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2024年5月12日 (日)

伝統文化

さっきまで録画しておいた「美の壺・障子」という番組を観ていた。
番組では障子(しょうじ)の種類や、匠の手になるその制作工程なども紹介されていたけど、これは日本人の繊細な美意識が生んだ家具で、電球や蛍光灯よりも、頼りないというか、さらに微妙な明るさを確保してくれる道具である。
谷崎潤一郎も「陰翳礼讃」でそれを讃える文章を書いている。
いちおう青空文庫のその項にリンクを張っておいたけど、読んでごらんなさいとはいわない。
読む気のある人ならとっくに読んでいるだろうし、読む気のない大半の日本人はそんなものに興味も持たないだろうから。

谷崎潤一郎の文章について、むずかしい理屈はどうでもいいけど、いまや来日する外国人のほとんどが、そうした日本人の美意識や伝統に感銘を受けること大であり、なかでも中国人は、自分の国ではとっくに失われてしまった文化、これは神社仏閣だけではなく、元号のようなものまでが、日本ではいまだに維持保存されていることに感銘を受けるという。
日本は紛れもなく、中国文化の正当な後継者なのである。

ところがいまの日本にはそれを自ら破壊しようという勢力がある。
アメリカに追従し、台湾有事を持ち出して中国と一戦を交えようという連中だ。
まえの大戦ではかろうじて守られた日本の伝統文化も、原爆を京都や奈良におみまいされたら、あとには悲惨な焼け野原しか残らないということになりかねない。
ただでさえアメリカナイズされた生活を至上のものと考え、デントウブンカ? え、それなーにという若者が増えているのだ。

さいわいなことに中国はそんな挑発に乗りそうもない。
これまでも中国はあの手この手でケンカを吹っかけようというアメリカを、じっとガマンの一手でいなしてきた。
中国の時間は先進国の大部分よりずっとゆるやかに流れているので、これからも中国が軍事力を行使して、台湾併合を求めることはないだろう。
“鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス”の句のように、放っておけば自然に落ちる果物を、わざわざ道具を使って落とすバカがいるか。

それよりもわたしは台湾の人々が、西側の代理戦争のいけにえにされたウクライナの悲劇に気がつき、戦争回避に動いてくれるよう願っている。
台湾人がそれに気がつけば、日本だって戦争をする理由がなくなって、障子を始めとしたさまざまな伝統文化は無事のまま残るわけだ。
むしろそういう文化を維持している貴重な国ということで、中国人からも尊敬のまなざしで見られるほうがよっぽどいいではないか。
そういう日本の長所を生かして、アジアで独特の足場を築き、長期の平和を目指そうという政治家はいないのか。
いないとすればバイデンさんといっしょで、国民の反応ばかりに目が行かざるを得ない民主主義の弊害だな。

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