知っているけど、開発者のカラシニコフも、銃器に罪はない、あるとすればそれを使う人のこころだといっていた。

この銃がまたたく間に世界中に氾濫し、あちこちで、もっぱら金のないゲリラたちに愛用されたことは事実である。
これはロシアという国の製品哲学が関わってくる。
ロシアは精密機械の製造では、ドイツや日本、アメリカにさえかなわない。
そのかわり質実剛健、粗末であっても使い勝手がよく、故障しない機械を作るのが得意だ。
ソ連時代のソユーズ宇宙船は、米国のスペースシャトルが故障続きで引退したあとも、人類にとってゆいいつの宇宙への足として活躍し続けた。
モスクワの地下鉄に乗ると、ガラガラガシャンとものすごい音をたてて入ってくる列車に驚くけど、これもロシア流哲学なのだ。
日本のようにスマートで静粛な車両でないけれど、いつまでも丈夫で長持ちなのである。
カラシニコフAKは極北の低温のなかでも、灼熱の砂漠でもめったに故障しないし、構造が簡単だからコピーも容易で、世界中のゲリラに愛されたのももっともなのだ。

開発者のカラシニコフは、第二次世界大戦で優秀な火器を持ったドイツ兵に、ロシア軍の兵士が射的の的のようにバタバタと撃ち殺されるのを見て、自分たちの銃を開発しようという気になったといっている。
この銃のおかげでどれだけ多くのロシア兵(ウクライナ兵も)の命が救われたかわからない。
そういうことを、たぶんNHKは無視して、また徹底的にロシアを非難するつもりだろうから、せめてこの文章を読んでいるアナタだけでも、カラシニコフについて知っておいてくれたまえ。
銃に罪はない。
あるのは戦争をあおり、武器商人と結託して金儲けをする、そう、アメリカ大統領みたいな邪悪な人間のほうなのだよ。

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今日の園芸

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土曜は海外の報道が少ないんだけど、昨夜のサタデイニュース9に、台湾の新しい総統に就任する頼清徳さんが出てきた。
しかし使われている映像は総統選挙のまえ、選挙運動の最中のもので、まだ元気で自分の主張を得々として語っていたとときのものだった。
選挙のあとの、現在は彼はどんな顔をしているのだろう。
どうもそういう点でもNHKの作為を感じてしまうよな。
ウクライナ戦争でも、西側に有利な映像をいつまでも使い続ける。
そしてけっきょくデタラメがバレるのだ。
頼さんについても、総統にはなったけど、立法院のイニシアチブは野党ににぎられて、悩み多き彼の現状を理解してやらなければ気のドクじゃんか。

あ、上川のおばさんが口禍で炎上してるよ。
でも今回はそんなことを問題にするほうがおかしいね。
おばさんもいつもそういうふうに自分の考えで話せばいいのに、役人の原稿を読むだけでなく。
ただNHKが報じると、またなんか下心があるんじゃないかとついつい疑ってしまう。

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あんまりNHKや他のブログをけなしてばかりいるのもナンだから、今日は花壇の花の写真でお茶をにごしておこう。
最初は種をばらまいておいたら、無事に開花したマリーゴールド。
生存競争の激しい自然界で、放任主義のわたしの園芸はちゃくちゃくと進展中。
あとのほうはちょっと時期遅れじゃないかと思ってしまうスミレの花4種。
かわいい花なので、まわりの雑草を取り除くぐらいでこれも放任主義。
けっこうしぶとい花みたいだ。

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2024年5月18日 (土)

ありんくりんサン

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わたしのコメントを禁治産者扱いにして、わたしからひんしゅくを買っているココログの「農と島のありんくりん」サンが、一転、わたしと共闘をしようというのか、先日の更新でNHKを槍玉に挙げていたよ。
NHKの予算と海上保安庁を比べると、人員はほぼ同じで、危険は海保のほうがいっぱいなのに、NHKのほうが予算が多いのはどういうことだというのである。
ごもっとも。
わたしも昨今のNHKには、なんとか金を払わずに済む方法はないかと思案しているときだから、それはまあ同感だ。
しかしありんくりんサンは触れてないけど、世間に対する影響力は、NHKのほうが海保よりはるかに大きく、当然ながら責任もずっと大きい。
ちなみに今日の午後、海保がなにをしてるか知ってる人はめったにいないけど、NHKの昼ドラや大河ドラマの内容は、そのへんのおばさんでも知っている。
だからこの両者を単純に比較するのはどうかと思う。

わたしが問題視しているのは、そういう影響力が大きい報道機関が、まるで太平洋戦争のときの大政翼賛会のように、日本の若者をたぶらかし、ウクライナ戦争を引き延ばすことに加担していることだ。
戦争が互角に推移しているときならまだしも、もはやどっちを見てもウクライナの勝利はない。
にもかかわらず、まだしつこく戦争を引き延ばそうというNHKのおかげで、戦争が終わっていれば死ななくていいはずのウクライナの若者の命が、どれだけ失われていると思うんだ。
この罪はけっして小さくはないぞ。

今日は今日とてありんくりんサンは、捏造と偏向で有名なNHKの報道をまに受けて、ロシアと中国の関係についていいたい放題。
この人はバカか、あるいはカルト宗教の親玉か。
火薬の原料になるニトロセルロースはほかの民生品の材料にもなるのだ。
そんなものをいちいち咎めていたら、トヨタのハイラックスだって、中東ではゲリラが異動ミサイル発射台に使っているくらいだ(しかも故障が少ないってんでひじょうに人気がある)。
ほかにもこじつければ戦争に使えるものはいくらでもある。
輸出で食ってる日本は、自分で自分の首を絞めるだけということに気がつかんかね。

プーチンが中国で歓待された。
子供たちが旗を持って欣喜雀躍で出迎えるというのは、いまどきこんな国があるのかと疑問を感じるけど、あの国ではいまだに歓迎というのはこういうものだと信じている保守的な官僚がいるんだから、ま、ユーモアだと思えばいいだろう。
プーチンと習近平さんの対面を見ると、現在はたしかにロシアが中国に隷属しているように見える。
しかしこれは時間差の問題でしかない。
アメリカは当初、中国にケンカを吹っかけようと躍起になっていた。
中国が短気を起こしてそれに応じ、逆にロシアが中国を支援する立場になっていたことも十分考えられるのだ。

いったいありんくりんサンは何者なのだい。
こういうデタラメを書きなぐって、今日もココログの人気ブログの上位に入るわけか。
そういえばわたしのブログのアクセスが、今日はまた不可解な動きをしていたな。
添付した画像がそれだけど、今月は7日まで3桁の下あたりをちょろちょろしていたのが、その後しばらく2桁が続き、今日になったら朝の10時にはもう3桁だ。
おおい、ココログさん、油断していちゃダメじゃんと、わたしのほうから注意してあげたいくらい。

自分のアクセスなんてどうでもいいけど、ありんくりんサンのブログにはいちゃもんをつけたいことが山とある。
わたしはこれからも彼の発言には注意していくつもりだ。
いくら禁治産者扱いにされても、わたしには自分のブログで彼に論争をいどむという手がある。
だれか彼に、こんなことをいってるブログがあると、チクってやって。
そしてたまにはわたしのブログを覗いてみて。
カルトに騙されないようにという以外にも、わたしのブログのアクセスは2桁が相当なのか、みなさんに自分で判断してもらいたいね。

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2024年5月17日 (金)

ブリンケン回顧録

トランプさんの閣僚だったボルトンさんの回顧録を読んだことがあって、なかなかおもしろかった。
政治の裏話を、その政治の当事者が、まだ料理が冷めないうちに語るのだから、わたしの知りたいことも多々あって、おもしろくないわけがない。

今度わたしが読みたいのはブリンケンさんの回顧録だね。
ウクライナ戦争が終わり、バイデンさんが失職すれば、その右腕だった彼もいつか回顧録を書くことになるだろう。
国務長官という職責から、在任中はバイデンさんに楯突くわけにはいかなかったけど、辞めたあとなら、これまでの積もり積もった不満をぶちまけることができる。
ウクライナ戦争では彼はまったくわたしの反対の立場だったけど、イスラエルの問題ではなんとかネタニヤフさんを翻意させようと、目の下にクマまで作って走りまわった。
さんざんブリンケンさんを揶揄してきたわたしでさえ、憔悴しきった彼の顔を見て、いくらか同情しようって気になってしまったくらいだ。

あるときはウクライナとバイデンさんの間に、またあるときはイスラエルとバイデンさんの間に挟まれて、その苦労は並大抵のことじゃなかったはずだから、回顧録はきっとおもしろいに違いない。
彼がいかにバイデンさんの下で苦労したか、ぜひ本人の口から聞いてみたいものである。
残念なのは本が発売されるまで、わたしが生きていられるかってことだな。

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中国の旅/ウルムチの市場

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目をさましたのが朝の6時ごろ。
ウルムチの市内のようすはほぼ把握したし、天池だとか南山牧場だとか、郊外にも見どころはあるようだけど、かなり遠方になるので個人で行くと高くつく。
観光バスが出ているかも知れないけど、そのために早起きしなくちゃいけないのはイヤだし、それがどこから出発するのかも調べてない。
そこで旅も半分を消化したくらいだから、今日は休養日課と勝手に決めてまた寝てしまった。
やっと起きてシャワーをあびたのが9時半で、空気が乾燥しているせいで唇がかさかさだ。

部屋から1歩も出ずに、洗面所で水につけて冷やしてあったトマトと播桃に、敦煌のがめついおばさんから買った塩をつけて食う。
小皿がないからそのへんにあった灰皿を使用した(わたしはタバコを吸わないから灰皿は汚れてないのである)。

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食事が終わったあと、ただちに荷物をまとめてチェックアウトし、タクシーをつかまえて、前日に口約束をしておいた華僑飯店に引っ越した。
華僑飯店のフロントには、背は小さいものの、とりつくシマのない感じの美女がいて、あらためて安い部屋はないかと訊くと、別館なら100元ですという。
いちおう見せてもらったら、壁紙がはがれかかっている1階のうす暗い部屋だった。
なんだってかまわないわたしには十分な部屋だけど、本館のほうは300元だというので、そのくらいなら許容範囲であると、そっちにすることにした。
100元と300元の差は大きい。
こちらはダブルベッドで、わたしひとりにはもったいないくらい優雅な部屋である。
建物は中心にエレベーターを置いた6角形なのか、廊下のすみが鏡張りになっており、その鏡にさらに先の鏡が映るから、見えない位置にいる服務員の姿まで見える。
泥棒や押し売りを見張るには都合のよいホテルだ。
エレベーター付近にはネズミが出るらしく、フロアのすみに毒餌というものが置いてあった。

