

この旅に出かけるまえに、気になっていたことがあった。
YouTubeにあった映像で、上海に駅の周辺にシャッター通りが増えている、中国の不景気は深刻だというものだった。
わたしは上海駅のまわりがいつも混雑していたころを知っている日本人なのだ。
日本の新宿駅の混雑を知っている人に、がらがらの駅周辺を見せたら、だれだっておかしいと思うだろう。
なにか理由があるのではないかと考えたのが、わたしが上海に行こうと思い立った理由のひとつだったのである。
そこである日、地下鉄で上海駅のようすを見に行ってみた。
メトロの上海駅は陝西南路駅から乗り換えなしの1本であり、上海でいちばん古い地下鉄で、わたしが蘇州に行った1994年にはまだ盛大に駅前をほじくり返していたものである。


上海駅で地下鉄を下りて、地上に出てみると、ちょうど駅前広場の東南のすみあたりで、わたしは一瞬で自分のいるところを把握した。
なにしろわたしはここから、蘇州、無錫、洛陽や西安、そして新疆ウイグル自治区まで、数えきれないくらい列車を利用しているのだ。
上海駅は外装を衣替えしていたけど、駅舎の中はあまり変わってないようだった。
たまたまオシッコをもよおした。
これだから年寄りはというのは簡単だけど、しかし心配はいらない。
わたしは駅前にデパートがあることを知っており、そこにきれいなトイレがあることも知っていたのである。
で、駅へ行く前にそのデパートに寄っていくことにした。




このデパートは「名品MP商厦」といって、1994年にはまだ開店したばかりだった。
エスカレーターはむろんのこと、1階に噴水まであって、開店時のギンギラギンの派手さに感心したところである。
あにはからんや、そのデパートが落ちぶれて、さんたんたるありさまになっていた。
噴水のあった1階は、眼鏡屋や貴金属を扱うアメ横のような個人商店ばかりが、縁台のうえに商品を並べているだけだった。
いちおう水洗になっているトイレを借りて、わたしは想像以上にひどいデパートの惨状に、うーんと考えざるを得なかった。

いったいこれはどうしてだろう。
名品MP商厦から出て駅前広場に行ってみると、かっては旅に出る人、帰ってきた人、そういう人になにか売りつけようという人、変わった衣装の少数民族のおばさんたち、家にいてもすることがないという人であふれていた広場も、なんとなく人が少ない。
駅のとなりに並んでいる龍門賓館と、そのすぐとなりにあとから出来たなんとかいうふたつの高層ホテルも、こころなしかうらぶれたようだった。
不景気だからなのか。
しかし途上国に支援する、軍備は増強する、宇宙にロケットは打ち上げる、通りは車であふれている、パンダなどの野生動物の保護にも熱心で、最近のNHKニュースによると、アメリカ依存をやめるために農家に援助して大豆の生産を増やすという中国である。
全体を眺めれば、中国が困っている証拠を探すほうがむずかしいくらいだ。
なにより街を歩きまわって、街角のレストランで食事をしたりすると、そこにいるのはむかしのままの、にぎやかで、へこたれない中国人ばかりじゃないか。

ひょとすると駅前広場が意外と混雑していないのは、あたりの混雑を緩和させるために、駅の反対側にも新しい出入口が出来たのかも知れない。
中国では北京のような大都市でも、駅の出入口は1カ所しかないのである。
そう考えたわたしは、駅の南口から北口に抜ける通路がないかと、駅に行ってみたけど、入口に改札が出来ていて、切符を持ってない人間は駅の構内に入ることも出来なかった。


いったいなぜ駅の周辺にシャッター通りが増えたのだろう。
これ以前に上海博物館に失望したわたしは、その後いろいろ調べてみて、わたしが観たかった玉製品や青銅器が、浦東地区に新設された新しい博物館に引っ越ししたらしいことを知った。
そういうことなのだ。
わたしは博物館は歴史のある旧市内にあるほうがふさわしいと思ったけど、中国政府にしてみれば、租界という負の遺産である旧市内に置くより、新しい近代的な新市街に置くほうが、外国人に見せるのにふさわしいと考えたのだろう。
つまり上海駅のある街の中心を、なかば強引に浦東地区に移したということなのだ。

こういうことは日本でもたくさんあった。
新しい駅が出来たおかげで、それまで駅を中心に発展していた街がたちまちさびれる。
文句をいっても仕方がないし、YouTubeに空き家だらけの上海駅周辺の映像を上げたユーチューバーは、そんなことは知らず、ただ中国をおとしめればいいという考えで映像を作ったのだろう。
そんなことはないという人がいたら、いったいおちぶれたのが駅のまわりだけで、ほかは以前のまま、場所によっては以前よりにぎやかということはどうしてなんだと聞きたいね。
もうひとつわたしが思うのは、儲かるとみればすぐに飛びつく中国人の習性だ。
わたしは中国を旅しているとき、たとえば洛陽や、甚だしいのは新疆の砂漠でも、つぶれてしまった遊園地の廃墟を見たことがある。
日本の伊豆にあったジャングルパークの廃墟を発見したのと同じ気分だった。
邱永漢さんの本などを読んでも、競争原理が日本なんかよりずっと激しい国で、儲かるとみれば他人に遅れをとるまえに飛びつく。
これでは街の中心としての役割が変われば、シャッター通りが増えてもおかしくない。

夜に外灘に行ってみれば、対岸の浦東地区では高層ビルの壁面をモニターにして、毎晩遅くまで巨大な映像が映し出されている。
こういう派手な国のどこが不景気なんだよと思ってしまうし、たとえ不景気であっても、それはアメリカや日本も、かって一時的に経験した程度のことではないか。
わたしは中国人がバブルの崩壊を経験して、質実な生活にもどったようで、むしろ好ましくさえ思ってしまう。
こういう部分でも中国は、短時間のうちに日本を見習うことになったのかも知れない。
最近のコメント