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2024年5月15日 (水)

中国の旅/紅山公園

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駅から少し歩くと露店の市場のようなものがあったので、その中を突っ切ってみた。
烤羊肉(カオヤンロウ=串焼きの羊肉)の露店などがある。
串に刺してある肉は洛陽などより大きいけど、烤羊肉は辺境に行き、都会から離れるほど大きくなる傾向があって、ウルムチではまだ日本のヤキトリといい勝負だった。

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この市場のはじにコンクリートの水路があって、いきおいよく水が流れていた。
砂漠の国にとっては貴重な水に違いなく、これはすべてウルムチをとりかこむ天山山脈から供給されている。

市場を抜けると、華僑飯店というホテルが目についた。
華僑というのは海外に出た中国人のことだけど、上海にも同じ名のホテルがあったし、大きな都市にはたいていあって、べつに同じ資本系列のホテルというわけではないようだ。
このホテルはいくらぐらいするのか、訊いていくことにした。
おまえは外国へ行くとホテルばっかり探してんのかといわれてしまいそう。
でも仕方がない、これがわたしの旅なのだ。
まだネットでいろんな情報が手に入る時代じゃなかったから、なにはともあれ、まず目についたホテルに飛び込む。
部屋に荷物を置いて身軽になり、あとはゆっくり街を見物しながら、もっとよさそうなホテルを探すのだ。
これなら現物を目の前にして選ぶわけだから、当たり外れもないし、97年当時はまだ中国も貧しく、外国人専用のような大きなホテルは、ほとんど飛び込みで部屋が取れたのである。

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華僑飯店で1泊の料金を訊いてみると、300元(4200円くらい)だという。
このくらいならわたしの許容範囲だ。
ホテルの立地条件はこちらのほうが街に近いけど、それだけにやかましいかも知れない。
フロントで聞くと、飛行機や列車の切符の手配もできるというので、多少の騒音ぐらいものともしないわたしは、翌日はまたこっちのホテルへ引っ越してくることにした。

帰りがけにホテルのとなりに、フルーツ・レストランという英文字の看板が出ているのに気がついた。
なかなか食欲がわかないけど、果物なら話はべつだ。
花壇のある庭園のような庭で6、7人がスイカを食べているのが見えたから、ずかずかと入っていった。
彼らは客ではなかった、といってレストランの従業員とも思えない。
レストランは開店休業の状態で、彼らはただ庭を管理している人とその友人だったかも知れない。

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わたしが入っていくと、みんな見ず知らずのわたしをテーブルに招いてくれて、スイカをどうぞという。
主人は欧州の映画にこんな役者がいたような、おとなしそうな顔の男性で、その奥さんはロシア人みたいな顔をしたネアカな人だった。
彼らはみなウイグルだといったけど、西洋人ふうな顔立ちの男性、日本人によく似た男性、またあきらかに欧米系の顔立ちの、かわいらしい男の子と女の子がいた。
わたしは元来あまり人付き合いがいいほうじゃないので、ぜんぜん素性も知れないわたしをこころよく迎えてくれた彼らの人なつっこさには、感心を通り越して感動した。
わたしは彼らの写真を撮った。
案の定、彼らはスイカの金を要求しなかったから、写真をせめてものお礼にするつもりで、この日のうちにフィルムを現像に出してしまうことにした。
コダックの特約店は新彊暇日大酒店のまん前にあることを知っていたのだ。

またタクシーを飛ばして、フィルムを現像に出したあと、そのまま新彊暇日大酒店の近くにあるというウイグル人のバザールを探してみた。
「地球の歩き方」によると、バザールはかっての旧城の北門と南門をむすぶ通りの周辺だという。
このあたりじゃないかと見当をつけてわき道に入ってみた。
少し行くとロータリーになっている交差点に出た。
そのあたりに靴みがきが並んでいたから、もう旅に出て2週間もたってだいぶよごれた靴をみがいていくことにした。
わたしは経験によって靴みがきの攻略法を体得していた。
3元だよ、とまず靴みがきに宣告する。
とちゅうで靴みがきが靴ズミを使いますかと訊いてきたときも、全部で3元だよと宣告してしまう。
靴みがきのおばさんがあまりぶうぶういうので、じゃ5元と譲歩したら、彼女は片足で5元だといいだした。
ダメダメ、全部で5元とわたしは譲らない。
どこまでも“全部で”というのが攻略のコツなのである。

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まわりの靴みがきたちがおもしろがってこのやりとりを聞いていた。
その中に日本で会社勤めをしていたころのむかしの同僚によく似た男がいて、またわたしに人生の不思議さを、それは同じ役者が役を変えて何度も登場するものだという哲学的妄想を感じさせた。
けっきょくおばさんはあきらめたらしく、5元しか要求してこなかった。
そのわりには見ていると、わたしのこれまでの体験よりずっと手のこんだ磨きかたをしてくれたようだし、やりとりも楽しめたから7元払ってしまった。

