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2024年5月21日 (火)

中国の旅/東トルキスタン

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ウルムチ最終日は、朝起きたのが8時すこし前。
朝食はホテルで取ることにし、14階のレストランに入ってウェイトレスにおはようと声をかけたとたん、かたわらのテーブルから男性が立ち上がり、りゅうちょうな日本語で「日本人ですか」と話しかけてきた。
わたしは人づきあいがヘタなので、こんなふうにいきなり見ず知らずの人から話しかけられると、狼狽して満足な返事もできない。
しかも話を聞くと相手はウイグルにある中国科学院の雪克熱提さんという学者さんで、北海道に1年ばかり研修に行っていたことがあるという。
人格的にもわたしなんぞとは比べものにならないくらい立派な人のようで、ついおたおたしてしまった。
この人は自分でウイグルだといっていたし、名前からしても漢族とは思いにくいから、ウイグル人でも優秀な人なら、このころから日本へ留学や研修に行けたという見本みたいな人だった。

新疆ウイグル自治区というと、いろいろ問題のあるところである。
このころのわたしは中国のウイグル問題については、過去にいくつか暴動があったということぐらいしか知らず、中国人と間違えられてぶんなぐられるんじゃないか、せいぜい注意しようということぐらいしか考えていなかった。
それでも1997年の旅と、このあと2000年、2002年と3回も新疆ウイグル自治区を訪問することになって、わたしの頭の中には、この問題についてひとつの考えがまとまってゆく。
それはあとで話すことにして、とりあえずこのときの旅では、見たものだけをそのまま書いていくつもりだ。

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列車は午後の1時半なので、まだ時間がある。
チェックアウトしても特に行くところがあるわけでもないし、そうかといって部屋でぼんやりしているのも世間体がわるい。
どうせヒマなら駅へ行き、荷物を預けて駅の近くをぶらぶらしていたほうがなんぼかマシというわけで、早めにチェックアウト。
タクシーに乗るときあらかじめ確認しておいたのに、到着して100元札を出したらおつりがありませんという。
トルファンまでせいぜい2、3時間なので、食料の準備なんか必要ないんだけど、仕方がないから売店でパンとミネラルウォーターを買って紙幣をくずした。

ウルムチの駅では、駅員のような肩章つきのシャツを着た男がやってきて、荷物を預けますかと聞く。
親切な駅員がいるものだと思いつつ、あとをついていったら、預かり賃が4元だという。
高いよ、おい、いいや、あっちで聞くからといったら2元にまけた。
ふざけやがって。

パンをぶらさげたまま駅まえをぶらぶら。
うまい具合にそのあたりに欠食児童みたいなのがいたから、おい、これを持っていけと押しつけてしまった。
広場には雲南あたりの少数民族の服を着て、お茶を売るお姉さんたちもいた。
どこの民族ですかと訊いてみたら「白族」と答えた。
白族は雲南の、その古い日本を思わせるたたずまいが日本人にも人気のある大理あたりの少数民族だけど、中国の少数民族についてはまたウィキペディアにおまかせしておく。
ここでは、中国は世界でも最大クラスの多民族国家であることぐらいは知っておいてほしい。
蘭州から敦煌に向かう列車の中で出会ったウイグル娘や、それ以前に上海で見たサニ族の娘など、広大な中国大陸を駆けめぐる少数民族の娘たちのたくましさは、日本人にはなかなか理解しにくい。

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駅まえの道路に移動トイレ車が停まっていることはまえに書いたけど、そのあたりは求職者と手配師たちの出会いの場でもあるようだ。
日本でもむかし(いまはどうなっているか知らない)新大久保の山手線ぎわの公園に、そういう私設職安があって、わたしも日雇いの仕事を探しに行ったことがある。
あまり思い出したくない思い出だけど。

その道路の向こう側は樹木の多い公園になっていた。
木陰にさえいれば涼しいところだし、時間をつぶさなければならないので、公園にも入ってみることにした。
案の定、緑いっぱいの公園は涼しかった。
ベンチに座っていたら、ベンチはほかにいくらでもあるのに、アベックがわざわざわたしのとなりに座った。
顔つきからしてウイグルではなく、ふつうの漢族の男女である。
何かわたしに用事でもあるのかと思ったけど、ただいちゃいちゃを見せつけられただけだった。
市場のようなところ、また市内のあちこちで、たしかにウイグル人はたくさん見たけど、ウルムチ市内全体をながめると、いちばん多いのはやはり漢族のようである。

