

最終回。
わたしとミーハーおばさんの上海の旅はこれでお終い。
わたしたちは錦江飯店にもどり、預けてあった荷物を受け取るまえに、ロビーに備え付けのソファでひと息ついた。
どう、中国っていわれているほど悪い国じゃないでしょうといっても、おばさんはうーむと煮え切らない顔。
こういうのはインテリの反応だ。
彼女は特別なインテリではないけど、自分が頭がいいと信じている人ほど、他人の言い分を素直に認めるのをいやがる。
といってもケチをつける理由もないらしい。
あるとすれば、おばさんの意向を無視して、すぐにベッドに倒れ伏してしまうわたしだけじゃないか。

ミーハーおばさんは、バツいちの独身である。
彼女を見て不思議に思ったのは、好奇心というものをぜんぜん持ってないように見えたことだ。
せっかく、めったに来れない中国に来てるんだから、わたしならそこいら中に鼻を突っ込んで、疑問があればすぐに質問する、見慣れないものがあればじっくり観察する。
しかしおばさんは無関心然としている。
ユニクロの店内に入ったときは、値段が日本と違うかどうかに関心を示したけど、あんまり変わらないねといっただけだった。

これでは中国の知識をぶちまけたいわたしにはもの足りない。
人間ならいつまでも好奇心を持たないと、歳とってから認知症になるよといってみた。
そうねえというけど、迫り来るものに備える気はないようだ。
夜はひとりでナニしてんのと聞くと、冬ならこたつ、夏ならエアコンの効いた部屋でテレビを観ているのだそうだ。
ガーン!
これでは100パーセント認知症マチガイなしではないか。
困った人である。

おばさんはわたしが中国ばかりに行きたがることに驚いている。
理由は前に書いたけど、わたしは好奇心を満足させたいから旅をするのであって、相手の国が日本と違っていればいるほどおもしろい。
初めて中国に行ったころ、この国は日本人から見れば、まさしくひと時代まえの国だったのだ。


もうひとつの理由は、ぶっちゃけていえば、中国は費用がとてつもなく安かったということがある。
なにしろ東京から鹿児島に匹敵する距離を、一等寝台に乗って4千円少々で済んだ時代である。
貧乏人で、なおかつ旅行好きなわたしは、すぐ隣りにこういう国があったということに、不思議な因縁さえ感じてしまう。
さらに、ほかに肉体的な理由もあって、いまのわたしには6時間、8時間も飛行機に乗るような外国旅行は無理である。
韓国にはむかしから興味がないし、そうなると外国では上海ぐらいしか選択肢がないのだ。

もういいだろう。
このへんでわたしは今回の上海旅行の最大の目的を語って、この紀行記を終えることにしよう。
わたしが現在の上海へ行こうとしたいちばん大きな理由は、現在の中国がほんとうに不景気なのか、それを自分の目で確めてみたいということだった。
結論を先にいわせてもらえば、シャッター通りや、かって人間であふれていた駅前の混雑が緩和されていたこと、東方明珠に行ったとき、ほんのわずかな時間、浦東新地もながめたけど、交通は思ったより少なかった。



これを不景気のせいにするのは簡単だ。
しかし、あいにくわたしは30年前の上海を知っているのだ。
戦前の租界だった旧市街地だけに人が集まっているほうがおかしいのだ。
いまの上海の人口は、かっての租界とは比べものにならないくらい広い範囲に拡散してしまっている。
これではかっての上海のような人口密集地を探すほうが無理である。
日本でも郊外型大型商業スペースが乱立すると、市内のそこかしこで営業していた個人商店がみんなつぶれたけど、それと同じ現象が起きたのだろう。


たしかにここ20年ほどのあいだ、中国に不動産投機の嵐が吹き荒れたことは事実である。
まだ資本主義がなんたるかも知れないころ、地方の幹部、役人にとって、不動産開発が無から有を生じる金の成る木に見えたことだろう。
強引に土地を買い上げ、マンションを建設すれば、住居としてではなく、投機の対象として、それが羽の生えたように売れる。
こんなバブルに国民も群がる。
しかし、バブルはいつかはじけるし、そこへ持ってきて西側の自己中心的な制裁発動だ。


しかし中国人には博打うちのいさぎよさが備わっていた。
どういうことかというと、博打うちでも損をすることはある。
その場合、中国の民衆は泣き言をいわず、原因は博打をうった自分が悪いのだと考える。
どこかの国のように、すぐ政府に責任をとってもらおうとは考えず、大損をしたらまた最初からやり直し、もういちどいいチャンスが来るのを待つだけだと、あきらめがいい。
彼らは政府に文句をいっても埒があかないという歴史を、数千年も続けてきたのである。


わたしはこの紀行記の中でもデタラメは書いてないし、できるだけわたしが見た通りの、ありのままの中国を書いたつもりである。
不景気なのは中国だけじゃない。
世界がおしなべて不景気なのに、制裁を受けている国に、ぜんぜん影響がないと思うほうがおかしいのだ。
むぐらに被われたレジャー施設やさびれた温泉地 二足三文で売りに出される湯沢の高層マンションの写真ばかりを並べれば、日本だって不景気になるさ。
はっきりいえるのは、近い将来中国が、不景気のために傾くとか、崩壊することなどあり得ないということである。
もしも将来中国が破綻するほうに賭けるという人がいたら、わたしはその人と同じ賭け率で、日本が破綻することに賭けてもいい。

わたしは初めて中国に行ったころのことをよく覚えている。
人が集まる場所には、小説「大地」に描かれたような乞食が必ずいたし、屋台で食事をしていて、薄汚れた盲目の少年に物乞いをされたこともある。
上海の繁華街である南京路には、助平な日本人をひっかけようとする得体の知れない娘たちがうろうろしていた。
あのころはみんな貧しかった。
いまではそうではない。
買春ぐらいは、あるところにはまだあるかも知れないけど、貧しさが原因というより、小遣い稼ぎという、日本でもおなじみの職業にレベルアップしたようだ。
それともわたしがじいさんなので、そういう相手から相手にされなくなったのかしら。

そんなことはどうでもいいけど、あとはあなたが自分の頭で考えることだ。
ここに載せた写真は、最初と最後の2枚を除けば、すべて30年以上前の上海のものである。
最後の写真のふたりの若者は、上海にあったモダーンなカフェの店員で、わたしのブログを国際的なものにしようと、ブログのアドレスを教えておいたんだけど、いまだにコメントひとつつかないね。
最近のコメント