このホテルに移った理由は列車の切符を手配してもらえるということだったので、さっそくフロントでトルファン行きの切符を手配できますかと訊いてみた。
今日は日曜日だからできませんといわれてしまった。
駅で予約できますという。
そんなことは当たり前だ。

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ふてくされて駅へ行く。
駅の切符売場では、わたしの前には軍人のひと組しか並んでなかったので、切符は拍子抜けするくらいかんたんに買えた。
第1希望の朝の便が売り切れで、わたしが買ったのは13時26分の便。
トルファンまで2時間くらいだから、昼の長いこの国では悪くない時間だ。
このていどに軟臥(1等寝台)を使うことはないだろうと考え、硬臥(2等寝台)にして、値段は53元だった。

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ことあとは、新彊暇日大酒店のまえにあるDP屋に、前日に出してあった写真を受け取りに行く。
タクシーで店に乗りつけると、店では女の子が写真を2枚出してきてなんとかかんとか。
それはわたしが写したものに間違いなかったから、ええ、わたしのですというと、またなんとかかんとか。
ようするにまだ出来上がってないから、午後4時にもういちど来てくれということを理解するのに少々時間がかかった。
預かり証には12時半に仕上がりと書いてあるのに。

仕方がないのでどこかで時間つぶしをかねて冷たいビールでも飲むことにした。
烤羊肉は塩とコショウ味なので、日本人の感覚ではどうしてもビールが飲みたくなる。
しかし烤羊肉を売っているのはウイグル人である場合が多く、このときのわたしはまだ気がつかなかったけど、彼らは禁酒協会の会員であるイスラム教徒なのである。

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案の定、ビールは置いてないという近くの露店で烤羊肉だけを5本食べた。
これだけで腹がいっぱいになってしまったので、ビールを飲むのはやめてちょうどよかった。
烤羊肉といっしょに平べったいナンが出てきた。
そんなものは頼んでないといおうとしたけれど、あまり清潔でないテーブルの上にじかに置くところをみると、どうやら食べるものではなくお皿の代用品だったらしい。
同じテーブルにきれいな民族服の女性が座ってウドンのようなものを食べていた。
写真を撮っていいですかと訊いたところ、となりでナンと烤羊肉を豪快にかじっていたたくましい彼氏にダメといわれてしまった。
この民族服の女性は、よく見ると鼻下にうっすらとヒゲが生えていた。
ヒゲの生えている女性は市内のあちこちで目にする。

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まだ時間はある。
うまいぐあいに新彊暇日大酒店の近くで、日本にもよくある、ケーキ屋をかねた洋式の喫茶店を発見した。
中国で飲みものだけという喫茶店はめずらしい時代である。
客は若者ばかりだったけど、かまわず入ってみると、ミニスカートをはいた、足の長いかわいい娘が働いていた。
保守的なウイグル娘が足をさらけ出すとは考えにくいので漢族の娘らしい。
彼女なんかは日本の青山あたりの店においてもなんら遜色がないなと、いやらしく観察しつつ、コカコーラでしばらく時間をつぶす。
壁にかかっている時計や額がみんな少しづつ傾いているのが気になった。

ようやく午後の4時近くなったので、写真を受け取りにいく。
現像代は26元。
このころの日本はDP屋もすれていて、ひどい出来上がりになる店が多かったけど、中国ではまだ写真の現像は新興ビジネスなのか、仕上がりは悪くなかった(この写真はこの日のうちにフルーツレストランのウイグル人家族に届けた)。

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写真を受け取ったあと、また街をぶらぶら。
前日と異なる道路を歩いてみたけど、やはりバザールは見つからず、歩いているうち、前日に見た市場に出てしまった。
200メートルほどのアーケードのある路地に、さまざまな食料雑貨を商う店がならんでいるところは、中国のあちこちで見た市場と同じである。
どうどうと逆さ吊りにされた四つ足の肉のかたまり、ニワトリ、アヒル、ウナギ、スッポン、カエル、カニ、貝類(カタツムリも)、イカ、ナマコなど。
無造作にヘビをつかんで袋に入れる店員や、喜々としてその袋を下げて行く買物客などを見た。
しかしわたしの想像していたバザールではなかった。

市場をずずっと通過してロータリーのある交差点にさしかかったら、前日に靴をみがいた場所で、靴みがきたちがわたしを見つけておーいという。
受け取ったばかりの写真の中に彼らの写真が1枚あったのを思い出し、いちばん大きく写っていた男性に上げてしまった。
この男がわたしの古い友人に似ていたことはもう書いた。

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ウルムチではいまが収穫期なのか、ウリやアンズを売っている店が多かった。
市内のいたるところで、リヤカーに山積みにした黄色い実が売られている。
わたしはもちろんアンズも好きだけど、いかんせん量が多すぎるし、敦煌では食いすぎて夜中に腹痛になりかけたくらいだから、眺めるだけにしておいた。
いったい新疆の中国人はアンズをどうやって食べるのだろう。
売られている量が多いということは、なんらかの加工をして保存食にしないと食べきれないだろうから、梅酒のようにと考えて、そうかウイグルは禁酒協会の会員だったなと思い当たった。
となると乾燥果物にするのだろうか。
このあとトルファンに行って、干し葡萄がたくさん売られているのを見て、そう思った。
わたしはウルムチへ行くまで、ウイグルのことを砂漠の遊牧民族とばかり思っていたけど、それより農耕民族の日本人との共通点が多いようだ。
新しい換金作物を開発したり、商品を改良することをせず、ひたすら先祖代々の作物を作り続ける。
日本人も江戸時代あたりまではそんなものだっただろう。

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西域の日没は遅い。
これはもちろん時差のせいだけど、午後5時になっても日本の正午すぎくらいの感覚なのである。
いいかげんくたびれてホテルへもどり、すぐ近所の店へビールを飲みに出かけてみた。
小さな食堂で、カフェでないからビールだけってわけにはいかず、やむを得ず酸湯餃子を注文した。
この店の酸湯餃子は白っぽいスープだった。
日本でいえば豚骨スープのラーメンというところか。
わたしに興味を持ったらしい漢族の若者が、テーブルに座っていろいろ話しかけてきた。
無錫の人だそうで、若く見えるのにもう35歳で10歳の女の子がいるという。
彼がなぜウルムチにいるのか聞きもらした。

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20時ごろになっても日はまだかんかんとしている。
なんとかしてくれといいたくなってしまう。
今日は日曜日なので、なにか催し物でもあったのか、ホテルのフロントあたりにきれいな服の女性たちが集まって、ときおりその場でくるくるまわったりしていた。
若い子ではなく、おばさんばかりだから、町内会の盆踊りのサークルでもあったのかも知れない。

5階に上がると服務員がすぐにこの日の朝出しておいた洗濯物をもってきた。
細かいのが1元足りないから百元札を出したら、おつりがないからまけておきますという。
それじゃキノドクというわけで、たまたまポケットにあった日本の百円玉を上げてしまった。
どうでもいいけどいいかげんなものだ。
彼女はロシア人みたいな顔をしていて、今夜はわたしの部屋の外で寝ずの番である。
気になっていた右目の充血はだいぶひいてきたので、これならあと1週間もすれば跡形もなくなるだろう。

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2024年5月16日 (木)

今夜のNHK

夕方のニュースを観たら、アメリカのパシリに徹するNHKが、中国はロシアに軍事物資を送っているといちゃもんをつけていた。
今夜は火薬の材料になるニトロセルロースを輸出してるというんだけど、それならタダか安く売ればいいはずなのに、そんな気配がないから、苦し紛れれに中国はロシアに正規以上の値段で売っている、これは自分とこが親分なんだということを見せつけるためだと、どこまでいっても、なにがなんでも難癖をつけるつもりらしい。
そんなことよりいちばん大きな問題は、自分たちはウクライナには目いっぱいの支援をしていて、他人にはするなというその驕慢さではないか。
そんなアメリカの肩を、どうしても持つというNHKの卑屈な姿勢にはあきれてしまう。
もう日本人やめたいけど、この歳で国籍変更もナンだから、せめてNHKに金払うのだけはやめる方法ないかしら。

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引っぱがす

おお、今度はケニアの大統領が国賓待遇だってね、アメリカで。
なんとかしてグローバルサウスのメンバーを引っぱがしたいアメリカは、恥も外聞も(歴史も)忘れて、可能性のありそうな国をみんな国賓待遇にするらしい。
そんな折、日本にはサウジアラビアの皇太子が国賓待遇で来るという。
日本も米国に協力して、BRICSに入ろうかと迷っているサウジを引っぱがそうという魂胆。
サウジはこのあいだまで米国の同盟国だったけど、皇太子を殺人者呼ばわりした米国とはいろいろむずかしい問題を抱えているから、日本が代わりにやろうというんだろう。

しかしいまは西側先進国以外の世界中の国が、あいまいな態度をみせて、両陣営からもらえるものはもらおうと考えている時代だ。
でもサウジの場合、石油成金の国だから、日本に物乞いに来るわけはないな。
うーんと考えてみたけど、訪日の目的は、可能性のありそうな日本を、西側先進国グループから引っぱがそうって魂胆かも知れない。
見込まれた日本も大変だけど、BRICSやグローバルサウスに加入する絶好のチャンスだぞ。
あとであのときそうしておけばよかったと思う時が、きっと来るんじゃないかねえ。

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2024年5月15日 (水)

中国の旅/紅山公園

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駅から少し歩くと露店の市場のようなものがあったので、その中を突っ切ってみた。
烤羊肉(カオヤンロウ=串焼きの羊肉)の露店などがある。
串に刺してある肉は洛陽などより大きいけど、烤羊肉は辺境に行き、都会から離れるほど大きくなる傾向があって、ウルムチではまだ日本のヤキトリといい勝負だった。

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この市場のはじにコンクリートの水路があって、いきおいよく水が流れていた。
砂漠の国にとっては貴重な水に違いなく、これはすべてウルムチをとりかこむ天山山脈から供給されている。

