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2024年9月25日 (水)

中国の旅/路線バス

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武威から蘭州まで、おおよそ300キロある。
中国は鉄道王国であると同時に、あるいはそれ以上に路線バス王国でもある。
バス路線は国内をくまなく網羅していて、武威〜蘭州のような都市のあいだでは列車よりだんぜん便がよい。
ただし乗り心地はというと、横になったまま行ける軟臥列車のほうがだんぜんよい。

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天馬賓館を9時ごろチェックアウト。
そのままタクシーで公共汽車(これはバスのこと)駅へ。
あまり待たずにすむバスがいいと思っていたら、タクシーがすぐ前につけてくれたバスが、もう何人かの乗客を乗せていたのでこれにした。
マイクロバスていどの大きさで、蘭州までの運賃は25元。
わたしは荷物と、水、菓子パンなどをかかえていちばん後ろに陣取った。
しかしやはりなかなか発車せず、あとから乗ってきた乗客の中にかわいい娘がいたけど、彼女はいちばん前だった。
車掌はやせたおばさんで、19人乗りバスに、補助椅子を倒せばさらに5人プラス。

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バスが発車したのは10時だった。
中国のバスは飛ばすことで有名らしいけど、このバスは特別だった。
ちょうど前後してやはり蘭州行きのバスが走っていたせいもあって、競争心をあおられたのか、もう飛ばすこと飛ばすこと。
立ち上がってひと言いいたい衝動にかられたけれど、文句をいうのはスジ違いかもしれない。
この街道には蘭州行きはいくらでも走っているのだから、文句をいうくらいなら乗り換えてしまえばいいのだ。
25元はたかが325円ではないか。

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11時に黄羊村というところで停車。
ムギ畑の向こうにクジラのようなかたちをした褐色のハゲ山が見える。
トルファンで見た火焔山に似ていて、ちょっと特異な形状の山なので、また登ってみたいなと思ってしまう。
こちらは灼熱という土地ではないし、じっと眺めるとつづれおりの踏み跡道があって、中腹に祠か石窟のようなものも見えるから、たまには登山者がいるようである。
まあたりはムギ畑の広がる農村で、山頂からどんな景色が見えるだろう。

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11時すぎ、両側が山にかこまれた町に着き、バスはなぜかここで停車して動かなくなってしまった。
あたりの景色に注意をはらっていると、あとからやってきた大型バスの車掌が、わたしを含めた6、7人に、バスを乗り換えるよう指示する。
こっちのほうが早く到着するからとでもいったのかもしれないけど、いい機会だから乗り換えることにした。
荷物を持ち、指名された客たちにくっついて移動してみると、こちらは最初の車よりひとまわり大きいものの、ポンコツであることと、混雑していることだけは変わらなかった。
満員にならなければ発車しないバスなのだから、混雑は当然といえば当然で、すいているバスを待っていたら、蘭州に着くのがいつになるかわからない。

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まさか終点まで立ちっぱなしってことはないだろう、どこかで空席ができるだろうと、あきらめて乗り込み、あらたに18元を払った。
車内をずっと見まわすと、ひとりで座わっているらしい女性がいた。
彼女の席に行ってみると、小さすぎて見えない男の子がいっしょだった。
強引につめてもらい、つめてもらってばかりではわるいのでアイスクリームを買ってやったり、非常食として買っておいた菓子を上げてしまう。
ゴマをすったおかげで仲良くなった子供に名前を尋ねると、紙に“汪”と書いた。
じつは近くに父親も座っていて、わたしを白い目でにらんでいたんだけど。

武威の郊外から山道にさしかかると、このあたりは高速道路ができるらしく、しばらく工事現場が続く。
とちゅうの山道でドカンという大きな音がしたので、窓から外をうかがうと、バスの近くになにやら白い煙。
どうやら発破の現場らしい。
しかしバスから50~60メートルしか離れてない。
アブないじゃないか。

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バスはしだいにすいてきたので、いちばん後ろの席に移動した。
途中、前回の旅で列車の車窓から見た見おぼえのある踏切を通った。
列車が遅延したため、踏切の両側に車が延々と渋滞していたところである。
ちょっぴりなつかしい気がしたけど、この踏切を渡れたのは幸運だったかも知れない。
わたしはこの2年後と5年後にまた天祝を訪れ、5年後のときは張掖から蘭州までバスに乘ったけど、すでに高速道路が完成していて、このローカル色いっぱいの踏切を見ることは2度となかったのである。

となりにすわっていたむさくるしい人たちに、蘭州へ仕事に行くのですかとヘタな中国語で訊いてみたら、わたしらは“打工”だと答えた。
打工は、ようするに、建設作業員のことだろう。
何人かで仕事を求めて省都の蘭州まで上京するところかも知れない。
中のひとりが手のひらのマメを見せてくれたので、中国の繁栄を支えているのはあなたたちですねと、紙にお世辞を書く。
生まれた場所が異なれば、わたしも彼らとともに打工でもしていたかもしれないと、無能のヒトのわたしはしみじみと考えてしまった。

