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2026年3月 5日 (木)

同類

今日も病院に行ってきたけど、病状は一進一退。
あまりよくなった気はしないけど、コツを覚えたのか 靴下をはくことなどは上手くなった。

わたしのブログのタイトルは、“酔いどれ李白の「春風駘蕩舎」だけど、これからはヨイヨイ李白に変更するか。
わたしと同じ脳梗塞の患者を励ますものになるかもね。
ぬけぬけとそんなことを考えているうち、周囲に似たような患者が多いことに気がついた。

奥多摩の橋から飛び降りた知り合いはさっさと人生に終止符を打ったけど、彼以外にも脳梗塞で半身不随になった知り合いは何人もいる。
野球部の部長をしていたヤクザもビビらせるという見るからにコワモテの先輩もいちじ倒れたものの、仲間を引き連れて飲み歩く楽しみを捨てられず、おそるべき執念でリハビリに励み、人間として復帰した。
わたしの幼馴染は旦那が倒れたあと、自家用車を障害者専用車両に改造し、20数年後に旦那が死ぬまで病院までの送迎をし続けたという。
げに美しき夫婦愛というところだけど、この場合、旦那の心境はどんなものだっただろう。

ほかにも倒れたあと、それまでの火宅の人が災いして奥さんに邪険にされ、死にたいとぼやいていた知り合いや、武蔵境の駅前を杖をついてさまよっている知り合いもいた。
わたしがよく利用するスーパーには、いつも転倒予防の乳母車を押しているおじいさんおばあさんがいる。
さらにほかにも著名人で、いつも週刊朝日で恨みミシュランを連載していた神足裕司さん、わたしは元気なころの彼を遠方から見たことがある。もとスポーツマンらしい大柄な人だったけど、彼はその後どうしてるだろう。
また、たとえば近所の全生園で知ったライ病患者の作家である北条民雄もいる。
彼らのすべてがめぐまれていたわけじゃけど、不幸にめげずに人生と闘った人はけっこういるのだ。
考えてみるとまわりにそういう新しい障害者がひとりもいない人のほうが少ないだろう。

さらに五体不満足の乙武洋匡さんみたいに結婚して子供をつくり、作家にまでなった人もいる。
わたしが彼らに励まされてもバチは当たるまい。
バチといえばこれまでさんざん無神論者を豪語してきたわたしが、いまさら神様にすがろうとは思わない。
他人の不幸によって励まされる、わたしらしい究極のひとの悪さであるものの、このくらいは認めてもらっていいだろう。
ねえ、そこの自殺を考えているお若いの、あんたはひとりじゃないんだよ。
わたしみたいな不幸な人間を見て癒されておくんなさい
若い人ほどこの世界の欺瞞が目につくもんじゃないかね。
早苗ちゃんにひきづられたまま、世界の終末を観るのも悪くないよ。
どうせ死ぬときはいっしょだし、たぎる怒りくらい元気を保ち、若さを保つものはないのだ。
わたしも多くの先輩のように人生最後の戦いを勝ち抜こう。

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