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2025年6月26日 (木)

上海/彷徨とささやき

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上海には思い出が多い。
わたしの中国の旅はほとんどがこの街を起点にしているので、多いのは当然なんだけど、どうしてそんなに上海にこだわるのかと聞く人がいた。
わたしが中国語の勉強をしていたころ、読んだテキストの著者鐘ケ江信光さんという先生が中国について
「つまり、すべての人に郷愁をいだかせるふしぎな魅力をもった国と国民なのでしょう」と書いていた。
こんな感情はいまどきの若者には無縁かも知れないけど、そんな中国のなかでも、上海が特別な街であることはすでに書いた。

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1990年代の前半に初めて上海に来てから、わたしはこの街(旧市街地)を何度も歩きまわった。
目的なんかない。
ただひたすら路地をのぞき、店をのぞき、なにかおもしろいものがないかと歩きまわったのである。
そのころといちばん変わったのは、もちろん乱立する高層ビルと、高架になった自動車専用道路である。
自動車専用道路についてよくわからない。
わたしはこの旅でも何度もタクシーに乗ったけど、たとえば上海駅から横浜橋に行くさい、あるいはホテルから外灘に行くさい、最終日にホテルから空港に行くさい、どれも高架になった自動車専用道路を走ったにもかかわらず、いちどだって料金所を通過したことがない。
どうなってんのかしらとミーハーおばさん。
おもてから見えないETCのような仕掛けがあるんじゃないかとわたし。
これについてはいまだにワカラン。

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わたしは長江が見たくて、タクシーを借り切って、数時間かけてその黄浦江との合流点まで行ったこともある。
期待していたような白砂青松というものではなく、埋め立て中の夢の島みたいなところに連れていかれてしまった。
どこか畑のある郊外に行ってみたくて、やみくもに路線バスに乗り込んだこともある。
終点まで行ってみたら川崎のような工場地帯のはずれで、植物園があったけど、雨に降られて客なんかいないし、ぜんぜん楽しい景色ではなかった。
それでも後悔はしなかった。
当時の中国には、戦前に初めて中国へ渡ったアメリカ人ジャーナリストのアグネス・スメドレーが、中世のなかへと表現したそのままの世界があったのである。
わたしはそんな世界を彷徨しているのが楽しくてならなかった。
いま思えば、わたしの旅は現実逃避でもあったような気がする。 
わたしは現実から逃れるために、日本の市街地、山野を歩き続け、とうとう海を越えて中国大陸まで歩いていたんじゃないか。

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当時といまで変わったものはたくさんあるけど、変わらないものは・・・・
パール・バックの「大地」を読んだのは高校生のころだから、中味の大半は忘れたけど、その中に戦乱に巻き込まれて家を失い、流民となった農民の家族のエピソードがある。
ガックリきている旦那を奥さんは、命があるんだからまだやり直しはできると叱咤激励する。
彼女はまだ幼かった自分の子供たちにも、おまえたち、ぐずぐずしてないで、乞食でもして稼いできなさいと追い立てるのである。
いくら乞食が伝統的職業といっても、こういう言い方をする奥さんのタフなこと。
パール・バック女史も、虐げられた民衆に同情するというより、そのへこたれない精神に感動したのではないか。

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中国の農民は何千年ものあいだ、雑草のような執念で土地にしがみついて生きてきた。
わたしはテレビニュースで、土地の接収に来た役人を、ひとりの農民がクワでうしろから殴り殺す映像を観たことがある。
彼の言い分は、オレたちは大昔からここで土地を耕してきたんだ、なんでいまになって引っ越しをしなけりゃいけないんだということだっただろう。
開発特区に指定された浦東新地では、こんなことは数え切れないくらいあったに違いない。

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農民はいやおうなしに高層団地に移転を余儀なくされた。
彼らの気持ちは、同じNHKが放映した「さらば、黄土高原」というドキュメンタリーにこと細やかに描かれていた。
貧しい黄土高原で農家を続けていた老人が、これでは息子が結婚もできないと家族に泣きつかれて、ついに故郷を捨てる話だった。

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開発特区の上海に救いがあるとすれば、やらずぶったくりの王朝時代と異なり、中国の新政府は、移転する農民にきちんと土地代を払い、厚い手当をしたということだ。
そうした土地収用にまつわる、「史上最大の移住計画」というドキュメンタリーもNHKが放映した。
「新しい酒は新しい革袋に盛れ」という言葉がある。
小説「大地」も後半では、時代の波に押し流されてゆく農民の家族が描かれるし、暗く貧しい生活が一変するなら、農民が新しい生活に追いやられるのも無碍にするべきではない。

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上海は中国の都市のなかでも特に進歩的な街らしいから、モダーンな店はあちこちにある。
ミーハーおばさんと、そんなカフェに入ってみた。
白で統一された、若い女の子に騒がれそうな店だった。
コーヒーの表面に絵が描いてあるエスプレッソがあった。
それが出来上がるのを待っているあいだに、イヌを連れた客がやってきた。
店も客もなかなかハイブロウである。
イヌはコリーをミニにしたような種類で、頭をなでようとしたら、飼い主のうしろに小さくなって、牙をむきだした。
反日教育を受けたイヌかも知れないねとわたし。
それとも人間の食卓に上がっていた過去の恐怖の遺伝子が騒いだのか。

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わたしは葉を茂らせたプラタナスを見上げる。
上海でもかってのフランス租界だったあたりは、人口もほどほどに減って住みやすくなった。
現在の中国は一帯一路という名目で、世界の日の当たらない場所にも光を当てようとしてるけど、これはかって欧米列強がやっていた、弱肉強食の植民地主義とはあきらかに異なるアプローチに見える。
平和的に世界を制覇しようとしているなら、わたしはその結果をもうすこし見守りたいと思うのだ。

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