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バザールはどこにも見つからないので、途方にくれて道ばたで売っていた果物を買ってみた。
果物の好きなわたしの気になっていたもので、モモに違いないようだけど、ヘソつきアンパンみたいに扁平な形をしている。
なんて名前ですかと訊くと、娘が「播桃」と書いた。
5、6コ買ってあとでホテルで食べてみたら、味はふつうのモモと同じで、これは美味しい。

いったん崑崙賓館にもどった。
この日の朝、わたしのチェックインの手続きをした娘が、ぱりっとしたし白いスーツに着替えているのにエレベーターの中で出くわした。
おっ、きれいだね、服が、顔もとお世辞をいうと、彼女はフンと、人をコバカにしたような顔をみせた。
日本語だから意味はわからないはずだけど、へたなお世辞だということぐらい直感でわかったのだろうか。

このあと、うとうとと昼寝をしてしまい、なんとなく肌寒さを感じて、もう夜になったのかなと目をさました。
ところがまだ午後4時まえで日はさんさんと輝いている。
日本でいえば正午をまわったくらいだろう。
ようするに大陸性気候というやつで、空気が乾燥しているから、日陰に入りさえすればけっこう涼しいのである。
いつのまにかわたしの部屋は日陰になっていたというわけだ。

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まだ夜まで時間はたっぷりありそうなので、今度は人民公園のそばにある紅山という山に登ってみることにした。
紅山というのはウルムチ市内にあって、山というより岩がごつごつと出っぱった崖のようなところだ。
全体が公園になっており、近くにはデイズニーランドの城のような建物まであったので、そのくだらなさにへきえきして、ほんとうはそんなところに行きたいわけではなかった。
しかし山頂から街が一望できるのではないかと期待して、20元払って入場してみたのである。
中国人の入場料は8元くらいなので、わたしは余計なことをいわず、1張とだけいってみた。
看破されてしまった。

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山頂からの眺めはまずまずで、街全体を俯瞰するにはいい場所である。
足もとには公園内に池があって、ボートが浮かんでおり、紅山のすぐとなりには、高速道路をはさんで向こう側にプールまである。
高速道路をロープウェイがまたいでいて、料金は20元だそうだ。
公園への入場料が予想より高かったので、ロープウェイの料金も含まれているのかなと思い、乗れますかと訊いてみたらダメといわれてしまった。
この公園について、詳しいことはまたウィキペディアを参照、と書こうとしたら、そこに気になる一文があった。
[ウルムチ林業局(園林管理局)は、ウルムチ人民公園と紅山公園の娯楽施設はすべて2011年12月31日までに撤去する予定である]
わたしが見たディズニーランドもどきや、池やロープウェイもとっくに撤去されたかも知れない。

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ホテルにもどり、部屋でつくねんと考える
ウルムチはウイグル人の街とはいえない。
もちろん市場や露店にウイグル人は多いし、ホテルや駅にもそれらしき人々はいるけど、いちばん多いのはこれまでさんざん見てきた漢族の中国人である。
街をぶらつけばアラビア文字の併記された看板はいくらでもあるけど、建物は近代的で、これまで見てきた西安や蘭州と変わらない。
ようするにこれがシルクロードだというインパクトに欠けるのである。
つぎの目的地トルファンで気もそぞろだったわたしは、明日は華僑賓館へ引っ越し、そこで明後日の列車の切符を手配してもらって、早くトルファンへ移動したかった。

夜になって冷たい飲み物が欲しくなった。
3階の服務嬢に訊くと、外で売っていますという。なんじゃ、それは。
仕方なしに門から百メートルほど離れた露店へジュースを買いにいく。
出かけるとき、ホテルの敷地内に「崑崙歌舞」というネオンの出ている建物があるのに気がついた。
のぞいてみようとすると、黒いスーツの目つきのよくない若者が寄ってきて、なにか御用ですかと訊く。
日本人だとわかると急変身して、どうぞどうぞと案内してくれた。
店内は暗く、テーブルに座っている男女の顔もよく見えないようなところだった。
おそらくダンスホールのようなものだっただろうけど、わたしくらいそういうものに縁のない人間はいないので、のぞいただけで退散した。

露店のジュースはさまざまなかたちの容器に入っていて、どうみてもコカコーラの瓶にしか見えない容器もあった。
どうやらてきとうに空瓶を集めて、中身だけ入れ替えているみたいだ。
下痢しなけりゃいいが。

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