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2026年3月 3日 (火)

いきがい

5階の踊り場で椅子に乗ったままいろいろなことを考えた。
たとえば映画監督の伊丹一三さん、彼も跳び降り自殺だった、エラいもんだね、恐怖はなかったんだろうか、ああいうエライひとは根性ができてるんだろうか。
わたしは伊丹監督を、もうベテランとされる女優にでも平気でいやらしいセリフをいわせたり、はしたないポーズをとらせる監督というので尊敬していたから余計そう思う。
たとえば三谷幸喜クンや周防正行監督が広末凉子相手にそんな要求を出せるだろうか。
日本映画は惜しい人を失ったものだ。

入院のお知らせを書いたら、励ましのコメントをつけてくれる人がいた。
ブログはボケ防止にいいですよというんだけど、それはココログの「波平余生禄」の波平さんに、わたしが何度も書いてやったものと同じ文言だ。
その波平さんも10月13日の更新を最期にプッツリだから、おそらくお亡くなりになったのだろう。
人はいつかみんな死んでしまうのだ。

だからと割り切って、あいかわらず椅子からジャンプできないわたし。
椅子に乗って死ぬことに逡巡していると、かっていやおうなしに特攻攻撃を命じられた若いパイロットたちのことも脳裡に浮かんで来る。
彼らもさぞかしかっとうがあったことだろう。
そして彼らに突撃を命じた大西中将という海軍士官のことも。
大西中将は神風特攻隊の立案者とされ、大勢の若者を死に追いやったいう責任をすべて負って終戦時に割腹自殺をした。
ものの本によると、その死に様は壮絶といっていいほど悲惨なもので、これも勇気のいることである。
わたしは胆石の手術で割腹したことがあるけど、あれは痛いぞ。
すぐに腹を切るむかしのさむらいの勇気にはホント、恐れ入ってしまう。

いま早苗ちゃんと自民党はまた若者を死地に追いやろうとしてないか。
それだけが気がかりで、もう少しこの社会を見てみたい、忠告できるなら忠告したい。
自分の臆病を棚に上げるわけじゃないけど、平時ならいつでも死んでやるくらいのことは誰でもいう。
しかしいざその瞬間が目の前に来れば、喜んで死にたがるやつなんていないのだ。

昨日は上海にいっしょに行ったミーハーおばさんが見舞にきてくれて、彼女といっしょに近所の病院に行ってみた。
歩いて20分くらいの距離だけど、杖をついて介護レベル1級のよたよたした歩き方で、それでもひとりで歩き過したからいくらか気分がいい。
帰宅してYouTubeを観たら、また怒りの炎がめらめら。
日テレNEWSの報道番組なんだけど、わたしがさんざん「NHKの御用解説者」とけなしてきた兵頭慎治サンや筑波大教授の東野篤子さんサン、もと陸上幕僚長岩田清文サンなどが揃い踏みで、まだウクライナ戦争についてぐだぐだ。

いいかげんにしろ!あんたたちが戦争を引き延ばしてきたおかげで、ウクライナの若者が枯渇しかかっているんじゃないかと大声を出したくなった。 
ひさしぶりに血が沸騰して元気になったワイ。
脳梗塞で自殺を考えた病人の回復にいちばん効果があるのは、(NHKを筆頭とする)日本のマスコミのデタラメらしいよ。
ああ、まだまだわたしに生きがいは失われておりゃんかった。
Nテレといえば日本テレビで、日テレビといえば読売新聞で、読売といったら産経に次ぐ右翼の雄で、つまり日本政府の太鼓持ちでというくらい誰でも知っている。
ふざけるな、生きているかぎりは、オレはあんたらの天敵だ、どこまでも生きて未来を見守ってやる。
幸い子供のころの好奇心と正義感は失われてないみたいだから。

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