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2025年11月16日 (日)

上海Ⅱ/南京路

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大丸百貨店を出て、ふたたび南京路をぶらぶら。
あちこちで旗をもったガイドさんに先導された、欧米人観光客の団体を見る。
南京路のとっつきにある和平飯店は観光客に人気のスポットで、欧米人の観光客もそのまえで記念写真を撮ったりしている。
欧米人といってもロシア人ばかりじゃないだろうから、ここでは対立と分裂を謀ろうという国際情勢もなんのその、のんびりした平和的な光景が見られるわけだ。
日本が円高になれば、日本の外国人は潮が引くようにいなくなり、上海のほうがオーバーツーリズムに悩むことになるかも。
こちらは入れ物が大きいから日本のように問題になりそうもないけど。

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いったん外灘公園まで行って、黄浦江の対岸にある高層ビル群をながめた。
ぼちぼち夕刻で、高層ビルに夕陽の反射がきれい。
夜になれば、ビルの壁面をモニターにした、まばゆい光のショーが始まるんだけど、年寄り2人ではそんなにのんびりもしていられない。
外灘の景色を見たあとは、また南京路をぶらぶらしながら、今度は人民公園近くのメトロ駅まで歩くことにした。

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南京路というのは、西は静安寺のほうまで通じていて、距離はけっこうあるんだけど、歩行者天国になっているのは、和平飯店のそばから人民公園の近くまでである。
距離にしたら、せいぜい東京駅から銀座通りを新橋駅まで歩くくらいで、この区間にメトロの駅はふたつある。
ひとつは南京東路駅で、もうひとつは人民公園駅だ。
路線はちがっても、どちらに乗っても錦江飯店に帰れるので、この晩は人民公園駅まで歩き、歩行者天国をはじからはじまで完歩してしまうつもりだった。
くたびれたわたしには、つらい行進だったけど、この通りには見るべきものが多いので、退屈はしない。

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歩行者天国を歩いていると、中国の田舎から見物に来たらしいおのぼりさんによく出会う。
そんな人たちが、日本と変わらないファッションの若者たちのあいだで目をパチクリしている。
中国は日本の半分の時間でここまで発展したから、彼らにとって、大都会を歩くのは、はじめて新大陸へ行ったダーウィンのようなものだろう。
見るもの聞くもの、新奇でおどろくことばかりじゃないか。
逆にわたしには彼らが、タイムマシンに乗ってやってきた明治時代の人々のように見える。

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歩行者天国の南京路には、遊園地にあるような観光用のトロッコ列車が運行している。
観光客をかきわけるような人混みの中だから、ぶつけないか心配だけど、スピードは歩行者と変わらないくらいだ。
わたしは乗りたかったけど、どうやって乗るんだ、勝手に乗り込んでいいのか、ひよっとするとスマホが必要なのではないかと躊躇しているうち、とうとう通り過ぎてしまった。
トロッコの横腹に鉄腕アトムの絵が描いてあった。
あれは日本のものねとミーハーおばさん。
アトムは中国では“阿童木”になる。
似たような発音の漢字をあてはめただけだけど、子供という意味の“童”という字が使われているから、うまい当て字といえなくもない。

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あちこちのぞきながら歩いていたら、たい焼きの店があった。
たい焼きは日本発祥のお菓子だけど、2枚の鉄板のあいだにうどん粉とアンコを挟んで、ぎゅっとやるだけでは特許を申請するわけにもいかない。
客は行列していたから、日本の食べ物は中国でも人気があるようだ。
ただし、カレーやスパゲティが人気というのは上海ではあまり聞かないから、やはり日中間は麺文化のほうが通じるようだ。
ソバなら上海には立ち食い店まである。
わたしたちが若くて健全な胃袋を持っていれば、もっといろんなものを食えたはずなのが残念。

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息も絶え絶えに歩いて、ようやく人民公園近くのメトロ駅に着いた。
もう暮れどきで、あたりには灯りが点灯する時刻である。
この日は博物館のあと南京路を行ったり来たりで、老骨にムチ打ってずいぶん歩いたものだと思う。
このあとはメトロの1号線に乗り、ユニクロのある交差点のわきの「陝西南路駅」で下りて、ホテルにもどった。
部屋にたどりつくと、ベッドにころりと倒れ伏し、2時間ほど寝て、そのあと夜の食事に出る。
時刻は20時ごろである。

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