市場を抜けると、華僑飯店というホテルが目についた。
華僑というのは海外に出た中国人のことだけど、上海にも同じ名のホテルがあったし、大きな都市にはたいていあって、べつに同じ資本系列のホテルというわけではないようだ。
このホテルはいくらぐらいするのか、訊いていくことにした。
おまえは外国へ行くとホテルばっかり探してんのかといわれてしまいそう。
でも仕方がない、これがわたしの旅なのだ。
まだネットでいろんな情報が手に入る時代じゃなかったから、なにはともあれ、まず目についたホテルに飛び込む。
部屋に荷物を置いて身軽になり、あとはゆっくり街を見物しながら、もっとよさそうなホテルを探すのだ。
これなら現物を目の前にして選ぶわけだから、当たり外れもないし、97年当時はまだ中国も貧しく、外国人専用のような大きなホテルは、ほとんど飛び込みで部屋が取れたのである。

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華僑飯店で1泊の料金を訊いてみると、300元(4200円くらい)だという。
このくらいならわたしの許容範囲だ。
ホテルの立地条件はこちらのほうが街に近いけど、それだけにやかましいかも知れない。
フロントで聞くと、飛行機や列車の切符の手配もできるというので、多少の騒音ぐらいものともしないわたしは、翌日はまたこっちのホテルへ引っ越してくることにした。

帰りがけにホテルのとなりに、フルーツ・レストランという英文字の看板が出ているのに気がついた。
なかなか食欲がわかないけど、果物なら話はべつだ。
花壇のある庭園のような庭で6、7人がスイカを食べているのが見えたから、ずかずかと入っていった。
彼らは客ではなかった、といってレストランの従業員とも思えない。
レストランは開店休業の状態で、彼らはただ庭を管理している人とその友人だったかも知れない。

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わたしが入っていくと、みんな見ず知らずのわたしをテーブルに招いてくれて、スイカをどうぞという。
主人は欧州の映画にこんな役者がいたような、おとなしそうな顔の男性で、その奥さんはロシア人みたいな顔をしたネアカな人だった。
彼らはみなウイグルだといったけど、西洋人ふうな顔立ちの男性、日本人によく似た男性、またあきらかに欧米系の顔立ちの、かわいらしい男の子と女の子がいた。
わたしは元来あまり人付き合いがいいほうじゃないので、ぜんぜん素性も知れないわたしをこころよく迎えてくれた彼らの人なつっこさには、感心を通り越して感動した。
わたしは彼らの写真を撮った。
案の定、彼らはスイカの金を要求しなかったから、写真をせめてものお礼にするつもりで、この日のうちにフィルムを現像に出してしまうことにした。
コダックの特約店は新彊暇日大酒店のまん前にあることを知っていたのだ。

またタクシーを飛ばして、フィルムを現像に出したあと、そのまま新彊暇日大酒店の近くにあるというウイグル人のバザールを探してみた。
「地球の歩き方」によると、バザールはかっての旧城の北門と南門をむすぶ通りの周辺だという。
このあたりじゃないかと見当をつけてわき道に入ってみた。
少し行くとロータリーになっている交差点に出た。
そのあたりに靴みがきが並んでいたから、もう旅に出て2週間もたってだいぶよごれた靴をみがいていくことにした。
わたしは経験によって靴みがきの攻略法を体得していた。
3元だよ、とまず靴みがきに宣告する。
とちゅうで靴みがきが靴ズミを使いますかと訊いてきたときも、全部で3元だよと宣告してしまう。
靴みがきのおばさんがあまりぶうぶういうので、じゃ5元と譲歩したら、彼女は片足で5元だといいだした。
ダメダメ、全部で5元とわたしは譲らない。
どこまでも“全部で”というのが攻略のコツなのである。

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まわりの靴みがきたちがおもしろがってこのやりとりを聞いていた。
その中に日本で会社勤めをしていたころのむかしの同僚によく似た男がいて、またわたしに人生の不思議さを、それは同じ役者が役を変えて何度も登場するものだという哲学的妄想を感じさせた。
けっきょくおばさんはあきらめたらしく、5元しか要求してこなかった。
そのわりには見ていると、わたしのこれまでの体験よりずっと手のこんだ磨きかたをしてくれたようだし、やりとりも楽しめたから7元払ってしまった。

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バザールはどこにも見つからないので、途方にくれて道ばたで売っていた果物を買ってみた。
果物の好きなわたしの気になっていたもので、モモに違いないようだけど、ヘソつきアンパンみたいに扁平な形をしている。
なんて名前ですかと訊くと、娘が「播桃」と書いた。
5、6コ買ってあとでホテルで食べてみたら、味はふつうのモモと同じで、これは美味しい。

いったん崑崙賓館にもどった。
この日の朝、わたしのチェックインの手続きをした娘が、ぱりっとしたし白いスーツに着替えているのにエレベーターの中で出くわした。
おっ、きれいだね、服が、顔もとお世辞をいうと、彼女はフンと、人をコバカにしたような顔をみせた。
日本語だから意味はわからないはずだけど、へたなお世辞だということぐらい直感でわかったのだろうか。

このあと、うとうとと昼寝をしてしまい、なんとなく肌寒さを感じて、もう夜になったのかなと目をさました。
ところがまだ午後4時まえで日はさんさんと輝いている。
日本でいえば正午をまわったくらいだろう。
ようするに大陸性気候というやつで、空気が乾燥しているから、日陰に入りさえすればけっこう涼しいのである。
いつのまにかわたしの部屋は日陰になっていたというわけだ。

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まだ夜まで時間はたっぷりありそうなので、今度は人民公園のそばにある紅山という山に登ってみることにした。
紅山というのはウルムチ市内にあって、山というより岩がごつごつと出っぱった崖のようなところだ。
全体が公園になっており、近くにはデイズニーランドの城のような建物まであったので、そのくだらなさにへきえきして、ほんとうはそんなところに行きたいわけではなかった。
しかし山頂から街が一望できるのではないかと期待して、20元払って入場してみたのである。
中国人の入場料は8元くらいなので、わたしは余計なことをいわず、1張とだけいってみた。
看破されてしまった。

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山頂からの眺めはまずまずで、街全体を俯瞰するにはいい場所である。
足もとには公園内に池があって、ボートが浮かんでおり、紅山のすぐとなりには、高速道路をはさんで向こう側にプールまである。
高速道路をロープウェイがまたいでいて、料金は20元だそうだ。
公園への入場料が予想より高かったので、ロープウェイの料金も含まれているのかなと思い、乗れますかと訊いてみたらダメといわれてしまった。
この公園について、詳しいことはまたウィキペディアを参照、と書こうとしたら、そこに気になる一文があった。
[ウルムチ林業局(園林管理局)は、ウルムチ人民公園と紅山公園の娯楽施設はすべて2011年12月31日までに撤去する予定である]
わたしが見たディズニーランドもどきや、池やロープウェイもとっくに撤去されたかも知れない。

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ホテルにもどり、部屋でつくねんと考える
ウルムチはウイグル人の街とはいえない。
もちろん市場や露店にウイグル人は多いし、ホテルや駅にもそれらしき人々はいるけど、いちばん多いのはこれまでさんざん見てきた漢族の中国人である。
街をぶらつけばアラビア文字の併記された看板はいくらでもあるけど、建物は近代的で、これまで見てきた西安や蘭州と変わらない。
ようするにこれがシルクロードだというインパクトに欠けるのである。
つぎの目的地トルファンで気もそぞろだったわたしは、明日は華僑賓館へ引っ越し、そこで明後日の列車の切符を手配してもらって、早くトルファンへ移動したかった。

夜になって冷たい飲み物が欲しくなった。
3階の服務嬢に訊くと、外で売っていますという。なんじゃ、それは。
仕方なしに門から百メートルほど離れた露店へジュースを買いにいく。
出かけるとき、ホテルの敷地内に「崑崙歌舞」というネオンの出ている建物があるのに気がついた。
のぞいてみようとすると、黒いスーツの目つきのよくない若者が寄ってきて、なにか御用ですかと訊く。
日本人だとわかると急変身して、どうぞどうぞと案内してくれた。
店内は暗く、テーブルに座っている男女の顔もよく見えないようなところだった。
おそらくダンスホールのようなものだっただろうけど、わたしくらいそういうものに縁のない人間はいないので、のぞいただけで退散した。

露店のジュースはさまざまなかたちの容器に入っていて、どうみてもコカコーラの瓶にしか見えない容器もあった。
どうやらてきとうに空瓶を集めて、中身だけ入れ替えているみたいだ。
下痢しなけりゃいいが。

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またあしや嬢

ロシア人ユーチューバーのあしやサンがまたなんか、意志薄弱児の日本人がいいそうなことをいってるよ。
わたしは日本に永住したいという彼女の気持ちをよくわかっているから、あまりいいたくないんだけど、プーチン大統領が5期目に入ったことについて、意志薄弱児の日本人がいいそうな不満を述べている。
日本人にゴマをすろうというのか、それとも本心なのか、気になったので彼女のチャンネルにコメント(libai169)をつけておいた。

彼女は間違っている。
長期政権はケシカランということらしいけど、ロシアにプーチンのような骨太の愛国者がたくさんいればまだしも、あいにくオリガルヒや、それに買収されかねない不心得者ばかりだ。
ヘタな指導者にあとを継がせれば、ロシアもウクライナのように、オリガルヒに食い物にされる国になる可能性は高いのだよ。
プーチンが自分の信頼できるメンバーでまわりを固めるのもそのせいで、うっかりどうでもいい後継者にあとをまかせたら、みんなもとの木阿弥だ。
ロシア国民の大半はそのことを理解していて、だからこそプーチンに少しでも長く大統領を続けてほしいと念願しているわけだ。
後継者がなかなか見つからないというのがロシアの悲劇なんだよ。

みなさんにもいっておくけど、民主主義を盲信するのはやめたほうがいい。
国民が自分の意思で指導者を変えられるのが1番いいことはわかってるけど、出てくるのがバイデンさんのような詐欺師であったり、岸田クンみたいにアメリカ追従さえしていれば間違いないという首相、上川おばさんみたいに役人の書いた原稿をよむしかない政治家だったりしたらどうするのか。
国民が退化する一方の日本では、それは非常に危険なことだ。

最後にもういちどあしやサンにいっておくけど、まっとうな日本人なら、自分の生まれた国を大事にしない人間なんて、始めから相手にしないよ。

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2024年5月14日 (火)

知らない!

