まだやってんのかといわれそうだけど、これは去年の10月の上海紀行記ですよー。

帰国日になった。
ゆるゆるとホテルの朝食をとり、部屋に戻ってベッドに転がり、このままひと眠りして、午後の適当な時間に飛行場へ行きたかったけど、ミーハーおばさんは勘弁してくれそうにない。
せっかく来たんだから食事のあとのわずかな時間でも、どこか見物に行きたいと無慈悲なことをいう。
やむを得ずどこかヒマつぶしにいいところはないかと地図を見たら、ホテルから遠くない場所に「新天地」という観光ポイントがあることがわかった。
肝心なのはホテルから遠くないということだから、ここへ行ってみることにした。

“世界”というのは中国のブランド名らしく、戦前の上海には租界の悪徳の象徴として有名だった「大世界=ダスカ」という娯楽場があった。
金髪の娼婦や阿片窟や奇怪な見せ物などがあり、金子光晴などの小説にも出てくるらしい。
じつはこの娯楽場は、新中国になってからも人民公園の近くにそのまま残っていて、わたしも見物に行ったことがある。
歩道橋の上から眺めたら、現在はゲームセンターになっているらしかったので、そういうもののキライなわたしは、入らずに帰ってきてしまった。

もう何度も書いてきたけど、上海の魅力に租界時代の悪徳の都ということがある。
ジェームズ・キャグニーの戦前の映画で、主題歌の“上海リル”が歌われるラストシーンに、金髪の娼婦のいたクラブが出てくるけど、あれが当時の欧米人が想像する上海だった。
ニューヨーク、東京、アムステルダム、香港マカオなどを見ると、どうもむかしから(ソドムのころから)人間というのは、悪徳と退廃に惹かれる部分があったようだ。
ろくなもんではないけど、モロッコやアルジェのカスバのように、植民地主義というのは、言葉を変えれば、男が快楽を求めて新天地を開拓した、あくなき追及の結果だったのかも。

大世界に話が脱線してしまったけど、今回行ってみたのは新世界のほうである。
ここまでは、ホテルから歩いたって2キロぐらいなんだけど、わたしはメトロを使うことにした。
わたしだって若いころは広河原から早川尾根づたいに地蔵岳までというと、また自慢話になってしまうからいわないけど、とにかくじいさんは歩くのがイヤなのだ。

地下鉄にひと駅だけ乗って「一大会跡・新世界」という駅で地上に出ると、赤レンガできれいに舗装された公園のそばだった。
有名な観光ポイントなら標識くらい出ているだろうと思ったのが、また当てはずれ。
どっちに行けばいいのかわからないまま、とりあえず公園の中へ入ってみた。
花や草木の植えられ、まん中に散歩道のある、世界の標準といっていいきれいな公園で、ゴミひとつ落ちてない。
わたしはトルコのイスタンブールに行ったことがあり、早朝にホテル近くの公園を散策してみたら、ゴミだけではなく、割れた酒ビンが散乱していた。
人間にモラルを植えつけるのは、公園に草木を植えるほど簡単ではないから、上海の公園がきれいというのは、それなり苦労があったのではないか。



公園を抜けるとポプラ並木の下に、なんとなくすっきりした住宅街の続く通りになる。
ここで“なんとなくすっきり”という形容詞を使ったのは、かっての中国の住宅街が、たいていどこかうす汚れて、ゴミが散乱していたことを覚えていたからだ。
当時のわたしは、日本のパッカー車を輸入して、私営のゴミ収集事業を始めたら儲かるんじゃないかと考えたこともある。
そのくらいどこへ行ってもゴミだらけだったのに、いまでは田園調布や成城学園とまでいわないけど、見た目にも気持ちいいくらい面目を一新していた。
これは政府による公共の清掃事業がきちんと機能していることだろう。

ひょっとすると同じ華人の国であるシンガポールを見習って、そうとうきついお仕置きが法制化されたのかも知れない。
ゴミを捨てることはもとより、タンやツバを吐いただけで罰金というくらい厳しくしないと、中国人にはモラルは身につかない。
最初に踏み込んだ通りだけではなく、このあとうろうろしたべつの通りも清潔だったから、新天地のあたりは観光地ということで、外国人に見せても恥ずかしくないようにというお達しが出ているのかも知れない。
いろいろ苦労はあったにせよ、中国政府の努力は実を結んで、上海はシンガポールになりつつあるのかも。




そのうち通りの先にピンクの屋台が並んでいるのが見えた。
近づいてみるとどの屋台にも“チリ・ウィーク”というロゴが見えたから、なにかチリの物産展をしているようだった。
ワインの即売もしていて、試飲も出来るようだったけど、これ以上足がおぼつかなくなっても困るから遠慮した。
そういえば日本でわたしがよく買うワインは、“悪魔が微笑んだ”というチリ産ワインである。
チリと中国は一帯一路で協力関係にあるから、物産の輸入で中国はチリの財政にいくらかでも貢献しているのかも知れない。
わたしが和平飯店でうっかり注文してしまったところによると、中国にもワインはあり、しかも品質はどんどん向上している。
そして見逃すべきでないのは、この国がワインでも車でも鉄道でも、無理にトップになろうとせず、その本来の目的さえ達成できればいいという考えで、技術立国の日本と最初から勝負しようとしないことだ。
こういう相手にはカラいばりをするか、負け惜しみをいうしかない。
日本人がNHKを筆頭とするマスコミに目をふさがれているあいだに、あらゆる部門で、中国は背中が見えないところまで遠ざかりつつあるのだ。






屋台からまもなく、サロモン(Salomon)のビルのある近代的なショッピング街にさしかかった。
これが「新世界」らしいけど、じつにつまらないところだった。
まだ前に行った「田子坊」のほうが、古い中国人居住地の雰囲気をよく残していて興味が持てた。
あまりつまらないから、写真を見せるだけで、書くべきことはなんにもない。
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