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2026年1月 8日 (木)

上海Ⅱ/南京西路

ついに年をまたいじゃったけど、まだ続いてますよ、わたしの上海紀行。
いちゃもんをつけたいことが多すぎて、紀行のほうはそっちのけ。
ま、無理に読んでもらわなくてもかまいませんから、上海に行く予定のない人は、現在の中国がどんな按配かご参考までに。

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上海に着いて4日目になった。
この日もいい天気だったけど、とくに行きたいところもない。
もともと、むかしの旅でもぜったいに行きたいところがそんなにたくさんあるわけじゃなかった。
ぼんやりと旧租界のレトロな街なか、そして日本とはあまりにかけ離れたこの国をふらついているのが楽しかったのだ。
しかし今回はミーハーおばさんがいるので、目的もなく歩きまわるというわけにはいかない。

たとえば浦東新地の新都市に行ってみるなんてのはどうだろう。
しかしわたしは5月の訪問のさい、東方明珠テレビ塔に上ったし、今回も上海博物館に行って新都心のありさまを見てきたけど、どうもわたしの感覚に合わないところだった。
ガラスや金属がピカピカで、オートメ化された近代都市なんて、わたしの性に合わないのだ。

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そこでやっぱり、旧市街地(かっての租界)にある静安寺でも行ってみるかと考えた。
南京路は黄浦江のほとり、外灘から西に向かって人民公園までが終日の歩行者天国になっており、外灘とあわせたこのあたりが上海一の観光スポットである。
ただ、南京路そのものは人民公園からさらに西に向かって伸びていて、2キロほど歩いたところに静安寺というお寺がある。
外灘の和平飯店から人民公園までが南京東路、人民公園から静安寺方向が南京西路ということになるわけだ。
ヒマつぶしに今度は西路を静安寺まで歩いてみることにした。

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地図でみると、わたしたちが泊まっている錦江飯店から、南京路のいちばん近い場所まで2キロもない。
しかし歩くのはイヤだというわたしがいるおかげで、またメトロに乗ることにした。
だらしないけど、これでも若いころは南アルプスの広河原から、早川尾根づたいにたったひとりで、半日かけて地蔵岳まで歩いたこともあるし、房総半島の養老渓谷駅から山越えで、海岸の安房小湊まで歩いたこともある。
歩くのは好きなんだけど、だれだって永久に歩けるわけじゃない。

もよりの淮海中路駅から南京西路駅までひと駅で、下車したのがアジア最大というスターバックスの前である(ということは前に書いた)。
ここからスタートして、2キロ先の静安寺まで歩くことにした。

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べつにおもしろいものがあるわけじゃない。
高層ビルはたくさんあるけど、銀座通りから東京駅近くの八重洲通りに入ったようなもので、歩いているのはこのあたりの住人か、勤め人、わたしたちみたいに好奇心だけが頼りの観光客ぐらいである。
日本でもよく知られているルイ・ヴィトン、カルチエ、バーバリー等のブランド商品の店が多く、ここにもユニクロがあった。
ルイ・ヴィトンは日本でも度肝を抜くような建物である場合が多いけど、上海では船を模したギンギラギンの建物だった。
いくらど派手だってわたしたちには無縁の店ばかりで、上海スターバックスがイマイチなのといっしょ、中国ではあまり人気がないらしい。

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静安寺の近くまで行ったとき、道路のわきにアーチ型の入口をそなえた大きなビルがあるのに気がついた。
これって、アレじゃないか。
わたしが1994年に上海に来たとき、たまたま和平飯店で、日本のさるゴルフ用品製造会社の会長さんと知り合って、その晩はこの人のおごりで上海の豪華クラブに連れていかれた。
そのクラブが静安寺への途中にある、大きなアーチを備えたビルだったことは忘れもしない。
当時はたしか「上海商城」という名称だったけど、あいだに30年の歳月がはさまって、いまでは豪華クラブのおもかげはなくなっているようだった。

わたしは5月に雑技団のサーカスを観に行ったとき、あらかじめ劇場の場所を調べてみて、このあたりにも劇場があるらしいことを知った。
しかしそれはこのアーチを持ったビルのことらしく、ショーというのはテナントとして入っている小さなクラブのことを指しているようで、とてもサーカスのような規模の大きい見せ物をしている雰囲気ではなかった。

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わたしはそういうこともあったんだよと、ミーハーおばさんに説明しながら、ビルの内部に入ってみた。
もちろんまっ昼間からショーなんかやっているはずもなく、地下にあるスーパーをのぞいただけだった。
そのスーパーも、南京路の大丸デパートよりさらに貧弱で、日本のスーパーにもひけをとるような悲しい店だった。

これが中国政府のやり方だ。
ビルやテナントの都合は一顧だにせず、ひとつの目標、つまり公共の利益のためには、そのあたりの店が不景気になることなどおかまいなしだ。
上海市の中枢を浦東新地に移転すると国が決めたら、国民はいっさい文句をいうわけにはいかない。
客がいなくなって店がつぶれてしまいますと訴えても、そんなことは自分でなんとかしろといわれる。
そんな歴史をこの国は数千年も続けてきたのである。

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それでも古い王朝時代に比べればマシかも知れない。
かっては真面目に商売をしていても、儲けすぎるとすぐお上に因縁をつけられ、あらぬ罪に落とされ、ヘタすりゃ命まで奪われて、店を乗っ取られることもあったのだ。
最近ではさすがに補償という制度が発達して、立ち退かされるほうもいちおう立退料がもらえるようである。
ただし日本のように、できるだけ補償金をつり上げようと、ごねたり不動産屋が介入することは許されないし、補償金の額もお上が決めたことに文句はいえないのである。

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民主主義の日本ではすぐにケシカランということになるけど、そのために道路1本作るのに延々と時間がかかり、建設費がふくれ上がって、インフラ整備も遅々として進まない日本とどっちがいいだろう。
上海のように街の中心を移すような大事業で、個人の言い分に耳を傾けていたら、地権者が交錯して、いつになっても完成しなかったのではないか。
これはどっちがいいという問題ではなく、国によってやり方が異なるというべきじゃないだろうか。
強引な政策のおかげで、中国はあっという間に先進国の仲間入りをし、ぶちぶち文句をいう個人はいても、全体としてはこの国が豊かになっていることは事実なのだから。

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