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2025年9月20日 (土)

平家物語を読む

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板坂燿子著「平家物語」を読んで、すぐに気がついたのは、研究者というのはここまでやるのかということ。
歌舞伎や戯曲、浄瑠璃、黄表紙、はては外国文学まで、平家に関するもの、こじつけられるものは徹底的に持ち出して、まあ、わたしにいわせるとしつこいくらい。
わたしは研究者ではなく、いっかいの平家物語ファンにすぎないし、読み物として読んでいるのであって、これが板坂おばちゃまとわたしの相違である。
読んですぐに気がついたというのはこのことだ。

だから平家の侍の名前を間違えずにいえるかというと、いくつかこころもとないところもある。
たとえば唱歌「青葉の笛」に登場するのは、薩摩守忠度と、もうひとりの笛吹き貴公子はだれだっけ、壇ノ浦で生きたまま囚われになって生き恥をさらした親子は宗盛とあとだれだっけと、思い出せない人物もいく人かいる。
しかし、ここが肝心で、わたしがいやらしく強調したいのは、板坂おばちゃまから平家についてレクチャーされ、熱心に勉強をした学生たちより、わたしのほうが平家物語をずっとよく覚えているだろうということだ。

わたしは青春時代に、だれからも教わらずにこの本に出会い、冒頭の祇園精舎の鐘の声の心地よい七五調のリズムに酔い、豪華絢爛たる鎧武者たちの合戦シーンに胸をときめかせ、やがて海上で滅びてゆく強者の運命に涙を流した。
以前に書いたことがあるけど、「小宰相」の巻を読んで、シェークスピアよりはるかにむかし、日本にもこんな悲恋の物語があったのだと感心もした。
隆盛をほこった王朝や帝国が落ちぶれるのは、中国の歴代王朝、ロシアのロマノフ王朝、映画「山猫」に描かれたイタリアの貴族社会のように、世の習いである。
わたしの中で平家物語は、こういう革命の物語という認識がつよい。
いま全盛のアメリカと西側先進国が、落ちぶれていくのに落涙するかどうかは知らんけど。

革命の物語であることは事実でも、物語の細部について、事実かどうかを確認するのはもはや不可能に近い。
平家のなかで平清盛という人は、トランプさんのような悪逆の暴君として描かれているけど、歴史というのは伊達藩の原田甲斐が、「樅の木は残った」で忠臣として描かれたように、しょっちゅうひっくり返るから注意を要する(だからわたしはトランプさんを正面から非難することはない)。
じっさいの清盛は対宋貿易で国庫をおおいにうるおわせたくらいだから、世間でいわれているよりも施政者として有能であったことは事実だし、権力者だからきれいなネエちゃんを取っ替え引っ替えしたことも当然だろうけど、祇王と仏の挿話なんか、ほんとうにあったことなのか。
那須与一の挿話も、あまり出来過ぎの話なので、だれだかわからない原作者が、物語ばえするように勝手にこしらえたエピソードじゃないのか。

疑えばキリがないので、わたしは細部にはこだわらず、あくまで読み物としてこれを読む。
それもイーリアスやアーサー王やイワン雷帝のような、ロマンに満ちた叙事詩として。
そうやって想像(や妄想)の助けを活用して読むのがわたし流の読み方だ。
これはけっして研究者である板坂おばちゃまの行き方を非難するつもりじゃないんだけど、最近のおばちゃまは、燃える女、怒れるバッコス信者の本性を現してきたみたいで心配だ。

おばちゃまはあまり取り上げてなかったけど、最後の灌頂の巻「大原御幸」にいたっては、これがなければ収まらないというくらい感動した。
後白河法皇が牛車の隊列を組んで、大原の寂光院を訪ねると、裏山から2人の尼さんが手に花をつんで降りてくる。
山寺の寂光院のありさまもきわめて美しく、一幅の日本絵画を見ているようで、じっさいに絵描きのなかにこの場面を描いた者もたくさんいる。

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裏山から降りてきたのは平家の生き残りの建礼門院で、美人として知られていた人だから、ここで色好みの後白河法皇と、なにがなにしてなんとかなったのではないかと、江戸時代のゴシップ誌の話題になったそうだ。
そんなことはどうでもエエ。
建礼門院が涙ながらに、平家一門の運命を語るところは、簡にして要を得たこの物語の総括になっており、本を読むのがキライという昨今の受験生たちは、この部分だけ読めばいいかも。

やがて彼女も病に伏し、阿弥陀如来の像の指と自分の指を糸でつないで、という古風なしきたり通りに往生する。
天人五衰という三島由紀夫の小説のタイトルの意味も、いまこそ思い知られけれである。
詩として読めば完璧な結末であり、わたしには大原御幸のない平家は考えられないのだ。

わたしは「太平記」も読んだことがあるけど、平家ほどには感心しなかった。
原因は平家にある諸行無常という悲しみの感情が、太平記には欠落していたせいだろう。
ひとつだけつまらないことをおぼえたのは(どっちがどっちだか忘れたけど)、太平記と谷崎潤一郎の作品で、登場人物の名が、一方では大塔(オウトウ)の宮に、もう一方ではダイトウの宮になっていたことぐらい。
漢字は表意文字だからなと、そのいいかげんさに感銘を受けたことはある。

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