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中国の新疆は、かって東トルキスタンという名称で、短期間だけ国家が樹立していたことがある。
ただし大統領も首相も、政府の閣僚もおらず、国内に中国の中央政府、軍閥や少数民族の組織、ロシアの白軍、強盗、チンピラが入り乱れていて、はなはだ不完全な国家だった。
スウェーデンの探検家S・ヘディンが書いた「さまよえる湖」は、1934年4月のこの混乱の最中の記述から始まるのである。
彼は中国の役人から、ウルムチは危険だから、しばらくそのあたりの砂漠に退避しているようにと要請され、これ幸いとロプノールや楼蘭の探検に精を出した。

もっと時代をさかのぼると、新疆が中国の版図に入ったのは“清”の乾隆帝の時代で、これは1700年代の後半とされる。
よく知られているように清は北方の異民族が建てた王朝で、厳密には漢民族の国ではない。
同じ異民族王朝である“元”がモンゴル族の国だったことは誰でも知っているのに、清についてはそうでもないようだ。
中国は何もかも飲み込んで同化するるつぼみたいなものだったから、わたしはあまりこだわらないけど、このあたりの国境を10年を1分にタイムプラス(早送り)してみれば、まるでアメーバのように収縮を繰り返していることがわかるだろう。
国境というものは永遠なるものではないのである。

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ついでにいわせてもらうと、わたしはこの歳まで、はっきり“民族”を定義づけた文章に出会ったことがない。
民族とはなにか。
国籍を同じくする人々の集団なのか、共通の言語を使う人たちなのか、同じ宗教を信じる人たちか、血統なのか色の黒さか美貌の割合かお尻のアザなのか。
こうやって考えるとひとつでも納得できる因子がないのである。
そういうわけで、ここでもわたしは民族や国家というものにこだわらず、ただ、見たものをそのまま書くだけにする。

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空腹だけど食欲がない。
それでも何か食べておこうと、アーケードのある駅まえ商店街の食堂に入ると、ここには壁に大きな富士山の写真がかかげてあった。
当時のウルムチに富士山を知ってる人間がいるとも思えないので、おそらくどこのなんという山かも知らずに、見栄えがいいというのでカベに貼ってあったのだろう。
店の娘がかわいい子だったので、これは日本の山で富士山というんだよとつまらないことを教える。
はあと気のない返事をしたこの娘や、レジ係の女性も、ウイグルではなかった。
しかしべつにウイグルと思える男性も働いていた。
なんだかわからないけど、わからないところが多民族国家というものかも知れない。
店内に冷蔵庫があったので、開けるのを見ていたら食器が入れてあった。

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ところでウルムチで、わたしはどこに行ってもかならず立ち寄るはずの博物館に寄ってみなかった。
ウルムチ博物館には楼蘭の美女がいるとうすうす聞いていたけど、日本人は人間の死骸を見せ物にしようなんて考えない人種だから、まさか本物のミイラが展示してあるとは思わず、せいぜい兵馬俑のようなレプリカの人形が置いてあるだけだろうと思っていたのである。
ほかに特に見たいものもなかったから、つい無視してしまったけど、あとで最大の痛恨事であることに気がついた。
しかしリベンジのチャンスは3年後にめぐってくる。
わたしはこのときの旅のあと、2000年にふたたび新疆を訪れ、そのときにヘディンが発見し、その後日本のNHKも発掘した楼蘭の王女と感激の対面をするのである。
その場面についてはつぎの紀行記で書くつもりだけど、ああ、それまでわたしが生きていられるのかしらね。

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メシを食って駅へ行くと、駅の待合室は混雑していた。
駅員がわたしのチケットを見て「日本人」といったのがわかった。
いくらか特別待遇のようで、空いていた椅子にぼんやり座っていると、時間がきたとき、駅員がわざわざわたしを呼んでこっちへと案内してくれた。
列車は13:26出発の198次である。
ぞろぞろとホームを行く客の中に、竹の棒に大きな荷物を天秤にして背負ったおばあさんがいた。
服装は古い中国服で、てんそくをしているのか足がやけに小さく、よちよちと歩いていた。
息子さんがいっしょだったけど、彼も大きな荷物を持っていた。
見かねて、おばあさん、荷物を持ってあげますよというと、黙ったまま、いらんという拒絶反応である。
中国女性の強さというより、おそらく長い人生を通じて、他人から親切にされることが少なかったのだろう。

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