わたしがNHKに苦情を入れたとする。
パレスチナのガザの問題では、アメリカとイスラエル以外のすべての国がイスラエルを非難してるんだから、日本ももっと態度をあきらかにして、イスラエルが悪いとはっきりいったほうかよかないですか。
するとNHKはこう答えるだろう。
うちは天下の公器です、公平客観的な姿勢こそが使命で、一方の肩を持つような報道はできません・・・・

あ、もうわかったでしょう、わたしがこのあと何をいいたいか。
ウクライナ戦争では子供でもわかる偏向で、徹頭徹尾ウクライナの肩をもってロシアを非難しているくせに、これってダブルスタンダードでしょ。

死ぬまでアメリカに追従、なんていってるうちに、おとなりの韓国ではなにやら不穏な動き。
もうどうにもならんのよね、あの国の遺伝子には、日本をけなしておけば問題なしっていう暗号が刻み込まれているみたいで。
そのうちまた反日政権ができて、韓国もBRICSに加わるなんて言い出して、ちくしょう、うまくやりやがったななんて羨ましがっても知らんから。

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2024年5月13日 (月)

別府サン

腹が立つね。
NHKの国際報道で別府正一郎サンが、ウクライナは民主的な国だから、むやみに兵士の増員はできないけど、ロシアは独裁国家だから大統領権限でいくらでも兵士を増やせるだって。
現実はまったく逆じゃないか。
プーチンは掛け声ばかりで、じっさいに兵士の総動員なんてしてないし、ゼレンスキーさんは外国に逃亡した若者まで強制的に送還してもらって、問答無用で戦場行きだ。
だいたいプーチンがそんな無茶をしたら、国民の支持が70〜80%もあるか。
NHKのアナウンサーは上司の考えを忖度しなければいけないのだと、同情していた部分もあるんだけど、ホント、別府サンだけは確信犯だね。

NHKはBRICSを分裂させようと必死だけど、中国、ロシア、インドのいずれの国にもそれぞれのおもわくがある。
共通の問題はただひとつ、アメリカだけには頼りたくないということじゃないか。
どうしてそこまでアメリカが嫌われてるのか、いまだに理解しないのがNHKなのだ。

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2024年5月12日 (日)

伝統文化

さっきまで録画しておいた「美の壺・障子」という番組を観ていた。
番組では障子(しょうじ)の種類や、匠の手になるその制作工程なども紹介されていたけど、これは日本人の繊細な美意識が生んだ家具で、電球や蛍光灯よりも、頼りないというか、さらに微妙な明るさを確保してくれる道具である。
谷崎潤一郎も「陰翳礼讃」でそれを讃える文章を書いている。
いちおう青空文庫のその項にリンクを張っておいたけど、読んでごらんなさいとはいわない。
読む気のある人ならとっくに読んでいるだろうし、読む気のない大半の日本人はそんなものに興味も持たないだろうから。

谷崎潤一郎の文章について、むずかしい理屈はどうでもいいけど、いまや来日する外国人のほとんどが、そうした日本人の美意識や伝統に感銘を受けること大であり、なかでも中国人は、自分の国ではとっくに失われてしまった文化、これは神社仏閣だけではなく、元号のようなものまでが、日本ではいまだに維持保存されていることに感銘を受けるという。
日本は紛れもなく、中国文化の正当な後継者なのである。

ところがいまの日本にはそれを自ら破壊しようという勢力がある。
アメリカに追従し、台湾有事を持ち出して中国と一戦を交えようという連中だ。
まえの大戦ではかろうじて守られた日本の伝統文化も、原爆を京都や奈良におみまいされたら、あとには悲惨な焼け野原しか残らないということになりかねない。
ただでさえアメリカナイズされた生活を至上のものと考え、デントウブンカ? え、それなーにという若者が増えているのだ。

さいわいなことに中国はそんな挑発に乗りそうもない。
これまでも中国はあの手この手でケンカを吹っかけようというアメリカを、じっとガマンの一手でいなしてきた。
中国の時間は先進国の大部分よりずっとゆるやかに流れているので、これからも中国が軍事力を行使して、台湾併合を求めることはないだろう。
“鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス”の句のように、放っておけば自然に落ちる果物を、わざわざ道具を使って落とすバカがいるか。

それよりもわたしは台湾の人々が、西側の代理戦争のいけにえにされたウクライナの悲劇に気がつき、戦争回避に動いてくれるよう願っている。
台湾人がそれに気がつけば、日本だって戦争をする理由がなくなって、障子を始めとしたさまざまな伝統文化は無事のまま残るわけだ。
むしろそういう文化を維持している貴重な国ということで、中国人からも尊敬のまなざしで見られるほうがよっぽどいいではないか。
そういう日本の長所を生かして、アジアで独特の足場を築き、長期の平和を目指そうという政治家はいないのか。
いないとすればバイデンさんといっしょで、国民の反応ばかりに目が行かざるを得ない民主主義の弊害だな。

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否定論者と詐欺師

ひどい話。
アメリカの大統領選挙でバイデンさんを応援したいNHKは、またいいかげんなことを言い出した。
トランプさんは「ドリル・ベビー・ドリル」を謳い文句にしていて、これは石油を掘って掘って掘りまくれというものだそうだ。
石油は二酸化炭素排出の元凶のようなもので、気候変動を推進するから、もちろん環境団体は反対する、デモをする、トランプは当選させないと息巻く。
えたりとそのデモを取材して、NHKはその部分だけを大きく報道する。
いくらバイデンさんの肩を持って騒いでも、日本がアメリカの大統領選挙に影響を与えることはないのにね。

“トランプは気候変動の否定論者だ”そうだ。
しかしトランプさんが否定論者なら、バイデンさんは気候変動の詐欺師だ。
NHKにいわせると、バイデンさんは気候変動対策を重視しているそうだけど、そういう支持者をもののみごとに裏切って、対策はそっちのけ、気候変動対策に使えばもっと使い道のあったはずの◯兆円という金を、汚職大国ウクライナにつぎ込もうというのがバイデンさんだ。
わたしがデモ隊のそばにいたら、トランプさんでなければバイデンさんということですかと聞いてるね。
彼らもさぞかし困惑しただろう。

しかも一見すると気候変動対策に効果ありそうな、バイデンさんの液化天然ガスの輸出許可停止は、日本やヨーロッパからえらい不評だ。
いまのアメリカはあっちを騙せばこっちにぼろが出る、こっちを騙せばあっちにという具合に、民主主義の欠点ばかりがあらわに出過ぎて、バイデンさんは右に左にと迷走しているところなんだよ。
もちろん選挙に当選してしまえば、すべてもとの木阿弥で、詐欺師の本領発揮さ。
いったでしょう、イデオロギーばかりを重要視するもんじゃない。
大切なのはパッケージではなく、国民を幸せにしているかどうかという中身のほうなんだ。

おまけ
トランプ政権で国防次官代理を務めたコルビー氏という人が出てきて、トランプ流の政治について説明してた。
アメリカだけが金を出すのは不公平だ、国際関係は対等なものでなければならないと、これは日本も軍事力を提供する必要があるということで、つまり台湾有事のさいは日本が先頭に立って戦うべきだというのである。
そんな沈没しかかっている大国の妄言に乗せられて、ウクライナのように若者の屍を積み重ねることだけはしないでほしい。

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2024年5月11日 (土)

戦勝記念日

赤の広場のロシア戦勝記念日の行進映像を観た。
もちろんロシア語のアナウンスなんかわからないから、映像だけで判断するんだけど、それがかえって偏向や扇動を廃して、観たままで公平に判断できたというか。
わたしは赤の広場に行ったことがあるので、なるほど、クレムリンがこちらにあれば、向かい側にグム百貨店があるわけだな、軍隊はヴァスクレセンスキー門のかたわらから行進してきで、正面には特徴的なワシリー寺院がそびえるわけかなどと、なつかしい気持ちで映像を観ることができた。

去年は戦争中ということで赤の広場の行進はこじんまりしたものだったけど、地味にやるとケチをつける、派手にやってもまたケチをつける。
今年は市民の参加がなかったなんて、ロシア特派員の野田順子サンはケチをつけていたけど、やけっぱちなウクライナが、記念式典の会場にめちゃくちゃにドローンを飛ばすかも知れないのに、そしてそのうちのひとつかふたつは命中するかも知れないから、ロシアが市民を参加させないのはまったく正しい。
しかし野田サンはそんなことはひとことも触れないのである。
ま、NHKの報道ではいまに始まったわけじゃないから驚きませんけど。

だいたいこのロシア軍の、美女軍団も交えた整然とした行進に比べたら、ウクライナはどうなってるのか。
NHKはさりげなく無視していたけど、ウクライナの若者はいやおうなしに軍隊に引っ張られるのだ。
ゼレンスキーさんは国家総動員令にサインしているし、国外に逃亡した若者は、ポーランドなどの同盟国では捕まって本国に送り返されているとか。
かわいそうなのは逃げ道もないウクライナの若者だ。
太平洋戦争のときの日本の若者といっしょなんだけど、ここまできてもまだ岸田クンや上川おばさんは、ちらりちらりとアメリカおよび西側諸国の顔色をうかがうばかり。
もう国をやめちまえ、日本という国を。

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2024年5月10日 (金)

いまころ?

