お待ちかね、上海蟹の話題だ。
上海蟹の旬は秋から冬にかけてで、わたしはミーハーおばさんを介護ヘルパーとして誘い出すのに、これをエサにしていた。
中国なんてといい顔をしないおばさんに、名物の蟹をご馳走するからとくどいたのである。



そういうわけで、出発前にいろいろ調べた。
YouTubeを観ると、さすがにこの季節の上海では蟹を食べようという日本人が多いらしく、たくさんの映像が見つかる。
そのうちのひとつを観て、目星をつけたのが「成隆行蟹王府」という、南京路のすぐ近くにある店。
映像を観るかぎり、コース料理があるらしく、値段も驚くほど高いわけではない。
で、3日目の夜はその店に行ってみた。


店の場所は昼間行った上海大丸の近くで、エディション・ホテル(EDITION HOTEL)の裏の九江路にあるらしい。
YouTube映像で観ると、店の入口のわきに“蟹王府”という大きな看板があって、夜はこうこうと灯りに照らされている。
蟹という文字は見分けやすいし、これでは日本人なら見逃すわけがない。
と思ったのが素人の浅ましさ。
九江路のそのあたりをうろうろしてみたけど、蟹王府という看板は見つからなかった。


わたしたちは暗い照明のなかに浮かび上がった、西洋式の教会のまえで途方に暮れた。
西洋式の教会は、わたしが初めて中国に行ったころ、人民公園のそばにもあったから、この国ではキリスト教は邪宗門というわけではなさそうだ。
もっとも統一教会みたいに積極的な布教と、信者を食い物にするのは禁じられているようだから、これも租界時代の優秀建築のひとつなのかも知れない。


おかしいねと、もういちど店の軒先をのぞきながら、九江路を歩き出したら、一軒の店に「成隆行」という文字が見えた。
蟹王府なんてどこにも書いてない。
いま考えても不思議なんだけど、これもボケのせいか、それともたまたま、なにかの都合で看板がはずされていたのか。
これじゃわからん。

ようやく発見した店のなかは、もろに上海バンスキングの世界であり、わたしたちは胡弓バンドの演奏が流れるなか、2階のボックス席に案内された。
客のなかには欧米人を含むグループもいたから、けっこう有名な店らしい。
それでも満員で待たされるということはなかった。

蟹はいちおう高級料理の範疇に入るのかも知れない。
下から2番目のコース料理を頼んでしばし待つ。
じつはわたしが上海蟹を食べるのは2回目である。
2004年に友人たちとツアーに参加して上海の街をうろついたことがあり、そのとき南京路にあった、きわめて庶民的な店で上海蟹を頼んでしまった。
まるごとの茹でた蟹が出て、甲羅だけははがしてあったけど、中身を自分でほじくって食べるのだ。
だから蟹というのは手間のかかるものという印象があり、個人的にはあまり好きではない。

ちょっと前のNHK-BS「世界入りにくい居酒屋」を観ていたら、エビ料理が出てきて、地元の漁師さんが食べ方を説明していた。
ちなみにこれはフランス編で、ブルターニュという街での話。
漁師さんの説明では、尻尾の部分をポキっと折って、内部の肉を引っ張り出すんだそうだ。
これを観ていて、わたしは子供のころよく食べたザリガニを思い出した。
子供のころのわたしの郷里にはザリガニが猛烈に繁殖していて、子供でも遊びがてらに採集にいくと、半日でバケツいっぱいの獲物があったくらいなのだ。
獲物はバケツの中でそのまま茹でてしまう。
ザリガニといってもエビの仲間だから、茹でるとまっ赤になる。
食べ方はフランスの漁師が教えてくれたとおり、尻尾の部分をポキっと折って中身を食べるのだ。
戦後まもないころで、わたしも食欠児童のひとりだったから、このとき食べたザリガニが、わたしの血となり肉になっていることは間違いない。
わたしはそのとき食べたザリガニの味を、いまでも郷愁とともに思い出す。
成隆行の蟹はあらかじめ肉の部分が取り出してあって、ひっくり返した甲羅の中に並べてあった。
腕やはさみの部分も食べやすいように、殻の部分から半分取り出してある。
おかげで食べやすかったけど、味は、そうさな、子供のころのザリガニを思い出したというのはこのときだ。
もちろん両方とも甲殻類だから似ていて不思議じゃないけど、この点でもわたしはあまり蟹に尊敬の念を抱かない。


ミーハーおばさんが、となりに座った3人連れの若者の会話を聞いて、日本人よという。
彼らもわたしたちと同じYouTubeの映像を観たのかも知れない。
店のほうでも、最近やけに日本人の客が多いなと不審に思っているかも。
上海の街をぶらついていると、あちこちで蟹の看板を目にするから、無理して同じ店に殺到する必要もないんだけど。



感心したのはこの店でもちゃんとレシートをくれたことで、それによると食前茶から始まって、特色三品、経典蟹粉豆腐(意味は聞くな)、餐前暖胃スープ(日本語訳もてきとうに混ぜてある)、季節の野菜、蟹粉小龍包、禿黄チャーハン、王府蟹肉翅、麻婆蟹粉河エビ、桂花鶏頭米など、全部で13品ぐらいだったようだ。
「客用小毛布」というのは紙ナプキンのことらしく、ちゃんと値段に入っていた。
この日の飲み物は青島ビールで、なんやかんや含めて、合計は1,438元だったから、日本円で3万円足らず。
わたしたちには安くない金額である。
メニューにあった料金はひとり分の値段で、このときは2人分の請求だった。
二度と行かないからいいけど。
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