« ホンジュラスとウナギ | トップページ | 新しいスーパー »

2025年11月28日 (金)

上海Ⅱ/路地を探して

08a_20251128200601

上海3日目はよく晴れていた。
朝食はビュッフェ・スタイルで、混雑していることがあるから、わざわざ時刻をずらして行ったつもりなのに、やはり混んでいた。
このホテルのビュッフェは1階の食堂で、すぐとなりに客が一服できる喫茶コーナーがある。
食堂はややもすると客が満杯で、この喫茶コーナーまでビュッフェとして活用されていることがあった。

さて、この日はどこに行くか。
見たいところは前回5月のときにあらかた見てしまったので、到着して3日目ではやくも行くところがない。
出発まえにネットで調べると、旧市内に「田子坊」という名所があることがわかった。
わたしは名所旧跡より路地をのぞいて歩くほうを好むけど、路地くらい田子坊へ行く途中にもあるだろう。
まったく目標なしに漫然と歩くくらいなら、名所でも旧跡でも、目標があったほうがメリハリがあっていいかもしれない。
それに田子坊というのは、租界時代の中国人のゴミゴミした住宅地を、そのままモダーンに改装したところらしいから、路地の親分みたいなところではないか。

08b1

急いでも仕方がないというので、ホテルの朝食をとって、そのあと部屋でごろりとひと眠りして、昼近くになってから出かけた。
前回の旅でわたしがすぐに寝てしまうことを知ったミーハーおばさんは、退屈をまぎらすために文庫本を持参していた。
あとでちらりと見ると、吉田修一著の「悪人」という小説だった。

08b2

田子坊は、いちばん近い「淮海中路駅」からふたつ目の「馬当駅」で乗り換えて、ひとつ目の「打浦橋」という駅で降りればいい。
ちょくせつ歩いたってホテルから2キロもないけど、わたしはとにかく歩きたくないのである。
そのかわり馬当駅からなら田子坊まで、地図を見ると500メートルくらいらしいから、そっちで歩くことにした。

08b3

馬当駅の構内を歩いていると、花束を売っている自動販売機があった。
中国に、それも花の自販機かと、わたしはおおいに感じ入った。
わたしがはじめて中国へ行ったころは、田舎に行ってさえめったに花を見なかったのに、様変わりといえば様変わりである。
本物かしらとミーハーおばさん。
造花にしては高すぎるよとわたし。

外国に行って自動販売機があれば、それはその国の治安がいい証拠である。
わたしは昔ハワイに行ったことがあり、ダイヤモンドヘッドの駐車場で、屋外の自販機を発見してめちゃくちゃ感動した。
しかしそれも落書きだらけで、とっくに壊されていた。
治安の悪い国で屋外に自販機などとんでもない話で、アメリカがいかに治安がよくないかの証明である(ハワイしか行ったことがないからほかのところは知らないけど)。
いずれにしたって自販機は、治安だけではなく、その国の豊かさの証明にもなる。
だれもが豊かになれば、パクられるのを覚悟で、釣り銭ていどの盗みを働く人間はいなくなるからだ。

08d108d208d508d6

地下鉄を降りて地上に出ると、官庁街みたいなやけに広い通りだった(文章で説明するより写真で説明したほうが早い)。
たぶんあっちだろうと広い通りをよたよた行くと、すぐに高速道路の立体交差があった。
中国の信号は変わるのが早すぎて、大きな交差点だと、わたしの足ではいっぺんに渡り切れない。
いったん道路のまん中の安全地帯でひと休みして、信号2回に分けて渡ることになった。
安全地帯で待っていると、すぐ近くで信号無視のアウディが警官に捕まっていた。
警官が、おい、コラというわけでもなく、運転手がワイロを渡して見逃してもらおうとするようすもなかったから、警察の取り締まりも日本と変わらない。

08d7 08f108d908e5

立体交差をくぐってさらに行くと、広い道路はゆっくりカーブしていたけど、ゴミゴミした路地なんかもとからなかったみたいにすっきりした街並みだ。
このあたりで小さな道路標識を見たけど、まだ田子坊の所在はわからない。
それでも片側1車線のせまい通りに入り込んで、中国が文明的にも進歩した国である証拠をいくつか見た。

08e1

道路清掃車がごろごろと走っていた。
街が汚いというのは、たいてい行政の怠慢や役人の汚職で、しっかりした清掃事業が機能してない場合が多いのだ。
現在の中国では、清掃車がゴミを集め、それがきちんと処理場に運ばれるという公共事業が確立されているようだった。
冗談をいってるわけじゃない。
かっての中国では、だいたいゴミ収集という行政の仕事があったのかどうか、集めたゴミは個人が勝手にそのへんの川に放り投げていたのだ。

08e208e3

モダーンな美容院もあった。
たまげたことに男が美容師に頭をセットしてもらっていた。
テレビやインターネットのおかげかも知れないけど、ついに中国の若者(男)もそういう時代になったのかと思う
わたしが中国を旅していたころは、街の化粧品屋でトニックやリキッドを求めても、靴ズミの臭いのするヘアクリームしかなかったのである。

08e4

不動産屋屋もあった。
アベックが店のまえでマンションの品定めしていた。
日本人のわたしでさえ、持ち家なんて夢のまた夢なのに。
それにしても、不動産屋が店頭のガラス戸に所有物件の写真をずらりと並べている光景も、往年の日本にあった景色とすこしも変わらない。

08f2

うろうろさまよったあげく、ようやく道路のわきに「田子坊」という石碑を発見した。
なにごとにも先達はあらまほしきものなれである。

| |

« ホンジュラスとウナギ | トップページ | 新しいスーパー »

旅から旅へ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ホンジュラスとウナギ | トップページ | 新しいスーパー »