『ゼレンスキー氏、ザルジニー前総司令官を駐英大使に任命』
え、いまごろ?
というわけで日付を見たら9日になっていたから、昨日のことらしいけど、ザルジニーさんを英国大使にというのは、もう1カ月か2カ月まえ、まだネオコンの凶悪女ビクトリア・ヌーランドおばさんが現職だったころからそんな噂があったよな。
ゼレンスキーさんの任期が今月で切れるので、ザルジニーさんは選挙があるなら立候補しようという腹かもしれないし、なりゆき次第ではクーデターの可能性もある。
そいつはヤバイというので、ザルジニーさんをウクライナの味方中の味方である英国の大使に追いやって、後ろからがっちり羽交締めしておいてもらおうというならセコイ話だ。
ヌーランドおばさんはもういないし、わたしはゼレンスキーさんに選挙をする気があるかどうか、注意深く眺めているところだ。

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2024年5月 9日 (木)

欺瞞がいっぱい

今日もニュースの裏側を推察し、世間の欺瞞をあばこう。
アメリカがイスラエルへの弾薬供与を一時停止だって。
ふうん、アメリカもイスラエルのやり方に眉をひそめてんだねえと思う人は、世間に珍しくない凡人。
またバイデンさんの選挙目当ての対応のひとつだろうと思う人は、ものごとの裏まで推察できる鋭い人だ。
弾薬供与をを恒久的に止めるってのならわかるけど、一時停止だからね、アメリカの大統領選挙が終わるまでの。
NHKだってわかってんだろうけど、ここはしらばっくれて、アメリカもイスラエルの方針に反対してると、世間をだまくらかすために片棒をかつぐのだ。

ゼレンスキーさんの暗殺を謀ったというんで、ウクライナが国家安全保障局の隊長ふたりを逮捕したそうだ。
眉につばをつけて見る必要があるな。
ロシアが本気でゼレンスキーさんを暗殺する気ならとっくにやってるんじゃないか。
まえにオデッサ視察中のゼレンスキーさんのすぐ近くにミサイルが落ちたことがあるけど、微妙な位置でけが人も出なかった。
わたしゃあれをロシアの示威行動じゃないかと思ってんだけどね。
プーチンが死ねばロシアは困る、しかしゼレンスキーさんを殺しても日本の岸田クンを殺ったていどの効果しかないし、ロシアにとっては逆効果だよ。
つまりこれも世界から忘れられないようにとの、ウクライナのプロパガンダだろうな。

ベラルーシでは戦術核を配備した場合の訓練を始めたそうだけど、ルカシェンコ大統領も防衛のためだといっている。
いまはヘタをするとフランス、英国がウクライナに軍を派遣しようかというときだから、ベラルーシの心配は杞憂じゃない。
にもかかわらずNHKはEUに侵攻する準備だという。
これだけ戦争が長引いてプーチンも手を焼いているのに、もうひとつ戦争をかかえこみたいと考える指導者がいるか。
EUも条件は同じという人がいるかも知れないけど、EUのほうには何がなんでもウクライナを負けさせたくないという事情がある。
いま危機が迫っているのはEUによるロシア(およびベラルーシ)への侵攻のほうなのだヨ。

『アルメニア、ロシア主導の軍事同盟への資金拠出を停止 隠せぬ不信感』
こんなネット報道の見出しも見かけたけど、ソースは、いまやヘタな右翼より日本政府寄りになったデジタル朝日新聞だ。
いささかオーバーじゃないか。
アルメニアは資金の拠出を停止したかも知れないけど、たしかまだロシア主導の軍事同盟からは抜けてないんじゃなかったっけ。
アルメニアだって最近の風潮をみれば、西側とBRICSの中間に立ち、態度をあいまいにして、両方からいただけるものはいただくと考えるさ。

態度があいまいの実例をもうひとつ。
昨日のNHK国際には太平洋の島しょ国家であるフィジーやツバル、ソロモン諸島などが取り上げられていた。
どっちについても影響のない小さな島国ばかりだけど、日本とアメリカ(とNHK)の必死ぶりを見ていると、足もとを見られるんじゃないかと心配だ。
島しょ国家にとっては千載一遇のチャンス。
太平洋フォーラムの事務局長もいってたけど、島のほうじゃたくさん援助してくれるならどっちでも構わんと思ってんだろうねえ。
米中対立の最前線だなんて騒いているのはNHKだけだよ、きっと。

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中国の旅/ウルムチ駅

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ウルムチの駅に着くと、ホームの下の地下道から改札までずらりと女性駅員が並んで、下車してくる客を監視していた。
大枚272元も払って正規に切符を買ったわたしがおびえる必要はないけど、めずらしかったのは、その中に金髪のロシア系と思える女性もいたこと。
中国も新疆まで来ると、さまざまな民族の十字路なのである。

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ウルムチの駅まえ広場には、民族の融和をはかるという大きなモニュメントがそびえていた。
最近の写真を調べると、いまでも同じところにそびえているようだけど、どうもわたしが見た駅とは建物の感じがちがう。
どうやらその後、駅の建物は建て替えられたらしい。
と思ったら、最近のウルムチには別の場所に、まったく新しい新幹線の駅が出来ていた。
わたしが降り立ったウルムチ駅は、ウルムチ南駅となってローカル駅に格下げのようである。
ほかにもグーグルマップを見ると、いたるところに高速道路も出来ていて、こんなものはわたしが行った1997年には影もかたちもなかったものである。
とかく搾取だ、迫害だと欧米から非難される新疆やチベットに、これでも文句があるのかといわんばかりに、中国政府は金を注ぎ込んで、街の景観を一新させてしまったようだ。

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ウルムチが新疆ウイグル自治区の省都であることはいうまでもないけど、詳しいことはリンクを張っておいたから、またウィキペディアを参照してほしい。

駅前にタクシーがたくさんたむろしていた。
こういう手合いにはロクなのがいないはずだから、少し離れた所でタクシーを拾おうと500メートルも歩いたのに、それでもロクなやつはいなかった。
タクシーの運転手に崑崙賓館へ行ってくれと指示する。
ガイドブックで見つけたホテルで、遠いのか近いのか、具体的なことはほとんどわからない。
走り出したクルマで外の景色を眺めていたら、最初正面にあった太陽が右になる、右にあったそれが後方になる、後方からさらに左になって、さすがにおかしいと気がつき、どこを走ってんだと文句をいうと、ぶつくさと言い訳をする。
けっきょく35元も取られたけど、あとで聞いたら20元以下でいいそうだ。

ウルムチ市内を走っているタクシーはほとんど赤いシャレードで、サンタナ・タイプはあまり見ない。
ほかに3輪タクシーもちらほら。
基本料金は10元からで、毛単位でメーターが上がる。

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崑崙賓館はロシア風の建物であるというので選んだのだけど、べつに屋根にタマネギが乗ってるわけでもなく、ようするにソ連時代の没個性的なアパートのようなホテルだった。
ホテルのフロントにはウイグルの女の子が働いていた。
ここではウイグル人が特別に多いこともあるだろうけど、彼女や駅の金髪駅員をみても、中国が少数民族を特に差別しているようにはみえない。

外国人のわたしは問答無用で新館のほうへ案内されてしまった。
ホテルに到着したのが朝の7時(こちらではまだ早朝だ)で、新館服務員の小姐(大姐?)は髪をかきわけながら出て来た。
わたしの部屋は347号室、エアコンなし、扇風機つき。
ホテル代は250元くらいのもので、押金(保証金)として400元取られた。
するともう大きなお金がない。
仕方がないから100元足らずの金をもって近所へ散歩に出ると、500メートルほど離れた大きな交差点ぎわに露店が出ていた。
ここでトマト、キュウリ、乳酸飲料などに、餃子ふう包子などを買ってもどる。
乳酸飲料は中央アジアが本場だったような気がする。
容器の素朴さをみると、ひょっとすると農家の手作りかも知れず、あんまり飲むと下痢するかも。

ホテルにもどると3階の服務員が、フロントに行って下さい、なにか用事がありますという
行ってみたら、ホテル代のことで、さっき250元といったけど、あなたは外国人だから384元ですという。
そんな金額に値しないホテルのような気もするけど、その場で押金から清算しておつりをくれた。
それでも街をぶらつくには不安だから1万円を両替しようとすると、ウチでは日本円の両替をしていませんという。
飛行機や列車の予約もしてくれそうにない。
まず日本円を人民元に替えないとどうにもならないので、ウルムチでいちばん大きな新彊暇日大酒店(外資系のホリディインらしい)というホテルに行ってみることにした。
新彊暇日大酒店は人民公園のそばにあると、ホテルの所在地だけはわりかし詳しく調べてあったのだ。

人民公園までタクシーで飛ばし、公園のわきからぶらぶら新彊暇日大酒店まで歩く。
このホテルでは問題なく、パスポートの提出も求められずに両替ができた。
ついでにひと晩いくらですかと訊いてみると、1万いくらですといわれ、もっと安い部屋はと訊くと700元ですという。
700元というと9800円。
おいおい、あんまり調子に乗って足もとを見るなよといいたくなる。

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高いことはよくわかったので、何かおもしろいものはないかと、つぎに駅へ行ってみることにした。
ここまでどうもウルムチには失望だった。
なんとなくなじめないのは、ウルムチの街がかなり大きいことで、素朴さに無縁な街であるようだからである。
わたしはこの街がもう少し民族色ゆたかな街だと思っていたんだけど、表通りには近代建築が立ち並び、ちょっと路地の奥をのぞいてみても、ソ連時代のアパートのような建物ばかりである。
タクシーの1件にもよるけれど、なんとなく出足からいやなところという感じがする。
話に聞いていたウイグル人のバザールというのはどこにあるのだろう。

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ウルムチは、上海にはおよばないものの、にぎやかさでは蘭州や洛陽におとらない近代的な街である。
若い娘たちはミニスカートから長い足をのばして街を闊歩している。
その合間に、頭にスカーフをまき、はなやかな柄のワンピースを着たロシア風の女性、カラフルな服と派手な装身具のウイグルの娘、頭に帽子をかぶった回族の人たち、白くて丈の長い服をまとったイスラム教徒などがまじる。
わたしは街を歩いていてかたわらの街路樹を眺めた。
クスに似て、もっとやわらかな葉の木が多く、カエデやアカシアもある。

わたしはこの日に7、8回もタクシーを利用した。
ウルムチは自転車でまわるには大きすぎたし、タクシー代は日本の路線バスとそんなに違わないのだ。
あまり中国語のボキャブラリーが豊富でないから、とりあえず話のきっかけをつかむために、乗ればかならず運転手の出自を尋ねた。
どうやらウイグル人の運転手のほうが漢族より多いようだった。

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タクシーは駅の近くで下ろされてしまった。
ここから地下道を通ってすぐに駅前に出られるというんだけど、地下道には小さなマッサージ店が軒を接していた。
ひとり1店という感じで、厚化粧の女の子がガラス張りの店のなかの、外からよく見える位置に頑張っているから、オランダの飾り窓のようないやらし系の店だったかも知れない。
人通りの多いところだから、試しに入ってみるには勇気がいる。

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駅の売店で、時刻表ありませんかと訊くと、女の子がハーイと駆けていって、どこからか時刻表を持ってきた。
日本人ですかと嬉しそうである。
地図や時刻表ばかり買っているようだけど、どこかに行く予定がなくても、旅好きにとってこれはなかなか有益なものなのだ。
このあと、ついでに駅のまわりをうろついてみた。
駅まえ広場のすぐまえには移動トイレ車が停まっていた。
中国では公衆トイレも有料のところが多いから、こういう車を持っていれば、自動販売機を設置するように日銭を稼げるのかも知れない。

ウルムチ駅の背後には茶色の山がそびえている。
その山のふもとの斜面にびっしりと古い民家が並んでいる。
あそこに行ってみたいな、あそこに行けば古いままのウルムチが見られるだろうなと思ったけど、目で見えてもそんな簡単に行ける場所ではなさそうだった。