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12時半ごろ初めてアヤメの花に気がついた。
この花が見たくて、この旅では武威で下車したのである。
バスはどんどん高度を上げているらしく、アヤメもどんどん数を増す。
このあたりから周囲の山容が変わってきた。
山のかたちはなだらかで、山頂まで芝のような短い草におおわれているものが多い。
山頂まで草におおわれているということは、高度が高くて空気がひんやりしているから、砂漠とちがって大気中に水分が途切れることがないのだろう。
景色はひじょうに美しい。
ウシ、ヒツジ、ヤギなどが放牧されていて、民家の近くに石でかこんだ牛囲いがあり、西部劇に出てくる荒野の開拓民の住居のようだ。

このあたりで乗客のひとりが立ち上がり、いきなりぺらぺらとなにか口上を述べ始めた。
なにが始まるかと思ったら、手にエンピツ2本を持ってぐるぐるとこねまわし、それに目にもとまらぬ早さでゴム輪を引っかけ、どちらのエンピツに輪が引っかかったかという賭けのようなことを始めたのである。
バスの中は臨時の賭博場になったわけだ。
それでも好き者はどこにでもいるらしく、手をあげて応じる客もいた。

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13時半、バスは急な坂道をあえぎながら登ったあと、まもなく峠を越えて下り坂になった。
左手の山の中腹に延々と連なる土塁のようなものが見える。
このあたりにあっても不思議じゃないから、万里の長城かもしれないけど、バスははすっかいにそれを横切り、土塁はやがて右側の山に駆けのぼって視界から消えた。
まわりは山岳地帯だけど、蘭州から武威にかけては、河西回廊の一部だから遺跡は多いはずである。

14時ちょうどごろ打柴杓の村に到着。
このへんでチベット族自治県の看板を見たけど、ヒツジの毛皮を肩にかけている女性を見たくらいで、家の造りや人の服装に特に民族色はない。
わたしはチベットに行ったことがないから知らないけど、短い草の生えたなだらかな山容の土地は、それだけでチベット族やモンゴル族にとって、遊牧に適した、自分たちの土地に見えるのだろうか。

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14時20分に天祝の町に到着。
ちなみに天祝はチベット族自治県ということになっている。
新疆やチベットにある自治体は自治区という呼称で、ほかに回族、モンゴル族、チョワン族など、中国全土に5つの自治区がある。
自治区と自治県の違いはその大きさによるようで、日本の行政体とは逆に、大きいほうが“区”、“県”はもっと小さい単位をいうらしい。

天祝はまあまあ大きな町で、ホテルもあるし、アパート群らしき建物などもあった。
しかしほかにとくにチベットらしい個性があるわけではない。
歩いている人々の服装もふつうの漢族と変わらないし、チベット寺院や坊さんもなく、オボーという、ボロ布を満艦飾のように飾り立てた旗も、ひとつも見られなかった。
このあたりでバスの屋根から積荷のニワトリが落ちたけど、だれもそれに気がつかず、バスはそのまま進行。
中国の道路にはたまにニワトリが落ちていることもあるらしい。

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14時45分に武勝というドライブインで30分の休憩。
もうあと40~50分で蘭州かと思ったら、ここに蘭州まで183キロという標識示があった。やれやれ。
売店でソーセージ2本を買って、それで空腹をごまかす。
便所へ行ってみたら、椎名誠さんが筆舌に尽くしがたいと書いていたロシアのトイレみたいだった。

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しだいに平地に下りて、バスは果樹園の多いゆるやかな農村をいく。
わたしは蘭州はよく知っているので、黄河をはさんで両側に白塔山、蘭山がそびえる地形を覚えていた。
しかしその見慣れた山はいつになっても見えない。
わたしのとなりに座ってる若者はヒマワリの種を食べ続けていて、カラをぺっぺっと車内にまき散らすので不快。
まわりにはタバコをすう者も多く、この日1日だけでわたしは砂と排気ガスとタバコのヤニでまっ黒になってしまった。
発狂寸前になったころ、やっと右側に黄河が見えた。
そしてようやく市街地に入ったなと思ったらまた郊外へ、ふたたび市街地へ。
蘭州は遠い。

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19時ごろようやく蘭州駅近くにあるバスの発着場に到着。
時間は武威から約9時間かかったことになる。
中国のバスの時間など最初からアテにしていないし、蘭州に近づいてからかなり退屈したものの、冒険心をすこしは満足させて、わたしにはおおむね満足できるドライブだったといえる。

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