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2024年5月 8日 (水)

近所の爺さん

年寄りはなにを生きがいにしてるんだろう。
わたしの部屋の周囲には一戸建ての住宅も多いけど、年金暮らしらしい爺さんが時々バラの手入れをしているくらいで、あまり積極的に出歩いているようでもない。
男の本懐といえるくらい、まあまあでっかい家に住んでいるんだから、仕事をしていたころはバリバリ働いて、それなり充実した生活をしていた人だと思うんだけど、子供も独立して、いまでは家に婆さんとふたりきり。
うん、あれよりウクライナ戦争ではロシア擁護の論陣をはり、ブログで紀行記に頭を絞り、ヒマなときはせっせと花壇の草むしりをして、まだヤル気まんまんのわたしのほうが恵まれている年寄りに違いない。
なーんちゃって。
わたしもここんとこ、負け惜しみと腹いせが多いな。
まるでいまの日本みたい。NHKみたい。

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2024年5月 7日 (火)

なにかおかしい

なにかがおかしい。
ウクライナ戦争で世界がまっ二つになっているのに、ロシアや中国からは、あいかわらずきれいな娘たちが日本へぞろぞろ観光に来るし、習近平さんがフランスに観光、じゃない、れっきとした仕事だけど、訪問すれば、マクロンさんだけではなく、フォン・デア・ライエンおばさんまで出迎えだ。
いったい日ごろの言動はあれはナンダ。
もうろくしたわたしを欺こうという壮大な陰謀か、あるいはわたしが本気でボケたのか。
なんといったっけかな、政治と経済は別ものだと、しかもそれをフランスのほうからいうなんて、んなムシのいい話があるか。
美味しいとこ取りは許しませんと、わたしが近平さんだっていいますワ。

プーチンの大統領就任式に西側からほどんど出席者がなし(西側以外はそのかぎりにあらず)。
出席しなければ戦況が変わるのか。
これってただの負け惜しみのいやがらせとちゃうか。
でもフランスは出席するそうだ。
オリンピックをひかえて、ここは近平さんにゴマをすっておこうというマクロンさんの陰謀か。
日本はあいかわらずアメリカに追従だ。
何をするにもまずアメリカの顔をうかがって、アメリカが出席しなければウチもって、これでも国なのか。
それでもロシアのために祝福しておこう。
国民の幸せを願う愛国者のプーチンが、もう一期大統領を続けられるんだ、ヨカッタ、ヨカッタ。

ああ、わたしたちはいま、世界の覇権が西洋からアジアに移る瞬間を目撃してるんだよ。
といってもアジアの日本は蚊帳の外、もっともっと長生きして、新しい時代をこの目で見てみたいもんだけどねえ。

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2024年5月 6日 (月)

中国の旅/ふたたび砂漠へ

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敦煌を昼間出る列車が少ないせいか、列車はけっこう混雑していた。
個室に入ろうとしたら、車掌がなにかいう。
よくわからないけど、なにかの都合で部屋が変わったらしい。
べつにうら若き女性といっしょになることを期待していたわけでもないから、文句もいわずに従った。

列車は定刻の17時19分に発車した。
1時間もすると天気はいくらかよくなってきた。
敦煌を出ると左側はタクラマカン砂漠で、スウェーデンの探検家スウェン・ヘディンが探検した幻の都楼蘭も、この砂の海のどこかにあるはずだ。
車内は最初ちょっと暑かったけど、大陸性気候の国だから、夜になればかえって寒くなるかも知れない。

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列車は砂漠をひた走る。
わたしはまた陶然となって窓の外の景色を眺める。
干上がって水の流れてない川がいくつもあり、ときどき塩の結晶がうきあがった湖の底らしいものも見える。
砂漠の湖というのはみじかい周期で現れたり、消えたりするようだ。
かなり大きな湖でも、アシやヨシが茂って湖らしい体裁を整えるまえに、乾燥して塩の結晶を残すだけというものがいくつもある。
ヘディンの「さまよえる湖」にはおびただしい河川や湖沼が出てきて、さながら川下り探検記みたいだけど、そのくらいこのあたりには川や湖が多いのである。
ただし昨日あった湖が、明日もそこにあるという保証はないから、いちいち地図にも載ってない。

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わたしは砂漠をながめながらぼんやり考えていた。
ヒマなときいちばん金のかからない時間つぶしは妄想にふけることで、これは金も道具もいらないけど、小説家や漫画家になりそこねた人間でないとむずかしいかも。
個室にはとっつきにくそうな中国人しかいないので、わたしは通路の折りたたみ椅子に腰かけて、映画、あるいはマンガの原作を考えてみた。
西安から蘭州、敦煌をへてトルファンへいたるシルクロードは、古来より人間の往来の激しかった土地であり、ラクダの商人だけではなく、さまざまな民族が互いの土地を侵略しあって興亡をくりかえしたところだ。
歴史を千年もさかのぼってみれば、この人間の足跡のまったくなさそうに見える砂漠のほうが、同じころの日本の関東平野よりよほど人の往来は多かったかもしれない。

わたしの目には、茶色の土のうえをとぼとぼと歩く兵士たちの姿が見える。
彼らはもう何カ月も風呂に入ってない。
彼らの食物は馬の背にしょわせたわずかな乾燥食料だけであって、彼らの楽しみはどこか小さな町を略奪することしかない。
町を攻略できさえすれば、しばしのあいだだけでもたらふく食べられ、女を抱くことができるかもしれない。
かくして兵士たちにとって戦争は生活そのものになる。
兵士たちには耕す農地もないし、売るべき品物もないのだ。
帝国の派遣した正規軍はともかくとして、なかにははみ出し者ばかりのこんな軍隊もいたかもしれない。
これがマンガの原作なら、タイトルは「飢餓陣営」と、いつしか宮沢賢治の世界をさまよったりして。

妄想にも飽きて個室にもどってみた。
わたしみたいに軟臥車(1等寝台)を占領しているのは軍人や金持ちの中国人、そしてあろうことか車掌たちまでいて、外国人はわたしひとりしかいないようだった。
どうにも気まずいので、硬臥車(2等寝台)の見物に行ってみることにした。
こちらは見ず知らずでもすぐ会話できるような自由な雰囲気にあふれていて、車両を間違えたような気がした。
荷物の心配さえなければいつだってこっちにするのだが。
欧米人のバックパッカーはほとんどこの車両で、香港の若者たちもどこかにいるはずだった。

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硬臥車通路でイップクしていたら例の5人連れ、莫高窟で知り合ったグループのひとりが通りかかった。
彼らは7号車にいるというので、あとからくっついて遊びに行ってみた。
座席で話をしているうちにしだいに盛り上がってきて、食堂車でご飯を食べようということになり、みんなでビールを飲みながらわいわいやる。
わたしはビールだけでも奢るといったのだけど、彼らは中国ではあなたがお客だといって承知しなかった。
いい機会だからわたしは、敦煌賓館で切符のおつりとして寄越された鉄道クーポンのようなものを、食堂車で紙幣替わりに使えないものかと訊いてみた。
ひとりだけいた女性もいっしょになって車掌に訊いてくれた。
しかしやはりダメなようで、彼女は使えないよといって、わたしの目の前でそれを破るしぐさをした。
けっきょくわたしのウルムチ行き切符の料金は272元ということになったけど、考えてみればこのくらいが妥当な運賃だったかも知れない。

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ひとりだけいた女性は王さんといって、敦煌でカラオケ店を経営しているそうである(今回はタイトスカートではなく、ジーンズだった)。
彼女は亭主といっしょで、いちばん亭主らしくないうっすらヒゲの若者が旦那だった。
この夫婦が敦煌の人で、莫高窟であったときは4人連れだったのが、ひとり増えて、太った猪八戒のような男性、せいの高いウイグル人、新たに加わった若い人の3人は新彊の人だそうだ。
おごられてばかりでは申し訳ないので、あとで記念にと日本のコイン(百円玉)をひとつづつ差し上げた。

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タレントの関口知宏くんがNHKの番組で中国の鉄道めぐりをしていたことがある。
行く先々で彼があんまり若い娘にモテるものだから、やらせだろう、日本人があんなに中国で人気があるわけがないという投書があったそうである。
この投書氏は南京虐殺のことが頭にあったのかも知れないけど、経験者のわたしにいわせれば、あれはまぎれもない事実だ。
もっともわたしはそんな恵まれた環境を、十二分に活用できるほどさばけた人間じゃないから、騒がれただけでいい思いをしたことはあまりなかったけどね。
それにめずらしい外国人がさわれる距離に来れば、どんな国でもいじりまわされるだろうから、中国にかぎったことじゃないだろうし。

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夜の9時半になってもまだ明るい。
夕日が見えるかなとカメラを構えていたけど、ちょうど日没時に雲が出てきて太陽は覆い隠されてしまった。
右手に山が迫ってきたなと思ったら、停車したのがハミ。
ハミウリで知られた土地である。
暑くて部屋にいられないので通路で休憩している人が大勢いる。
わたしも通路で休んでいたらまた王さんがやってきた。
日本のコインを上げたのでそのお礼にと、小さなキーホルダーになった辞書を記念にくれるという。
ありがたくいただくことにした。
彼女はしばらくわたしのとなりにすわって話をしていった。
美人じゃないけど、ふだん女性に縁のないわたしにはほんわりした気分。

ハミで停車中にだいぶ暗くなってきて、あとはもう寝るだけ、明日は朝の7時にはもうウルムチである。
上段ベッドでうとうとしていたら、どんどんとベッドを叩かれて目をさました。
暴走族の若者みたいな顔をした車掌が、どこへ寝ているんだ、お前のベッドは下段だという。
ハニをすぎたところでまたひとりこの部屋に入ってきた客がいて、そいつが上段なんだそうだ。
気のきかんやつである。
わたしはこれまでの経験から、乗客のベッドなんてあってなきがごとしであることを知っている。
だいたいこの日にわたしが寝ていた個室でさえ、切符に指定された番号とは違うんだし、先の乗客が上に寝ているなら、あとから来た客を下に寝かせればいいだけのハナシだ。
それとも値段が違うのか、中国では列車のベッドは上段のほうが高いのか。

新入りは目玉のぎょろりとした中国人で、入ってきたとたんに下段ベッドに腰をおろして先客のひとりとべらべらおしゃべりを始めた。
腹が立ったから、ねえ、キミ、わたしはもう寝たいんだがねといって、下段ベッドの上に大の字になってやった。

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朝5時半ごろ起きた。
空はようやくかすかに白んできた状態。
左手に湖のようなものが見え、右手には大きな山の影。
6時ごろには右側にたくさんの風力発電用の風車がまわっているのが見えた。
砂漠の中に直立しているそれはなんとなくシュールで、ドンキホーテなら槍を持って突っかかっていたかもしれない。
左側の湖は何度かあらわれたから、大きな川だったのかも。

ウルムチの直前で左側の小高い丘に、茶色の民家がびっしり並んでいるのを見る。
蘭州で見たのと同じ、カスバを連想させる貧しい風景である。
遠くの山肌も茶色、なにもかも茶色の風景の中でぼんやり列車を見送る人がいる。

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インドという国

録画しておいた「GLOBAL AGENDA/急成長インドは世界をどう変えるのか」という番組を観た。
5月1日に放映されたものだからちと古いけど、わたしは毎日国際ニュースを追いかけるのに忙しくて、こういう別枠の番組を観ているヒマがなかったのである。
なんとなく真面目な時事番組に思えるけど、もう、なにがなんでもインドをこちら側に引き込もうというひどいプロパガンダだったねえ。
皮肉な見方をすれば、これほどアメリカ(とNHK)の窮状を物語る番組はないといえたけど。

番組の参加者は、インドからジャワハルラール・ネール大学の准教授、シンガポール国立大学の研究員、アメリカから新アメリカ安全保障センター・インド太平洋部長という女の人、そして日本からもとNHKのジャーナリストで、近畿大学教授という人。
まずわたしは彼らの発言に注意をした。
ロシア憎けりゃBRICSも憎いというNHKだから、また自分たちに都合のいい人間ばかりを集めたかも知れない。

特に注意をしたのがインドの大学の准教授さん。
インド人の代表といえるモディ首相が西側寄りでない現在、ふつうならインド人がNHKの希望通りの発言をすることは考えられない。
以前ニュースのなかで、一介の新聞記者まで、NHKに向かってG20でのインドの立場を説明していたくらいだ。
で、准教授さんの発言に注目してみると、公平を装うにはまあまあ納得できるような分水嶺にいる感じで、下心ありありのNHKにぴしゃりと反論する場面はいちどもなかった。

いまのインドは首相選挙のまっ最中だ。
モディさんと敵対する候補者の陣営から、国の方針に異議をとなえる人間を見つけるのはそんなにむずかしくないはず。
アメリカ人がアメリカの肩を持つのは当然としても、シンガポールも西側寄りの発言者を見つけるのはそれほどむずかしくないだろう。
やはり番組の脚本通りに発言する便利な識者を集めたとしか思えない。

2020年にはインドと中国のあいだで国境紛争が起こった。
だからわたしも2022年のG20の会議では、インドは将来をにらんで西側寄りの姿勢をとるだろうと思っていた。
ところがあにはからんや、アメリカの期待に反して、インドはあいまいな態度、これはアメリカの肩は持たないという意思表明である、をとった。
あのときはわたしも予想外の展開に驚いたんだけど、時系列で眺めれば、もうアメリカを頼らないというインドの姿勢ははっきりしている。
アメリカ人のインド太平洋部長サンは、アメリカとインドの結束はかってないほど強くなっているといっていたけど、どこを見てるのか、なにを見てるのか。
いまの米印関係はかってないほど“弱くなっている”というべきじゃないか。

なんとかしてBRICSの一角をくずし、インドを西側に引き込みたいアメリカ(NHKも)は、しきりにロシアや中国の悪口をいう。
インドもどっちつくか態度をはっきりさせないと、将来的中国と争いになったとき、だれも味方してくれませんよなどという。
しかし旗幟を鮮明にしないという昨今の途上国の風潮は、モディさんが始めたことだ。
中国との国境紛争は、かって中露が話し合いで収めた前例もあるし、血を見る争いになるかはまだ誰にもわからない。
そもそも世界3位の大国になろうというインドに、ますます矮小化する日本がお節介をやくようなことか。

わたしはインドの事情もすこしは知っているけど、この国は不思議な国である。
世界一の人口をかかえ、すぐに政治家が暗殺される国内対立や、頑迷なまでに宗教に固執する国民性、カーストをひきずる下層国民の悲惨さ、貧しい人々のあいだをウシがうろうろして、そのくせ数学やデジタルの分野では世界に抜きん出ている部分もあって、まるで混沌を絵に描いた国のようである。
そうした国がここまで来たということこそ、真の驚異ではないか。
日本を見ていると、国が衰えるというのはこういうことかと思ってしまう。
先進国の仲良しグループが束になってロシアに戦争をいどんでいるとき、どんな悪口をいわれても、ロシアだけで戦うというプーチンの決意は固い。
NHKは彼の爪の垢でも煎じて飲んだらどうか。

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2024年5月 5日 (日)

わたしの時代

唐十郎さんが亡くなったって。
といわれても、わたしにはまるで縁のなかった人である。
わたしの青春はもろに唐十郎の状況劇場、寺山修司の天井桟敷などとかぶさっていて、紅テントだけなら新宿の花園神社で見たこともあるからもったいないことをしたものだ。
ただ当時のわたしは映画ばかりに凝っていて、演劇にはあまり興味がなかった。
唐十郎さんについては、わたしの時代が日本ルネッサンスであったことを証明する人というか。
わたしの人生はさまざまな機縁が衝突する不思議な時代だったんだよねえ。

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2024年5月 4日 (土)

昨今のNHK

このあいだは、大統領選挙をにらんで戦果を上げようとしていると、なにかというと節目のたびに、ロシアは大攻勢をかけるだろうと憶測するNHKが、今度は戦勝記念日をにらんでと言い出した。
出てきたのは、ああ、また兵頭慎治サンだよ。
わたしはこの人の顔を見るだけで、また今日もデタラメかいと思ってしまうんだけど。
兵頭サンのいうことが全部正しければ、ウクライナ軍はとっくにロシアの防衛ラインを突破して黒海に達してるワ。
いちいち憶測ばかりしてないで、どうして予想がはずれてばかりいるのか説明してくれる?

岸田クンは南米詣でだって。
なんとかBRICSやグローバルサウスのうちの、少しでも可能性のありそうな国をこちら側にひっぱがそうって魂胆らしいけど、ブラジルもパラグアイも愛想がいいのはいっしょ、もらえるものは両方からもらおうというのもいっしょ。
愛想がいいからモテたと思って、日本の首相と外相がご機嫌なのもいつもといっしょ。ヤレヤレ。

バイデンさんの「日本人は外国人嫌いだ」という発言。
お行儀のいいたてまえばっかりの発言ではなく、ときどき本音がポロリとこぼれることがあるから、米国人の発言を聞きもらしてはいけない。
これは当たっているところもあるし、そうでないところもある。
日本人が外国人を好きなことは、外国人をみるとすぐに股を開いちゃう女の子の所業をみれば明らかだし、キライというのは、自由に移民を受け入れない国策からわかるじゃん。
しかし“だから景気が上向かないのだ”というのは、アメリカにはいわれたくないね。
アメリカが景気のいいのは、つねに為替を自国の有利に操作して、まわりの国の迷惑をかえりみないせいと違うか。

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シャイアンの秋

映画「シャイアン」は1964年に公開された米国映画だ。
ほかの必要があって、昨夜はちょいとこの映画を観てみたんだけど、考えてみると、もうこの映画の内容を知っている人も、だいぶあの世に行っただろう。
公開されてからまだ60年だけど、5つや6つの子どもが見る映画とは思えないから、わたしと同年齢の人間が観た映画と思えば、という意味である。

これは合衆国によって指定された居留地に押しこめられたシャイアン族が、悲惨な境遇に耐えかねて、集団で居留地を脱走し、生まれ故郷に帰るために米国に戦いをいどむ物語である。
それまでインディアンを極悪種族のように描いていたジョン・フォードが、時代が変わり、マイノリティに同情的な意見が増えると、一転してインディアンに同情する映画を作った。
そういう記念碑的な映画でもある。

それにしてもアメリカの欺瞞は変わってないなと思う。
この映画にもほんの少数だけど、インディアンの境遇に同情する人たちが登場する。
しかし彼らの意見が大勢になることは決してない。
米国の本音は、もともとそこにいた人々は、国家建設の邪魔になるから消えてほしいということだったのだ。
これは現在のイスラエルの事情とまったく同じじゃないか。

米国ではリベラル派の大学生たちがデモをしている。
彼らは前回の大統領選挙で、バイデンさんの公約を信じて彼に投票し、そして裏切られた若者たちだ。
つぎの選挙では彼らはバイデンさんに投票しないから、これではバイデンさんの目はないなと思ったら、対立候補はトランプさんだ。
ああ、アメリカのリベラルよ、どこへ行くってなもん。

アメリカがシャイアンのことを本当に反省しているなら、パレスチナに平和維持軍を派遣すべきだな。
ラファの市民を虐殺したいなら、まずオレたちの屍を越えていけとなぜいえない。

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2024年5月 3日 (金)

中国の旅/敦煌を去る

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敦煌最後の日は、朝おきたのが8時ごろで、外は曇っているようだった。
列車のチケットは前日に莫高窟へ行った帰りに敦煌賓館で受け取ってあった。
つぎの目的地は新疆ウイグル自治区の省都ウルムチで、そこまで列車のチケットは192元。
108元の予約金が返してもらえるはずなのに、敦煌賓館のフロントは返金の80元分を、鉄道会社発行のクーポン券のようなもので寄こした。
なんだ、これはと揉めたけど、意味がわからないまま丸めこまれれてしまった。

列車は17時19分だから、あわてる必要もない。
もういちど敦煌の町をサイクリングでもしてくるかと考えて、ホテルのわきを見たらま新しい自転車が10台ほど並べてあった。
いまふうのカッコいいマウンテンバイクばかりで、タイヤにはまだ製作過程でできるとげとげがついたままである。
あれはレンタル自転車かと訊くと、そうですという。
国際大酒店の自転車は新品ばかりで、1時間5元だそうだ。
こんなものがあるなら、あのごうつくババアに8元出してボロ自転車を借りるんではなかったと、また後悔がひとつ。

わたしが敦煌に行ったのは、あとにも先にもこのとき(1997年)の旅だけである。
敦煌の町もほかの街のように大変化しているのではないかと、最近の写真をネットで探してみたら、引っかかるのは莫高窟や月牙泉ばかりで、市内の写真はあまりない。
よきにつけあしきにつけ、莫高窟だけでもっている町らしい。

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いまこの紀行記を書くのにあたって、わたしの部屋にある録画したシルクロードの番組を観返してみた。
NHKが1980年に放映した「シルクロード」を観ると、小説「敦煌」を書いた作家の井上靖さんも敦煌を訪れていることがわかる。
もう1本の番組は2019年に放映された「河西回廊」というもので、4Kカメラの撮影が初めて許可されたとある。
ここに載せた4枚組の画像は、井上靖さんが訪問した1980年と、2019年の河西回廊の番組からキャプチャーしたもので、40年のあいだの町の変化がなんとなくわかる。
こういう番組を観てから行けば、莫高窟ももっと本腰を入れた見学ができたと思うけど、あいにく両番組とも97年にはまだわたしの部屋にはなかった。

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ふたつの番組を観て思うのは、まだ現在のようにNHKがデタラメを並べて、関係悪化を望むような時代ではなかったので、井上靖さんもNHKのスタッフも、中国側からあたたかく迎えられているということである。
それなのにどうしてと、疑念はつのる一方だ。
中国という国は西安の兵馬俑を見てもわかるように、掘ればそのへんから、数百年から紀元前までの遺跡や遺物がぼこぼこと出てくるところである。
そうした他国の歴史や文化に興味を持たず、ケンカごしでしか相手を見られないを風潮はなんでこんなに広まってしまったのか。
いまの日本を見ていると、バーミヤンの仏像を爆破したタリバンとレベルは変わらないなと思ってしまう。
わざわざ好んで壁なんか作るよりも、どうしてもっともっと他国を見ようという気にならないのだろう。
わたしには年老いてもなお、悲愴なまでに旅にあこがれた芭蕉の顔がちらつくんだけどね。

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ホテルをチェックアウトするまえに、バス乗り場へバスの発車時間を確認しに行ってみた。
バス乗り場には柳園行きのバスがとまっていたけど、満員にならないと発車しないシステムらしい。
これではすこし早めに出ておいたほうがいいかなと慎重なわたしは考えた。
そういうわけで、国際大酒店をチェックアウトしたのは10時半ごろ。
バスの発着場まで200メートルほどを荷物をかついで歩く。
100元だ、60元だとわめきつつ寄ってくるタクシーの客引きを振り切りながら、客待ちしていたバスに乗り込んだら、大きい荷物は屋根にのせてくれといってきた運転手が、目の切れ上がった、3日前のバスと同じ運転手だった。

しかしバスはなかなか満員になりそうにない。
そのうちまたタクシーの客引きがやってきて、30元で今すぐ発車するという。
バスは10元だけど、すぐ発車ということでわたしの気持ちは動いた。
荷物をバスの屋根から下ろして、乗り換えたタクシーはシャレードで、客がわたしを含めて4人である。
ひとりだけの女性が助手席に座り、遅れてきたわたしは後部座席のまん中に押し込まれた。
天気が悪くて幸運だった。
これで前日のような晴天だったら、灼熱地獄に放り込まれたようなものだったろう。

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ふたたび荒野のドライブである。
見渡すかぎりの平原を、タクシーは100キロ以上の高速で飛ばす。
むろんポンコツだから運を天にまかせたようなものだ。
路肩には細かいジャリが積もっている。
ジャリの上ではブレーキが効かないことをわたしは知っている。
無言のまま、死について考えた。
タイヤがはずれる、あるいは突然バーストする、車は時速100キロで道路から飛び出す、意識を失うまでにせいぜい5、6秒か。
しかしわたしは自分の幸運を信じていた。

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中間にあるオアシスを越えると、また地平線までただもう1直線の道である。
曇っているせいで遠くの景色が見えず、見えるのはただ空と大地を分かつ1本の直線だけ。
これはまさに海だ。

柳園には2時間もかからずに着いてしまった。
荷物をどこかに預けて駅の周辺を散策しようと思ったら、駅に“寄存”という看板が見つからない。
駅の構内にあるかと思ってずかずかと入っていくと、女性駅員にとがめられた。
列車の切符を見せると、まだ早いから駅員詰所で待っていなさいという。
これは外国人であるわたしへの特別待遇らしく、乗客で詰所に入れたのはわたしひとりだった。

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わたしは大きな荷物だけを詰所に置いて、近くの食堂へメシを食いに出た。
もともと小さな町だから、きれいな店を探そうったってそりゃ無理である。
1軒の店でビールを飲みながら酸湯餃子と野菜炒めを食った。
店主が軍服を着ていたから、あなたは軍人かと訊くと、そうだという。
軍人がこんなところで食堂をやっていていいのか。

駅員詰所にもどり、ここにはだらしないソファがあったから、これさいわいと座りこみ、ワープロを打ってヒマをつぶす。
詰所には女性駅員ばかりが15人ほど詰めていて・・・・・・というよりワイワイ井戸端会議をしていて、列車が入ってきたときだけワッと出ていき、発車してしまうとまたもどってきてワイワイである。
詰所で洗濯を始める豪傑までいたから、中国の女性駅員は呑気なものだなと、こんな経験はめったにできないのでじっくり観察させてもらった。

そのうち眠くなってしまったので、荷物を引き寄せてうとうと。
駅員の詰所には駅員以外は入ってこれないから、ここはまあ安全といえるけど、列車が入ってくると彼女たちは誰もいなくなってしまう。
やはり荷物は自分で見張っていなければダメなようだ。

ひと眠りして目をさましてもまだ3時半である。
もう行くところもないし、ひたすらワープロを打ち、ときどき外をのぞいたりしていたら、莫高窟でくっついてまわった香港の若者たちがやって来た。
どこまで行くんだいと訊くとトルファンだという。
じつはわたしも敦煌のつぎの目的地をトルファンにしようと考えていた。
ところがトルファンに昼間到着しようとすると、どうしても敦煌を夜中に出発ということになってしまう。
たとえばトルファン到着が10:34という列車がある。
これに乗るには柳園を0:02に出なければならない。
ほかにも昼間のうちにトルファンに到着する列車が数本あったけど、いずれも柳園を夜中か早朝発であり、柳園に1泊しないかぎり乗れやしない。
けっきょくわたしの選択肢はひとつしかなかった。
まずウルムチを目指し、そこで1泊か2泊したあと、トルファンへ移動する。
ウルムチからからトルファンは2時間半の距離だから移動は簡単なのである。

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時間がせまって乗客たちがぞろぞろとホームへ向かう。
欧米人のバックパッカーが多く、乗り込む人々の中に、前日やはり莫高窟で出会った中国人たちがいた。
美人じゃないけど、タイトスカートがイロっぽいと書いた女性を含む5人連れである。
女性は今回はジーンズをはいていた。
どこまで行くのですかと訊くとウルムチだという。
なんだかやたらいろんな顔なじみが連れだってしまった。
ただし軟臥車に乗るのはわたしだけのようだ。
高い金を払って軟臥車に乗る必要はないという人もいるだろうけど、同行の友人でもいるならともかく、荷物に対する警戒が必要ないというだけでも、気ままな旅を愛するわたしには軟臥車は価値がある。

発車時間がきた。
わたしのコンパートメントには中年の中国人が2人、ひとりは政府の役人で洛陽の人、もうひとりは敦煌の人だという。
両方ともとっつきにくそうなタイプで、あまりありがたくないけど、明日の朝にはウルムチである。

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2024年5月 2日 (木)

またホウキグサ

「米『露軍がウクライナで化学兵器使用』と断定、制裁へ」だって。
言い出しっぺはゼレンスキーさんで、それをバイデンさんが追認する。
そしててめえでてめえの肉を切るだけの制裁を繰り返す。
絵に描いたようなデタラメのプロパガンダ。
いちいち説明するのも疲れた。

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今日はホウキグサ(コキア)の苗がだいぶ大きくなったので、花壇のべつの場所に一列に植え替えた。
さあ、どうだ、どっかの公園みたく、きれいなホウキグサの並木ができるか、そこまで無事に育つかどうか。

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2024年5月 1日 (水)

最近の状況

ネタニヤフさんがICC(国際刑事裁判所)から逮捕状を出されそうだというニュースを見かけたね。
そりゃそうだ。
子供たちを戦場に置いていたのでは危険だからと、ロシア国内に避難させたプーチンが指名手配なのに、なんで何千だか何万だか知らないけど、じっさいに子供たちを虐殺しているネタニヤフさんが指名手配されないんだよ。
え、日本人の赤根トモコおばさんは何をしてるんだ。
こんなだから、こちらも役人の書いた原稿を読むしかない政治家と同列に置かれてしまうんだぞ。
おばさんが本当に実力者なら、さっさと自分の一存でイスラエルの首相を指名手配すべし。

そのネタニヤフさんのイスラエルが、ハマスに対して、人質を返せば休戦に応じると寛容な提案をしたそうだ。
これのどこが寛容な提案なのか。
停戦ではなく“休戦”ということは、人質さえ帰ってくれば、あとは野となれ山となれ、今度こそ安心してハマスをこてんこてんにしてくれるワ。
なにしろウチの究極の目的はハマスを根っこから絶滅させることだもんね、と考えていることが見え見え。
もちろんそんなことがあればアメリカはイスラエルに抗議する。
しかしアメリカの抗議はかたちだけで、もはやイスラエルが落ち目の米国のいうことを聞くわけがない。
イスラエルの提案を支持してるのがアメリカと英国だけというのが象徴的だ。

ヨーロッパでは徴兵制度を復活させようという動きが顕著だそうだ。
理由は2つあって、ロシアの脅威に対抗するためというものがひとつだけど、これは完全に取り越し苦労。
プーチンはウクライナ以外の国に侵攻する意図は持ってないよ。
もうひとつは米国が頼りにならなくなったからというもので、これはまあ、正しい。
気まぐれトランプさんが返り咲けば、なにがどう転ぶかわからない。
プーチンだって当てにしてないトランプさんのことだから、いまのうちに徴兵制度でせっせと兵隊を確保しておくんだね。

ヤフーニュースを見ていて納得のいかないことがある。
記事の最後に読んだあとの報告というものがあって、「学びがある」、「わかりやすい」、「新しい視点」という三つの中から選ぶようになっているんだけど、これじゃ誘導尋問だ。
なんで「役に立たない」、「わかりにくい」、「デタラメだ」というものがないのかね。
昨今のようにデタラメなプロパガンダが溢れている時代では、こういう選択肢も必要だと思うんだけど。

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